東銀座の東劇に
シネマ歌舞伎『阿古屋』を観に行ってきた。
この演目は
平成27年10月に歌舞伎座にかかったもので、
約10年前の舞台ということになる。
私は友人のつてで前から2番目中央の席で
当時、この舞台を観ており、
玉三郎渾身の女形姿を見届けたことになる。
『阿古屋』は女形で最も難しい役といわれていて
女形の役者にとってこの役ができることは
生涯の夢なんだそうな。
玉三郎は守田勘彌の養子になり、
幼い頃から女形に必要な踊りや
琴・三味線などの稽古に励んできたと思うが、
この役はそのすべての芸事の集大成、
舞台でお琴・三味線・胡弓を
弾かなければならない。
しかも、花魁の何十㎏もある衣装をつけ、
鬘をつけた状態でである。
筋書きはとてもシンプルで
役者も3人しか出てこない。
平家滅亡後、鎌倉の源氏方に追われる
平家の武将・景清のゆくえ詮議のため、
引き立てられた恋人の阿古屋。
「ゆくえは知らぬ」と答えると、
助役の宗連は気色ばみ、拷問をというが、
代官・重忠は偽りがあれば演奏の音色に
乱れがあるはずと
琴・三味線・胡弓の3曲を演奏させる。
しかし、阿古屋は見事な演奏を披露して見せ、
結局、開放される。
なので、舞台には
詮議する重忠
重忠の助役・宗連、人形ぶりで演じる悪役
演奏する阿古屋
の3人しかいないし、
3人ともほぼ同じところに座っている。
筋書きを知らない人や
言葉が理解できない人にとっては
「全然、分からなかった~」となるらしく
前の列のおばあちゃんたち4人も
隣の老夫婦もそんな反応だった。
しかし、私は歌舞伎座の本舞台を観ているし
踊りのお師匠さんで歌舞伎通の友人から
筋書きも聞いていたし
何より玉三郎のこの役に込めた思いを
知っていたので、
スクリーン上とはいえ、
再び、あの名演奏を観ることができ
大感激だった。
映画は1時間半程度だったが
前半にメーキング映像があり、
玉三郎の解説で
お稽古場の様子や大道具小道具
衣装さんや床山さんなど
陰で支えるメンバーや
総監督としての玉三郎の姿が見られ
歌舞伎座の舞台とは違う面が映し出されて
とても興味深かった。
幼い玉三郎は守田勘彌に
20歳になるまでに女形に必要な素養は
すべて身につけるよう言われていたとかで
女形のセリフ回しや所作はもちろん
踊り、お琴や謡、三味線のお稽古も
日夜、欠かさなかったという。
それを阿古屋では吹き替えなしの本番で
弾きこなさなければならないのだから
その辺の若手の女形には出来るはずもない。
今、齢70を過ぎた玉三郎には
阿古屋を演じられる後継者を育てる使命も
あるので、若手の女形の指導にも熱心だが
こうした芸事は一朝一夕にできることではない
ので、誰が受け継ぐことになるのやら。
玉三郎と同時代を生きてきた私にとって
玉三郎という不世出の女形を
16~17のデビュー当時から知っていることは
本当に幸せなことだと思っている。
年季の入った私の『推し』である。
何しろ、推している内に彼は
人間国宝にまでなってしまったのだから。
ちなみに10年前の重忠役は尾上菊之助
助役の宗連役は坂東亀三郎だった。
玉三郎の衣装は美術館にでも飾ってあるような
豪華絢爛で日本の工芸技術の粋を集めた
贅沢の極みだったが、
映画だとそれを手に取るようにアップで
観られたのも眼福であった。
もうあの大役を、この先、
玉三郎も1ヵ月公演で演ることはないだろう。
10年前、生で見られたこと、
10年後、スクリーン越しにアップで見られたこと
いずれも貴重な体験だったと思う。
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