1月に入って、2枚接ぎの作品の試し摺りと本摺りを行うにあたり、
十分な絵の具があるか確認したところ、
少し不足になりそうな色があることが分かった。
そこで、いつものように、蒲田のユザワヤまで出掛けていって、
その絵の具のコーナーで、目を疑うような張り紙を見た。
「彩は廃番になりましたので、在庫がなくなり次第、終了です」
聞いてない、聞いてない!
そんな~
これから私どうしたらいいのー!!
それが最初の心の叫びだった。
木版画の摺りに際し、私はここ30年以上、メインの絵の具に彩を使ってきた。
木版画には木版画用絵の具というのがあるのだが、
色数が少ないので、今までまったく試したことすらない。
木版には水性の絵の具が必要なのだが、
いわゆる水彩絵の具では透明度が高くて使い物にならないし、
ポスターカラーでは安価だけど、耐用年数が低くて使い物にならない。
水干絵の具の粉を膠と共に練り上げるのでは、時間と手間がかかりすぎる。
などの理由で、試行錯誤の末、日本画用のチューブの絵の具として出されている
「彩」もしくは「吉祥」という絵の具のシリーズに決め、
長年、愛用してきた。
しかし、「吉祥」はチューブが小さく、結果、単価が高くつくので、
どうしても「吉祥」の中のこの色でなければという数色を除いては、
「彩」のシリーズをメインにして、使用してきたのである。
その肝心要の彩のシリーズが廃番!
その衝撃たるや、一瞬、言葉を失い、
もう版画は辞めようかと思うほどのショックだった。
一昨年の暮れに
大学生の時からお世話になってきた額縁屋さんが65歳の若さで亡くなり、
額縁はもちろん、2枚接ぎの作品の接ぎの仕事をお願いするところがなくなった。
日本画の友人のつてで岡崎の経師屋さんを紹介してもらい、
昨年の2枚接ぎの作品は何とかその方に接いでもらった。
しかし、なじみの額縁屋さんが亡くなってしまったことの喪失感は
本当に大きかった。
何だか同志を失ったような気分。
その話を作品やプロフィール写真を撮ってもらっている写真家の人にしたら、
「作家さんにそこまで言ってもらえたら、冥利に尽きると思いますよ」と言っていたが、
作家は個人で活動しているようでも、
案外、周囲の助けに守られ、力をもらっているのだ。
長年、愛用の絵の具のシリーズが、突然、廃番になるということも、
これに匹敵するぐらいショックな出来事だった。
すぐにホルベインのお客様相談にメールし、困っていると告げると
代替になりうるガッシュという不透明水彩のシリーズの情報を返してくれた。
それはそれで、ありがたいことなのだが、
ガッシュを知らないわけではないし、
油絵科出身だから、英語表記の絵の具の名前になじみがないわけでもない。
しかし、私の中で「若苗」であったり、「牡丹」であったり、「緑青」だった色が、
何とかグリーンや何とかレッドになるのは、何かが違うのだ。
色自体も微妙に違うのはもちろん、
日本名のついた絵の具を手にし、日本名のイメージで選んでいた色は、
日本人の木版画家の気持ちに寄りそってきたはずだ。
それは海外転勤の最中も、帰国後も同様に、
自分が日本人であること、木版画の作家であることを意識づけてきてくれた。
つまり、アイデンティティが失われたような気分なのだ。
慌てた私は、まず、ユザワヤで残り少なくなっていた彩のよく使う色を買い占め、
2枚接ぎの作品の試し摺りと本摺りがすべて終わってから、
ホルベインの人に聞いた取り扱いのある画材屋さんに、
更に買い占めにいくことにした。
何カ所かの世界堂が取り扱っているはずと連絡を受け、
相模原や町田店に電話してみたが、
すでに店内からは撤去されたという。
世界堂新宿本店に残ったものは集められていると聞き、連絡すると、
売り切れた色も多多あったが、私のよく使う色も何色も残っていることが判明。
とにかく、それを買い占めなければと、新宿に向かった。
世界堂新宿本店は新宿駅の東口から、三丁目の交差点まで歩き、
更に少し行ったところにあった。
このあたりは40年ぐらい前に1年間、浪人の身で美術系予備校に通っていた。
しかし、うろ覚えの美術予備校は見当たらず、
そこに通いつつバイトしたハンドバッグ屋さんも、お茶屋さんも
別の店舗に変わっていた。
変わらないのは紀伊國屋書店と伊勢丹、
そして、世界堂の包み紙だけだなんて、センチメンタルな気分になり、
思わず、紀伊國屋書店のエスカレーターに乗って店内に入ってしまった。
そこで、今現在、生業のひとつにしている心理カウンセリングに必要な本を買った。
確かに40年前に、40年後、自分が心理カウンセラーになっているなんて、
想像もしなかった。
時は流れに流れ、
諸行無常、
変わらないものはなく、もの皆、移ろっていく。
昔のままに残っているものと、移ろっていくもの、
自分自身ですら、同じように昔のままの自分と変わっていく自分がいるのだから、
その変わっていくものも受け止めて、順応しなければと思った1日である。
あ~ぁ、
それにしても、彩、なんで辞めちゃうの?
おばさんは順応性が低いんだから、そのあたり、考えてよね!
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