2021年8月28日土曜日

夏休みの宿題、クリア

 












8月28日土曜日、
快晴・最高気温34℃

ここ数日、真夏の暑さが戻ってきて、
横浜でも連日、猛暑日目前の暑さだ。

一度、雨が続いて涼しくなったせいか、
8月下旬にきて、この暑さは身に応える。

カレンダーを見ると、
7月18日に新作版画の
原画作成とトレぺ原画の作成を行っている。
そして、19日と20日には版木に転写している。

通常、学校は7月20日に終業式があり、
7月21日から8月31日までが夏休みなので、
正にこの新作の彫りを
夏休みの宿題として自分に課したことになる。

自分の小学校や中学・高校時代を思い返すと、
私はせっかちな性格だし、
追い詰められるといい作品ができないタイプなので、
宿題や課題は
早め早めに終わらせることが多かった。

中高一貫教育の女子中学・高校に通っていたので、
中学3年の夏休みには受験がない分、
重たい宿題が出た。

いわば、卒論のようなものを書かなければならず、
夏休みはテーマをどうするか、
どんな構成で論文を書くかなど、
15歳の無い知恵を絞って取り組んだものだ。

私はテーマを「詩人リルケ」にして、
何冊かのリルケの詩集を読み、
適当なことを書き散らし、
表紙にリルケの肖像画を自分で書いて、
和綴じの本の形に製本して提出した。

その夏休みの大きな宿題は
1学期の早いうちから告知されていたので、
早めに取り組み、夏休みに入るころには
あらかた出来てきたように記憶しているが、
覚えているのは表紙のリルケの肖像画だけ。

中身は全くといっていいほど覚えていないので、
実に薄っぺらい取り組み方だったと反省している。

あの時くらいから心理カウンセラーには興味があり、
大学も美大に行くか心理学を学ぶか悩んだぐらいだから、
もっと心理学や心理カウンセリングについての
研究や考察をしていれば、
違う道に進んでいたかもしれないのにと
悔やまれる。

結局、詩人リルケは私に何の啓示を与えることなく
中3は終わった。

高1の夏休みは
家族で東北地方を車で周遊中の最後、
小山という場所で
大型トラックの居眠りによる追突事故に遭い、
外にいた父親が大けが、車中の他の家族は軽症、
車に積んでいた数学の宿題のノートがなぜか水没した。
(追突の勢いで水田に車が落ちたせいかと…)

2学期が始まった時、
数学の宿題ができていない言い訳として
事故に遭った我が家の車の写真を見せ、
鞭打ち疑いで病院通いだったといい加減なことを言って、
苦手な数学の宿題を免除してもらったことを
鮮明に覚えている。

2021年の夏休みの宿題として
私はこの作品の彫りを完成させることを
自分に課した。

2020年はコロナのことで
心がすっかり折れて、
新作を創るためのエンジンがかかるのに
とても長い時間がかかった。

展覧会や個展が中止になったり、
延期になると、発表の場を失うので、
一気にやる気が失せるのだ。

昨年は9月の半ば過ぎに
版17の最後の展示が予定されていたので、
夏に自分を奮い立たせ、
コロナで閉じ込められた沈鬱な気分を作品化し、
9月初めに猛暑の中、
暑くて死にそうになりながら、本摺りをした。

今年はその点、
個展も無事に開催できたし、
紫陽花展も、文学と版画展も、版画協会展もある。
版17が25年間の歴史に幕を下ろしたのは惜しまれるが
個人で何とかできる問題ではなかったので
しかたあるまい。

コロナは未だかつてない勢いで蔓延しているが、
ワクチンを2度接種し終わっているせいと、
マスク無しで飲み食いしたり騒がなければと、
精神的には落ち着いている。

8月のお盆の週に
長女ファミリーと次女が実家に遊びに来て、
泊っていったので、
その1週間とその前後は準備や片づけに忙しく、
逗留中は3世代で楽しい時間を過ごせた。

その後、長女が発熱で
すわコロナかと大騒ぎになったが、
それも陰性という結果が出て一件落着。

7月20日に版木転写を終え、
彫りが始まったわけだが、気づくと8月20日、
8月の終わりまでに彫り終えるための
カウントダウンが始まった。

出だしは順調だった彫り作業は
8月に入って、アトリエの和室を、
長女ファミリーの居室として提供することになり
頓挫。

帰った後は毎日雨降りで、
シーツやブランケットの大物洗濯や
布団干しが出来ず、
いつまでも和室に積んであり、
片付かずにじれったい日々を過ごした。

8月20日、
再び、彫りの作業を再開し、
途中、ばぁーばぁーいーつとお茶のお稽古をこなし、
隙あらば、彫り台の前に張り付いて
最後の直線を一気に駆け抜けた。

8月28日、
最後の飾り彫りとして、
蓮の葉の模様を彫り終えた。

あと3日、夏休みを残して、
今年の夏の宿題を終えた気分だ。

この作品は差し迫った展覧会の出品予定が
あるわけではないので、
摺りに取り掛かるのは
秋風が感じられるようになってからに
なるだろう。

今は9月6日始まりの「文学と版画展」に出す
本の装丁の校正をしているところだ。
しかし、東京も神奈川も緊急事態宣言の真っただ中、
画廊から案内状が届いたけれど、
1枚も出していない。

搬入も作家は来なくてよし、
作品だけ宅急便で送るようにと連絡があった。

画廊には自分の作品を本の表紙に使った
「星落ちて、なお」という本と
版画作品だけが静かに並ぶことになるだろう。

飾りつけには参加できなくても
会期中に、
一度は展覧会を銀座に観に行くつもりだ。

こんな寂しい展覧会はいつまで続くのか。
つくづく4月の個展に大勢の方が来てくださったことが
奇跡のように感じられる。


























2021年8月24日火曜日

ばぁーばぁーいーつ発動

 















土曜日の夕方、
長女からファミリーLINEに連絡があった。

「38度の発熱と下痢と倦怠感でコロナの疑い」と。

先週の火曜日にばぁばご飯を作りに
長女宅に行ったとき、
トト(婿殿)の会社の隣の部署で、
4人のコロナ陽性者が出たという話を聞いたばかり。

それを受けて
ふたりともテレワークのはずだが、なぜ!?

トトは何ともないらしいが
隠れ陽性かもしれない。

ファミリーLINEには私はもちろん、
次女やオートトからも相次いで、
自主隔離して~とか、
トイレをはじめ消毒を徹底して~など、
コロナに対する身の処し方のアドバイスが飛ぶ。

土曜日という休日に発症してしまったせいで、
まず、保健所に連絡した結果、
日曜日に休日診療所で診てもらったが
PCR検査はしてもらえず。

月曜日になってようやく大きな病院で
PCR検査をしてもらい、
大量の薬を出してもらうことが出来た。
結果は火曜日の午後、電話で連絡がくるという。

とにかくPCR検査の結果が出るまでは
家族全員、会社にも保育園にもいかず、
夜も母親だけが1室に閉じこもり、
トトが4歳児と1歳児の面倒をみることになった。

じじばばは何か手伝うにも、
家の中に入ることは危険すぎるので、
助けようにも助けられないのがもどかしい。

いつもなら火曜日はばぁばご飯の日だが、
家の中に入って調理することはできない。
しかし、長女宅の方も
買い出しもままならない週末を過ごしているはずだ。

そこで、
「UberEats」ならぬ
「ばぁーばぁーいーつ」を発動することにした。

「来週、作ってあげるね」と約束していた
新ネタの「サケとじゃがいもの照り焼き」と
「鶏モモのカレークリームソース」という
テレビで仕入れたばかりの料理を含め
全部で9品の料理を作った。

他には
「五目炊き込みご飯」
「手羽元のオーブン焼き」
「海苔うずまきの卵焼き」
「高野豆腐と切り干し大根の煮つけ」
「キャロットラペ」
「かぼちゃの煮物」
「ポテトサラダ」

4歳児の好きなものと1歳児に食べられるものと
ママとトトの好物と。

昨日の内に
食べたら捨ててしまえる容器も買ってきた。
こんな時は洗い物とか大変だからね。

12時頃、パッキングも出来上がったので、
車を出してもらおうとオートトに声をかけると、
(次女から車で行くように言いつかっていたので)
「ふたりで雁首揃えていくこたぁないだろ」と
ひとりで行くと言い出した。

というわけで
目下、ばぁーばぁーいーつの配達員が
現地に向かっている。

そうこうするうちに長女から連絡がきた。
「陰性でした~!!!」
「ご心配おかけしました~!!!」と。

やれやれ、本当に命が縮んだ数日だった。
もしものことがあったら、
4歳児はともかく1歳児はみきれないなどと
あれこれ心配した。

まずは陰性で
ホッと胸をなでおろしたが、
くれぐれも気をつけなければと思った次第である。
 



















2021年8月22日日曜日

怒れる友人

 






第1と第3土曜日は陶芸の日。

その内、3か月に1回、
釉薬をかける日が巡ってくる。

8月の第3土曜日がその3か月に1回の日で、
しかも、9月中旬の展示会に向け、
最後の釉薬をかける日に当たっていた。

器に釉薬をかけるには
まず、下準備として、器全体を水とスポンジで洗い、
器の底に撥水剤を塗り、
釉薬がテーブルにつく部分につかないよう
カバーする作業がある。

更にテープを使ったりする場合は
釉薬をかける前にテープを貼って
デザインを施す作業がある。

それからようやく釉薬を出してきて攪拌し、
15分ほどかけ、十分に均一になったところで、
器に釉薬をかける。

1色しか使わないということはないので、
その時に一緒に作業する仲間と相談しながら、
2台しかないグラインダーを手分けして攪拌する。

かけ終わった釉薬が乾いたら、
底に着いた余分な釉薬を布やブラシでこそげ落とし、
釉がけ完了。

釉がけは私たちにとっては
最後の作業で、
これまでに作陶から始まって、削りを経て、
素焼きの終わった器を本焼きに出すための
一番大事な工程になる。

本焼き自体は先生に託してしまうので、
会員のできる作業として
最も集中して、丁寧に作業するため、
誰もがナーバスになる工程と言える。

同じタームで作業している友人Aさんは
今回は大量の釉がけがあるからと言って、
いつもの午後の作業に加え、
午前9時からの組にも参加して、
丸1日かけて釉薬をかけることにした。

午前組には午後と同じく4~5名の会員が登録し、
同じく展示会直前の最後の釉がけに
取り組んでいた。

私は今回は午後だけの作業でいけると判断し、
午前中にカウンセリングを1本こなし、
午後1時に工房に到着した。

すでに下準備を済ませたAさんの器が
テーブルにずらりと並び、
Aさん自身は昼食を買いに席を外していた。

私とAさんは大きなテーブルの斜め向かいに座り、
いつもは作業しているので、
早速、私も釉がけする器を台に並べ作業開始。

そこにAさんが何だか疲れた様子で帰ってきた。
「Aさん、作業は順調ですか」と声をかけると、
「ちょっと聞いてくださいよ~」と
Aさんは情けない声を出した。

聴けば
午前中の作業の途中で、
Aさんが3枚1組で創っていた角皿の1枚を
午前中のメンバーの一人が踏んづけて
割れてしまったという。

詳細は分からないが、
明らかにその踏んづけた人の不注意による事故で、
Aさんはしばらく言葉がでなかったという。

「試作品だから気にしないで」といったらしいが、
試作品どころか、その作品が今回の展示会の
彼女のメインの作品と知っている私は
Aさんの怒りと悲しみが手に取るようにわかった。

「私だったら、何すんのよって叫んでいるわ」と
慰めにもならない言葉をかけたが、
「きっと萩原さんがきたら愚痴っちゃうと思いました」と
ようやくその気持ちを吐き出せたと
Aさんは苦い笑顔をみせた。

踏んだ相手は申し訳なさそうにしていたとは言え、
せっかく思いを込めて創ったものを
最後の最後に他人に壊される、
そんな絶望的に悲しいことはない。

何がつらいって、
そういう気持ちが
ものつくりびとでないと理解できないことと、
同じものつくりびとなのに
そういう雑な人間がいるということだろう。

Aさんはもう1点、
縁をレースのように穴をあけた器の一部が
素焼きの時に欠けてしまったので、
弱り目に祟り目、
完全にノックアウトの状態だと嘆いた。

そのレースの縁が欠けたのも
もしかしたら人災?

ものを創るという作業自体は楽しくてやっているが
時にこうした事故が起こる。

陶芸も版画もそれは同じだが、
自損事故ならまだしも、
他人がからむとややこしい。

たまたま今回はAさんの身に降りかかったが、
自分だったら怒りの矛先をどこに向けたらいいのやら。

しかも、9月中旬の展示会を
ここまできて、コロナを理由に
取り止めにするかもしれないという。

何のために2年間、作り溜めてきたのか、
私もAさんも深く大きなため息をついた。




2021年8月15日日曜日

コロナ禍のカウンセリング

 






東京や神奈川のコロナ新規感染者の数が止まらない。

もはや災害級とかいって
「自分の身は自分で守れ」などと
政府の無策を棚にあげて
勝手なことを言い出している。

1年以上前からオリンピックは今夏に延期され、
7月下旬から8月にかけて行うことになったのに、
ワクチンは滞り、
やっぱりという感じで、
爆発的に患者が増えているにもかかわらず、
重症でないなら「自宅で様子をみろ」などと
危険極まりない施策に転じ、
医療体制のひっ迫から手を引く構えだ。

個人的には
危うきには近寄らずの構えではあるが、
先週は娘ファミリーや次女を実家に受け入れ、
シーパラに出かけたりもした。

長女ファミリーが帰った後には
次女とダンナと3人でお外ご飯にも1度出かけた。
金曜日の夜なのに、
お客は私達3人だけだった。

以前は混んでいて予約もとれない広東料理のお店で、
地元のレストランでは1番のお気に入りなのに、
こんな調子ではいつ潰れるかわからない。

私のカウンセリング業は
8月は借りている討議室の
新規予約ができなくなった。

7月中に予約した分は借りられるので、
完全にクローズというわけではなく、
感染対策としては、すこぶる中途半端な状態で、
横浜市の息がかかっている施設なので、
お上のいうことに逆らわずにいるということにようだ。

だから、今日のクライアントさんは
隣のデパートの中に入っている
静かなカフェでセッションを行うことにした。

デパ地下や最上階のレストラン街のカフェと違い
婦人服売り場の一角にあるので人が少なく
落ち着いて話すことが出来る。

ロイヤルコペンハーゲンのティーポットとカップで
コーヒーや紅茶が出てくるのも
いい雰囲気だ。

クライアントさんによっては
話の途中で涙があふれてきちゃったりするので、
そんな時に隣近所に人がいない方がいい。

案の定、
今日のクライアントさんも
自分の幼い時の話になり、
寂しかった子どもの頃の自分を思い出したのか、
涙が止まらなくなってしまった。

すでに何度も会っているクライアントさんで、
いつもはかなりハッキリした強い性格の人なのだが、
昨今のコロナ事情も手伝って、
自分の気持ちを吐き出す機会も相手もなく、
おりのように溜まって気持ちが
あふれ出てきているようだ。

目の前のクライアントさんだけではない。

鬱屈した感情が溜まっていて、
息苦しい人は
今、世界中にいる。

年単位で行動を制限され、
コロナに罹患する恐怖におびえ暮らすうちに
心を病む人は増えている気がする。

「ガス抜きする」という言い方があるが、
本当にストレスを溜めてばかりいると、
やがて膿のように膨れ上がり、
いつか腐敗臭を放ちながら爆発することになる。

自分にとっての「ガス抜き」の方法を探し、
上手にリセットしながら
健康な心と体を保つこと、
それが今の時代に必要なことだと思う。

それはコロナ感染のリスクを無視して
外飲みしたり、
居酒屋で飲食しながら騒ぐことではない。




2021年8月13日金曜日

映画「竜とそばかすの姫」鑑賞

 


次女と映画を観に行った。
「竜とそばかすの姫」

すでに次女は1回、観に行っていたが、
「音楽と映像がいいから映画館で観た方がいいよ」と
いうので、もう1回つきあってくれることになった。

休みの日、
映画をテレビで観ればそれでいいという人もいるが、
私はいい映画は絶対、映画館で観る派だ。

もちろん今上映されている映画を
テレビで観るという選択肢はないのだが、
いずれビデオになったら借りて観るという人も多いが
それは違うと思っている。

特に音楽がいい時は
あの会場全体を包み込むように聞こえるサウンドは
その場にいなければ体験できないし、
映像が美しい場合も
大画面で観てこその迫力は
映画館でしか味わえない。

「竜とそばかすの姫」は
細田守氏が監督と脚本を手掛けた
日本のアニメだが、
ディズニーとも提携していて、
明らかな「美女と野獣」のオマージュ作品だ。

主人公の高校生「鈴」が
仮想空間で変身するAsは名前が「Belle」になるので、
名前が「ベル」という点でも
美女と野獣の主人公ベルと同じだ。

キャラクターデザインにも
ディズニーが関わっているとかで、
そうしてみるとBelleのぷくっとした唇や鼻の形、
衣装のテイストなどもディズニーチームの影響が
色濃くうかがえる。

お話は本当に近未来の世界を描いていて、
パソコンの中の「U」という仮想空間に
自分をスキャンして自分の分身Asを誕生させる。

そのAs(アズ)は
アバターのように自分でパーツを選ぶ余地はなく、
入力された元の自分のデータから
自動的に作り出されてしまう。

田舎に住むおとなしい娘・内藤鈴は
ある日、自分をスキャンし
仮想空間に分身のBelleが誕生する。

鈴は幼いころに事故で母親を失って以来、
心を閉ざしがちだった。
好きな歌も人前で歌うことはできず、
引っ込み思案な高校生だ。

しかし、
そんな鈴のAsである「Belle」は自分を開放し、
その歌声は世界中を魅了した。
莫大な数のフォロワーが彼女を追い求め、
彼女の歌を切望するようになる。

映画の中のその仮想空間の描写が
めくるめく美しさで、
そこに大きなくじらにのった歌姫Belleが
悠然と空に浮かぶように現れる。
私はこのシーンが一番好きだ。

真っ暗な映画館に
非現実の世界が浮かび上がり、
切なくも透明な歌声が響き、
会場中を包み込む。

物語の中盤、竜が登場するのだが、
「竜とそばかすの姫」は
まさに「美女と野獣」のオマージュだ。

物語の展開は書くのを差し控えるので、
実際に映画館で確かめていただきたい。

今やすぐそこまで迫っている仮想空間とAIの世界と、
現実の高知県の片田舎の風景、
東京の多摩川駅近くの高級住宅街など、
自分の知っている世界と知らない世界が交錯し、
幻惑される。

もちろんそれぞれのキャラクターには
声優や俳優たちが声を吹き込んでいるわけだし、
歌姫の歌もあまり知らないとはいえ
中村佳穂という日本人歌手が歌っている。

お話の筋も辻褄の合わないところや、
ちょっとうまくいきすぎなところもある。

しかし、それを外野がガヤガヤいうのは
映画の楽しみ方としていかがなものか。

私は純粋に日本のアニメの美しさに惚れ惚れし、
一時、その非現実の世界にハマって、
心地よい時を過ごすのが正解だと思う。

最近、Facebookでよく見るのは
母国に帰れなくなったロシア人のその理由とか、
日本に来て驚いたことベスト5みたいな
外人から見た日本の凄いところみたいな動画だ。

その中でよく見かけるのは
日本への興味の発端が
日本のアニメだったという人がとても多いということと、
来て驚いたのが、
日本の美しさ、日本食の美味しさ、
日本人の優しさを挙げる人が多いということだ。

そうした意味でも
この映画は日本のいいところがぎっしり詰まっていて、
日本の良さを誇れる作品だと思った。

今は感染予防のため席はひとつおきだし、
館内での飲食も控えめ、
映画館は換気もよく考えられた構造らしいので、
安全な場所で、
美しい映像と歌声に包まれひと時を過ごすのは
いい過ごし方だと思うので、
是非、おススメする。

2021年8月11日水曜日

ばぁばのお盆休み

 














今週の月曜日から
長女のファミリーと次女が泊りがけでやってきた。

昨年の7月下旬に
長女は2人目の子を出産したので、
昨年はお盆休みどころの話ではなかった。

よく聞く孫がじぃじ・ばぁばのところに来て、
どこかに3世代で遊びに行くとか
泊りがけで観光地に出かけるといったことは
今まで夏の帰省シーズンにしたことがなかった。

しかも今年の夏は
コロナの新規感染者数が爆発的に増えたので、
県をまたいでの移動は自粛するように、
帰省はしないでくださいと、
オリンピックとは二律背反するお願いが出ている。

そんな時にわざわざ人ごみの中に
子連れで出ていくのはためらわれたが、
とはいえずっと2泊3日、
家の中だけで過ごすには
あまりに子どもたちの間が持たない。

そこでいろいろ調べた結果、
ネット予約のみの受付で入場制限をかけていて、
広々としたところという観点で、
八景島シーパラダイスに行くことに決定した。

我が家に1泊した次の日、
朝早くに行動を起こし、
10時にはシーパラ到着の予定で、
車組と電車組に分かれ、現地集合することにした。

私と次女は電車組だ。

お天気は最高気温36度を記録する猛暑の晴天。
台風の影響で強い風が吹いていたが、
日本とは思えないほどの真っ青な空が広がっていた。

八景島は海に囲まれた島なので、
海の青には白い船が幾艘も浮かび、
水族館のガラスの三角屋根が光を浴びて
キラキラ輝いていた。

10年ぶりぐらいに訪れたので、
その間にいろいろ新しい施設が増え、
イルカやマンボウだけでなく
陸の動物の種類も相当数増えていたのにはビックリ。

1歳児には見るものすべてが初めてで
到底、理解しているとは思えなかったが、
4歳児の方は絵本や図鑑で知っていた魚やイルカ、
動物たちが次々目の前に現れ、
興奮冷めやらぬといった感じだった。

孫ファミリーとじじばばが一緒に園内を巡るという図は
今までにもあちこちで見かけたが、
今まさに私たちはそういう図になっているんだなと思った。

更に次女もそこに加わっているので、
女性4人男性2人の6人は
交代にチビたちの手を引き、バギーを押し、
食事のお世話をしながら、
丸1日を堪能した。

私は今までも週に1回ご飯を作りに行っているし、
次女も「ヨーコちゃん」と呼ばれて
4歳児の大好きな叔母ちゃんというポジションだ。

じぃじは我が家では「おーとと」と呼ばれ、
ちょっと怖い存在だったのだが、
今回、徐々に距離を縮め、
4歳児とふたりでドライブに出かけるまでに打ち解けた。

「おーママ」ことばぁば業の私も
絶賛人見知り中の1歳児と仲良くなることに成功、
抱き上げた時「ママ~」と泣きべそをかかれることも
なくなった。

家族以外の他人と
食べたり飲んだり旅行したりが難しい昨今、
普段、多少、離れているものの
こうして一つ屋根の下で過ごせる仲は
やはりいいものだ。

今は朝昼晩と外食が全然できないので
(外食はシーパラのランチのみ)
おうちごはんの担当者は本当に大変だった。

それでも娘にとってのおふくろの味、
孫にとってのおーママのご飯で、
食卓を囲めるのは何より幸せなことだ。

3日経って、
長女のファミリーはさっき帰っていった。
次女はもう少し長逗留する予定。

明日からは大人3人だけなので、
少しゆっくりのんびりできるだろう。

明日は空っぽになった冷蔵庫の買い出しと
「竜とそばかすの姫」を観に行くことになっている。

そこから数日は次女と母親の時間である。