2014年10月1日水曜日

友人の生前整理


 
大切な友人が病を得、今、限りある命の戦いを強いられている。
昨年春、完治したはずの肺癌が、
脳腫瘍と新たな肺癌となって、再び姿を現したと聞いたとき
にわかに信じることは出来なかった。
 
折しも、私が別の友人とヨーロッパ旅行で浮かれている間に
急遽、大手術が行われ、
それに引き続いて抗がん剤治療や放射線治療が施された。
 
そんな辛い治療に絶えた夏から1年、
今は友人の心には静かな覚悟が出来ているらしく、
少し前から、友人は粛々と生前整理に取り組んでいる。
 
友人も私も大のキモノ好きで
着る機会が少ないくせに、随分これまでキモノを買い込んできた。
中にはしつけがかかったままで、一度も着たことがないものまである。
 
しかし、キモノ箪笥一杯にはいったキモノも帯も
いざとなると、案外、むすめ達が着る当てもなく、
かといって、リサイクル店に持っていっても、
買った時の値段とは比べようもない低価格に叩かれてしまうのがオチである。
 
それでもだれか見知らぬ人が喜んで着てくれるのならと
友人は委託販売のリサイクル店に出すことにしているそうだが、
「その前に、好きなものがあったら、持っていって」と
嬉しいお誘いを受けた。
 
口には出さないけれど、形見分けのつもりだろう。
 
そんな高価な形見を分けていただけるほど、
友人とちゃんとおつきあいできていたか、はなはだ自信がないが
私にとって友人はかけがえのない人なので、
是非、そのご好意に甘え、友人の身につけていたものを持っていたいと思った。
 
はじめて入る友人宅の和室のキモノ箪笥からは
15~16年前、友人とふたり、出掛けた呉服屋の展示会で求めた
懐かしい訪問着と大島紬も出てきた。
 
それぞれ、手を通しながら、お互いに選んだキモノをよく似合うと褒め合って
非日常の高価な買い物をするという
清水の舞台からふたりして飛び降りたことが、昨日のことのようによみがえった。
 
他にも私の知らないところで友人が清水の舞台から飛び降りたのに
結局、一度も締めなかったという帯を、しかも3本も「きっと似合うから」とくださった。
 
そんな太っ腹な友人の見事な身の処し方に学ぶところ大である。
 
こんな私に今から何ができるということもないのだけれど、
少なくともいただいたキモノと帯は大切に着て、
友人との楽しい思い出も忘れないでいようと思う。
 
そして、これからもまだまだ行けるところまで、一緒に時を過ごし
伴走させてほしいと願っている。
 
 
 


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