先週、新作の原画を起こし、
トレッシングペーパーに写し、
更に版木に転写して、
いよいよ彫りをスタートできるところまできた。
ここからしばらくは
いろいろな彫刻刀を使い分けながら、
彫りの作業が続く。
彫刻刀はアウトラインを彫る印刀、
大きく彫り進める浅丸の幅広のもの、
アウトラインと粗彫りをきれいにならす丸刀など、
種類と幅の違うものを
合計50本ほど持っている。
50本の内、よく使っているもの30本ほどを
個展の少し前に
プロの研ぎ師さんのところに研ぎに出した。
自分でも多少は研ぎはするが、
少しずつクセっぽくなってしまうし、
自分では研げない丸刀系の彫刻刀もあるので、
1~2年に1度、
プロにお願いして研ぎ直してもらうことに
している。
そうすると、
胸がすくほど切れ味がよくなるので、
「さあ、また新作を創らなければ」と
気合が入るのだ。
今朝はアウトラインが彫れた後の
ザクザク彫りの作業を進めていた。
幅12ミリの浅丸刀を手に、
気分よく彫り進めると、
大きな木片がシュッシュッと勢いよく版上にたまって、
いかにも仕事をしているという気分になる。
研ぎたての彫刻刀は
造作なく版木に食い込んで
滑るようにアウトラインとアウトラインの間を進み、
大きな木の片が飛び上がるように
削り出る。
そうやって快調に彫り進めていた時だった。
彫刻刀を持つ右手の前を
削り取った木片を払おうとする左手が横切った。
脳からの指令にちょっとした誤差が生じ、
右手と左手の連携にミスが起こったのだ。
まるで餅つきのふたりの呼吸が合わず、
杵を下したその時に、水を打ってしまったように…。
その瞬間、左手の人差し指の先に
12ミリ幅の浅丸刀が一瞬触れた。
あっと思う間もなく、
血がにじみ出て、
指先に膨れ上がり、版木に垂れた。
痛いというほどの感覚もなかったけれど、
真っ赤な血が版木にポタポタ落ちたので、
慌ててティッシュペーパーで指を巻いた。
彫刻刀で指をけがしたのは
10年ぶりぐらいだろうか。
思いがけず、
研ぎたて彫刻刀の切れ味のよさを
自らが身をもって体験することになった。
彫りの作業は
職人のように体で覚えた動きで
無駄なく両手をあやつり進めていく。
しかし、久しぶりの彫り作業だったせいか、
ぼーっと生きていたのか、
とにかく右手の動きに対して、
左手がフライングしたというか、
彫刻刀の行く手に、瞬間、左手を出してしまった。
瞬く間に血がしたたり落ち、
すばやく止血したので、
すぐに何事もなかったかのように
痛みすら消えた。
切れ味鋭く切れた傷はピタッとくっつくから、
意外と治るのも早く、
1~2日でバンドエイドも必要なくなるだろう。
しかし、大したことない朝の珍事だったのだが、
その血の美しい赤は
思いがけず鮮烈な印象をもたらした。
夕べの情報番組で見た
コロナの重症患者さんのエクモの管から出たどす黒い血と
きれいになって再び体内に戻される鮮血との差が
脳裏をかすめた。
今朝、私の指先から噴き出した血は
美しい赤い色だった。
この色の血が巡っている内に
無事、ワクチンを接種し、
コロナ禍を何とか乗り切りたいものだ。
そんなことを考えた
朝の流血騒ぎであった。
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