2016年12月12日月曜日

最後のお茶のお稽古

 
 
 
 
今、お稽古に通っているお茶の先生が、90歳になられたの機に、
年内でお稽古場を閉じられることになった。
 
私にとっては3人目の先生で、
こちらのお茶室にお邪魔するようになって丸7年経つ。
 
T先生は京都のお家元にお稽古場の照会願いを出してご紹介いただいた先生で、
通い始めた当初は茶室の奥に毎回キモノ姿で腰掛けていらして、
厳しくお点前を観てくださった。
 
その後、お茶人によくあることだが、膝を悪くなさって、
2度の大きな手術をなさってからは、
キモノを着て、指導なさることができなくなった。
 
それでも、若い頃からお茶一筋に歩まれた人生の奥深い知識と経験を
いろいろ教えてくださったし、
お持ちの由緒あるお茶道具も惜しげなくお稽古に使ってくださった。
 
90歳といえば、それだけで十分お元気な方だと思うが、
人にものを教えるのは相当なエネルギーを要することなので、
きっとこのあたりが頃合いと判断なさったに違いない。
 
もし、おみ足が悪くなければ、そして、お耳が遠くなければ、
まだまだかくしゃくとして、あと数年は教えてくださっただろうに、残念だ。
 
私が最後に振られたお稽古は、『茶通箱』といって、
お免状もののひとつで、
お客さんお持たせのお抹茶と自分で用意したお茶の2種類の茶入れを
茶通箱という桐の箱に仕組んで、2服続けてお濃茶を点ててお出しするというもの。
 
久しぶりの『茶通箱』に、手順を忘れているところもあり、
先生は最後に穴の開くほど、しっかりお点前を観てくださり、
細かい所作のひとつひとつを見逃すまい、
次の先生に恥ずかしくないよう仕上げねばという熱い思いが伝わってきた。
 
この後、年が新たまったら、
私ともうひとりだけは、北鎌倉の先生のところに伺うことになっている。
 
他のお弟子さん達は、サブについていてくださった先生が開く、
公共施設を利用したお茶教室に移られる予定だ。
 
公共施設にはひととおりのお茶道具は揃えてあり、それを借りて、お稽古するらしい。
しかし、さすがにビルの中なので、お炭が使える炉は切っていない。
 
電熱器が仕込まれているお釜でお点前するしかない。
 
仲良くなったお社中の方と別れるのも辛いし、
サブの先生に不足があるわけでもないが、
お茶事は総合芸術なので、茶室や道具の要素はとても重要だと考えている。
 
今までの3人の先生はいずれもご自宅に茶室を開いている方だった。
今更、何とか会館に通うことはできまい・・・。
 
悩んだ末に、私は新しい先生とお教室を選ぶことにした。
その先生は今の先生のご推奨の先生だ。
 
どんな先生が待っていてくださるか、
どんなお弟子さんとご一緒出来るか、
どんなお茶室とお道具でお点前させていただけるのか、
すべてに未知数だけど、
私は2017年という新しい年に新しい場所へと移動することに決めた。
 
やっぱり、こういうことが起きる度に思うことは
人生は無常であるということ。
 
常なるものは何も無し。
 
永遠に続くことなんて、この世の中に何もないのだ。
 
今日のお茶室にかけられていたお軸は
「歳月 人を待たず」
 
月日は流れ、人は等しく歳を重ね、
時の流れと共に、出逢いと別れがある。
 
あ~ぁ、しみじみ。
 
あちらのお教室でも、先生に仕込んでいただいた通り、恥ずかしくないお点前をします。
7年間、ありがとうございました。
 
先生、どうぞ、お元気で!
 

0 件のコメント:

コメントを投稿