















3月8日~9日の1泊2日で
ダンナと次女と私の3人で箱根に行ってきた。
名目はダンナの誕生会。
本当の誕生日は1月なのでとっくに過ぎている。
長女が結婚し子どもが生まれてからは
彼女は簡単に夜、出歩けないので
この3人で誕生会と称して
誕生日ディナーを行ってきた。
しかし、今年は「温泉に行きたい」という
当人の希望を尊重して
温泉旅行に出かけることにした。
場所や日程はとかく口うるさい人たちに任せ
私はただその予定に乗っかり
美味しいものを食べ、
温泉三昧を決め込むことにした。
「源泉かけ流しの温泉じゃないと嫌だ」
「口コミの評判が悪い人がいるのは気になる」
「ポーラ美術館と箱根神社に行きたい」など
とにかくダンナの意向を汲み
次女がいろいろ検索し決定したのが
箱根の強羅にある旅館「翠雲」だった。
中学生以下は泊まれない大人のお宿で
今流行のオールインクルーシブ。
お料理の評判がとてもいいので
私もとても楽しみにしていた。
強羅は山の上にあるので路面が凍結し
スノータイヤでないと
ダメかもしれないということで、
直前にそんな準備もしながら
車で出かけることになった。
天気も上々、8日はピカピカの晴れだった。
行きの車窓から見える富士山も
雪をいただいた壮麗な姿を見せ
箱根駅伝でマラソンランナーが
走る道そのものを一路強羅に向け走った。
幸い箱根は山にさしかかっても
雪らしきものは跡形もなく
結局、心配したことは何も起こらなかった。
ふたりがいろいろ揉めながら決めたお宿も
若めのスタッフが着物姿で立ち働く
気持ちのいいお宿だった。
お部屋はヒノキの露天風呂がつき
気持ちのいい寝具のベッドが4つ。
ファミリータイプの間取りなので3部屋ある。
ただ、
温泉がダンナこだわりの源泉かけ流しでなく
温泉には違いないけど
硫黄泉ではなく泉質はサラっと系。
ダンナはそこがイマイチだったみたい。
しかし、お料理は評判通りの豪華さで
いずれも丁寧に作られた懐石料理。
最初のお盆にはお造りにはじまり
数えきれない品数の小鉢ものと蛤のお吸い物。
メインとその次とご飯は幾種類かの中から
選ぶプリフィクス方式だ。
夕飯の他にも
お抹茶のコーナーがあり、
目の前でお姉さんがお茶を点て
和菓子と共にいただける。
お風呂上りに食べられるよう
ハーゲンダッツやアイスキャンデー
雪の下にんじんのジュース、牛乳、
サーバーから注ぐ生ビール、
夜食のラーメンなど、到底食べきれない量の
いろいろなサービスがつく。
オールインクルーシブだからと
勢い込むけど、
あまりに種類が多すぎて制覇できそうにない。
完全にいつもの食事量を軽く超え
体重計に乗るのは当分怖くてできないだろう。
更に朝食も引き出し付きの三段重に
ぎっしり小皿が入っている上に
別のお盆に金目鯛のひものや
豆乳かのような豆腐なべがついた。
夕飯も朝食もお品書きだけ見ても
その手の込みようと豪華さが知れる。
お食事狙いの方にはおススメのお宿だ。
2日目は
ようやく箱根らしい所にもいくことになり
次女の発案で
ポーラ美術館と箱根神社に行くことに。
箱根にはいくつもの美術館があるけど
ポーラ美術館は私も初めてだ。
常設の作品にはモネやルノアール、ピカソ
ゴーギャン、ルソーなど
かなり資金を投じて収集された作品がある。
しかし、目的は現在行われている企画展で
「SPRINGーわきあがる鼓動」
と題された展覧会だ。
ポーラ美術館は箱根の山に抱かれた場所にある。
その美術館の企画展として
美術館の置かれた場所に意味があるようだ。
春、生命が再生する時間の中で
その春の芽吹きのように湧き上がる鼓動を宿し
私たちの存在と歓声を揺さぶる絵画
彫刻、工芸、インスタレーション作品を
紹介するとある。
展覧会は想像以上に刺激的で
静謐でありながら
地面の下から躍動するような力を
確かに感じることができた。
正に啓蟄か…。
2026年5月31日までの会期なので
機会の持てる人には
是非、観ていただきたいと思った。
美術館の後はすでにランチタイムだったけど
あまりに飽食の夕飯と朝食だったので
ランチはパスし、
箱根神社と関所にも行ってみた。
こちらも私は初めての場所だったので
新鮮だったけど、
箱根神社は人も多く、
海に突っ込むように立っている鳥居の下で
写真を撮りたい若者が
長蛇の列をなして順番を待っていた。
次女も私ももちろんダンナも
その手の流行りものが苦手なので
横目で見ながら退散した。
最後は3時半を回った頃に昔からある
お蕎麦屋さんで自然薯そばを食べ、
金目鯛とかますの干物を買って
帰りの途についた。
箱根路をおりてくればくるほど
人も増え、繁華街っぽくなる。
非日常の贅沢と
非日常の芸術は山の上にある。
そんなことを家路を急ぎながら感じた小旅行。
命の洗濯は出来ました。
3月の上旬がこんなにしんどくなったのは
何年前からだろう。
毎年毎年2月中頃から
「今年の花粉の飛散量は例年より多い」という
気象庁の発表を聞いているような気がする。
例年とはいつのことを指すのか。
気温の例年は過去20年の平均値をとり
それより高いとか低いというらしい。
つまり、気温は20年以前だから、
平成の始めや昭和はカウントされていない。
昭和生まれの人間が
「昔は30度を超えると暑い暑いと
言ったもんだ」などというのは
はるか昔のカウント外の出来事なのだ。
それと同じで
杉花粉の飛散量も毎年更新されているとしたら
10年前などとは比べものにならないぐらい
飛んでいる気がしてならない。
今年は2月23日の春一番が吹いた日に
カチッと音がするぐらい明快に
花粉症の症状が始まった。
以後、今日までそれは止む気配は
全くない。
それどころか、雨が降ると
花粉が砕けて小さくなり、
雨上がりにブワッと飛び散り
マスクも通過するとか。
聞いただけでもクラクラする。
まるで花粉が見えるようである。
そんな状態なのに
今週は1日の日曜日から6日の金曜日まで
コピペしたかのように
朝10時からのカウンセリングが並び、
その後のカーブスかお茶のお稽古、
各種買い出しなどで出歩く毎日だった。
その間、花粉症の症状はひどくなる一方、
コンタクトレンズが使えないので
しかたなくメガネにマスク姿になり、
行く先々で
「先生、メガネだったんですね。
花粉症ですか、私もです」という会話が
デジャブのように繰り返された。
寝ていてさえもくしゃみが出るし
目は悶絶するほど痒く
目の周りをグリグリしてしまうせいで
涙の塩害と花粉のゴロゴロとで
目はバンパイヤ、瞼は二重ならぬ三重に。
この表現は去年も書いた気がして
頭がバグリそうである。
そんな辛い1週間を払拭するため
本日は新作版画の原画を
トレッシングペーパーに写し、
更に版木に転写する作業をした。
個展を見据え、
もう2点、雨だけを作品化したものを
創ろうと思っている。
いつも本摺りの途中で
ここで辞めてもいいかもと思う瞬間があると
書いたと思う。
それを実際にやってみようという訳だ。
結局、雨だけでは心細いので
ちょこっと猫がいたり、
紫陽花のシルエットが入ったりしているが、
基本、
雨だけで成立するかのトライアルである。
今日は1歩も家から出ていないので
さすがに目の痒みやくしゃみは出ていない。
体は正直にできている。
異物が混入すれば排斥しようとする。
異物の侵入を絶てば
落ち着いたもんだ。
外の風の音を聴きながら
今日1日は静かに
在宅作業にいそしむことにする。
今朝は朝から冷たい雨が降っている。
気温が昨日よりグッと下がって寒い。
朝の最高気温9度が午後にはもっと下がるとか。
先週末は春の陽気で
もうこの調子で桜が咲くのではという
温かさだった。
こうやって三寒四温で
春は行きつ戻りつしながらやってくるとは
知りつつも、やはり冷たい雨の日は
テンションが下がる。
私の予定はきれいに毎日朝10時からの
カウンセリングが土日もなく並んで、
カウンセラーとしてはいいと思うのだが…。
認知行動療法というのは
同じ事象もものの捉え方ひとつで
違って見えるものなので
自分の感じ方や考え方のクセを理解して
少し見方を変えることで
気持ちが楽になったり前向きになることを
目指している。
それをカウンセラーとしては
日々、クライエントさんに解いているのに
いざ、寒い雨の朝になると
「雨の日もいいもんだ」
「ずっとピーカンの晴れだったんだから
雨も必要だよね」と明るくなれない。
「この寒い雨の中、出かけるのはおっくうだ。
何を着ていけばいいのさ」と
布団の温もりから這い出せずにいた。
ようようカウンセリングルームについて
窓の外を眺めても
雨にけぶった白い街は寒々しいだけだ。
それでもクライエントさんの
「子育てあるある」のエピソードを聴き
私も孫のところの話や
自分の家の夫婦関係の話など
自己開示満載のカウンセリングをするうちに
何度も笑いの渦に巻き込まれ、
クライエントさんは
そう感じているのは自分だけじゃない
悩んでいるのは自分だけじゃないと分かり
心がほぐれていく。
それが我がカウンセリングルームの
いいところだと思う。
悩み多き子羊たちが集い
想いの丈を吐き出すうちに
みんな笑い声を立てて笑顔になる。
そうこうするうちに
寒い雨もまた良しと
思えてくるから不思議だ。
カウンセリングの後には定例の
カーブスでひと汗かき
(実際は寒くて汗などかかないが)
デパ地下でひな祭りだからと
桜餅と草餅を買った。
家につくとポストの中に
友人が送ってくれた
「三月の大相撲番付表」が入っていた。
友人が親のような気持ちで見守る
「友風」は先場所、大負けしたので
幕内から十両に。
私が推している「大の里」は
西の横綱として名を連ねていた。
今年はオリンピックにMBA。
サッカーもワールドカップがある。
世界規模の大きな大会の合間に
大相撲も三月場所に五月場所と、
アスリートは休む暇もない。
メディアが取り上げるのは
美味しい部分と強い部分だけなので、
裏の選手や力士の日々の努力は
なかなか見えてこない。
しかし、実際は寒いだの暑いだの
しのごの言っている間もなく
こつこつ練習した者だけが輝くのだろう。
墨の香りがしてくるような
文字がびっしり並んだ番付表。
高い位置にいる時は一目でわかる
大きな文字。
落ちれば探しても見つからないような
小さな文字。
そのあからさまな現実に
目を落としながら
桜餅をかじった。
ほのかな小豆の甘み
もっちりした皮の柔らかさ
桜の花の塩漬けがアクセントになって
より甘みを引き立てている。
桜餅も
甘いだけでは美味しさがぼけてしまう。
塩味が舌にさわることで
甘さももっちり食感も活きている。
毎日毎日、冬晴れが続いていて
もういい加減に雨が欲しいと
言っていたくせに
降ったら降ったで文句を言う。
「どの口がそんなことを言っているんだ」
そう自分に喝を入れ
ものごとにはいろいろな側面があって
初めて相乗効果があるという
永遠の真理にたどり着いた。
あ~、美味しかった!
草餅も食べちゃおうかな~!
(こらッ)
今週は雨が毎日のように降るというので
俄然、本摺りをしたい欲望にかられた。
3枚同時に立ち上げたうちの2枚の
試し摺りと本摺りをするのが
2月のミッションでそれはすでに
クリアしていた。
しかし、この冬晴れ続きの中、
雨が降るとあっては黙っていられない。
何しろ、本摺りは湿度が命。
和紙の湿り気を保ちつつ
摺らなければならない本摺りにあって
外が雨降りなのは
願ってもないチャンスなのだ。
残念なことに日程的に一番大雨の水曜日は
お茶のお稽古で
家に籠って本摺りという訳にはいかない。
しかし、木曜日の午前中までは雨の予報。
私は取るものもとりあえず
水曜日の午前中に和紙の湿しと
絵具の調合をして、木曜日に備えた。
昨日の水曜日は叩きつけるような大雨で
外に出歩くのをためらうほどだったが、
何とかお茶のお稽古には行って
早めに失礼して帰ってきた。
完全に気分は『摺り師』モードで
一刻も早く摺りたいという気持ちがはやる。
たぶんこういう時はアドレナリンが出ている。
夜も全く寝付けなかったので
朝早く起きることにして
まだ、夜明け前の画室に籠った。
今回の摺りは『亀さん』が主役。
蓮の葉に乗ったら重みで少し沈んで
半身浴状態になった。
そんな亀を去年の夏に取材したので
作品化したものだ。
本摺りとは別に、
目下、制作している新しいHPに
制作風景の写真が必要で
木版ならではの「見当」の画像を
撮らなければならない。
他にも黒い蓮の葉の版か
水紋の濃紺の画像も必要なので、
本摺りをしながらも要所要所で
撮影にも気を回さなければならない。
幸いダンナはこの雨の中、
早朝からゴルフに出かけたので
ひとり静かに作業ができた。
しかし、ダンナは
案の定、10時過ぎには帰ってきて
「雨で中止になった」という。
別に摺りの邪魔立てするわけではないが
いないに越したことは無いというのが
正直なところ。
本日の摺りもノーミスで午後2時過ぎに終了。
ランチタイムにテレビをつけると、
凱旋帰国したオリンピックの
金メダリストのりくりゅうペアが
あっちの局にもこっちの局にも
出ている。
毎日毎日、SNSもりくりゅうペアばかり。
33歳の龍一君がわんわん泣いているのを
抱きしめてなぐさめる24歳のりくちゃん。
坂本花織の最後のオリンピックは
どこかに霞んでしまって
日本中、
りくりゅうペアの話題で持ちきりだ。
木原運送の場面も何度見たことか。
それにしても美しいフリーの演技。
信頼し合っているからこそのリフト。
そんなこんなをおばちゃんも観て
うっとりしつつも現実に戻る。
8枚の本摺りを仕上げて水張りをする。
みるみる色が明るくなり、
ちょっと亀が水の白に沈んで弱々しくなる。
そのことは織り込み済みだったが、
乾いてみて初めて
やっぱり亀が少し弱いかも…と思う。
絵具の濡れている時と乾いた時の明度差は
何十年摺っていても
その時々の水分量や重ねの色の染み込み具合
色による乾湿の明度さの違いなど
毎回、違うので本当に悩ましい。
とにかく新作の本摺りが終わった。
さあ、ダンナも帰ってきちゃったし、
晩ご飯は何にしようかな~。
ちゃんとキッチンに立とうとする自分に
ご褒美をあげたい気分だ。