明日の日曜日に予定されていた『天然忌』のお茶のお稽古が、
台風のために中止になった。
台風24号が強い勢力を保ったまま、今は沖縄あたりにいて、
明日は確実に本州を北上する進路をとることが分かったからだ。
きっと雨は免れないだろうなとは思ったが、
夕べ、早々と中止の伝言メールが回ってきて、
ちょっとがっかりだ。
我がお社中における『天然忌』のお稽古は、
『天然忌』の茶とうの他にも、
七事式の『花月』と『且座』という普段のお稽古では全くしない内容が含まれ、
とても楽しみにしていた。
7名のお弟子さん達が参加するにあたり、
あらかじめ、それぞれの役どころが振りわけられており、
みんな、心密かに自分の役どころの予習をしていたに違いない。
『花月』は『花月百遍おぼろづき』と呼ばれるほど、難しいと聞いているし、
且座は半東のお役を頂戴しているので、
周囲を見渡して相当たくさん動き回らなければならない。
これはぶっつけ本番では恥をかくだけだ。
そこで、私も遂に、Amazonで検索して、
昭和61年に出版された2冊組の豪華テキストブックを購入し、
勉強するつもりだった。
この本が32年前に刊行され、
以来、もっと基本的な部分を写真と文で説明した
入門書などは出版されていて私も持っているのだが、
ここまで踏み込んだ内容のものは出ていない。
お茶の世界は旧弊なので、
ある一定以上の難しいお点前や決まりごとなどは、
一般の書店で手に入るような形で書籍化されたりはしないのだ。
私も海外転勤で真ん中が抜けているとはいえ、40年以上の茶歴があるが、
今日まで、書物からこうしたお点前を勉強したことはない。
しかし、昨年入門した先生のところでは、年に数回、
こうしたお免状もののお稽古をつけてくださると分かったので、
行って体験して、後からノートをとるだけでは間に合わないと感じ、
遂に検索して昔の本を注文することにしたというわけである。
昭和61年に2冊組で8800円だから、
相当な豪華本といえるだろう。
ちょうど天然忌中止のお知らせが、メールで届く少し前に、
宅急便で届いたその本はずっしり重く、ややかび臭かった。
中の写真にはつい先日息子さんに家元を譲られた先代の家元が、
たぶん40代後半か50代初めとおぼしき若々しいお姿で写っている。
この2冊組の持ち主は、さほどこの本を手に取りはしなかったか、
『長緒』というお仕服の項にピンクのマーカーが2~3本ひいてある以外は、
紙の折り跡すらない状態で、この本を30年間眠らせていたようだ。
それでも布で製本された表紙には、ポツポツとカビのようなシミが浮き出て、
経年劣化は否めないし、
中の写真の着物やヘアスタイルからは昭和の香りがプンプンする。
5000円ほどで手に入れることが出来、
縁あって我が手元にやってきた指南書を開いて、
明日行う予定だった自分の『役どころ』の所作を確認する。
頭の中でシミュレーションしながら、
昔のお茶人達が考案した茶道のお遊びに想いを馳せる。
台風で無しになってしまったけれど、
平成最後の夏の名残に、非日常の時間があったことを思い描いた。
古い本から立ちのぼるわずかなカビの匂いが、
かえって想像力をかき立て、
雅な世界へといざなってくれたのである。