日本語で「見当をつける」とか
「目見当で適当に合わせる」などという時、
「見当」とは
大体この辺りと予測したり判断したりして
出かけたり行動することを意味している。
そして、それが外れた時は
「見当違いだった」とか
「見当違いな意見を言うな」といった
使い方をすると思うが
その「見当」の語源とはどこからきたものか。
今日はその「見当」についての
お話をしようと思っている。
江戸時代から
木版画の和紙を版に置く時に使う
「カギ見当」と「ひきつけ見当」という
2か所の目印がある。
目印と書いたが、
実際は版を少しだけ削ってくぼみを造る。
右利きの人のために
和紙の右下には「カギ見当」
左下には「ひきつけ見当」が彫られ、
その2か所に和紙の角を当ててから
和紙を版に載せて、
紙の裏側からバレンで摺るのが木版である。
この2か所を1組として1版と呼んでいる。
手漉きの和紙の周囲は真っすぐではないので
この2か所に当たる部分だけは
あらかじめ鋭利に紙を切っておく。
そして、まるでカチッと音がするように
正確に紙のエッジをくぼみに合わせる。
合わせるといっても和紙は載せるだけなので
簡単に動いてしまう可能性があるので
その2か所を両手の指で押さえたまま
版を手前にひいて
和紙全体を版に載せる必要がある。
その2か所を手掛かりに
たとえ何版も複雑に重なった作品でも
ずれないように摺っていく。
それが木版の「見当」だ。
「見当」を彫るには専用の「見当のみ」と
「げんのう」が要る。
「見当ノミ」は片刃なので
刃のない側が垂直にささるように
トレースされたマークの上に構え、
げんのうを叩いて切り込みを入れる。
切り込みの溝にななめになるよう
見当ノミの刃を使って版を削り
深さ3mmくらいの溝を彫る。
その溝がななめの壁になったりすると
和紙を置いた時のずれにつながるので
慎重に垂直に見当ノミを打つことが
重要だ。
江戸時代から
版木の見当が正確に彫られていないことで
摺り師が摺った時に版がズレると
「見当がズレた」=「見当違い」
になったのかもしれない。
木版の専門用語である「見当」は
すでに令和の世の中では
特殊な専門用語にすぎないが、
「見当をつける」とか「見当違い」など
日常の生活の中に
すこし違う意味で生きている。
私は版木を大きく使っていて
1枚の版木(60×45㎝)の中に
見当を4~6組入れている。
ひとつの作品は
つごう8~12版だというと驚かれるが
実際には版木の数は
両面彫りなので1枚とか2枚しか使わない。
その複雑な版木のせいで
時折、試し摺りの時に
「見当違い」を起こして
摺りたい場所に版がこなくて
とんでもない失敗をすることがある。
そんな時はどこにも怒りをぶつける先がなく
大きなため息をついて
摺りの途中の和紙を丸めて捨てるしかない。
実際の生活でも
大体の「見当」で出かけるのは苦手だ。
どちらかというとしっかり調べて
車の場合はどこに駐車すればいいかまで
「見当」=「検討」してからいくタイプだ。
行ってみたら
行きたいお店や駐車場が
「見当たらない」のはドキドキする。
試し摺りの時の失敗は
本摺りで2度とやらかさないように
鉛筆でぐるぐる書いたり矢印をして
絶対失敗しないようにする。
摺りの終盤、「見当違い」すると
それまでの摺りが水の泡に期すのが
本当に怖いからだ。



















































