県立循環器呼吸器病センターは
横浜能見台の丘の上にある。
以前は結核の療養所だったところだ。
いわゆる「高原のサナトリウム」
きっと静かな街の丘の上、
風光明媚で空気の美味しい場所だっただろう。
はるか向こうには海が見え、
大きな青空には
飛行機が銀色の機体を光らせ飛んでいる。
ユーミンの「ひこうき雲」の世界だ。
現在の病院は
広大な敷地に3階建ての低層建築で
外来病棟と入院病棟に大きく分かれている。
建設は昭和何年建設か、とにかく古い建物だ。
入院病棟は北ウィングと南ウィングに分かれ
私は今回、南ウィングの3階の病室だった。
入院第一目は、4人部屋をひとりで占有。
左手前の廊下側のベッドだったけど
すべてのカーテンを解放していたので
大きな窓の向こうには真っ青な空が見え、
とても開放的で明るかった。
入院2日目。
右手奥の窓際のベッドに新しく患者さんが
入院してきた。Iさんだ。
4人部屋がふたりになったので
カーテンでベッド周りを仕切ることになる。
聞くともなく聞こえてくる話し声によると
Iさんの今回の入院目的は
以前入れていたステントが細くなったので
バルーンで膨らませる
カテーテル手術を受けるとのことだ。
3泊4日の予定で
手術は私と同じ7月15日。
同じ日に片やぺースメーカー植え込み術の私と
カテーテル手術でバルーンを入れるIさん。
同じ循環器系の患者さんだ。
以前、カテーテル手術で入院していても
都度、現在の生活状況はいろいろ訊かれる。
静かな病室なので
カーテンの向こうの声は丸聞こえだ。
それによるとIさんはダンナさんは亡くなり
目下ひとり暮らし。
子どもさんは3人いるけど少し遠方にいる。
仕事は?と訊かれると
昔は油絵を描いていたけど、今は水彩画を
少し教えていると答えた。
ご高齢の方に仕事をしているか訊くのかと
少し驚いたが、
Iさんが水彩画を教えていると答えたのには
もっと驚いた。
術前のこの段階ではお互いカーテンの向こうで
顔は見えていないが、
話の内容に私はIさんに少し親近感を覚えた。
入院1日目、私も同じように身上調査のような
インタビューがあり、その時の看護師さんに
私は版画家で9月初めに個展があるので、
それまでには完全復活したいと告げていた。
そのせいか、その後、入れ替わり立ち代わり
お世話してれる看護師さん・看護助手さん
お医者さんなどの間で
私が版画家であることは周知の事実になった。
入院3日目の15日
午前中に心臓ペースメーカーの手術が行われ、
私は昼過ぎに病室に戻ってきた。
Iさんのバルーン手術は午後の1番手だったので
私とは入れ替わりで手術室に向かわれた。
病室ではカーテンで仕切られているとはいえ
それぞれのベッドわきで交わされる会話は
よく聞こえてしまう。
日に何度も行われる検温・血圧測定
サチュレーションはいうに及ばず
ご飯をどのくらい食べたかや体調・お通じなど
すべての状況が手に取るように分かってしまう。
この病院は、循環器科の患者さんと
呼吸器科の患者さんしかいない。
要は心臓疾患か、肺疾患か。
心臓は脈拍が止まってしまえばそれまでだ。
肺はそういうわけではない。
それが徐々に違いとなって分かるのだが
入院3日目まではIさんしか同室の方は
いなかったので
Iさんとは同病相憐れむ気持ちでいた。
手術を終え、二人共少し落ち着いたあたりで
Iさんの方から話しかけられた。
「ハギワラさんは今回、ペースメーカーを
つけられたの?」と。
「はい、そうなんです。Iさんはバルーン手術ですか」
「そうです。以前入れていたステントが
細くなったのでバルーンで広げる手術でした。
実は私、ペースメーカーも入れているんですよ」
え?!ペースメーカー?大先輩じゃん。
「そうでしたか。どのくらい前からですか」
「25年くらいかしら」
そんなに長いことペースメーカー入れていても
お元気なんだと2度びっくりした。
「でもね、1回目に埋めた後、退院後に感染して
再手術になって、一旦、左胸に埋めたのに
右胸に新しいペースメーカーを入れ直したのよ」
「えっ、再手術??
左胸から右胸に埋め直し??
そ、そ、そんな怖い!!」
そんなことにだけはなりたくないと思ったが、
Iさんは上品な声で
「ねぇ、酷いでしょ。その時は困ったわ。
でも、それ以後は何事もなく元気よ」と
ペースメーカーについていろいろ話してくれた。
その日はそのくらいのおしゃべりだったが
次の次の日、Iさんは退院の前の時間に
カーテンを開け、
私のベッドサイドに来てくれた。
そして、
ペースメーカー植え込みの後は
テニスでも何でも出来ること
電池は8年以上もつこと
もうすでに2度電池交換していることを
話してくれ
胸元を開けて手術跡の傷も見せてくれた。
右胸には3本の平行なラインがうっすらあった。
よく観なければ分からない細い傷跡だった。
左胸にも最初の傷があったが
言われなけれが分からないほどだ。
小柄なIさんだが
胸元のペースメーカーは浮き上がるほどでもなく
ほんの少し山なりになっていた。
術前に見た症例写真では
あばら骨が出るほど痩せたおじいさんの胸に
手に取れるほどくっきりペースメーカーの
形が見て取れたり、
案外、醜い傷跡の写真があったので
Iさんの傷跡は美しいとさえ感じた。
そして、Iさんは
「私も美大を出て油絵科だったのよ。
10月にはインドネシアでグループ展があって
出品予定なの」とおしえてくれた。
Iさんの水彩画はおばあちゃんの趣味かと
思っていたので、3度びっくりした。
しかも多摩美の油絵科だったという。
世の中、あまた人がいる中で
絵画関連の集まり以外で美大での人と会うことは
まず滅多にない。
「ハギワラさんはこれから個展なさるの?
銀座のどちらで?伺おうかしら」と
思いがけない展開で話が弾んだ。
それがこんな病院の同室で
同じ日に心臓系の手術をし
しかも、ペースメーカーの大先輩だったなんて。
とても心強い。
思わず、名刺と個展の案内状を渡し、
Iさんの住所と電話番号を手帳に控えた。
そこで、退院のためのチェックに
担当の看護師さんが声をかけてきたので
病院でのおしゃべりはここまでになったが、
思いもかけない出会いだったと
ふたりとも確信した。
Iさんが病室を出る時
私たちは思わずハグし
「次は銀座でお会いしましょう」と言った。
Iさんも「一期一会の出会いね」と微笑み、
手を振りながら病室を後にした。





































