久しぶりに小品の本摺りをした。
今回は「帰り道」というタイトルで
小学生の男の子が、雨の日に
学校の帰り道、
水たまりで遊びながら下校しているという図。
雨のシリーズの1点ではあるが、
単なる小品のひとつというだけでなく、
木版画の特性を活かして何かできないか
目論んでいる。
私の作品は多色刷りの水性木版なので、
通常、1点の作品に10~13版ぐらいの版が
必要だと思って、
彫りの段階で準備する。
鉛筆の原画をトレッシングペーパーに写し、
版木に転写するのだが、
トレッシングペーパーの性質上、
ズレのリスクをなくすためには
必要そうな版はあらかじめすべて転写し、
彫っておくというのが常である。
版は平彫りと飾り彫りがあり、
大体のパートには2版ずつ版が準備されており、
表情版といってそのものらしい木版の彫りが
施された版が
平らな版の上に重ね摺りされることが多い。
彫りの間は色をどうするかは考えず、
ひたすら転写したものを彫っていく。
長い彫り作業の後、
ようやく試し摺りといって
試しにこんな色でと考えた色合いで
摺ってみて、いけると思えば、
日を改めて本摺りをするという工程だ。
しかし、よく考えたら
準備した版を全部使わなくても
構わないし、
よくあることだが、
途中の段階でいい感じだなと思うこともある。
たいていは紙の白が残っている状態で
雨と背景だけが摺ってあるとか、
背景以外が摺ってあるとかなので、
いつもは結局、すべての版を使って
作品を仕上げることになる。
けれど、今回はいつものように版は
準備しているものの
摺っていく順番に細心の注意をはらい、
途中で作品として成立するところで
思い切って打ち切れないか
新しい試みをしてみることにした。
まずは、明るい色のものから摺るのが
お約束なので、
メインテーマの「雨」のパートを摺る。
和紙に雨だけが摺ってある状態で
じゅうぶん美しい。
(自画自賛)
しかし、これで作品として成立するかといえば、
途中に短い雨があったりして
「ここは何?」という疑問が湧いてしまう。
額縁に入れたところを想像してみたが、
さすがにここでやめるわけにはいかない。
次に空を摺り重ねてみた。
作品上部に色が入ると
下の方に色が欲しくなる。
つまり、水たまりは必須になった。
この段階で
あとは傘を差した男の子を摺れば、
「帰り道の男の子」というテーマで
作品としていけそうな気がしてきた。
なので、紫陽花の花には触らず、
傘を差している男の子の部分だけ
摺ることにした。
版としては紫陽花の花が
最もめんどくさかったが
絵としては花がなくても成立している。
7枚摺っていたうちの4枚を
男の子が摺りあがった段階でやめ、
途中で水張りした。
残りの3枚の紫陽花の花を摺り、
バランスを考え、
水たまりの周囲の路面を摺った。
ここでまた、作品として成立していると
思ったので、
今日の本摺りはここで打ち切った。
本当は紫陽花の生垣のような背景という
最も大きな版が摺られていないが、
和紙の白を活かして
こういう作品もありだと感じている。
引き続き、5枚和紙を湿したので、
明日以降、生垣も摺ったものを
創ってみようと思う。
これで準備した版を全部使ったことになる。
全部を発表するかどうかは分からないが、
これで1点分の版木から
3点の作品が生まれることになる。
版画は複数摺れるということと
作った版のすべてを使わなくても構わないと
いう多色木版の特性を逆手に取り、
自分で必要と思って作った版木なのに
全部の版を使わずに作品を創るという
人生初の試みをしてみた。
6月の紫陽花展の時に
何点かは額装して展示してみようと思う。
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