ランチタイム、友人と浜離宮朝日ホールに出向き、
『石田泰尚ヴァイオリンリサイタル』と銘打たれたコンサートを聴いてきた。
石田泰尚は神奈川フィルハーモニー管弦楽団のソロ・コンサートマスターである。
しかし、私にとっての石田は神奈フィルのコンマスというより、
ひとりの狂気をまとった才能あふれるヴァイオリニストという位置づけである。
今まで聴いた彼の音楽は、大きな楽団のソリストとしての共演もあるが
その個性がより発揮されるのは
自由度の高い少人数(3~4人ぐらい)での演奏である。
今日は更に少なくピアノ伴奏と石田のヴァイオリンだけという
リサイタル形式だったので、その特徴はより顕著であった。
舞台は赤紫のライトがあてられ妖しげな雰囲気だし
予定された演奏がすべて終わるまで、つまり、アンコールの時まで
司会も挨拶もMCもなしという彼流が貫かれていた。
石田泰尚といえば、ツンツンに立てた髪を金髪に染め、ピアスをし
細身の体に仕立てのよいスーツをまとい
よく磨かれたエナメルの靴、胸のチーフ、ブレスレットなど
おしゃれで繊細なイメージだった。
しかし、最近の石田は髪を五分刈りに刈り上げ、個性的なシルバーのメガネをかけ
一段と細くなった体に黒いYシャツ、渋い色のネクタイ
スーツは丈が長めのジャケットに、太いダブルタックのズボン、エナメルの黒い靴。
真っ赤なシルクのチーフを胸ポケットからのぞかせ
どこからどう見てもヤクザまちがい無しのやばい方向に向かっている。
そのどこの組のもんだと言いたい細くて恐い風体が、舞台に現れるやいなや
赤いライトに浮かび上がり
ひと言も発せず、いきなり演奏に突入する。
今日は1部が
スメタナの『我が故郷より』
グリークの『ヴァイオリンソナタ第3番ハ長調Op。45』
2部がピアソラのタンゴ特集であった。
とりわけ、ピアソラの方は
演奏している間中、勝手に映像が私の脳裏に浮かび
アルゼンチンなんだろうか、ほこりっぽい道をスカートの裾をはためかせながら
足早に歩く女の腿から下だけが、延々とモノクロームの画面で続いていた。
時折、意味不明な言語が飛び交い、映画の1シーンのようにも思えるが
私にはこの映像に何の記憶もないので、
それが何語でどこからやってきた情景なのか
皆目、検討がつかない。
また、アンコールで弾いたペルトとかいう作曲家の
『鏡の中の鏡』という静かな曲の時は
窓辺に座る美しい女の横顔と
無地で透けている白いカーテンが風をはらんで膨らんでいる様子が浮かんで
まるでその場に自分もいるかのように風を感じることが出来た。
こういう妄想というか幻覚のようなシーンが音楽とともに浮かんでくる体験は
今に始まったことではないが
石田泰尚のヴァイオリンの音色はとりわけこうした映像を呼び込むことが多い。
石田のファンは熱狂的なことが多く、
今日も演奏が終わった途端、ここは日本かと思うほどの甲高い指笛と
大きな拍手が湧き起こり
それに応えて石田は3曲もアンコール曲を弾いた。
生活感の全くないヤクザな中年にさしかかった石田泰尚がこれから先どうなるのか。
きっと彼は結婚などという枠にはまることはせず
今のまま、どんどんとんがって妖しげな方向に進んでいくのだろう。
そして、その狂気に満ちた演奏だけが、ますます冴え渡るに違いない。
そんな彼をハラハラしながら、でも楽しみに見守っていきたいと思った。
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