2019年11月18日月曜日

引き籠もって 本摺り

 
 
 
 
 
 
昨日今日の丸二日間、
私は画室に閉じ籠もって、
木版新作の本摺りを決行していた。
 
版の彫りは夏の間に出来ていたのだが、
暑いと摺りの条件としては過酷なので、
ほどよい気候になるのを待っていた。
 
10月には紙風船の登場する小さめの新作を
2点、本摺りしている。
 
そこでつかんだ手応えを頼りに
81㎝×81㎝の大作に
満を持して取りかかったというわけだ。
 
もちろん先週1週間は試し摺りに費やし、
細切れに5日間ほどかけて
最終のイメージを作り上げてきた。
 
今回の作品は
紙風船と時計草の両方が画面にいくつも出てくる。
しかも帯締めをモチーフにした紐状のモチーフも
画面中に絡まっている。
 
大きな画面だからと
要素を増やしたせいで
何だか散漫なイメージになり、まとまりがないというのが、
試し摺りをしたときの感想で、
作者としては
「やばい!」と感じていた。
 
それをいかにまとめ、
言いたいことを表現出来るか、
そこに注力して、
少しナーバスな日々を過ごしていた。
 
表面上は孫娘のところにご飯を作りに行ったり、
友人と飲んだり踊ったりしているので、
お気楽に生きているように思われるだろうが、
版画家にとって試し摺りの最中が最も神経質になっている。
 
しかし、一旦、本摺りが始まってしまえば、
後は集中力と持続力と自分の感性を信じ、
丁寧かつ慎重に、作業を粛々と進めるしかない。
 
本当は湿度の問題で、
天気がよすぎるのは乾燥が進むので
あまり本摺りには適していない。
 
しかたなく雨戸(シャッター)を降ろして
晴れているんだか、曇っているんだか、
朝なんだか昼なんだか分からない状態にして、
ひたすら版木に向き合った。
 
大きな作品は一度に4枚摺ることにしている。
 
色数は約45色。
版数は約20版。
 
20版といっても版木にして
90センチ×90㎝の板、5面しかないので、
要は
1面にあちこちに取り回して複数版、彫ってある。
(カギ見当と引きつけ見当1セットで1版と数える)
 
私は術部を出すという言い方をしているが、
必要のないところは広告紙で覆い、
今、摺る部分だけが出るようにしている。
 
その作業が思いの外時間をくい、
また、ミスを誘発することにもなる作業なので、
神経を使い、疲れる。
 
結局、2日間で作業は17時間ぐらい。
その間、ほとんど正座して、
前のめりになって力仕事をしていたことになる。
 
今回の2日間は
作品タイトルが「愛しい記憶」なので、
1980年前後に流行したヒットメドレーを延々と流していた。
 
だから、
何度、甘いとき弾む心で
もんた よしのりと踊ったことだろう。
 
また、ベージュのコートの女なんてそこら中にいるんだから
いつまでも女々しく指にルビーのリングを
捜すなよと思ったことか。
 
郷ひろみとは何度も青い飛行船に乗り、
「生きてるだけじゃ淋しいよ」と言われれば、
そうだそうだと頷いた。
 
そして、
飾りじゃないのよ涙はHAHA
好きだと言ってるじゃないのHOHOと
明菜を気取り、
 
中村雅俊に何度となく
馬車道あたりで待ち伏せされて
「このまま指でいかせてくれ」と頼まれたことか。
 
ヤレヤレ。
 
どんなに摺っても摺っても終わらない。
なのに、三度三度のご飯は作らなければならない。
意外とこんな時なのに、
鶏もも肉を酒と醤油のつけ地つけ込み、
上に大量の刻んだ長ネギと豆鼓(中華材料)を乗せ、
オーブンで焼くなどという
新メニューを開発したりして、
手抜きはしていない。
 
版画の摺りはとにかく体力勝負なので、
肉と野菜をしっかり摂取し、
チョコレートやお団子なので、糖分を補給し、
乗り切る必要がある。
 
さあ、二日間引き籠もって制作した新作の評価はいかに。
 
4枚共、ミスなく摺りおおせたので、
後は皆様の評価を仰ぐだけである。

2019年11月13日水曜日

Dancing Night

/
 
 
 
 
 
いつもはすこぶる真面目に生きている5人が、
とある居酒屋が主宰するライブで、
飲んで、食べて
おしゃべりして、踊るという一夜を過ごした。
 
まあ、人はだいたい日常は真面目に過ごしているのだが、
時にはこうして羽目を外して
遊ぶことも必要だ。
 
元はといえば、
「子育て支援」で関わっている団体のメンバーのひとりを介して、
私以外の4人のグループの
お仲間に加えてもらったという形だ。
 
職業も年齢もバラバラだが、
今は介護系の傾聴ボランティアをしていたり、
家事介護の支援をしていたり、
元幼稚園の園長先生だったりと、
フラワーアレンジメントの先生以外は
介護・カウンセリングつながりと言えよう。
 
同じマンションにお住まいの3人が
マンションガーデンや個人の坪庭の庭造りを通して知り合い、
別のルートで他のひとりと
私もつながった。
 
そして、いずれも
「人の一番の財産は人」
「出逢いを大切に」を
モットーに暮らしている。
 
そんな5人が年に6回のこの夜会の日に集った。
 
私とフラワーアレンジメントの先生だけが初対面だったが、
すぐに打ち解け、
シンガポールに住んでいたことがあるという共通項も見つかり、
話は大いに盛り上がった。
 
この居酒屋には4~5度ほど来たことがあるが、
古民家から移築したらしい古材をふんだんに使った内装で、
料理が美味しく、
特に最後の〆のお蕎麦が絶品だ。
 
働いている若い子達もテキパキして、
ここで働いていることを楽しんでいることが伝わって来るような
活気溢れるお店だ。
 
女将さんは吉田羊に似ているという触れ込みだったが、
そこは賛同しかねたが、
確かに感じのいい女将さんで、
お得意さんとして接客してくれている。
 
前回の「ライヴ」は「ジャズナイト」だったと聞き、
ジャズの名曲に合わせて踊ったというので、
「是非、次は誘って」とお願いして迎えた夜だった。
 
しかし、夕べは黒人シンガーふたりだけがアーティストで、
楽器の生演奏はなく、
American POPSやバラードのスタンダードナンバーを歌い、
お客さんが次々席を立って
踊りの中に加わるという形だった。
 
同行のひとりは前回もノリノリで踊ったという話は聞いていたし、
私をこの会に誘ってくれた男性も
「曲に合わせてリズムを刻むくらいですよ」といいつつ、
まんざらでもない様子だった。
 
ライヴは3回に分け行われ、
最初は聴いているだけだったお客さんの中から、
一緒のフロアで踊る人が出始めると、
次々、踊りに加わる人が増え、
しまいには立錐の余地もないほどに混み合い、
知人もそうでない人も一緒になって
踊り明かした。
 
何を隠そう、最初に席を立って踊り出したのは、
私と踊り好きのKさんで、
お互い「行こうよ行こうよ」と、こづきあいながら席を立つと
後はもう止まらない。
 
次に唯一の男性Tさんも踊りに加わり、
思いがけない激しさとノリノリ具合で、
みんなを湧かせた。
 
結局、おみ足の悪い元園長先生も踊り出し、
写真撮影係だったAさんも引っ張り込んで、
完全な「青春 Play Back」の状態に。
 
ジュリアナ世代のふたりはもちろん、
ジュリアナ一歩手前の私も、
曲がかかると自然に体がリズムを刻み、
フロアに立ってしまうと、
何かが完全に外れた音がする。
 
こんな風にいつもは全く見ない表情と笑いと
激しい踊りのステップが、
非日常からトリップさせ、
心身共に、開放感に満たされる。
 
酔って踊るとこんなに息が切れ、
しんどいものかと痛感したが、
こんな気分は久しぶり。
 
次は2月18日だと知って、
速攻、予約し、
またこのメンバーでの再会を約束した。
 
お正月より待ち遠しい「居酒屋ライヴ」の
クレイジーナイトであった。
 
 
 

2019年11月6日水曜日

ようやく秋刀魚登場

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今年は秋刀魚が全く不漁で、
夏の終わりになってもスーパーに姿を現さなかった。
 
ようやく鮮魚売場に並んだかと思ったら、
1尾298円とかいう値段がついていて、
しかも、痩せている。
 
結局、今年は秋刀魚にはありつけないのかと思っていたら、
11月に入って、豊漁になってきたというニュースを見た。
 
まさかとは思ったが、
昨日の朝、魚屋さんに行ったら、
1尾100円でピカピカ・プリプリの秋刀魚があった。
 
即、自宅用と長女宅用に5尾購入。
 
11月5日に初秋刀魚をいただくというのは
いかがなものかと思いながらも、
美味しく秋の味覚を味わった。
 
桜が卒業式の頃に咲いたり、
秋刀魚が文化の日を過ぎて、ようやく食べられたり、
地球温暖化は深刻だ。
 
というわけで、
昨日のシポリンワークは
「秋刀魚によくあう秋のご飯」がテーマだ。
 
「秋刀魚の塩焼き 大根おろし添え」
「しいたけの肉詰め バター醤油風味」
「厚揚げとほうれん草のとろみあんかけ」
「鶏ボールと白菜のスープ」
「ごぼうとキノコの炊き込みご飯」
「鶏のからあげ」
「ジャガイモのチーズ焼き」
「鶏手羽元のトマト煮込み」
「ブロッコリーのガーリックバター炒め」
「回鍋肉」
「しらすとネギ入り卵焼き」
 
以上11品。
 
先週は京都旅行で料理当番をパスしたので、
いつもより、大盤振る舞いだ。
 
さて、このうち
2歳児はどのぐらい食べてくれるかな。
 
保育園に迎えに行き、
帰る道々、
「今日はちゃんとたくさん食べてね」と約束をした。
 
手作りのちゃんとした料理を食べて育って欲しい。
その一心で作っているので、
アンパンマンソーセージやおせんべいなど、
既製品に安易に流れ、
お腹を満たす生活になって欲しくないのだ。
 
さて、結果は?
 
ひととおり、テーブルに並んだ料理の数々を見て、
「わーっ」と歓声を上げて、嬉しそうだ。
よしよし。
 
「何から食べるの?」
 
でもって、眺めてから、
やっぱり指さしたのは
「ジャガイモのチーズ焼き」
 
見つからないよう一番奥に置いたのに、
遠くを指さし、「ポテトください」という。
 
しかも、表面のカリカリチーズのところから手をつける。
 そして、ベーコン、ポテト、マヨネーズ。
 
相変わらずのカロリー高めの芋娘。
 
そして、お次は
ミニトマト。
 
一時、手足口病になったとき、
口内炎に染みたのか、
大好きだったミニトマトが嫌いになったことがある。
 
ミニトマトの酸味が染みて
顔をしかめて「甘~い」と言うので、
周囲は大笑い。
 
味覚を言葉で表現するのは、
味と言葉を
一致させるのが難しいと感じたエピソードだ。
 
その苦手なミニトマトはいつのまにか克服したようで、
夕べは本当に甘そうに
パクパク勢い込んで食べていた。
 
ミニトマトは鶏の唐揚げに添えられていたものだが、
鶏の唐揚げも最近のお気に入りらしく、
相当、にんにくを効かせてしまったのだが、
美味しそうに食べてくれた。
 
肝心の秋刀魚に水を向けたが、
「いらない」と、にべもない。
 
炭水化物大好き2歳が、次に目を付けたのは、
「ごぼうとキノコの炊き込みご飯」
 
そう来ると思ったとばかり、
大盛りでプレートに盛る。
 
それだけでごぼうのいい香り。
 
しかし、2歳児にごぼうの香りは受け入れられるのか?
 
ちょっとクンクンした後、
大きなひとさじを口に運んだ。
 
「お、いける」と思った瞬間、
口からささがきごぼうを指でぬき出して
「これ、いらな~い」
 
結局、ごぼうと茶えのきは丁寧に小さな指で取り除き、
何のこっちゃ。
しかし、味はお気に召したらしく、
お代わりしてご飯は食べてくれた。
 
「ははは。それがごぼうの味が染みたご飯だよ」
と勝ちほこったように、内心ほくそ笑むばぁば。
 
一体、何と戦っているのか。
 
その後、白菜と鶏団子のスープも食べさせたかったが、
「熱~い」とか言って
ほんの少ししか口をつけなかった。
どうやらここらで満腹か。
 
夕べは何とか手作りご飯でお腹が満たされたようで、
アンパンマンソーセージとばぁばとの攻防はなかった。
 
こうして
だいぶおしゃべりが上手になってきた2歳児に
「美味しいね」と褒められて、
木に登る子ブタのばぁばであった。
 

2019年11月5日火曜日

青春 Play Back

 
 
 
 
 
 
 
大崎駅前にある品川区立のO美術館で開催されている
『中林忠良銅版画展』に行ってきた。
 
中林忠良氏は私の芸大時代の恩師である。
 
芸大の美術学部油画科に在籍していた私は
3年になる時、
研究室を版画に変えた。
 
その時の銅版画の講師が中林さんである。
 
当時、私は数年浪人をしていたので23歳。
中林さんは39か40歳ぐらいだったと思う。
 
大学の3年から大学院生という、
人生のもっとも輝かしい4年間を、
同じ空間で過ごした、
言わば作家同士で、
先生と学生という感覚はなく、
お互い、さん付けで呼び合うような間柄だった。
 
芸大の版画研究室は1学年が6~7名なので、
先生と学生が全員合わせても30数名の家族的な所帯で、
自分の作品のテーマを模索し、制作するという観点で言えば、
皆,似たり寄ったり。
作家同士として切磋琢磨する仲間だった。
 
もちろん、経験値に差はあるので、
学ぶところは多かったが、
作家としての先輩と後輩といった感じだった。
 
そこが芸術大学と他の大学との違いかもしれない。
 
その後、中林さんは助教授から教授、
今は名誉教授になり、
いくつかの勲章も授与されているような大先生だが・・・。
 
今回の展覧会は
中林さんが品川の大井町生まれだということで、
こじつけたかのように
この地を盛り上げる記念行事の一環として
白羽の矢がたったようで、
自己紹介文にはそのあたりの戸惑いが伺える。
 
しかし、行ってみれば、
かなり大がかりな展覧会で、
まだご存命なのに、ほぼ大回顧展の様相で、
作品は極初期のものから2019年までの100数点、
版画のプレス機や道具一式の展示、
作家の創作風景のビデオ放映、
Tシャツやクリアファイルなどのグッズ制作販売、
展覧会のカタログの制作販売と、
大盤振る舞いだ。
 
会場手前のプレス機や道具類を
懐かしい気持ちで眺め、
若き日の作品群を鑑賞した。
 
制作年と絵を見れば、
中林さんと同じ空間にいた頃の作品と、
その前とその後の作品に分かれる。
 
当時の展覧会の壁に掛けられていた作品群を見ていると、
学生時代のいろいろなことがよみがえってくる。
 
どんなコンセプトでこの作品を創ったか尋ねたり、
「誰のために創っているというような相手はいますか?
制作は自分のためですか?」などと質問したために、
困った顔をした中林さんの顔が
ふいに思い出された。
 
銅版画は制作過程で「腐食」という行程をふむ。
 
ニードルという針のような鋭利な刃物で、
銅版を引っ掻いて描写した後、
塩化第二鉄や希硝酸などの溶液のバットに
版をつけ込んで、
自分の思い描いた線の太さになるまで
腐食させるのだ。
 
「すべて腐らないものはない」
 
これが彼の作品コンセプトに通じており、
彼の人生にも通じている概念だ。
 
作品群を観て廻っていると
自動放映されているビデオの音声が聞こえてきた。
 
もの静かで落ちついた懐かしい声。
作品の制作過程を丁寧に映像で示しながら、
説明を加えて、紹介しているビデオ映像だ。
 
中林さんは卓越した言語表現力を持っていて、
制作工程の説明であっても、
時に文学的な表現を用いて、
銅版画の奥深さと制作の煩雑さを紹介していく。
 
大画面の前に置いてあるいくつかの椅子のひとつに腰かけ、
映像を見ることにした。
 
2019年の今日、中林さんは82歳のご高齢になっていた。
風貌もポスターにあるとおり、
白髪ですっかりお歳を召したといわざるを得ない。
 
ところが、画面に現れた中林さんは
1986年、49歳の時の姿だった。
 
町田の版画美術館の要請で制作した
版画の制作風景のビデオだったのである。
 
その姿は芸大の版画研究室で一緒に制作したり、
銀座の展覧会を見に行ったり、
みんなで飲み会に行ったり、
芸術祭で一緒に踊ったりした頃と、
ほとんど変わらない若き日の姿だった。
 
思いがけない展開に
私の鼓動は一気に速くなり、
懐かしさで胸がキュッとなった。
 
思い出すだけで涙が出そうなキラキラした青春の日々が
よみがえってきた。
 
あれから、まだ、私も何とか制作し続けている。
大してコンセプトも変わらず、
制作のスキルは多少向上したと思うが、
作品に向かう姿勢も同じ気がする。
 
しかし、年月は残酷だ。
 
体のあちこちの痛みや集中力や持続力の低下、
老眼との戦い、
ビジュアルの劣化など、
得たものもあるが、
失ったものも多い。
 
「すべて腐らないものはない」
と彼はいう。
 
たしかに肉体でさえ、劣化して、
やがて腐る日が来る。
 
しかし、中林さんの若き日の映像を見ながら、
私は思った。
 
思い出は決して腐らない。
むしろ、汚いものは忘れ、そぎ落とされて、
美しいものとして、今、胸中にある。
 
そして、それを誰も浸食することは出来ないと。
 
 
 

2019年11月4日月曜日

パティシエ学校の文化祭

 
 
 
 
 
 
 
私のもうひとつの顔に、
パティシエ養成学校の非常勤講師がある。
 
そこの学校で秋の文化祭があり、
招待状を受け取ったので、
『ラッピング』を教えているT先生と誘い合わせて、
見に行くことにした。
 
通常は私の担当は『就職対策講座』なので、
パティシエとして、パン職人として、
また、和菓子職人としての学生達の
実力は全く知ることができない。
 
文化祭では彼らの作品のコンペティションもあるし、
彼らの手になる製品の販売もある。
 
待ち合わせの時間よりT先生は早く着いて、
「5階のパン売場に並んでいます」とメールが来たので、
とりあえず5階に向かった。
 
エレベーターを降りると、すぐそこまで人が溢れ、
4列に並んで人垣が出来ていた。
その中にT先生を見つけ、
ちょっと横入り。
 
まずは学生達の販売員ぶりを楽しみながら、
パンの説明を聞いた。
 
1組が買える個数には制限がかかっていたので、
T先生と相談して、重ならないようパンの種類を選び、
夜のシチューに合わせてバゲット、
他にいくつか白玉入りあんパンやティーブレッドなどを
買い求めた。
 
他にも和菓子職人を目指す学生のブースで、
練り切りとティラミス風味のおまんじゅうなど、
持ち帰り用のパックをふたつ買い、
お昼はそこで栗おこわとけんちん汁のセットをいただいた。
 
いつもはコックコートを着て
机に向かっている学生しか見たことがなかったので、
販売員姿だったり、
スーツ姿で案内やビラ配りしている様は新鮮で、
もう半年もすれば彼らも社会人になるんだと
感慨深いものがあった。
 
4階3階とパティシエの卵達の
マジパンの作品やチョコレートの作品には、
金賞・銀賞・校長賞など、
いい作品には賞が与えられ、
作品の脇に立て札が立っている。
 
「就職対策講座」の講義中に
印象に残った学生の名前を
作品のプレートに見つけると、
「あ~、やっぱり優秀だなと思った学生は
作品の評価も高いのね」と納得する。
 
前期で早々と就職先が決まった学生は、
作品の出来もいい。
 
和菓子職人希望の学生の中で、
とても優秀と噂の学生の作品は、
噂に違わず「校長賞」や「横浜市長賞」など
いくつもの賞を手にしていた。
 
T先生と
「仕事が丁寧な作品がやっぱりきちんとしていて、
商品としても通用するし、作品としてもいいわね」と
感想が一致した。
 
まだまだ、創ることに精一杯の彼らが、
社会人になって、
自分の創ったものを商品として売る。
求めたお客様が、その商品を美味しいと感じ、
笑顔になり、
もう一度食べたいとリピートする。
 
それが彼らの目標だと思うが、
この文化祭の作品から、
ひとりでも多くの学生が初心をかなえて
一人前の職人になってくれるよう、
心から願っている。
 

2019年11月1日金曜日

大人の修学旅行 その3

 
 
 
 
 
 
大人の修学旅行の最終日は
朝からザーザー冷たい雨。
昨日のあっぱれな晴天はどこへやら。
 
これが1日違いでお茶会の日だったら、
本当に悲惨なことになっていたと思うので、
お天気担当の私としては
ホッと胸をなで下ろした。
 
前の晩から、雨の予報は出てきたので、
朝はゆっくりして、
ホテルのビュッフェ朝食からスタート。
 
メインイベントはすべてつつがなく終了していたので、
最終日はだめ押しで、
「北村美術館」と
「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」展を
観に行くことになった。
 
まさにお茶のお仲間だからこそ成り立つ
お茶三昧のコース取りだ。
 
「北村美術館」はお茶席に必要なお道具一式が
季節ごとに展示されている。
逆に言うと、お茶席1回分だけなので、
「え?これだけ?」というような出品点数なので、
普通の人は物足りないかもしれない。
 
写真撮影OKはチケット売場から見下ろすお庭とお茶室のみ。
 
展示内容に関しては「令和の秋」と題された展示目録のみ。
 
『 改元を寿ぎ、その念いをふくませながら、
今回の展示は取り合わせてみました 』
と、ある。
 
誰も他に観覧する人がいない中、
私達7名が貸し切り状態で、
ゆっくり秋のしつらえのお道具を拝見した。
 
来週のEテレ「日曜美術館」は、
ここ北村美術館の特集らしいので、
そうなると、放映後は急に「にわかファン」が
押し寄せるのではないかと思うが・・・(笑)
 
北村美術館を出る頃には雨も上がり、
最後は目下、展覧会の会期中である
「三十六歌仙絵」を京都国立博物館に観に行くことになった。
 
あちこち行くのに、
毎回、タクシーを乗り倒したが、
最初に集金して会計係のママに預けておいたお陰で、
何のお金の心配もなく予定を遂行出来たのは、
本当に素晴らしい。
 
予算が余ったので、
「北村美術館」「三十六歌仙絵」もそれでまかなえたのだから、
重ねて、素晴らしい。
 
「佐竹本 三十六歌仙絵」は本来、2本の絵巻物だった。
しかし、絵巻物として売るには高価すぎて
買い手がつかなかったため、
何と、100年前にその巻物を
36枚の絵として「切断」
 
1枚1枚、手に入れた別々の持ち主の元で、
美しい表装が施され、
掛け軸として、今日に至っている。
 
誰がどの歌人のものを手に入れるかは
これまた何と「くじ引き」だったという。
 
しかし、そのくじ引きの言い出しっぺである益田鈍翁が
「僧侶」を引き当ててしまい、
途端に不機嫌になった。
 
そこで、一番人気の「斎宮女御」を引き当てた人物が、
空気を読んで、益田鈍翁にそれを譲ったという。
いわゆる「忖度」か?
 
その絵巻物の「切断」から100年。
 
100年の間にはそれぞれのお軸に物語があり、
最初の所有者のままのものもあるし、
所有者が変わってしまったものもある。
 
展覧会はその絵が誰の手によって描かれたかより、
最初は誰の持ち物で、
今は誰が所有しているかが大事らしく、
そのあたりが克明に記されていた。
 
絵描きの私としては、
それよりお軸の表装と絵のバランスの方が
興味深かったのだが・・・。
 
お軸の表装のセンスは本当にバラバラで、
作品自体は、
歌人の肖像とその歌をしたためた書という構成は同じなのに、
お軸の姿としてはかなり趣が異なる。
 
今回の展覧会の見どころは
むしろ、その表装かもしれないと思って、
私は観て廻った。
 
何しろ、達筆すぎる書は凡人にはよく読めないし、
平安時代の歌人や僧侶はほとんど墨衣や黒い装束だ。
 
私達が行った会期にお姫様の絵は
「小野小町」1点だけで、
しかもありがちな後ろ姿。
百人一首のお姫様と言えば分かりやすいだろうか。
 
だから、その地味な黒い装束の男性歌仙の画を
いかに引き立たせるか、
もしくは調和させるか、
そこにお軸の面白みがあるのである。
 
掛け軸はお茶の世界でも床の間や寄りつきなどに
必ず、必要なものなので、
私達はかなり丁寧に1本1本鑑賞した。
 
こうして 
掛け軸の歌仙絵をお腹いっぱい堪能し、
ミュージアムショップで旅の思い出の品を求め、
京都駅へ。
 
とどめは、伊勢丹デパートの中で
「和栗モンブラン」派と「抹茶パフェ」派が、2店舗に分かれて
それぞれ好きなスイーツで、京都を味わい、
予約しておいた「はつだ」の牛肉弁当を手に
新幹線に乗り込んだ。
 
その際のビールとおつまみも
会計ママからお許しが出て、
会費から出してもらったので、
あ~、楽ちん。
重ね重ね、ありがたい。
 
こうして、濃くて雅な大人の修学旅行は
無事、終了。
 
お茶の世界にいそしむ同行の士が揃ったからこその
この旅程。
 
しみじみ
お仲間に恵まれた幸せを感じた3日間であった。