上野公園のど真ん中に位置する料亭"韻松亭"で、友人ふたりと食事をした。
30年来の戦友のような古い友人達と、
都美術館で開催中の版画展を観て廻り、午後1時からの少し遅めのランチである。
韻松亭は創業明治8年というから、
私が大学・大学院時代にも当然、上野で料亭を営んでいたに違いないのだが、
毎日上野に通っていても、学生の身分で来るようなところでもなく、
その後、毎年、自分が出品している版画展やその他の展覧会を観に来た折に
立ち寄ってもよさそうなものだが、老舗料亭という敷居の高さからか、
なぜかご縁がないままに今日に至ってしまった。
初めて敷居をまたいだ韻松亭の印象は、
思った以上に中が広くて、複雑な建物で、
仲居さん達がいずれもきびきびしているということだった。
私達が通されたのは一番奥の茶室で、こじんまりした小間席だった。
古材を使って造られているようで、雪見障子を開けた向こうには
これが上野公園の桜の沿道裏とは思えない日本庭園が見える。
花籠に入ったお料理は小さなものがぎっしり詰まっており、
生麩や湯葉とこんにゃくの刺身、おからの焚き物、赤こんにゃく等々、
いずれも薄味ながら丁寧に作られていて、お味だけでなく彩りも美しい。
籠の外には中にごま豆腐の入った珍しい茶碗蒸しと、
大豆を長時間、煎ったものとお米を一緒に炊いた、香ばしい豆ご飯、
赤だしのお味噌汁がつき、これまた手間暇かけて作られていることが分かる。
最後の麩まんじゅうはあんも生麩もすべて手作りとかで、こちらも美味。
お茶さえ、おから茶とかいうおからを煎って作る香ばしいお茶だった。
たぶん、調理場では修行のように、延々とごま豆腐のごまをすり鉢ですったり、
おから茶のおからを煎ったり、
豆ご飯の大豆を煎ったりしている若い調理人がいるのだろう。
明治8年創業以来の料亭の意地と魂を垣間見た気がした。
そして、すっかり長居をして、ようよう腰を上げ、
最後にお部屋についているトイレに行って、ビックリ。
思わず、「ここのトイレ、たとえ使わなくても見ておいた方がいいわよ」と
部屋の友人達に声をかけてしまった。
ガラガラと引き戸を引くと、どこかの由緒ある古屋にあったものなのか、
見たこともない藍の染め付けの男性用便器と和式の便器がそこにはあった。
よく見ると、いわゆる普通の和便器の上に昔の染め付けの便器を乗せ、
二重に板場を作ってその和便器で使えるようにしたという感じだ。
写真にはないが、手洗いも陶器の鉢を埋め込んであったから、
凝りに凝って、このお便所というか厠を造ったということだろう。
ここは一番奥の茶室に通されたお客だけが使えるとのことで、
偶然ながらお得感満載だ。
私にとって、何十年も近くて遠い存在だった韻松亭は、
行ってみれば思いの外、気安く温かに迎えてくれ、
しかも、丁寧な仕事の美味しいお料理のいただける、
明治にトリップしたようなワンダーランドだった。
次は桜の頃にでも、着物で来られたらと約束し、
一歩外に出ると、10月下旬とも思えない冷たい雨と風がほおを打った。
あ~ぁ、これが現実・・・。
0 件のコメント:
コメントを投稿