8月9月と丸2カ月間、
新作の彫りの作業に忙殺されていた。
何とか、それも9月末に彫り終えることが出来たので、
10月からはモードを摺りにシフトさせる。
まだ、摺りをするには気温が高く、
そう簡単にはモードも変わらないので、
まずは和紙を求めて
「千石」にある紙舗『直』さんという
紙屋さんに行くことにした。
10年近く前に、ここには1度来たことがある。
しかし、「千石」という場所は
今の住まいからはとても遠いので、
よほどのことがない限り、降り立つことのない駅だ。
今回の新作は正方形で90×90㎝の和紙が必要。
いつも和紙は
福井県の紙漉き工房にお願いしているのだが
そこではこの大きさの手漉き和紙は
扱ってないので仕方ない。
木版画は洋紙に摺るわけにはいかない。
必ず、楮の含有量が多い和紙に摺る。
しかも、私の作品は色数が多いので、
適当な障子紙とかいうわけにはいかない。
何色も何色もの摺りに耐えるだけの
上質で頑丈な楮の和紙が必要なのだ。
「千石」には最寄り駅から延々と京急に乗り、
三田で都営三田線に乗り換える。
電車に乗っている時間だけでも丸1時間かかる。
一度来ている場所なのでうっすらと記憶はあるが、
何ともノスタルジックな匂いのする街である。
途中、『伊勢が海部屋』という看板を見つけた。
一瞬、『伊勢ケ濱部屋』かと思ったけど、
似て非なる『伊勢が海部屋』だった。
後で調べると所属している私が知っている力士は
「藤の川」と「錦木」だった。
紙屋さんに向かう途中で
凄く大きな男の人とすれ違ったので、
きっと『伊勢が海部屋』に所属している
若手のお相撲さんに違いない。
紙舗『直』が何と言ってもノスタルジックの
最たるものなのだが、
残念なことに店内の写真を
バシャバシャ撮りたかったのだが
NGだったので、隠れて撮った1枚しかない。
大きな古い銅版の摺り機が置いてあり、
とにかくカッコいい。
ドイツ製だろうか。
「HARRILD AND SONS」
「ALBION PRESS」とあるが…。
同じ社名のもうひとぶり小さいプレス機もある。
しかし、それも撮る勇気はなかった。
店主に90×90㎝の紙を10枚カットしてもらうよう
注文して、静かに店先の椅子で待っていた。
そろそろかなと思う頃合いをみて立ち上がると
ちょうど10枚をカットし終わり、
お店の紙で包んでくれているところだった。
「この紙は楮何%ですか」と質問すると
「100%です」との答えが返ってきた。
ロールになっている和紙なので
手漉きでないことは分かっていた。
とても驚いて
「100%ですか。産地はどちらなんですか」と
思わず訊いてしまった。
すると店主は壁の張り紙を指しながら
「ちょっとお答えできないんです」という。
壁には書道の文字で
「和紙の生産地や制作者に関する質問には
お答えできません。
情報共有無分別化への小舗なりの挑戦です」
とあった。
「失礼しました」と心の中で呟いて
包んでもらった紙の筒を受け取った。
10枚の和紙で約25,000円だった。
ちょうどお昼時だったので、
帰り道、
千石駅ちかくの「FRESHNESS BURGER」に
入ってみた。
そこも何だかノスタルジックで
こだわり強めの店内だった。
なんだか普通のハンバーガーは違う気がして
「ホタテのフライバーガー」にしてみた。
「ポテトは揚げたてにこだわっています。
もしポテトが冷めていたら
すぐお申し付けください」とある。
やっぱり、こだわり強めだ。
揚げたてのポテトも
揚げたてのホタテのフライもとても美味しかった。
何だかどこもかしこも
「仕事はきっちりするけど、値段は高い。
それだけの価値はあると思っています」と
言っている気がした。
そんな頑固で一途な街「戦国」じゃない
「千石」だった。