7月から8月半ばまでかかって
彫っていた木版の新作を
9月に入ったら、摺ろうと思っていた。
しかし、9月半ばになっても
連日の真夏日は変わりなく、
この先の天気予報を見ても
やはり暑い日が続く様子だったので、
しびれを切らし、今週の月曜日に試し摺りをとり
水曜日から木曜にかけて
本摺りをすることにした。
今回の新作は
6月の紫陽花展の時に出品した6点連作の作品に
ヒントを得て、
私の版画家史上初めての試みで
作品を創ってみた。
紫陽花展に出品した小品は3点ずつ
それぞれ同じ版を使っている。
いつもは版数の多い私の作品だが、
3点の内2点は
あえて全部の版を摺らず途中までの版で
ひとつの作品を摺り終わるというもの。
通常、多版多色摺りの作品は
準備した版をすべて摺り重ねていく。
例えば10版あれば10版摺り重ね、
色数は25~30色に及ぶ。
しかし、作者だけが知っていることだが
摺っている途中の段階で
必ずって言っていいほど
「ここでやめてもいい作品になりそう」という
瞬間がある。
例えば、雨と背景だけとか、
中心のモチーフとテーブルだけとか…。
それは決まって
和紙の白と木版の色とのバランスのいい時で
パキッと言い切った美しさがある。
そこで途中でやめたものを額縁の入れて
出品してみたというわけだ。
すると
紫陽花展でのお客様や仲間の評価は
案外、目いっぱい色を重層的に重ねた作品より
版数の少ない、和紙の白が残っている作品が
好評だった。
そこで「次作は紙の白を生かした
色数より彫り跡で魅せる作品を創ろう」と
決心するに至ったというわけである。
今回は2点連作なのだが、
雨の降る紫陽花の作品の紫陽花の葉っぱを
1版だけしか使わずに
彫跡だけの黒一色にすることにした。
当然、葉っぱにつられて
背景も全部摺りつぶさず、
グラデーションをかけて中央に和紙の白をだす。
雨の色に単色の白は使わず
4色の淡い色のグラデーションのみにする。
(白は背景の和紙の白とかぶるから)
紫陽花の花だけに色彩を使うが、
葉っぱが黒1色の線描きになると
その影響は花の色にも当然、及ぶ。
版数、色数を思い切って制限し、
いわば「色の断捨離」を行い、
今までの具象表現によりデザイン性を増して
スパッと言い切りの形に整える。
版数を押さえたことで
版木も少なくて済む。
そんなことを意識して版を起こし、
版を彫り進めてきたわけだが、
暑い暑い夏を乗り越え、
ようやく月曜日、試し摺りにたどりついた。
昨日の水曜日は日中に絵具の調合と
和紙の湿しをし重しをのせたが、
すぐに摺れるというわけではない。
和紙に均一に湿り気がまわるためには
5~7時間は間をおかなければならない。
しかも、夕方6時からはカウンセリングがあり、
帰宅したのは8時ちょっと過ぎであった。
そこから夕飯を食べ、お風呂に入ったら
何だかエネルギーが尽きてしまい、
少しでも気温が低い夜に
摺り始めようかと思ったが断念した。
せめて早起きをして始めようと
時計を5時半にセットして、
早めに床に就いたが全然眠れない。
しかたなく12時少し前にベットから起き上がり、
摺りスタート。
結局、真夜中に4時間ぐらい摺るという
半徹夜状態。
木版の摺りは和紙が縮むのをきらうので
加湿器をかけ、クーラーは使えない。
夜中とはいえ、気温はまだまだ高いらしく
バレンを持ってうつむき、
力を込めて摺り始めると
みるみる汗が噴き出してきた。
Tシャツ素材のワンピースを着ていたが
あっという間にびしょびしょになり、
正座している座布団にも
座っている形に汗が染みた。
眼鏡の下の縁に汗がたまるので、
それが作品に落下しないよう
手ぬぐいを手元に置いて
顔を拭き拭き作業したが
土木工事の作業員かと思うような汗まみれだ。
藝大の3年の時から
専攻を版画研究室に変え
これまでウン十年も制作し続けてきたが、
今までで一番過酷な摺りだったかもしれない。
早朝、一度はベッドに向かい仮眠をとり、
7時に再び起きて続きを摺った。
幸い、ダンナがゴルフで、朝、起きた時には
すでに出かけた後だったので、
自分のことだけすればいいのは助かる。
暑さは日が昇るとますますで
部屋のシャッターを下ろしてあるので
朝日がアトリエに差し込むようなことはないが
それでも外気温が上がってきているのが分かる。
もちろん、幾たびも強炭酸水に氷を入れ
カルピスを加えたものをガブガブ飲んだが
それでも何だか気が遠くなりそうなのは
もしかしたら「室内熱中症」に
なりかかっていたのかも。
こんなにしんどければ
1摺り5㎏ぐらい痩せてもいいようなものだが
そんな嬉しいお知らせは届いていない。
ただ、新しい試みは
予想以上にいい結果をもたらし(自画自賛)
出来あがってみれば、
「いや~、この先ずっとこの路線でいこうかしら」
と、思えるような出来だった。
今まで人から「絵かと思った」と言われると
いささかムカついていたが
考えてみれば、
版画には版画の良さがあるのに
それが出来ていなかったということか。
木版は色を重ねて深みを出すより
木を彫った彫り跡のシャープさこそが
信条なのかもしれない。
彫り跡を生かしつつも
自分のウリであるところの色彩もある。
逆に彫り跡が見せ場の黒い葉っぱに対して
細かい色彩が織りなす花の部分が際立ってくる。
そんな作品が出来上がった(と思う)
俵万智の
『「この味がいいね」と君が言ったから
七月六日はサラダ記念日』
という有名な句があるが、
この作品は私にとって
大きく変身できた記念碑的な作品の気がする。
よく一皮むけたねという言い方をするが
正にそれ的な木版画のらしさに気づけた
作品だと思うので、
「木版の脱皮記念日」と言えるかもしれない。
ついでにこの作品のタイトルも
「記念日」にしよう。
今日は新しい表現に挑戦し、
形となって表れた日だから
新生萩原季満野の誕生日ということで。
俵万智もそのぐらいの軽いノリで
「サラダ記念日」に決めたと思うし、
なにより、実はサラダじゃなくて
あれはから揚げだったという話だ。
今宵、我が家の夕飯のメインは
梅しそとしそチーズ、
2種の鶏ささ身のフライであった。
から揚げではないが似たようなものである。
疲れた体は揚げ物とビールを欲している。
いやはや
お疲れ様でした!!
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