5回目となる銀杏の会が、田園調布にあるみぞえ画廊で始まった。
銀杏の会の始まりは銀杏忌の会と言い、
版画界の巨星・駒井哲郎氏が亡くなった約40年前に遡る。
最初は駒井哲郎さんを偲んで始まった会で、集まるメンバーも何らかの形で
生前の駒井哲郎とご縁のあった人ばかり。
版画を教えてもらったことがあるとか、芸大の先輩後輩だったとか、
同じ会に所属していて切磋琢磨したとか、
私のように大学の学内でお目にはかかったけど、
結局、教えを請うことはなかったとか・・・。
しかし、その会も33回忌を迎え、だんだん、生前の駒井哲郎には会ったことも
見たこともないという人が増え、
偲ぼうにも知らない人ばかりになってしまったのを機に、
名前を銀杏の会とし、今の形に変化した。
現在は田園調布にある日本建築の大邸宅の中に画廊機能を持ち込み、
みぞえ画廊と称して、展覧会や絵画の売買が行われている画廊で、
年に1回、この時期に展覧会が催されることになった。
作品は邸宅のお部屋のそこここに飾られ、
ギャラリー空間としての部屋はない。
時期は銀杏忌の会、つまり、駒井哲郎が亡くなった日にちと重なるので、
田園調布の銀杏並木も黄金色に色づき、散り敷いた銀杏の葉で、
黄色い絨毯になっている。
今日はオープニングパーティだったので、
今回のテーマ『贈り物としての作品展』にちなみ、
獨協大学の教授・青山愛香氏による『デューラーのメランコリアを読み解く』という
講演が2時から1時間、行われた。
『デュ-ラーのメランコリア』は
メランコリックな表情やしぐさといえば、ほおづえをついて、1点をみつめるポーズを
思い浮かべる人も多いと思うが、
正にそのポーズをとった女性が描かれ、周囲に大工道具や計量にまつわる道具が
描かれているのにはどんな理由があるのか、
そんな銅版画の名作中の名作について講義があった。
デュ-ラーはこの作品を持ち歩き(版画なので複数枚プリントできる)、
宿代や飲食代の代わりにプレゼントした、
そんなエピソードから『贈り物としての作品展』にちなんだ講義として選ばれたらしい。
結構、難しい内容だったが、聴いているお客さんは田園調布界隈のマダムか、
おじいさんがほとんど。
この展覧会に版画作品を出品している作家は33名だが、
作家でオープニングパーティにきていたのは10名程度。
私はこれで3回目だが、今年が1番作家が少なく、何だか見知った顔がわずかで
ちょっとがっかりだ。
余興の後半は、ガラリと雰囲気が変わり、
ボサノバトリオによる演奏が1時間。
りおさんというボサノバの歌手と、コントラバスとギターの3人によるセッション。
「美しき人」「イパネマの娘」「マシュ・ケ・ナダ」「黒いオルフェ」など、
聴きなじみのある曲をしっとりとした声と静かでリズミカルな伴奏で聴かせてくれた。
3回目なので、もはやその日本建築の中身には驚かないが、
周囲の雰囲気といい、品のいいおば様達といい、
私など何とも場違いな感じが否めない空間で、心地よくボサノバの曲にスウィングし、
演奏の後、その場を辞してきた。
本当はその後、関係者だけが残って、
近隣の奥様方手作りのお料理をいただけることになっていたのだが、
今年は講義とサロンコンサートだけで、丸2時間かかってしまったので、
これ以上、ここでご飯をいただいていると、自宅のご飯当番ができなくなると思い、
やむなく一般の方と一緒に外に出てきてしまった。
帰りがけ、画廊の社長に
「お客様、よろしかったらカレンダーを」と言って、
画廊が作った来年のオリジナル・カレンダーを手渡されたから、
風体からして、決して作家だとは思われず、
一般のお客さんだと思われたのだろう。
作家としての知名度のなさに打ちのめされ、
逆に田園調布っぽいのかと、内心、ホッとしている自分もいた。
実は版画家とか、絵描きにしかみえない、どこか社会人として欠けている感じは
好きになれないので、
その対応には嬉しいような寂しいような複雑な思いがある。
しかし、結論から言えば、来年からはこの展覧会に私は参加しないだろう。
みぞえ画廊という素人経営の画廊の企画展、
運営サイドの人達の展覧会や作品や作家に対する考え方や取り組み方に
熱意が感じられないからだ。
作品と作家の顔を一致させようとか、興味をもって作品を勉強しようとか、
お客さんに売り込もうとかの姿勢が全くない。
すでに著名な先生にだけ、ペコペコこしてる様はみっともないの一語に尽きる。
ご飯を食べ損なったうらみで言っているのではない。
田園調布の大邸宅のサロンにあぐらをかいていては、
画廊としての明るい未来はないと言っているのだ。
私にとって、駒井哲郎先生もはるか彼方になってしまったし、
銀杏の会も、銀杏忌の会とはまったく別物になってしまった。
帰り道、カサカサと道に散り敷いた銀杏の葉を踏みしめながら、
初冬の風が身に染みた夕暮れであった。
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