2026年3月22日日曜日

「猫」の出てくるシンプルな作品

 

















我が街の桜が開花して
目下、2分咲きというところだ。

横浜の桜の開花発表は
だいたい東京より1~2日遅い。
東京の開花宣言が出ると
そろそろかなと思って
自宅付近の桜の枝を覗き込む。

私が勝手に標準木にしている木が2本あり、
家の近くの木は丘の上のせいか
駅前の大岡川沿いの木に比べ
少し開花が遅れるのが常だ。

昨日のカウンセリングに向かう途中に
2本の木を見てみると、
丘の上の方は1分咲
川沿いの方は2分咲という感じだった。

さあ、これで横浜の桜もいよいよ開花だ。

そんな中、今日は3連休の3日目だけど
シンプルな作品の2点目の本摺りをした。

前回のブログで書いたとおり
なるべくモチーフを最小限に絞って
「雨」を表現するシリーズだ。

この作品が私にできる
最もシンプルな作品で、
モチーフは「猫」1匹。

それもなるべくシルエットにして
顔がどんな猫だとか
猫の種類は何かとか
分からない状態で登場させたかった。

雨の降る日に
窓際でそっと外の様子をうかがっている。
ちょっと寂しそうな
それでいてほっこりするような猫。

きっと外には桜の木があって、
ちょっと咲き始めたのに
雨なので出ていけない、みたいな…。

今回は版数も少なく
小品で、画像の向きも同じ横方向なので
1枚ずつどこを摺ったのかが
分かりやすい。

実は2度に分けている部分もあるし、
そのほとんどは2度繰り返して
絵具を置いて摺るという作業をしている。

しかし、どこが変化したかは
この順番通りなので
「アハ体験」できるだろう。

色はいつものようにまずは「雨」
雨のパートが汚れなく
綺麗に摺れるとまずホッとする。
(雨でさえも2度摺っている)

そして、次は
摺りたてのパートとは離れた部分を摺る。
まだ、濡れているところに重ねると
その1mm重なったところから
絵具が泣き出す可能性があるからだ。

上を摺ったら、下にいき、
右を摺ったら、左にいく。
1版目を摺ったら、
時間を空けて2版目をのせ、
なるべく奥のものから摺っていく。

つまり、猫の2版目が最後のパート。

外はいいお天気で気温も上昇しているから
我が街の標準木も
昨日よりもうひとつ開花が進んだだろう。

きっと大岡川添いの桜並木には
大勢の花見客が歩いていると思うけど、
私は部屋のシャッターを下ろして
夜明け前から
雨降りの猫の作品を摺っていた。

タイトルは「あめふり」にしようかな。

きっとこの黒猫の見つめる先には
桜の花がほころびかけているに違いない。
そんな様子が見えてくる。
































2026年3月20日金曜日

「Simple is Best」かも

 


















個展を半年後に控え、
最終の作品リストを整える時期になった。

後2~3点新作を創るとしたらという観点で
何をどう創れば全体の統一感が出るか、
考えた結果、
「雨のシリーズ」で言いたかったことを
シンプルに描こうという気持ちになった。

自分の性格的には
せっかちで、ぎゅうぎゅう詰めにして
言いたいことはもれなく言いたいタイプだが、
それだといつも饒舌になってしまう。

数年前に実験的な作品を数点創って
検証した結果、
作品において
使う色数を制限し、形を単純化し、
引き算で構成した方が版画としても
いいのではということに気付いた。

新しいアプローチの作品は
概ね好評だったので、
ここ3年間はそのシリーズで創ってきた。

しかし、ここ最後の数点というところまで来て
もう1段ギアを上げ、
もっとシンプルにしたらどうなるだろうと
絵を構成するモチーフを最小限にしてみた。

つまり、「雨のシリーズ」なんだから
「雨」だけで絵を創れないかということだ。

私は抽象の作風ではないので、
「雨」だけで成り立つ作品は創れそうにない。

しかし、雨ともうひとつの何かだけで
シンプルに「雨」を表現したい。

そうして出来上がったのが
今回の「雨降りの窓辺」の2点だ。

今日、本摺りをしたのは
「雨と窓の向こうの紫陽花」
タイトルは「よひらのは」

「よひら」とは紫陽花の別の名前だ。
この2点はひらがなのタイトルにしようと思う。

日本語でいうなら
「漢字でもカタカナでもなくひらがな」
かな文字の流れるような美しさを目指している。

試し摺りを横に置きながら
今朝も5時に起床し、
本摺りに取りかかった。

絵具は昨日、調合してあるし、
和紙も湿らせてある。

いつもに比べれば色数も少ないので
さほど時間はかからないかもしれないが、
グラデーションの幅や
水のぼかし具合などを微調整し、
紙の白を決して汚さないよう
慎重に摺りを進めた。

実際、6時間ほどで
8枚完成したので、少し短時間で出来あがった。

1版目で提出しなければならなくなったとしても
2版目で提出しなければならなくなったとしても
どこで辞めてもいい感じであるよう、
8枚の湿した和紙をミスなく摺っていく。

この考え方は
浪人時代、油絵を描き進めていく時に、
いつ提出してもいいように描けた作品が
最後まで気持ちよく描けるし、
いい作品になるという講師の教えによる。

それは油絵であっても
版画であっても同じだ。

今回は版数としては10版ぐらいだと思うが、
床の雨のラインの下にもう1版入れて
下半分に陰りが入っている。

こういう作品は
明快かつ単純ではないように
こわざが必要になる。

しかもシンプルかつ短調ではないように
神経を使う。

出来あがった作品は
おしゃべりな私にしてはずいぶん寡黙で
スキっとしている。
「Simple is Best」かもしれない。

出来あがったばかりの作品には
作家の目に客観性がないので
自画自賛に陥る危険性がある。

しかし、今、
長年の懸案である木版画らしさとは何か
いい作品とはどういう作品かについて
ひとつの解答を得た気がしている。

昔、ダンナの転勤で香港に住んでいた頃、
大学院を修了してすぐだったが
誰にも意見を聴くこともなく、
師事することもなく、
ひとりで制作していた。

その頃は「私が苦労する分にはそれでいい。
大変でも自分が頑張れればそれでいい」と
版数や色数のめちゃくちゃ多い作品を
創っていた。

しかし、苦労したり頑張ったからといって
必ずしもいい作品になるわけではない。

今回の作品で
その答えが出たような気がする。

これは紫陽花展や個展で
鑑賞した方の反応を見るのが楽しみだ。

どんな道も奥が深い。
その道の先に
時折、希望が見えたり挫折したりするから
また、立ち上がろうと思えるのだろう。

さあ、この作品は
「希望」なのか「挫折」なのか、
とりあえず、絵筆と絵の具皿を洗おう。
お疲れっした~。


































2026年3月16日月曜日

個展に向けての段取り

 







ここのところ、気づけば旅行だのランチだの
遊んでいるブログばかりになっていた。

3月は色合いのはっきりした月で
最初の週はカウンセリングばっかり
次の週は食べてばっかり。

3週目に差し掛かるところからは
版画道一筋である。

個展を9月初めに控え、
その前に6月にはグループ展
8月終わりからもグループ展、
10月には団体展と
今年は立て続けに展覧会がある。

展覧会があるということは
その前に作品が出来ていることはもちろん、
出品できるように額のオーダーをする。
案内状を作る。
作品のプロによる写真撮影をお願いするなど、
やることが山盛りだ。

しかも、グループ展と個展の会期が
重なっていたりするので
いつどこに搬入するのか、
どの作品をどのグループ展に出すのか、
個展に作品点数は何点要るのか等、
考えることも山ほどある。

3月半ばの今は
個展のための最終作品と
「文学と版画展」のための作品を
何点創るのかという問題が
喫緊の課題だ。

その作品をプロにお願いして
写真撮影してもらうデッドラインが
ゴールデンウィーク直前だとして…。

それまでに本の装丁用の中型作品1点と
個展用の小品もう2点
この3点を創らなければならない。

となると、個展は9月だから
まだ先の話なんて
悠長なことを言っている場合ではない。

というわけで3月に先に手掛けたのが小品2点。
雨のシリーズの集大成というか
雨だけで作る作品を創ってみたい。
そんな思いをぶつけてみた。

とはいえ、猫が出てきたり
紫陽花の葉っぱが出てくるのは
お許しいただくことにして、
とにかく最低限のモチーフ要素に絞って
「雨」の作品を創ることにした。

3月後半はこの2点を彫って
試し摺りをとって本摺りまで終わらせる。
それが私の今月のミッションだ。

同時に「文学と版画展」のための小説を読み、
装丁作品のイメージを高める。
かなり重たい内容の小説を選んでしまったので
作品も重たくならざるを得ない。

でも個展には軽やかな作品も
重厚感のある作品も欲しいので
丁度いいかもしれない。

というわけで、
遊び暮らしているようで
頭はフル回転。

他にも新しいHPの原稿チェックや手直しに
CWAJ国際版画展への応募。
苦手な英語やPC上の画像の添付処理を伴う
こうした作業は脳みそがオーバーヒートする。

案外、アーティストは
アートだけしているわけじゃないことを
お伝えして
今日のところはキッチンに向かうことにする。

だれか私の代わりにご飯作って~。
私の代わりにご飯食べて~。
やれやれ。












2026年3月13日金曜日

友人からの報告

 






数日前、友人KさんからLINEが来て
「お時間作ってもらえますか」と言われた。

ちょっとただならぬ感じを受けた私は
3月の空いている日時をいくつか書いて
送ったところ、
最も近い日に銀座で会うことになった。

Kさんとは長いおつきあいで
それぞれの次女が同じ高校の同級生で
PTAのママ友として知り合った。

ミッション系の私立高校で
バザー委員なるお役目のために参加した会で
お話ししたところに端を発するから
四半世紀近くのおつきあいになる。

ママ友から始まり、
娘が大学に進学し、就職し…と変化する中
娘のママ同士の枠を超え、
20年ぐらい前からは
毎年のように一緒に海外旅行に行く
唯一無二の友人同士になった。

しかし、3年半ほど前に
彼女の旦那様が病に倒れたことを機に
「今、家を出られない状態なの」という言葉を
残して彼女はすべての交友関係を絶った。

それ以来、
展覧会やママランチにお誘いしようにも
素っ気ないお返事が続いたので
とりつくしまもなく時は流れた。

友人同士のおつきあいには
いろいろな形があると思うけど、
あれほど一緒に毎回、10日間も旅行に出て
わくわくドキドキ楽しく過ごした仲なのに
「こんな時、何も教えてくれない」と
少し拗ねるような気持ちでいた。

ついには
「もう友達じゃなくなったの?」と
LINEで書き送ったことは
Kさんの心に小骨のように突き刺さったまま
2年以上の時が過ぎ、
ようやく再会したのが一昨年の12月初め。

その時も銀座で会ってランチしながら
初めて旦那様の病状の詳しい話を聴いた。

そこから丸1年経った昨年12月初め、
同じく銀座でランチして
その後、資生堂パーラーでパフェを食べた時は
「九死に一生を得た夫は目下、小康状態」
そんな1年間の経緯を話してくれた。

彼女はこの3年数か月、
交友関係も半ばお仕事のように関わっていた
趣味の世界からも遠のいて
看護の日々だったという。

一昨年の再会の時はかなり悲壮感があったけど
昨年の再会の時は
出かけようと思えば、
「夫に入院していてもらえればできるわよ」と
少し吹っ切れた様子だった。

そして明けて今年のお正月。
3日にお誕生日を迎えた彼女に
誕生日のおめでとうメールを送ってみた。
ご家族でお祝いの食事会に出かけたとある。
そんなことも出来たのかと少し安堵した。

それから月日は少し流れ
3月に入って、
いきなり今回の「お時間ありますか」の連絡。

ちょっと嫌な予感もあったけど
LINE上では何も訊かないままに日時を設定し
同じく銀座でランチすることにした。

レストラン・ライオンの2階の個室に通され
ハンバーグランチが届いたと同時に
お正月休みが終わった日に
旦那様が旅立ったことを知らされた。
彼女の誕生日の数日後になる。

3月初めというのは
すでにお葬儀も納骨も済まされ、
ホッと一息ついたタイミングでの
いの一番の連絡だったようだ。

こういう距離の取り方は実に彼女らしいし、
決して友達じゃなくなったわけじゃないことを
分かって欲しいというタイミングなんだと
思った。

あの毎年のように海外旅行に行った
楽しくてキラキラした思い出。
必ず展覧会に来てくれ、
1番気に入った大きな蒼い鳥の作品を飾るため
おうちの壁のリフォームまでしてくれた。

そんなKさんが旦那様を看取り
私に何のわずらわしさもかけまいと
すべてのことを済ませた上で
「またどこかへ行きましょう」と
戻ってきてくれた。

「もうこれで今年は萩さんの個展も行けるし
旅行でも何でもできますよ~」と
思いのほか、清々しい様子だ。

私ならもっと甘えていろいろ愚痴を聞いてと
連絡してしまいそうなところを
スパッと距離を置く
Kさんの男気のようなものを感じた。

資生堂パーラーで
前回、品切れで食べられなかった
「資生堂パーラー物語」のプレートを前に
娘さんに
「今、萩さんとデートなの」とLINEするKさん。

私は置き去りにされたとばかり思っていたけど
K家の中で「萩さん」は
ちゃんとまだ忘れられていなかった。

家で何かの記念写真を撮る時は
「萩さんの蒼い鳥の作品の前で撮るのよ」
という話を聴いて
私は涙が出そうになった。

また、一緒にどこかへ行きましょうね。
どこにする?いつにする?
そんな話を最後に
私たちは銀座の街でハグしてお別れした。








2026年3月11日水曜日

早春の鎌倉散歩

 










お茶のお社中の友人Kさんと
鎌倉駅で待ち合わせて、
お稽古に向かう手前の時間に
何か所か鎌倉散策を楽しんだ。

昨日と今日があまりにも寒いので
どの程度の恰好をしたらいいのか迷いつつ、
お茶のお稽古のドレスコード着物に合わせ
出かけることにした。

いくら寒いとはいえ、
すでに3月半ば、
春らしい着物が着たいと思って
ベージュ系の紬の着物に格子柄の帯を選び
鎌倉駅へと向かった。

期せずしてKさんもベージュ系の紬だったので
姉妹のようないでたちになった。

まずは八幡様にほど近いギャラリーに
友人の個展を訪ねた。

「文学と版画展」でご一緒したSさん。
会派も違うし、絵肌も違うけど、
軽やかな作風の作品で素敵な作家さんだ。

KさんとSさんは初対面だったけど
ふたりは鎌倉在住なので、
地元話で盛り上がっていた。

2か所目は呉服屋さんの展示会。
こちらはKさんの行きつけの呉服屋さん。
私はついうっかり乗せられないよう
サラっと流して失礼した。

3か所目はランチ予約をしてもらった
イタリアンのレストラン。

小町通はインバウンドでごった返していたけど
ここは日本女性でいっぱいだ。
どこに行ってもランチタイムのレストランは
女性の独壇場で男性は肩身が狭い。

お値段の割におしゃれなちゃんとした造りで
お料理も美しい。

しかし、昨今ありがちな人手不足なのか
一皿出てくるのに時間がかかり過ぎ
お稽古に向かう時間とのせめぎ合いで
最後はバタバタになり
しっかり味わう余裕がなくなってしまったのが
残念。

お昼の12時半までに3か所も行こうとした
私たちが悪いのか
お客さんの人数に対して
少人数で回そうとするレストランが悪いのか。

それはさておき
鎌倉の春はすぐそこまで来ているようで
ボケの花と三俣の花が咲き誇り、
桜咲く一歩手前の鎌倉風情を味わった。

きっと段葛の桜並木の桜が咲いてしまうと
もの凄い人が押し寄せてしまうので、
ボケと三俣の花を愛でる方が
わちゃわちゃしないでいいのかもしれない。

着物姿のふたりが
時折、小走りになりながらも
鎌倉をいくのは
傍目には優雅に見えるかもしれないが
その実、どこも時間制限いっぱいで忙しい。

午後は北鎌倉でいつものお稽古が始まり、
午前中のにぎやかさはどこへやら。
静かな茶室で練りたてのお濃茶の香りを
愉しんだ。

お茶室の花器にも
ボケの花は生けられていたけど、
茶花なので楚々としている。

街の満開の花もいいけど
お茶室の引き算した花もいい。

何事も過ぎたるは及ばざるがごとし。

人も多過ぎるとせわしないだけになる。

時間のゆとりと味わう心が大切と思いつつ、
結局、盛りだくさんな鎌倉散歩だった。

スマホは
ムーブリング「300%達成」と言っている。
本日の総歩数9,535歩
着物でこの歩数は歩きすぎか(笑)