2026年9月14日月曜日

2026養清堂個展はじまる

 

















2026年9月1日(月)
いよいよ銀座・養清堂画廊にて
5年ぶりの個展が始まった。

天気は曇りときどき小雨。
と、書くと
後は晴れたのかという展開が想像できるが
なんとこの日から最終日の12日まで
晴れた日は1日もない。
秋の長雨の季節に突入したとかで
連日、雨降りの個展だった。

そこまで連動しなくてもいいと思うのだが。

作品のテーマは期せずして『雨』
2020年にはじまったコロナ禍において
「世界中の皆の心に雨が降っているよね」
と、感じたあの日々。
そんな心象風景としての
「雨のシリーズ」の始まりである。

自分は戦争を知らずに死ねる年代かなと
勝手に思っていたけど、
まさかこんなことが起こるなんて…。

戦争を体験した作家が
戦争の悲惨さを作品に残そうとするのと同じく
コロナ禍で感じたこの気持ちを
何とか作品に残したい
そんな思いでこのシリーズは始まった。

雨といえば紫陽花、そして、蓮。
モチーフも年を追うごとに変化した。
2026年までの5年分の作品の中から
今回は全25点の展示である。

そのうち2022年の作品を3点出品し、
2023年に悩める乙女が呻吟し、絵肌を変え
2024年から今日までの
作風になってからの22点と合わせて計25点。

壁面の関係で
悩める乙女が制作した2023年の作品は
1点も出品していない。

しかし、来場くださったお客様には
そのあたりの経緯を説明し
今やその雨も上がりそうだとお話しした。

会期は1日から12日までの約2週間あった。
通常、個展は1週間
つまり6日間だけだけど
その倍の長さを毎日、銀座に通うのは
ペース配分が大切だ。

こう見えて7月には入院手術をした身なので
元気そうに見えても
実は病み上がり。
途中で倒れるわけにはいかない。

そこで今回は連日、キャスト
つまり
お手伝いに友人や娘を動員することにした。
また、1週目2週目の火曜日から2泊3日
安いホテルもとって家に帰る時間をカットした。
それはいずれも大正解の決断だったと思う。

初日のキャストは次女。
今回はお盆明けのセッティングの日、
キャプションつくり、
初日と千秋楽とに手伝ってもらい
大活躍の大助かりだった。

一番大変だったのは最終日の後の
お買い上げ作品の梱包と配送手配だった。
ここは実家に泊り込んでの丸1日の作業で
当分、私は次女には頭が上がらない。

美術系の仕事の娘は
こういう時にこそ役に立つ。

私は2週間の会期の内、
初日くらいはと着物を着こみ、
いよいよ『銀座の女』の開幕である。

いつもいろいろ助けてくれる友人Aさんは
お願いした2日間のキャストの他に
「初日には主人と着物で伺うわ」というので
こちらも相応のお出迎えをしなければと
いうわけだ。

他にも遠くに住む親せきや
古くからの友人などが
みんな展覧会の雰囲気を壊さないようにとか
私らしいイメージのものをと
工夫を凝らして大きなお花のアレンジメントを
入れてくださった。

暑い夏に2週間持たせるのは無理かなと思いつつ
まずはきれいなうちに記念撮影をして
お礼メールに添付して送った。

そんなこんなはみんな
銀座のママがお客様のためにすることかなと
想像しながら
にわか「銀座の女」は忙しい初日を終えた。

実は8月17日から2週間
養清堂画廊のプレオープン記念展が行われ
同時開催で私の個展も行われたので
9月1日、初日に会場にいくと
すでに芳名帳には150名ほどのお名前が
書かれてあった。

主には養清堂に関係のある作家さんやお客さん
出版関係といった方々なので、
私の個人的な交友関係はさほどない方ばかり。

いつもならそういう中から作家で親しい方や
出版関係の方が、初日に見えるのだが
今回はそういう方はすでにいらしているので
本展の会期中は
まっこと私の友人知人ファンクラブ?という
方しかいないなと初日に悟った。

ゆえに
これは毎日、きれいにしていなければと
心して
初日の「銀座の女」は終了した。

その日の夜は次女とお寿司屋さんでご飯をし
築地近くのインバウンド用のホテルに
泊った。

一目散で帯を解き、
汗になった着物をベッドに広げ
狭い棺桶のような湯船にお湯をはり
中にうずくまって深く深呼吸をした。

早々にベッドに横になってからは
「また、明日から
どんなお客様が来てくださるのかしら」と
思いめぐらす間もなく
眠りに落ちた初日だった。























2026年8月31日月曜日

圧巻の『ロン・ミュエク展』

 

















個展の直前だけど、
終わってからでは行きそびれると思い、
次女を誘って
六本木の森美術館でやっている
『ロン・ミュエク展』に行ってきた。

次女はすでに観ていた展覧会だったけど、
もう一度観てもいいと誘いにのってくれた。

『ロン・ミュエク』は
巨大でリアルで精緻な人物像を創る
現代美術作家だ。

私が初めてミュエクの本物を観たのは
秋田県の十和田市現代美術館の
「スタンディング・ウーマン・という作品だった。

高い美術館の天井に頭がつくほどの
巨人のお婆さん像で
そのあまりの大きさと精緻な肌やしわやしみの
リアルさに目を見張った。

15年位前の話で
その時も個人旅行で次女との二人旅だったから、
ミュエクは
私たち共通の思い出深い作家ということになる。

ロン・ミュエクは
1958年生まれのオーストラリア人(英国在住)
若い頃はデザイン分野で仕事をしていたけど、
途中から、今のような作品を
創り始めたという。

今回は11点の作品展示だったが、
1点というか1体創るのに数年かかるものもある
という。
会場で1時間近く流れる制作風景の動画を見ても
その制作は気の遠くなるような工程で
作家の作品に対する執念や哲学を感じた。

各展示には詳しい説明のあるキャプションが
ついており、
それを読むとミュエクの
その作品を通して表現したかった思いや
私達観るものにゆだねる部分がわかり
とても興味深かった。

とにかくまず会場に入ってすぐの
雑木の束を持って反りかえるように立つ女。

なぜ、全裸でそんなものを持っているのかは
観るものに考察はゆだねられているが、
まず、その血管が浮き出た太い腕、
雑木でできたひっかき傷、
重いものを持って力の入っている腰。
繁く生えている陰毛。

何とも得体のしれないたくましさと
女の決意のようなものを感じた。

その次がベッドに横たわる巨大な女。
愁いを帯びた表情で
頬に添えられた右手の指が
少し頬のたるみに食い込んでいる。
間近で見ていると女の呼吸さえ感じるほど。

こんなに大きなものを
一体どうやって創るのか。
急にものつくりの好奇心がむくむくと湧いた。

実際の制作風景の映像を見て
そのあまりの大変さに驚き呆れた。
大きいというだけで等身大や小ぶりのものに
比べ、何倍も工程が複雑化する。

それをミュエクはふたりの女性の助手と共に
制作していた。

貧相な若いカップルにしか見えない二人も
後ろに回ってみると
男が女の手首を握り、拘束していることが判り
にわかに不穏な空気が漂う。

こうして洋服を着ている人体も
元の塑像では
しっかり裸体で細部まで創られている。

もちろんそこにも作家の意図があるに違いない。

巨大で不気味なミュエク本人のマスク。
寝ている姿なのだが
ひげの1本1本植え込まれているし、
半開きの口元からは歯並びが覗き、
息遣いまで感じられる。

しかし、後ろに回れば
その顔はマスク状に創られているので
後頭部はない。

何を意味しているのか
この空虚な感じ、孤独や不安が押し寄せる。

最後の『マス』という作品は
大きな展示会場めいっぱいに積み上がった
数多くの巨大な骸骨。

観覧者はそこで記念写真を撮っているけど
撮った写真は美しくもあり
不思議でもあり、不気味でもある。

11点の作品を観るのに2時間もかかったけど
とても面白い展覧会だった。

ロン・ミュエクの才能を応援する人がいて
作品制作を具現化できていることに
嫉妬すら覚えたけど、
自分と同年代の作家の活躍に
大いに力を得た1日だった。































2026年8月28日金曜日

養清堂オープン記念展

 














8月半ば、
リニューアルオープンした養清堂画廊は
元はといえば、2階建ての自社ビルだった。
1階が店舗と事務所で、2階がギャラリー。

2階のギャラリーは企画展と貸し画廊としての
展覧会が混在している形だった。

しかし、リニューアルした画廊は
5階が貸し画廊
6階が店舗兼事務所なので常設展示
7階が企画展
という3層構造になった。

今回のオープン記念展は
6階と7階の両方ともを使っての企画展だ。
75名の養清堂で作品を売ってもらっている
作家による小品ばかりの展覧会。

個人的には
大学院修了時の初めての個展に始まり
これまで大きな個展はすべて
養清堂画廊で行ってきた。

しかし、企画展かというとそうではない。

初回の展覧会は
前社長による半企画展だったけど、
それ以後は海外転勤で日本を離れていたため、
以降、個展の出来そうなタイミングで
自分から会期を申し出て予約してきた。

企画と企画でないとでは
作品が売れた時の作家の取り分が全く違うし、
そもそも企画展の場合は
場所代が0円である。

銀座の画廊の場所代は
「たった1週間でそんなに?!」と思うほど
目が飛び出る額だけれど、
逆に企画展だと
そこを0円にしてもらうプレッシャーもある。

もちろん企画展を打ってもらえるのは
作家にとって名誉なことではあるけど、
そこで1点も売れないとなると
ちょっと気まずいかもしれない。

ともかく私の場合は
意図せずに日本に住んでなかったせいで
10年以上、
版画界の幽霊部員みたいになっていたので
企画を打ってもらえなくても仕方あるまい。

今回の画廊のオープン記念展では
5階に個展と同じ展示をさせてもらった上に
6階7階のオープン記念展の方にも
参加させてもらっている。

なので「ひなたぼっこ」という亀のいる小品が
あっちにもこっちにもあることになる。

それが出来るのが版画のいいところなので
お客様にもそのあたりを
楽しんでもらえたらと思う。

オープン記念展の方はなにしろ75点の作品を
6階と7階に並べているので
ひとくちにいってぎゅう詰め状態だ。

それもテイストの違うものが並ぶので
どうしても展覧会というより
販売会という印象は否めない。

しかし、逆に6階7階を見に来ている人は
「どれを買おうかな」という目で
見ているかもしれないが、
5階の展覧会はどうだろう。

今後は5階は貸し画廊の展覧会
6階は常設展示の販売会
7階はどちらかというと現代版画の企画展

色合いの異なるギャラリーが3つ
ということになるのかもしれない。

まだ始まったばかりの
新生養清堂画廊。

すでに配布されている案内状をみても
必ずしも「月曜始まり土曜終わり」でも
なさそうで、
イレギュラーな会期になっている。

そんな中、私だけ
本来1週間だけ(月から土まで)のところを
8月17日から9月12日まで
約1カ月もの展示期間をもらえたのは
とてもラッキーなことだと思う。

どうか、ひとりでも多くの方のご来訪があり
たくさんのご縁が結ばれますようにと
今は祈るばかりである。





















2026年8月27日木曜日

個展プレオープン

 


















2026年9月1日から12日まで
銀座の養清堂画廊にて5年ぶりの個展が始まる。

養清堂画廊としてはリニューアルオープンで
8月17日からプレオープンの企画展として
6階と7階のギャラリーでは
養清堂に関係の深い作家たちの作品が
展示されている。

その中の1点に私の作品も入っているが
それとは別に
5階のギャラリーでは私の個展の展示が
早くも始まっている。

個展の案内状には初日は9月1日とあるので
個人的に郵送した友人知人は
まだどなたも見に来てはいないが、
出版関係、作家など
養清堂の関係者の方達は
プレオープン展を見たついでに
5階にも立ち寄ってくださったようで、
芳名帳には見知った方々の名前が
たくさん連なっていた。

今日は初日に必要なお菓子や紙コップ、
ペン皿やペーパーウェイトなど
自分らしい会場つくりに必要な小物をもって
プレオープン展を見にいってみた。

入り口には胡蝶蘭の鉢がいくつも並び、
いかにも銀座の画廊のオープニングという
雰囲気だった。

5階の展示は8月13日だったので
すでに2週間経っている。
しかし、その時は6階と7階はまだ
雑然と搬入された作品が床に置かれていたので
まったく展覧会場の体を成していなかった。

そこが今日は整然と、しかも
小品で埋め尽くされていたので
急に画廊らしい様子になっていた。

きっと初日が始まってしまうと
お客様の応対で忙しくなってしまうと思い、
誰もいないギャラリーでたくさんの写真を撮った。

これから数日して
本当の個展の会期が始まったら、
毎日、たくさんの方がここに集い、
絵を見て、おしゃべりしていくだろう。

そして、気にいった作品があれば
お祝いにポチッと赤丸をつけてくれる
かもしれない。

DMが届いたお盆過ぎあたりから、
何人かの友人から「いついつ伺います」とか
「楽しみにしています」と連絡がきた。

きっとそこには懐かしい再会があり、
思い出話に花が咲き、
嬉しい報告もあるだろう。

もちろん、よくお目にかかっている友人達も
「おしゃれして銀座にいくわ」と
連絡してくれている。

そうした出会いや集うきっかけを提供できた時、
私は作品を創り続け
発表し続けて本当に良かったと思う。

養清堂画廊の住所は
中央区銀座5-5-15
個展会場はそのビルの5階
(5が多過ぎ)

1丁目から8丁目まである銀座の中でも
本当にど真ん中だ。
並木通りにあって、和光や三越側から行くと
手前に三笠会館、
ビルの下層階はジャガールクルト
反対隣はカルティエというブランド通りだ。

そんな環境で個展ができることは
なかなかない。

お客様もルンルンでおしゃれして
楽しんでいってほしいなと思っている。