9月11日土曜日、
米国の同時多発テロ20年目のこの日、
二子玉川のオーキッドミュージックサロンで行われた
「トリオ・リベルタ・サロンコンサート」に
行ってきた。
このライヴというかサロンコンサートのお知らせは
9月5日、いきなりメールで送られてきた。
メールはトリオリベルタのファンクラブというか
登録してある人にしか届かない。
私は数年前に、友人を介して登録してあった。
お知らせには
「9月11日にサロンコンサートをすることになった。
メンバーは浴衣を着て演奏する。
感染対策のため、
限定50名様のサロンコンサートなので、
抽選するからこのメールで申し込んで」
とあった。
この場所でのリベルタコンサートには
以前にも1度行ったことがあるし、
リベルタが浴衣を着て演奏するライヴも
横浜のカモメというライブハウスが幕を閉じる時、
行ったことがある。
(その時も私は夏の着物でいき、最前列の端にいた)
場所といい浴衣という遊び心満載の内容といい、
日にちは6日後と迫っていたが、
レアな企画なので、これは行くしかない。
件の友人からも
「リベルタからメール来てる?」と
すぐに連絡が来た。
しかし、友人は娘さんと先約があっていけないという。
これは私一人でも行くしかない。
(文面からしておひとり様でという感じだったので、
すでに1枚!と申し込みはしていたが…)
そして、無事、1枚get!
11日は「文学と版画展」の最終日で、
夕方5時の終了時に銀座の画廊に行って、
作品を引き取ってこなければいけなかった。
二子玉川から銀座、
コンサートが終わるのが4時15分ぐらいで、
5時の銀座に間に合うか。
ギリ・セーフということにしよう。
しかも、リベルタが浴衣を着ているなら、
私も着物で行かないわけにはいかない。
時はすでに9月。
大人の私は単衣の着物で行くことにした。
当日のチケットはリベルタメンバーの写真つき葉書、
席は入り口でくじ引きとあり、
開場時間の13時半より前に並ばないようにとの
連絡が来た。
当日、二子玉川駅から会場に向かう途中、
いつもリベルタコンサートでは最前列に座っている
おばあさまを見つけた。
関係者席なのか、裏ルートなのか、
石田様の大ファンらしく
必ず最前列にいらっしゃる方だ。
杖をつき、高齢者用カートを引きずりながら、
必死に歩いている姿に、
思わず駆け寄り、
「何かお手伝いしましょうか」と声をかけた。
もちろん今回も彼女は最前列、
チケット代6000円の我々と違い、
10000円払って最前列の6席を確保、
彼女は「1番」をすでに割り振られているという。
その最前列組の人は
優先的に入場するため開場時間に遅刻しないようにと、
葉書には書いてあった。
そのもたつく足取りで間に合うのか、
開場時間まであと2分しかない。
私たちは裏手のエレベーターを探した。
そこにいきなり
ヴァイオリンの石田様とサクソフォンの松原さん登場。
開演32分前だというのに
まだ私服姿だ。
そのおばあさまを見るなり、
石田様が「おっ!」と声を上げた。
私が「今からお着換えですか」と訊くと
松原さんが「はい」と答えた。
石田様はどこで見つけたんだと訝しむような
黒地に太い白で幾何学模様の入ったシャツと
足首が締まったニッカボッカ風ダボダボの白いズボン。
雪駄を履いていてもおかしくないような
ヤバいいでたち。
いつもの眼鏡ではなく薄い色が入っている。
もし、街でむこうから歩いてきたら
間違いなくよけるだろう。
松原さんは何を着ていたか全く覚えていない。
そのぐらい、石田様の私服の印象が強烈だった。
そこから30分後、コンサートは始まり、
ふたりはまともな浴衣に着替え、
ステージ袖から何食わぬ顔で出てきた。
私はくじ引きの結果、44番という番号だったので、
最後列(6列目)左から2番目、
しかし、舞台の左寄りに立っている石田様の
真ん前という席になった。
会場の50人の内訳は
女性48名、男性2名。
着物の女性は6名だった(着物2名、浴衣4名)
元々狭いサロンコンサート用の会場なので、
3人の奏でる楽器の音は
大音量でホール中に響き渡り、
背中の壁にあたって私に降り注いだ。
プログラム前半は
ドビュッシー2曲ラフマニノフ2曲を含む9曲、
いずれも3人(ピアノ・ヴァイオリン・サクソフォン)で
演奏するために編曲された
オリジナルの演奏。
「コロナでおうち時間が多かったから
新しいレパートリーを増やせた」
とMCの中岡さんが話したように
リベルタの演奏として初めて聴く曲ばかりだった。
プログラム後半は
このままピアソラを弾かずに終わるのかと思ったら、
全曲ピアソラ特集で、
「天使と悪魔」シリーズを中心に演奏。
更にアンコールは4曲。
アンコールにきて更にピアソラの重めの曲を
ぶっこんでくるあたり、
サービス精神旺盛なリベルタらしい構成だった。
最後の最後はお決まりの「リベル・タンゴ」だったが、
その一歩前、
袖に引っ込んだ石田様が出てこない。
松原さんがサックスで「ハッピーバースデー」の曲を吹いた。
石田様がなにやら包装紙に包まれた箱を片手に持ち、
登場するや、中央にいたピアノの中岡さんに
ぞんざいに渡した。
どうやら誕生日プレゼントらしいと分かった会場は
万来の拍手でお祝いの気持ちを表したのだが、
石田様は舞台の袖の例のおばあさまの前に立ち、
なんとも気のないしぐさでなげやりな拍手。
浴衣の前ははだけ、
細い体の薄い胸が見えている。
(このホールに舞台はなく続きのフロアなので
本当におばあさまの目の前だ)
その大人げなくてやんちゃな石田様の様子に
会場は大ウケの大爆笑。
石田ファンはその美しすぎる演奏と
その他とのギャップに
今回も惜しみない拍手を送り、喜んだのである。
終演4時12分。
着物の私はダッシュで会場を飛び出し、
何とか4時16分、東急田園都市線に飛び乗った。
5時2分前、銀座6丁目の画廊に到着。
すでに集まっていたグループ展のメンバーは
撤収作業があるのに着物を着ている私に
驚いていたが、
皆さん優しく迎えてくださり、
着物の着方が堂にいっていると褒めてくれた。
調子にのって作品の前で写真を撮ってもらい、
段ボールで梱包した額と装丁のかかった本を手に、
東銀座からの京急の快特で横浜の自宅へ。
何だか、東京中を巡って歩き、
そして、とんでもない誰かさんの私服を見、
とんでもない美しい音楽に包まれた、
至福の1日がこうして無事に終わった。
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