2026年5月5日火曜日

『プラダを着た悪魔2』映画鑑賞

 

















ゴールデンウィークの後半は
次女が実家に帰ってきているので
ふたりで映画を観に出かけた。

次女とは好みの映画が似ている。
今回は桜木町で
『プラダを着た悪魔2』に観ることにし、
その流れで隣の高島町にある
[Shiseido  Beauty Perk]にも行くことにした。

『プラダを着た悪魔』は約20年前の
大ヒット映画。

「ランウェイ」というファッション誌の編集長
ミランダは悪魔のような完璧主義の怖い人。
それをメリル・ストリープが演じている。

しかし、
その編集部は当時、時代の最先端を担い
誰しもの憧れでもあった。

当時の第一アシスタントのエミリーを
エミリー・ブラント、
ミランダの右腕ナイジェルを
スタンリー・トゥッチが演じているのだが、
20年後の今、エミリーはDIORへ、
ナイジェルはいろいろあったにも関わらず
ミランダの下で働いている。

20年前、ダサい田舎臭い恰好のアシスタント
だったアンドレアのアン・ハサウェイは
今はランウェイを離れ報道記者に。

この主要な4人が
ほぼ実年齢と同じ役で再集結し、
ランウェイ存亡の危機に立ち向かう。

話は恐ろしいほど早い展開で進むので
ここでは紹介しきれないが、
57歳だったメリル・ストリープが76歳。
27歳だったアン・ハサウェイが47歳で
11㎝のピンヒールをカツカツいわせて
走り回るその姿だけでも驚きだ。

時は流れ、憧れのファッション誌業界も
今や紙の本としての魅力を失っている。
現代の潮流に飲み込まれ
廃刊もしくは縮小の波に飲み込まれそうだ。

舞台はニューヨークのマンハッタン。
20年前と現在との時代の空気は違えど、
ニューヨークの持っている猥雑な感じは
以前も今も変わらない。

ニューヨークは24時間止まらないし、
常に車のクラクションが鳴り
ビルの壁面を埋め尽くす広告の光の洪水、
雑多な人種の叫び声や怒号、
ゴミ収集が間に合わないのか汚水の臭い。
人々の嫉妬や陰謀が渦巻いている。

こうしたものがとにかく溢れかえり、
一時も気の休まる時がない。

一方、最近のSNSには
海外からの観光客が口を揃えて同じことに
驚嘆している。

それは日本、それも東京の
道の綺麗さ、クラクションの鳴らない交差点、
人の丁寧さと親切心と礼儀正しさ。
食べ物の美味しさとリーズナブルな価格。

これら全てがニューヨークには存在しない。
それは約10年前に私がニューヨークに
行った時にも感じたことだ。

このことをこの映画は
きらびやかな衣装に身を包んだアンディ達が
2時間、映像の中で疾走しながら伝えている。

なので、映画館で映画を観ただけなのに
終わってみれば
すっかり疲れてしまった。

それは若い次女とて同じことだったようで、
私たちは映画館を出て
バスで資生堂ビューティパークに移動した。

ここは資生堂の歴史を
ファッショナブルに展示していて
古き良き時代の空気感を漂わせている。

ゴールデンウィークのさ中とは言え、
若い女性やカップルしかいないので、
ゆっくりした空間が広がっている。
私たちは
アンケートに答え自分好みの香水を調合し、
香りを嗅ぐというコーナーに立ち寄った。

私は大学生の頃に愛用していた
ゲランの『MITSUKO』という
香水をイメージしてアンケートに答えた。

しかし、調合された香水は
かなり女子力強めの香りで
『MITSUKO』とは似て非なる香りだった。

結婚後は香水に興味のないダンナだったせいと
子育て中に香りが邪魔だったせいで
徐々に香りをまとわなくなってしまった。

日本人は無臭なので、
欧米人のように体臭を隠すための香水文化がない。
今は
ほのかに香って豊かな気持ちになりたかったが
すぐにはこれという香りを見つけられなかった。

次女と香水談義にひとしきり花を咲かせ
最後は甘味処で
「春あんみつ」を食べ、
実生活と実年齢に戻っていった。































2026年5月2日土曜日

藝大の50年と日曜美術館50年展

 


















今日は
ゴールデンウィークの中で最も天気の良い
1日だと思うが、
晴れ女の面目躍如で上野に行ってきた。

お相手はここのところ友情復活著しいKさん。

家庭の事情をみんな抱えて生きてはいるが
ここ数年、会うことの叶わなかった私達。
以前は毎年のように海外旅行にいっていた。
この春から、私たちにその時代の空気が
戻ってきた。

今日は「展覧会が観たい」というkさんの
意向を踏まえ、
目下、藝大美術館で開催中の
「日曜美術館50年展」に誘ってみた。

50年前と言えば、
私が正に藝大に通っていた時代だ。

当時、「日曜美術館」というNHKの番組が
始まったという意識は皆無だが、
気づいた時には日曜日の朝には
NHKにチャンネルを合わせていた気がする。

この展覧会は50年前の司会者・ゲスト・評論家
展覧会の内容などをたどって
展示されている。
この番組が
自分の絵描き人生にいかに影響を及ぼしていたか
再確認するような展覧会だった。

Kさんとはまず上野の中央改札で待ち合わせ、
アトレ・レトロ館の中のレストランで
ランチするところから始まった。

「レカン」は内装が美術の街を意識していて
ノスタルジックかつアーティスティックだ。
あらかじめ、シャンパンのつくコースを
予約していたので
まずはグラスを傾け乾杯して
一皿目の「冷製コーンのポタージュスープ」から。

Kさんとは3月半ばにも会っているくせに、
それぞれに忙しかった4月の近況報告をし
食べる手を休めるわけでもなく
食べて・飲んで・おしゃべりしてと
お口の忙しい1時間半のランチだった。

お腹が満たされると、
上野広小路から上野恩賜公園へと
坂を上り、
東京文化会館の脇を通って
いよいよ公園内へ。

動物園には今はもうパンダはいないにも
関わらず、
どこへ行くのかとにかく人が多い。

そんな人混みを抜け、更に奥に進むと
我が学び舎藝大が見えてくる。
以前は校内に美術館はなかったので
一般の人が自由に出入りする空気は
全くなかったが、
時は流れ雰囲気がずいぶん変わった。

美大側の校門を入ってすぐ右手に
美術館はある。
さすがに学内に一般の人がウロチョロする
ことはできないようになっている。

大学内の美術館だから
他の上野公園内の美術館より空いていると
侮っていたが、
なんのなんのかなりの入場者があり
展示会場はにぎわっていた。

入ってすぐのところに番組でつかった
司会者と評論家たちがならぶセットがあった。
私達は恥ずかしげもなく
記念撮影をして、司会者気分を味わった。

展示はセザンヌやルドンから始まり、
50年前の時代の空気がよみがえる。
ピカソがもてはやされ、
ジャコメッティの作る細長い彫刻が
どこの展覧会に行ってもあった。

当時、私立美大の受験の面接で
「絵描きは誰が好きか」と訊かれ
「ルドン」と答えたことが思い出された。

私はさんざん浪人したけど、
藝大に合格した年の油絵は
ルドンを意識した「自画像」と「石膏像」を
組み合わせた油絵だった。

お題は「石膏像と私」

試験は3日間で1枚の油絵を仕上げる。
1日目が終わるとその足で美大予備校に向かう。
そこでどんな絵を1日目に描いたか
講師に話してアドバイスをもらうのだ。

その時、
「女だと分かると落とされるから
女だとはっきり分からないように描け」と
予備校の講師に言われたので、
家に帰って
弟にフルートを吹くポーズを取らせ
それをデッサンして、2日目の受験に臨んだ。

石膏像の下にうつむき加減で
フルートを構える少年を
ルドン調の幻想的な感じで描いた。

その絵が2500人くらいいる1次の受験生の中の
300人に残り、
2次のデッサンの試験に進んだのである。
油絵科の1学年の人数は55人。
倍率約50倍の狭き門の時代である。

そんな大昔からある「日曜美術館」。
展示会場のあちこちにスクリーンが設けられ
番組で取り上げられたゲスト作家や評論家が
話している懐かしい映像が流れていた。

今は亡き舟越桂さんの制作風景や
自在置物の工芸作家さんの回など
テレビで観て刺激され展覧会場にいった
作品も数多く取り上げられていた。

Kさんとは海外旅行の時に見た
門外不出の「ゲルニカ」が
この展覧会では共通の作品だったので、
スペインの美術館を思い出しつつ
しばらくスクリーンの前に座り込んで過ごした。

最後は藝大校内の新緑がまばゆい一角で
記念撮影をした。
50年前とはずいぶん印象が違うけど
確かに私はここに6年間も通った。

「人生で今が一番幸せ」
そう自覚していた6年間。

あれから月日は流れに流れたけど、
今も別に不幸なわけじゃない。

ただ間違いなくあの時代、
私の青春はこの学び舎の中に
息づいていた。































2026年4月30日木曜日

フォトグラファー来たる

四季彩工房KIMI 









今日は毎年この時期に行われている
作品の写真撮影が行われた。

例年は3月下旬にはお願いしているのだが、
今年は1ヵ月ほど後ろに倒した。

ここで撮影した画像データは
個展をする画廊に提出するので
1枚でも多く撮影してもらいたいとの思いがあり、
ぎりぎりまで制作していたからだ。

結局、2025年夏から2026年春までで
9枚の作品を創作した。
それにもう1枚、昨年の撮影に間に合わなかった
小品を足して10枚。

2026年の分として撮影してもらうことになった。

昨年の夏は入院手術という不測の事態があり
新作に着手したのが7月下旬だったと思うので、
そこから今日までに9点創ったのは
自分としてはかなり頑張ったなという思いだ。

今日の撮影も大きな作品からというHさんの
指示の元、
80×80㎝の正方形の作品2枚から
始まった。

もう私もフォトグラファーHさんの助手として
無駄な動きは一切なしで
手際よく撮影は進んだ。

3枚目に撮影したのが最後に創った
「凛として」だったのだが、
中央に白い鷺が立っているのを観て
何だかとても新鮮に感じている様子。

「新しいモチーフですね。強いですね」と
他の作品よりインパクトがあったみたいだ。

Hさんはプロのフォトグラファーとして
芸術家の目をもっているにも関わらず
「素人が言うのもなんですが…」と
いつも謙虚な物言いだけど、
私としては客観的な意見として尊重している。

そんなHさんの目に留まったのが
今年のラインナップの中では
「凛として」だということは
貴重な感想と受け止めた。

Hさんは
さいたま市から車を飛ばして1時間半かかるのに
どこかで時間調整したのかと思うほど
13時きっかりに到着し、
テキパキとそして、粛々と作業は進み、
10枚撮影して丁度14時半に終了した。

お茶をしながら
作品の一覧表を渡し
9月初めの個展についてお話しすると
「是非、1週目の初日か2日目あたりで伺います」
そう言って、会場の撮影も引き受けてくれた。

前回の個展の前に撮った
本摺りの様子も2時間もかけて200枚以上
撮ってくださった。

その一部を今回「四季彩工房KIMI」という
HPに使った話をすると
とても喜んで、家でゆっくりPCで見ると言う。

Hさんは作品撮影以外の撮影、
つまり、プロフィール撮影とか
会場風景とかはサービスで撮ってくださるので
本当に大助かりというか
申し訳ないぐらいだ。

こうして本日も無事に作品の写真撮影は終了。
私の忙しい4月もつつがなく終わった。

個展はまだまだ先の話なので
今日の画像データはゆっくり仕上げてもらう
ことにして
小雨の降りだした頃合いに
車を見送った。

最後にDMにするかもしれない作品の
正確な色味を出すのが難しい
背景のエメラルドグリーンを
しかと目に焼き付けて帰ってゆかれた。

さて、どんなデータに仕上がってくるか、
とても楽しみだ。
まちがいなくHさんは
「チームKIMINO」のメンバーのひとりだ。

いつまでも元気で
共に作品に携わっていてほしいと思う。























2026年4月26日日曜日

鷺の作品 本摺り

 
















土日の2日間で
個展までに仕上げたいと思っていた
中型作品の本摺りをした。

個展はまだ先なのだが、
30日にフォトグラファーのHさんが
我が家まで作品の撮影に来てくれるので
それに間に合わせたくて摺ることにした。

摺ることにしたのはいいのだが、
なかなかカレンダーに隙間がなく、
当初、日月の2日間に本摺りをと思っていたが
月曜日に初回カウンセリングと
英語本ミーティングが入り、
急遽、前倒しに。

しかし、土曜日は土曜日で
1ヵ月も前からカウンセリングが入っているので
それをこなしつつの本摺りと相成った。

さすがに本摺りの日は
それだけに集中したいのだが
なかなか思うに任せない。

結局、前日の金曜日、
パティシエ学校の授業から帰ってきてから
絵具の調合と和紙の湿しをし、
土曜日の午前中に2時間
午後に2時間、
夜に2時間と細切れに摺る時間を調整した。

しかし、やってみると
本摺りに集中できるのは
実質2時間が限度なので、
やむなくメークをしたり出かけることになり
案外、リフレッシュできている自分がいた。

昔の私は
「恐怖の12時間摺り」とか粋がって
夜明け前から夕方まで
一気呵成に摺っていたものだが、
そうすると途中で何だか頭がふらつき
イージーミスをしたりする。

よく9割がた摺った作品の
最後にチョンボをして
叫びながら和紙を丸めるなんてことがあった。

若いからこそできる無茶な摺り方だったが、
やはり人間の集中力や持続力は
そうそう続くわけではない。

なので、今回みたいに細切れに摺って
姿勢を変え、外に出てカウンセリングする
みたいなやり方は効率がいいのかもしれない。

さすがに本日、日曜日は1日中、
アトリエに籠って
本摺り後半戦にじっくり取り組んだ。

お陰でノーミスで6枚の本摺りが
出来あがった。

この作品は9月初めの「文学と版画展」にも
出品予定で
『白鷺立つ』という小説の装丁に使うつもりで
創り下ろしたものである。

開催時期が個展と丸被りなので
個展には出品しないかもとも思っていたけど
出来あがってみたら
なかなかいい作品になったので
同時期に2会場で展示することになりそうだ。

冷却期間をおかないと
自分の作品を冷静にジャッジできないけど
とりあえず、
無事に本摺りを終えることが出来、
作品撮影にも間に合ったので
やれやれという気持ちだ。

鷺という鳥は物語や映画では
かなり重要な役どころで出てくるので
意味ありげな美しい鳥だと思う。

さて、この鷺の作品、
私の個展やグループ展などで
どんな役どころで出てくるのやら。

少し間をおいて
キャスティングを考えようと思う。

タイトルは
『凛として』にしようかな。