2015年3月9日月曜日

『アメリカンスナイパー』にみる銃社会の闇

 
今、話題の映画『アメリカン・スナイパー』を長女と観てきた。
 
イラク戦争の時に従軍した優秀な狙撃兵だった男が
除隊後、PTSDにかかり苦しみから立ち直る話だと聞いていたので
心理カウンセラーとしては興味津々という感じで観に行ったのだが・・・。
 
主人公のカイルは実在の人物なのだが、
実はこの映画ができあがる少し前、
やはりイラク戦争から帰還後に心を病んでしまった男をケアしようとして、
出掛けた先で、その男に銃で撃たれ死んでしまった。
 
その実写シーンが映画の最後に流れ、
エンドロールになるのだが、
映画評にはなかっことが頭に浮かんで、いろいろ考えさせられてしまった。
 
戦争にいった兵士が、帰還後PTSDを発症するというのは、
ベトナム戦争の時も、イラク戦争の時も言われており、
アメリカ社会の抱える大きな問題になっている。
 
アメリカ社会は言わずと知れた銃社会で
一般的な人でも、家に護身用の拳銃が家にあるのは当たり前らしいが、
日本人の私たちには想像すらできないことだ。

アメリカの普通の生活における
銃にまつわる悲劇は枚挙にいとまがないのは日本人も知っている。

しかし、 
日本人で本物の拳銃の引き金を引いたことのある人はどのぐらいいるだろう。
一生かかって、一度も持ったことさえないという人が
ほとんどなのではないだろうか。
 
ところが、映画の主人公カイルは志願して兵役につき
4回の派兵で約1000日、イラク戦争で従軍する。
 
スナイパーと呼ばれる優秀な狙撃の腕を持ち、
従軍期間中に数多くの人を狙撃し、英雄として帰国。
 
しかし、帰国した後、PTSDを発症し、
常に戦地でのさまざまな爆撃音や射撃音、負傷兵の姿などが
聞こえたり見えたりすることで、心を病んでいく。
 
妻が夫の心が戻ってこないことを心配し、あれこれ気遣うのだが、
映画では意外とあっさりPTSDは克服されたかのようなシーンになる。
 
そして、あろうことか、カイルは拳銃を片手に妻に迫り、
冗談半分に下着を取れと要求する。
 
そんなやりとりのところに幼い息子が走り込んできてふざけたりしているのだが、
拳銃が暴発でもしたらどうするのかとハラハラした。
 
それがアメリカのユーモアだとしたら、日本人の私には理解できない。
 
しかも、ちょうどそこへ元兵士の後輩がやってきて、
カイルはリフレッシュのため射撃場で2時間ぐらい練習すればスカッとするからと
ふたりは出掛けてしまう。
 
そこで、この後輩に打たれてカイルは死んでしまうのである。
 
それは映画の中の出来事ではなく、現実なわけだから、
ますます理解の度を超えてしまった。
 
拳銃で人を殺すことに罪悪感を抱いて、PTSDになったんじゃなかったのかい?
PTSDを克服した人が、悪ふざけで拳銃もって妻に迫るってどうなの?
銃を忌み嫌っていたはずの人がリフレッシュするために射撃場に行くって何?
 
しかも、そこで、あっさり銃で殺されちゃうなんて・・・。
 
同じ地球に住んで同胞のように思っているアメリカだけれど、
全然知らない国と人々だなという感じがした。
 
クリントイーストウッドよ、何だよ、最後のオチは。
そう言いたい。
 
長女とふたり、「よく分かんないね、アメリカって」と映画の感想を語り合い、
回転寿司のカウンターに座り、おいしい寿司ネタに舌鼓を打ったのであった。
「日本、平和でよかったね」といいながら・・・。


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