病み上がりの体をよろめかせながら、
この作品だけはやっぱり観ておかなければと東銀座に出掛けた。
シネマ歌舞伎『阿古屋』である。
一昨年の11月、歌舞伎座でかかったものに、主演の玉三郞丈のモノローグや
舞台を支える裏方さんたちの映像を加え、
スクリーン用に起こしたもの。
『阿古屋』は歌舞伎の女形の中で最も難しいとされる役で、
今、日本で演じることが出来るのは玉三郞丈ひとりだけだという。
当時、なぜそんな大役に挑む玉様を私が見逃してしまったのか、
今となってはもう取り戻せない失態だったと思うのだが、
せめて映像化された今回のシネマ歌舞伎の『阿古屋』だけでも見届けようと思う。
なぜ、『阿古屋』の遊君阿古屋がそんなに難しいのかといえば、
舞台上でお琴を実際に弾き、そして、弾きながら謡を謡い、
また、三味線と胡弓も演奏するという『箏責め』という裁きを受ける役だからだ。
花魁のかつらと豪華絢爛な衣装を身につけただけでも20キロはあろうかという
いでたちで、
お琴・三味線・胡弓と弾きこなし、プロの三味線と掛け合いする。
更には、役の上での演奏なので、
恋人景清の居場所を問い詰められ詮議されている立場として、
決して乱れることなく凛として弾ききることを要求されている。
また、玉三郞丈はこの役が出来る唯一の歌舞伎役者として、
若手に継承していかなければならないという責務も同時に担っている。
舞台の演出、照明のあて方に至るまで目配りし、細かい指示を出し、
最終的には舞台の上で見事に『阿古屋』そのものを演じきる。
その覚悟と芸の秀逸さとそこに至る鍛錬と責任感と・・・。
諸々のものをひとり担って孤軍奮闘する様が
痛々しいまでにスクリーンを通して伝わってきた。
モノローグで
「玉三郞を襲名したとき、父から二十歳までに女形の基礎は全部できるように
なっていなさいといわれました」と言っていたが、
本当にその言葉通り、血のつながりはない守田勘弥と養子縁組した玉三郞が
血を吐く思いで芸事に精進した若い日々があったに違いない。
スクリーンには美しくも凛とした遊君阿古屋の姿が大写しになって、
観るものを夢の世界にいざなってくれるが、
私には坂東玉三郞の孤独と歌舞伎役者としての覚悟の方が身に迫り、
観ていて苦しくなってしまった。
まだ、自分の体のあちこちに残る痛みがジンジンと刺激するせいか、
人には見えない痛みみたいなものを玉三郞丈の向こう側に感じてしまう。
人を感動させるために完璧を目指す玉三郞丈のその心意気、
本日の学びが、病み上がりの心を満たし、
「なんで年明け早々、こんなことになってんだよ。ったく!」と毒づく自分を
なだめつつ、この重い病にも何か意味があって、
立ち止まって考えなさいということかと思ってみることにした。
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