紫陽花展が始まって3日が過ぎた。
8日の初日から
お当番であってもなくても会場には足を
運んでいる。
グループ展だと会期中に2~3度顔を見せる
だけという人が多いが、
私は8割がた出向くことにしている。
なぜなら、案内状が届いて
展覧会に行こうと思ってくださる方の
ほとんどはただ作品を見るだけより
作家本人に会えたらと思っているからだ。
今年は個展イヤーなので、
6月にグループ展、9月に個展と
2度も展覧会にご足労願うのは気が引ける。
なので、出来れば個展の方に来て頂きたいので
紫陽花展の案内状は
近隣にお住いの方にしかお出ししなかった。
それでも遠くからでもいらした友達とは
閉廊してから中華街に繰り出し
晩ご飯をご一緒したり、
ランチタイムに横浜に出て
焼肉ランチしたりした。
今日は代々木から来てくれた友人と
ハマの焼肉ランチと
大振りパフェのデザートだったので
完全にカロリーオーバーの
喰い倒れの会になった。
今週1週間はカーブスにも行けないので
溜め込む一方だから
結果が恐ろしいけど、
「この歳になったら
人生何が起こるか分からないので、
行きたい所にはいく
食べたいものは食べる
会いたい人には会う
会いたくない人には会わない」という
昨年の私の学びに正直に従い、
「会いたい友人と会った」今日は
「食べたいものを食べる」を実践した形だ。
友人も年始めに伴侶を亡くすという
大きな悲しみを乗り越え、
どんどん自分らしさを取り戻しつつあるので
徐々にエンジョイできる態勢になってきた。
友人はこの3年間、
紫陽花展にも来ていなかったので、
私の作品が2023年の試行錯誤の末、
かなり絵肌を変えたことは知らずにいた。
それゆえ、
今年の作品群を見て
最初はかなり驚いた様子だった。
なぜこのような絵肌になったのか
何を考え、何を目指したのかなど
会場で作品を前にいろいろ説明した。
昨年の脳外の手術で得た教訓、
人生、いつ何が起こるか分からないという
実感を絵に込めたこと、
「光と影」というタイトルの意味など、
同年代だし、
実体験とリンクするところがあるので
大いに共感してくれたようだった。
こうして展覧会場で
作者自らがお客様に作品のことについて
説明するということも
作家が会場にいる意味だと思っているので
グループ展でも個展でも
なるべく足を運ぶつもりだ。
それにしても
いらっしゃるお客様ごとに説明する行為は
なかなか疲れるもので
聴く方は1回だけかもしれないけど
話す方は繰り返しになるので
スイッチを入れたら説明してくれる機械が
欲しいぐらいだ。
今から2週間の個展は考えただけでも
相当疲れるだろうことは想像できる。
周囲も毎日通うのは辞めた方がいいという。
そこで夕べはまだまだ先のことだけれど
個展の初日と2日目に
家に帰宅しなくていいように
2連泊でホテルを予約した。
初めてトリバゴやアゴダなどを検索し
「最安値」を見つけ、ポチッてみた。
きっと築地あたりに行きたい外人さんが
泊まるような安宿だと思うけど、
立地の良さとお値段を優先して
決めてみた。
目の前の紫陽花展の会期中なのに
心は同時並行的に個展のことがあるので、
きっと今年1年はあっという間に
過ぎていく気がしてだろう。
今日もお天気や気温を気にして
着ていくものを決めながら、
同時にこの夏の暑さの傾向にも
アンテナを張っている。
今日の梅雨前線の位置を気にしつつ
8月の台風情報にも耳をそばだてている。
そんな状態がきっと続くだろう。
それにしても
TORAJIの焼肉でお腹が満腹なのに
果実園の苺バナナチョコパフェも平らげ
あっちもこっちも
あれもこれもの1日だった。
2026年6月8日(月)
今日からいよいよ今年の紫陽花展が始まった。
申し合わせたように
関東地方が梅雨入りしたが、
昨日から降り始めた雨は
午前中にはなんとか上がって薄日が射してきた。
展覧会の開始は
初日だけ午後1時からなので、
開始時刻にはほぼ傘なしで歩けるほどになった。
お当番に入っていたのは
穎川さんと大坪さんと私の3人だったので、
それぞれDMで告知してあったらしく
それぞれのお客様が次々と訪れて
会場はにぎやかだった。
毎年同じことを思うが、
この展覧会は7~8名の個性も絵肌も
バラバラのメンバーなのに、
ひとつの会場に並ぶと違和感なく
それぞれの作品が引き立て合い、
メンバー同士も和気あいあいとした
いい距離感で接している。
互いのお客様が
自分の作品だけでなく
他のメンバーの作品もよく見てくださるので
毎年、いらっしゃる方は
紫陽花展としてひとつの世界観があることを
理解してくれている気がする。
メンバー同士も
飾りつけをした後は
他のメンバーの作品に興味を示し
制作の裏話など
お当番のメンバーの話にも耳を傾けるのが常だ。
きっとそんな風に
他のメンバーのお客様にお茶を出したり
解説を聴いたりする関係があるから
26年もの長きにわたって
この会が続いてきたんだと思う。
私のところにも
ブログ最多登場のAさんが
初卸のトケイソウの帯を締めて来てくださったり、
大学時代の同級生やら
娘が小学生の時のママ友など
古いおつきあいの友人たちが駆けつけてくれた。
今回の紫陽花展は
9月の個展のことも考えて
横浜近隣の友人にしか声をかけなかったので、
さほどの人数のお客様ではないかもしれない。
それでも出来る限り会場には出向くつもりだ。
彫りや摺りでひとり向き合ってきた作品が
どんな感想をもって
見ていただけるのか
その手ごたえが次の作品への力になる。
また、ジャンルの違う他のメンバーの作品に
対峙する姿勢も大いに刺激になる。
そんな毎年の区切りの展覧会が
この紫陽花展だ。
明日もたくさんのお客様をお迎えしながら
版画家としての
答え合わせをしようと思う。
孫1号が9歳の誕生日を迎えたので
長女宅で恒例のお誕生日会が行われた。
9歳といえば、小学校3年生だ。
初孫として孫1号が誕生してから
早くも9年という年月が流れたことになる。
最近はばぁばご飯作りに行かなくなったので
孫たちに久しぶりに会うと
その成長に驚くことばかりだ。
今回のオートトへの誕生日プレゼントの
リクエストは16インチの一輪車だった。
オーママはもう本人にお洋服は好みがあるから
大丈夫と体よく断られてしまったので、
私は長女のリクエストに応えて
図書カードにした。
それだけぽっきりというわけにもいかず、
イマドキ流行のぷにぷにシールと
台紙代わりにノートをセットにして
プレゼントラッピングした。
お誕生日会の日は
次女が料理当番として駆り出されるのが
常だが
今年は昨日から泊りがけで
お呼びがかかっていたらしい。
到着すると部屋中にバジルの香りが立ち込め、
ジェノベーゼソースのからんだ
鶏肉料理ができあがったところだった。
壁には9歳のデコレーションが貼られ、
これも毎年、恒例といいつつ
ここでも時の流れを感じた。
時を重ね、我が家のバースデースタイルができ
同じようにお祝いができることが
幸せなことなんだなと思う。
先に家族全員の記念写真を撮り、
乾杯をして
ひと通り食事が終わると
腹ごなしに一輪車の試運転のため
男性陣と本人は外に出る。
その間にお皿を片づけ
テーブルをきれいにしつつ
長女の近況報告を聴く。
そうこうする内に男性陣と孫たちが
戻ってきたので、
次はアイスケーキにろうそくを立て
合唱してから火を吹き消す。
ケーキで満腹になれば、
最後は次女や私のプレゼント開封だ。
まるでルーティンのように
決まった誕生会の流れの中で
孫の会話や反応がすっかりおしゃまになり、
大人びたものを感じた。
恥ずかしがり屋の孫2号も
姉に負けじと自己主張して頼もしい。
大人の方はさほど変わらないと思っていても
着実に歳をとっているんだなと
実感する。
夕方、私は重い腰を上げ、
ひとり関内の画廊に向かい、
明日からの展覧会の飾りつけをした。
メンバー7人が集合し、
今年の作品を並べ、位置を決め
会場全体でひとつの作品として
まとまるように飾り付ける。
こちらも26年目のグループ展である。
年月の流れの早さと重みを感じた。
あれこれ知恵を出し
揉めることもなく
それぞれ引き立て合う場所が決まり、
展覧会の体裁が整った。
明日から1週間、
今年の紫陽花展が始まる。
6月6日は私たちの結婚記念日だ。
それはカレンダーの予定を書き込む
1ヵ月前ぐらいには分かってはいた。
しかし、もはや何周年の記念日かさえ
思い出せないぐらい時は経った。
私の個人的な事情でいえば、
今年は個展イヤーだし、
6月7日、そう明日は孫1号の誕生会だし、
明くる8日からは紫陽花展も始まる。
6日は土曜日でも,新患のクライアントさんの
予約が入っていた。
夕方には展覧会に出品予定の作品を
業者さんが取りにくる。
来週の予定を考えると
買い出しも今日中にしておかないと…。
そんなことを考えていたら、
すっかり結婚記念日であることを忘れていた。
これまで、我が家は
毎年、家族の誕生日や結婚記念日は
外食したり旅行したりと
それなりに祝ってきた。
(母の日、父の日は完全にスルーだが)
結婚20周年の時は
まだ学生だった娘たちが計画して
高級フレンチのディナーをセットして
ご馳走してもらった。
レストラン側も娘が用意した手紙を渡され
サービスでハンカチまで用意してくれた。
(手紙を読んで泣いた時ように)
30周年の時も大きなバラの花束を用意した。
それぞれの誕生日、
とりわけ5の倍数の節目の誕生日は
子ども達も巻き込んでお祝いしてきたが…。
いやはや
歳をとるということはこういうことか。
今年は何もする気がおきない。
娘の歳を考えると45周年の記念の年なのに
それも数えないと思い出せないほどだ。
45周年を検索すると
「サファイヤ婚式」だとか。
しかし、世の中の旦那様が妻に
記念にサファイヤの指輪を贈るなんていう
時代はとうに終わり、
毎日、値上げの話ばかりで
どこのスーパーの卵が安いかが問題だ。
昔、最初についたお茶の先生が、
金婚式を迎えられ
盛大なお祝いの会を催された。
その時はまだ大学生だったので
結婚して50年目を迎えられるなんて
本当にすごいことだと思ったが、
あと5年でその周年記念がくると考えると
人生は案外、短い。
今日はスーパーでみつけた
「あいなめ」をかごにいれた。
塩焼きなのか、トマトソースをかけるのか。
大量にあるキャベツで「コールスロー」と
他には久しぶりに「生ひじき」で煮物を、
「もずく」で酢の物をと考えるうちに
すっかり和食寄りの献立になってしまった。
決して結婚記念日らしくないメニューなのは
分かっているが、
いつものようにフレンチディナーを作る
気分になれなかった。
やれやれ
これも歳のせい?
時代の空気?
夫婦の問題?
よく分からないが
「一応、結婚記念日のご飯ね」と
ダンナには伝えた。
「え?そうなの?」みたいな顔をして
ダンナは白ワインを抜栓した。
私はビールなのでそれぞれだ。
ケーキは明日、孫1号の誕生会で食べるので
今夜のところは
「生麩の麩饅頭」をデザートに。
終始一貫、和食の「サファイヤ婚」だった。
いつも通りの土曜日が
粛々と過ぎていく。