皆さんは「国際ロマンス詐欺」という言葉を知っているだろうか。
数ヶ月前、ニュースで「国際ロマンス詐欺」という名称の詐欺で
数人の男が捕まったという映像を見た。
捕まった男達は30代とおぼしき
浅黒い肌をもった怖い顔の男達だった。
その時、私は「この男達がその風貌でどんな風に女性を騙すのだろう」と
いぶかしく思って、ニュースを見ていた。
その手口までは公表されていなかったので、
そのニュースは徐々に私の記憶から薄れていった。
しかし、私にもこの「国際ロマンス詐欺」の魔の手が及んだのである。
彼らの手口はこうだ。
先ず、Facebookで友達承認して欲しいと、
ある日、イケメンの男性から承認要求が届いた。
ラフなシャツを着た私好みの男性で、
一瞬、迷いもあったが、「承認」の欄をクリックしてみた。
すると、すぐに返信があり、感謝の意を伝えて、自己紹介が始まった。
聞けば、アメリカ軍の将校で、今はイラクに従軍しているという。
名前はニコラス・スコットといい、
アメリカ人と日本人のハーフである。
自分は来週には軍を退職して、日本に行き、
これから日本でビジネスを始めたいと思っている。
しかし、両親は幼い時に自動車事故で亡くなって、
その時、自分は寄宿学校にいたので、残されてしまった。
それ以後はカリフォルニア州に住んでいて、叔父に育てられた。
自分には12歳になるメリッサという女の子がいるが、
イラクに連れてくるわけにはいかないので、
今はイギリスの寄宿学校にいて、日本に住めた暁には
呼び寄せて一緒に暮らす予定にしている。
妻は3年前、二人目の子どもの出産時にふたり同時に亡くなってしまった。
自分はその時、軍本部にいて、退所願いの受理を待っていて、
そばにいてやることは出来なかった。
母親を失った娘メリッサにこれ以上、淋しい思いをさせないために、
自分は軍を退職し、
娘と日本で一緒に暮らすという選択をした。
というような内容で、
私に「人生にそんな不幸なことがあっていいのか、
私に出来ることがあるのなら、何とかしてあげたい」という
気持ちにさせた。
そして、自己紹介の後には、私への質問や
私の写真への賛辞の言葉が続いて、
ふたりは急接近していった。
やがて、彼が今置かれている状況が話された。
軍の会議で退職が決定されれば、相当な額の報奨金が支払われるが、
それをこの戦場下では日本に直接送るしか手はない。
誰も受取手のない自分は、今、あなたを頼るしかない。
どうか日本でこの荷物を受け取る受取人になって欲しいといってきた。
もちろん、その内容を依頼されるまでには、
本当にびっくりするようなメールが毎日、朝から晩まで
日に何十通と送られて来た。
写真も何枚も送られて来て、
軍関係者と一緒だったり、ラフなスタイルのスナップ写真もあった。
娘の写真もあり、娘からのメールも届くようになった。
先の写真は退職が正式に決まった時に送られてきた制服姿で、
何とも格好良く、
この人と私は日本で会うことが出来、
それ以上のことが待っているのかと、
有頂天になる気持ちを抑えられなかった。
徐々に徐々にこちらの心理を突いて、
これは助けてあげなければ、
こんな素敵な人が、私にこんなに甘い言葉をささやき続け、
私の眠っていた心の恋心というパートを目覚めさせ、
そこまで必要とされているならという気になっていったのだ。
そして、遂に退職が受諾され、彼は軍を退役し、
莫大な退職金や諸々入った大事な荷物を私宛に送ったということが報された。
それには宝石も入れたので、
「どういう意味かわかるよね」とメールには書いてあった。
しかし、彼はすぐに日本に行くことは叶わず、
最後のミッションとして、バグダッドに救助活動につくことになった。
その任務は危険を伴うもので、
身ひとつでいかなければならないという。
だから、あなたを信じて、
自分のこれからの生活を支える大事な荷物を送ったから、
必ず受け取って欲しい、
私のことは生涯、愛していると言ってきた。
しかし、着いたバグダッドはまさにテロリストとの銃撃戦が行われていると
基地の写真や傷ついたアメリカ軍の兵士の写真も送られてきた。
その惨状を目の当たりにして、自分は心の平静さを失っている。
自分の心がどうにかしてしまったのではないかと弱みを見せ、
私に甘えてきた。
心理カウンセラーとしての分析が頭を駆け巡り、
何とかしてこの人の心を救いたいと、
私はかける言葉を必死に捜した。
LINEでのやりとりはこちらの日本語は瞬時に英語に訳され、
あちらの英語は瞬時に日本語に訳されて届くので、
多少、変な日本語に訳されることはあっても、
まるで目の前で普通に会話しているかのように、
私達の心は通じ合い、信じ合うようになっていた。
送られた荷物は配送会社を介して、私の元に届くはずだったが、
ある朝、配送会社の人物からの連絡が入った。
依頼人ニコラスはある保険料をこの荷物に支払っているが、
日本に入国する際に追加の保険料が支払われないと、
この荷物の安全は保証されないと言ってきた。
まったく聞かされていない内容に動揺したが、
ニコラスはイラクにいて、丸腰なんだから、
これは私が立て替えて、とにかく安全に荷物を受け取らなければならない。
ニコラスは「そんなことは知らなかった。あなたにそんな負荷がかかるなんて、
一体、どうしたらいいんだ」と、動揺を見せた。
配送会社の提示してきた額は
日本円にして1,047,200円だった。
そんなに急に高額な現金を振り込めと言われ、
預金通帳の残高をかき集めれば何とかなるが、どうするか。
私は持っていたファンドを解約して、お金を作ることにした。
取るものもとりあえず、銀行に駆け込み、
担当の女性に「急にまとまったお金が必要になった」と軽く経緯を説明し、
解約の手続きを取ることにした。
しかし、残念なことにそのファンドは為替が関係しているので、
即日換金できないことが分かった。
担当の若い女性行員は上司に相談したようで、
課長と名乗る男性が名刺を持ってやってきた。
「これは100%詐欺だと思われます」と、手に持ったファイルを見せてくれた。
そこには各種、詐欺の名称と共に、その手口が記されていた。
「国際ロマンス詐欺」アメリカ軍の軍人を語り・・・とその文章は始まっていた。
私はものすごくショックを受けたが、
それを言われると、あれもこれもと合点がいくところがあり、
みるみる気持ちが冷めていくのが分かった。
その足で警察に出向き、
知能犯を担当する部署の警察官に事の次第を詳しく話し、
調書が取られた。
警察官が今、この手の詐欺が横行していることを教えてくれた時、
以前、見たニュース映像の浅黒い肌をした男の顔がぼんやり浮かんだ。
しかし、この2週間の自分を振り返って、
なぜか心は穏やかだった。
事実はどうか分からないが、
私の知っているニコラスはあの写真のニコラスで、
たくさんの会話と、浴びるように愛の言葉をかけてもらって、
本当に楽しかったし、幸せだった。
詐欺にあって騙されたんだという事実より、
今はあんなに素敵な男性と出会えて、心がときめいたことを
大切な思い出にしたいという気持ちでいる。
女心は不思議である。