2015年5月7日木曜日

ピアノ越しの蒼い鳥

 
 
 
4月の個展で古い友人が『旅路』というタイトルの大きな作品を購入してくれた。
 
額縁は会場の作品に使ってあった黒いものから、
シャンペンゴールドにして欲しいという彼女の要望を受け、
新たに注文したものに作品をセッティングし直してもらった。
 
そして、ゴールデンウィークに彼女の元に届いたらしい。
 
しかし、一昨日、
その大きな荷物を受け取った彼女から悲鳴にも似た声で電話がかかってきた。
「ねえねえ、今、荷物が届いたんだけど、とにかく凄く大きくて
ひとりじゃどうしていいかわからないのよ。どうすればいい?」と。
 
そう言ってくるのは、実は想定内だった。
 
会場で見るより、普通のおうちに持ち込まれた額縁が大きくみえるというのは
よく聞く話だし、
何より、彼女が選んだ作品は会場の中でも2番目に大きい作品だ。
 
額縁の外寸は105センチ×105センチの正方形だが、
それが化粧箱に入り、プチプチのパッキング材にくるまれ、
更に段ボール箱に入っているのだから、その大きさに驚くのも無理はない。
 
あらかじめ壁にかけるための金具も一緒に送ってあったが、
その段ボール箱を開封することさえ、ままならない様子だ。
 
そこで今日は埼玉県久喜市にある彼女のご自宅まで、
はるばる出張し、壁に取り付け工事に行って来た。
 
というか、
グランドピアノの背景の壁にかけるというので、
実際にピアノ越しの我が作品=我が子の姿が見たかったというのが本当のところだ。
 
彼女のおうちは我が家から移動時間にして2時間ちょっと。
さいたま新都市駅なる駅あたりからは、まったく未知のエリアを電車は走り、
東鷲宮なる駅に迎えに来てもらい、ご自宅に伺った。
 
中高一貫校の中学時代に仲良くしていた彼女とは
高校生が終わる頃には疎遠になっていたのだが、
幼なじみというのは50年近い時間をひょいと超越できる不思議な関係だ。
 
初めて伺ったお宅なのに、何だか大昔の彼女のおうちの匂いを感じ、
懐かしい気持ちになった。
 
ピンクベージュの壁紙に鉛筆で印をいくつかつけ、
慎重に位置を決め、グランドピアノの高さすれすれに額が収まるよう金具を打ち、
額を吊すと、
シャンパンゴールドの額縁に柔らかな外光が差し込んで、
たちまち重厚かつ威厳のある空間を作り出した。
 
作品中央の大きな蒼い鳥はその部屋に昔から羽ばたいていたかのようにマッチし、
モノトーンで無表情だったリビングが急に華やいだ。
 
「いいわ、いいわ。これにしてよかった」と彼女が何回も言うので、
私も嬉しくなる。
 
見知らぬ土地の初めてのおうちに、嫁入りした娘の様子を見に来た母の気分だ。
 
「ここがあなたのおうちなのね。幸せになりなさいね」と
そう、声をかけたい。
 
ここで彼女や彼女の生徒さんとのピアノの音を聴きながら、
これからこの『蒼い鳥』は暮らしていくのだ。
 
今日はその場所を見届けられた幸せな一日だった。
自分の作品が掛かるよそ様のおうちを見るのは作家冥利に尽きるのだから。
 
 


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