今日は毎年この時期に行っている
「人間ドック」の日だった。
場所はみなとみらいのランドマークタワーの中、
7階にある人間ドック専門のクリニックだ。
内部の写真撮影がNGなので
毎年、お気楽な美しいみなとみらいの風景で
失礼しているが、
今年はひとつ、今までとは違う検査を受けた。
今までは一連の検査の最後に
魔の天王山として
「胃のバリウム検査」があった。
私はあれが大嫌いで
そもそも台の上でこれ飲んでと渡される
バリウムがうまく呑み込めない。
やっとの思いで飲んだかと思ったら、
炭酸水で膨らませなければいけないのが
地獄である。
「はい、ゲップが出そうになるのを
我慢して~」と検査技師はいうが
我慢しようと思っても出るものは出る。
すると、
「ちょっと萎んじゃったので
もうちょっと飲めるかな」と
容赦なく「追い炭酸」がくる。
その後、台の上であっち向け
こっち向け、息を止めろ、
楽にしろ、反転してみて、
斜めにして、ハイそこで止めてなど、
いい加減にしてくれというほど
ぐるぐる回される。
本当に胃のバリウム検査は苦手だ。
しかし、そのバリウム検査より辛いのが
胃の内視鏡だと聞いていたので
今まで、手堅く回避してきたのだが、
なぜか、ダンナが「今年は内視鏡にした」と
何の相談もなく申し込んでしまった。
そして、いよいよ当日。
興味半分、恐怖半分。
やはり、一連の検査の最後の最後に
その恐怖の天王山はやってきた。
受付から他の検査ルームとは反対側
奥へ奥へと進んだところに
検査室はあった。
何年も通ってきたクリニックだが
未体験ゾーンに突入である。
最初の問診のところで、先生に
「なにしろ初めての胃カメラなので
それが心配です」と訴え、
添え書きまでしてもらっている。
中に入ると私はダンナの次の順番だった。
手前の部屋で椅子に座って
胃をきれいにする飲み薬を飲んだ後、
凍らせた麻酔薬を渡された。
口に含んでジワジワ溶けていく。
溶けきったら、以後出てくるつばは
飲み込んではいけないなどと書いてある。
注意書きのパネルを見ながら
次の部屋に通されるのを待った。
いよいよ検査室に入室すると
ゴマ塩グレイヘアの色白の先生と
女性の看護師さんがふたり。
ベッドに座って、追い麻酔を喉に
2回プッシュされた。
その後には例のマウスピースを
くわえさせられたので、
「初めてなので緊張してます」とか
「痛くないよう宜しく」とか
何も言うタイミングもなく
次々口に何か突っ込まれてしまった。
次に体の左側を下にして、右足を折ると
すぐに先生が黒いコードを持って
迫ってきた。
「では始めましょうね」と言って
コードが口の中に入っていくのが分かる。
看護師さんは後ろに回って
ずっと肩をトントンしてくれている。
あっという間に
「今、一番細いところを通過しました」
「上手ですよ~」
「胃の一番底の部分です」
「今、3分の2くらい終わりました」
「後は抜くだけですからね~」などと
グレイヘアが優しく言い続けてくれる。
看護師さんのトントンも
「いい子いい子、がんばれがんばれ」と
小さい子どもが注射を打つときみたいに
途切れなく続いている。
お陰でよだれをダラダラさせつつも、
1回もオエッみたいなことにはならず
実に何事もなく検査は終わった。
50歳ぐらい(そんなに?!)
若返ったような気持ちになって
「あ~、初めてだったので緊張しました。
ありがとうございました」と
可愛くお礼を言うことが出来た。
「とても上手でしたよ」と褒めていただき、
画像をすぐさま見ながら
所見をお聴きし
何事もないとお墨付きをいただいた。
終わってみれば、
バリウムより断然、内視鏡の方が
楽だということが判った。
次女はオエッとなるから
追加料金を払って麻酔注射をして
寝ている間にやってもらうと言っていたが、
私は喉の麻酔だけで大丈夫だった。
こうして本日の恐怖の人間ドック
胃の内視鏡検査は無事終了。
最後は会計である。
今年から年齢の上限を上回った夫が
会社の補助を受けられなくなったとかで、
自費での人間ドック検査になった。
年をとったからこその人間ドッグなのに
自費ってどういうこと??
そこに慈悲はないのか??
腑に落ちない(ったく)
そこへもってきて
自分の分は自分で払えよみたいな空気を
平気で出してくるダンナ。
腑に落ちない(ったく)
世の中、腑に落ちないことだらけであるが、
会計のカウンターで
「どうする?どうする?」と
タクシーGOのCMみたいに
もめるのも恥ずかしいので
とにかく自分の分は自分で払った。
でも、ひとついいことがあった。
今回、昨年に比べ
4㎏のダイエットに成功したので
クリニックから
「おめでとうポイント」を
もらえることになった。
来年の受診時に使えるというので
来年もまた、
胃の検査は内視鏡でいこうと思う!!
グレイヘア、辞めないでよ!
明日は節分
明後日は立春
2月に入ると急に春めく行事が続く。
今年は中国の春節の時期も
例の発言問題が原因で中国人の観光客は
激減になりそうな様子。
それで稼いでいた観光業の方には
申し訳ないが、
マナーや節度のない方々には
来て頂かなくても…という気持ちである。
日本では2月3日には「豆まき」という
文化がある。
イマドキ豆を撒いたら
後の掃除が大変だ
食べられるものを撒くなんてと
実際に豆まきをするご家庭はないに等しい。
我が家も子どもが小さかった時はともかく
ここ何十年も撒いていない。
その代わりと言っては何だが
毎年、
「豆まきの豆とじゃこの甘がらめ」は
必ず作る。
それも3度くらいは作る。
1回に豆3袋じゃこ2パックを使い
うさぎのキャセロールに入れるのだが
昨日も作るなり
貪り食うダンナがいた。
後をひく味なのは分かるが
そんなにいちどきに食べては
糖分の摂取量がハンパない。
しかし、大豆もじゃこも
大切なたんぱく質なので
片目をつぶることにした。
折しも申し込んでいた石田様の
コンサートチケットがドサッと届いた。
ドサッとは大げさなと思うかもしれないが
6枚つづりでケース入りなので
友人の分も含めて宅急便で届いたので
ドサッといっても言い過ぎではないのだ。
石田様の「熱狂の夜」は
1年おきにミューザ川崎で行われる
コンサートで
6月から11月まで月イチの6回続き。
演奏者が
1人(ソロ)
2人(デュオ)
3人(トリオ)
4人(カルテット)
14人(石田組)
40人(オーケストラ)
と、増えていく。
来た来た来た~!!という感じ。
というわけで今年の後半は
とりあえずお楽しみは盤石。
5月に大相撲観戦もある。
とはいえ、
6月の紫陽花展
9月の銀座の個展!
9月の「文学と版画」展
10月の版画協会団体展
と、版画家業が忙しい。
バッティングしている所はどう乗り切る?
パティシエ学校のテストの採点もある。
どうする?どうする?どうするの~?
しかも
お金の出も忙しいので
稼がなければ首が回らない。
考えただけでも憂うつになるが、
ここはひとつ大きく息を吸い込み
自分に檄を飛ばす。
豆とじゃこの甘がらめを頬張り
願う
「福よ来い!!」
「もっと来い!!」
1月の木版画のミッションは
新作3点分の「彫り」を終わらせることだ。
それは先週半ばには終わったので、
「彫り」が終わると
次は「摺り」である。
浮世絵で言えば、
「絵師」「彫師」「摺り師」「版元」の
「摺り師」のパートだ。
江戸時代、
浮世絵はこれがすべて分業だったので、
絵師がまず原画を描いて、
彫り師がその原画を版木に転写し彫る。
出来あがった版木を使って
摺り師が版画として完成させる。
それを版元に届け、販売するという流れだ。
浮世絵は4段階のステップがあり、
少なくとも4人の人が介在する。
しかし、浮世絵で名前が残るのは
絵師だけである。
その工程を現代では版画家ひとりで
全部やっていることになる。
版元でさえ、
画廊を介して売れることもあるが
個展やグループ展でのお買い上げは
版画家から直接、ご購入いただくわけだから
版元役もやっていることになる。
実際に木版画を創っている身にすれば、
大変なのは「彫り」と「摺り」なのに
浮世絵では
なぜかそれは職人仕事として扱われ、
アーティストではないので無名なのだ。
現代でも工房に摺りをお願いしている場合、
絵を描いた人の名前でその作品は出るので
工房の名前や彫り師、摺り師の名前は
出てこないのが通例だ。
さて、
1月の私は「彫師」の仕事を終え、
2月は3点の作品のうち
できれば2点分、
試し摺りと本摺りを終えたいと思っている。
とはいえ、
早く「彫り」が終わったからといって
すぐに「摺り」を始められるわけではなく、
「摺り前夜」ともいえる準備がいくつかある。
まずは
版木の中のたくさんある見当が
どの部分を摺るための見当か、
トレぺ原画を版木に当てながら
マークを入れていく。
1枚の版木に複数の見当があるので
試し摺りや本摺りで
摺ってはいけないところを摺らないよう
事前に確認する必要があるのだ。
次にそれぞれの作品の色彩プランを練る。
原画は紙に描いて起こしているので
鉛筆で大体この色にしようかという色名を
原画に記入する。
試し摺りをとった際に
ピンとこなければ変更することもある。
でも、あらかじめ色彩プランがあると
摺りの途中でも
作品全体の色彩をイメージしやすいので
案外、大切な工程といえる。
今朝はその作業をしたのだが、
ふとみると
長年使ってきた鉛筆削りの
なんと古式豊かなこと!
たぶん50年以上使ってきた小さな鉛筆削り。
結婚前から使っていて、
赤いボディに
ベタベタシールが貼ってある。
このシールは香港在住時代、
幼い長女が、
私が版画の作業する傍らにいて、
箱で購入した
日本産リンゴに貼ってあったシールを
「ここに貼ってもいい?」と訊かれ
「いいよ」と答えて貼ったものだ。
ひとつ貼るのかと思ったら、
鉛筆削りの四方八方、
くまなく貼られてしまった。
でも案外きれいに貼ってあったので
そのままにして使い続けてきた。
今、シールはもはや目を凝らして見ても
字が読み取れないほどだが、
「青森」の文字がなんとか読める。
手動の鉛筆削りの後には
鉛筆をつっこむと
ジュッと音を立てて削れる電動式鉛筆削りが
登場したが、私は好きになれなかったので
一度も購入したことはない。
現代では鉛筆はどうやって削るのか?
鉛筆削りなんて文房具屋で見かけない。
もはや鉛筆は使わないのか。
いや、そんなことはないなどと
ひとり画室で思いを巡らせ
ククッと笑った。
現在もこのシールベタベタの鉛筆削りは
何の支障もなくきれいに鉛筆を削ってくれる。
そして、このシールを見る度、
今は8歳児と5歳児の母親になった長女が
「ここにシール貼ってもいい?」と
訊いてきた3歳の可愛い声が聞こえてくる。
夕べは
パティシエ学校の講師6人で横浜中華街に出向き
ローカルなレストランで新年会を行った。
6人全員がそれぞれの科目の非常勤講師だ。
普段はなかなか同じ曜日の授業ではないので
お目にかかることは少ない。
それでも何かしら共通点があって
展覧会に行き来したり
食事会に参加したりしてきた。
今回は横浜校に勤めているので
中華街のレストランで新年会をという
運びになった。
私は早めに行って、
たまには関帝廟にお参りしたり、
中華食材が欲しかったので
ショッピングを楽しむため、
ひとりで中華街をぶらつくことにした。
関内駅から徒歩10分
2つの中華街ならではの門をくぐり
次第にメインストリートが近づいてくる。
旧正月前の賑わいがすごいのではと
思っていたが、
例の高市さんの発言のせいか、
景気の悪さが影響しているせいか、
インバウンドの観光客はもちろん
日本人も中国人も人はまばらで
閑散としていた。
旧正月をお祝いする電飾系も
例年よりショボい気がする。
それは昨年末のクリスマスの時にも
同じように感じたので
日本中、中華街も含めて
こうしたお祭りや催事に
お金がかけられない状況なのかもしれない。
メインストリートの中にある
中華食材のお店で
お目当ての中華スープの顆粒だしと
缶に入った中華味の素を買った。
普通にスーパーやデパ地下で
手に入れられなくもないが、
断然、中華街で買う方が安いので、
こうした機会に求めるようにしている。
しかも安いだけではなく
詰め替え用があったり、
大きな缶のものもあるので、
お得感満載だ。
もちろん私は詰め替えタイプと
大きめの缶を購入した。
急に重くなったバッグをさげ
関帝廟方向に向かうと
遠くに大きな赤い提灯が見えてきた。
浅草浅草寺入口の大きな赤い提灯は有名だが
関帝廟の赤い提灯も迫力がある。
もうすぐ陽が落ちる夕暮れの空に
ライトアップされた本殿が浮かび上がり
周囲を囲む赤い提灯の灯が美しい。
ここは観光客というより、
日本にあって横浜という地に住んでいる
中国人のための祈りの場という感じだ。
こちらも人影はまばらだったが、
階段の上の本殿の前では
中国式のお線香を手にした女性が
熱心にお線香を上下に振りながら
お祈りしていた。
長いお線香の先から立ち上る白い煙が
お線香を振る度に大きく揺れ動き、
香りが際立ち階段下まで降りてくる。
異国の人の祈りの場なんだという気がした。
階段下で受付のおばちゃんから
お祈りの仕方を教えてもらっている
日本人の若いカップルが、
長いお線香を手に真面目に話を聴いていた。
デートで中華街に来て
「面白そうだからやってみようよ」と
いうことだとは思うが、
ただ表通りで台湾から揚げを立ち食いしている
若者よりずっといい中華街の楽しみ方だ。
約束の時刻になり、レストランにいくと
三々五々、他のメンバーもやってきた。
「華錦飯店」というローカルなレストラン。
たまにテレビの取材とかで出てくることもあるが
メインストリートから市場通りを抜け
かなり外れたところにあるので、
ミーちゃんハーちゃんの知るところではない。
隣で魚屋も営んでいるので、
メニューにたくさんの魚介類が入っているのが
魅力のひとつだ。
今回のメンバーで中華料理に精通しているのは
香港に居住していたことのある人ということで
いつのまにか料理の注文はすべて
私が担当することになった。
きさくな中国人のお兄さんが
今日仕入れられているオススメ魚介を
教えてくれたので
「白貝の蒸しあんかけ」を筆頭に
「ヤリイカとネギチップの塩胡椒炒め」
「蒸し鶏の胡麻味噌ソースかけ」
「海鮮煮込みそば」「海老の大葉巻き」
「特製焼餃子」「海鮮あんかけ炒飯」
「揚げ豆腐の中華家庭風煮込み」
「何とか入りとろみスープ」など。
とろみスープの中に入っていた髪の毛みたいな
もずくのようなものは
滅多に日本では使われない中華食材で
中国や香港では
冬になると出てくる体が温まるスープだ。
ここにも貝柱や海老やいかなど
ごろごろと魚介が入っている。
味付けは塩ベースで
最後に卵の白味が入ってかき玉になり、
とろみもつけているので
冷えた体にじわっと染み入る美味しさだ。
写真は「白貝」というはまぐりとあさりの間
みたいな平たい貝の蒸しもの。
あんはネギやショウガの効いた中華スープの味。
白地に青い縞々模様がきれいな貝で
平たいくせに身はぷっくりしていて
とても美味しかった。
いわゆる中華のコースでは
お目にかかれないような料理の数々。
大昔、香港に住んでいたことがあるという
昔取った杵柄で
お兄さんと相談したり、勘を働かせ
注文したものはすべてとても好評だった。
メンバーから
「また、誘ってくださいね」と
口々に言われ、
夏にもまた「暑気払いの会」を約束した。
本当はこんな風にお店の人と仲良くなり
一般的でないオススメの料理を
愉しめるのが
中華街のレストラン利用の極意だと思う。
なかなかそういう頻度で来られないのを
残念に思いつつ、
「推しレストラン」を見つけたようで
嬉しかった。
5年物の紹興酒が美味しかったことも
付け加えておこう。
2026年1月24日(土)
お茶のお稽古場で「初釜」が行われた。
昨年は先生が大きな手術をなさったため
初釜は行われなかったから、
2年ぶりの「初釜」である。
「初釜」とは文字通り
その年の始めに行う稽古茶事である。
お社中のメンバーのドレスコードは着物。
しかも初釜なので
訪問着クラスの華やかで格の高い着物が
暗黙の了解だ。
私は今回は、江戸小紋の訪問着
写真には写っていないが、実は、
裾回しに竹の手描きの柄が描かれている。
帯は全通の袋帯で
黒地に笛の柄が総刺繍で織り込まれている。
お茶中のメンバーが集まると、
まず新年のご挨拶をし、
お茶室には「お客様役」のメンバーだけが
席入りする。
先生は「亭主」
他に「炭点前」「濃茶点前」「薄茶点前」の亭主役は
水屋に控えていて
自分のお点前の番になったら
その割り振られたお点前をする。
お炭点前の後には
本来なら懐石料理をいただくのだが
ここ数年はお弁当をとって
それをいただくのが常だ。
今回は「鉢の木」のお弁当とお吸い物。
お弁当の後には主菓子をいただき、
その後にお濃茶点前が始まる。
写真は最初のお道具組のものだが
肝心のお茶碗やお茶の入った茶入れや茶器は
写真に収めることができなかった。
ましてや
お点前中の写真撮影はNGなので
お弁当を食べているところと
最後の集合写真しかないのは
ちょっと残念。
それでも、新しいメンバーが3人も加わったので
集合写真も何だか新鮮だ。
先生がお元気になられて
また、こうして「初釜」ができてよかった。
私は本日はお客さん役だったので、
何のお点前もしなかった。
ただ、お弁当をいただき、
お菓子をいただいて、
お濃茶と薄茶をいただきながら
おしゃべりしていただけなので
お気楽な役どころだった。
しかも、初釜となると
先生はふだんは使わない高価なお道具を
出してくださるので
まさに「眼福」
拝見するだけでいろいろ勉強になるし、
目も楽しい。
今回のお道具で印象に残ったのは
お濃茶が入っていた茶入れとお仕覆。
お薄茶が入っていた茶器。
どちらも写真がないので
リアリティがないのが残念だ。
茶入れはあんこう型と呼ばれるもので
魚のアンコウのように口が大きい。
茶入れのふたには今や禁制品の象牙が
使われているが、
いつもの茶入れのふたの4~5倍の大きさで
裏は金張りだ。
アンコウは冬の魚なので、
このお茶入れも冬にしか使えない。
お茶入れはお仕覆といって
巾着袋のような絹物に包まれているのだが
よろけ縞の柔らかい色合いのお仕覆だった。
一方、お茶器の方は
大棗で黒の漆に金蒔絵。
鶴の絵柄が何羽も描かれていた。
銘は「千羽鶴」
金線が盛り上がっていて豪華だった。
蓋の裏には「久田宗匠」のお顔。
もしかしたら、今回のお道具の中で
一番高価だったのはこれかも。
と、下世話な想像をした。
初釜の濃茶のお茶碗は
「重ね茶碗」といって大小の組茶碗が正式だ。
楽の茶碗の内側に金が塗ってるものと
銀が塗ってあるもので一組になる。
私は今日は三客だったので、
最初の金のお茶碗で三人分点ててあるので
三人目の飲み手として
お濃茶をいただくことが出来た。
コロナ禍の時は
一椀で何人かがお茶を飲み回すという
茶道で一番大切にしてきた作法も
できなくなって、
一椀にはひとり分のお茶しか点てられなかった。
それが2~3年くらい前から
徐々に複数人分を一椀で練り、
飲み回す文化が戻ってきた。
「同じ釜の飯」ではないが
「一座建立」の精神に基づくこの作法で
濃茶を愉しめるということを噛みしめた。
まあ、考えてみれば
赤の他人と同じお茶碗から飲み回すのは
どうなの?という考えもあると思うが、
これが日本の伝統的文化、
おもてなしの心として
何百年も続いてきたことなので、
やはり守るべきなのではと思っている。
お弁当の時には日本酒も振る舞われる。
今日は「久保田」が出され、
やっぱり美味しいと思いながら
何杯もいただいたせいか、
お弁当の時の写真は
皆、くつろいでいる。
共通の趣味をもついいお仲間たち。
いつもは別々の曜日でお稽古している人とも
こうして年に2~3度お目にかかり
お茶を通じて交流できるのは
楽しい時間だ。
今年も無事に「初釜」を終え、
新しい年が始まる。