今年4月、自分の個展がコロナの影響で延期になって以来、
2020年に予定されていたグループ展や団体展は
ことごとく中止もしくは延期になった。
自粛中は制作をしているのが一番と、
4月に新作にとりかかったものの、
彫りの作業が終わった段階で心の糸が切れた。
発表の機会を失ってしまうと、
創作意欲までなくなるという初めての体験をした。
来年4月に延期された個展までには
多少は新作を創らねばと自分を鼓舞し、
「コロナ関連」と「由依の誕生」をテーマに
2点は大きめの作品を創る予定を立てた。
そんな時、版17の展覧会は
9月16日から予定通り開催されることが分かった。
版17は24年間の歴史に終止符を打ち、
今回の展覧会をもって終了する。
個性豊かな面々の多種多様な作品、
日本の版画会を担うメンバーが集い、
切磋琢磨してきた。
私もその仲間に加えてもらって10数年。
その間にチェコや台湾、沖縄、クロアチアなど、
海外展も経験させてもらった。
その展覧会の最後の展示に
作り置きの作品を出してはいけないという使命感が芽生え、
7月に入ってから、急遽、新作を立ち上げた。
テーマは
「コロナ自粛」
タイトルは
「STAY HOME ~時を止めて~」
四六版の和紙いっぱいいっぱいの大きな作品だ。
作品サイズで、縦82×横57cmある。
8月のお盆までには彫り上げると決め、実行した。
8月下旬には試し摺り、
9月の上旬に本摺りにもっていこうと決めた。
8月後半に入っても、
毎日毎日、猛暑日が続き、
7月にあれだけ続いた雨は、8月にはまったく降っていない。
木版画の摺りに欠かせないのは湿度。
加湿器をかけて、湿気を部屋中にまき散らし、
湿した和紙が縮むのを阻止しながら、
どんなに大きな作品でも、バレンひとつで手で摺り上げる。
彫りはクーラーを利かせた部屋の中でできるが、
摺りは乾燥が怖いので、
クーラーを利かせたまま行うことが難しい。
まして、外気温が35度にも達すると、
肉体労働そのものの摺り作業は難航を極める。
お盆過ぎぐらいから、天気予報を注視した結果、
唯一、8月23日の日曜日だけ、雨の予報が出た。
最高気温も29度と、30度を割るらしい。
この日をおいて、他に本摺りに適した日はない。
そう思った私はすべての予定をよけて、
8月22日(土)から24日(月)を摺り作業のために空けた。
21日(金)には買い出しと銀行の用事などを済ませ、
午後3時には帰宅して、モードを摺りに切り替えた。
そこから少なくとも72時間は外に一歩も出ない構えだ。
こんな時でも三度のご飯作りがついて回るのは
本当に苦々しいが、
ダンナはいつでも私よりも外に出ないで家にいるので
仕方ない。
そこにカリカリしても、今更始まらないので、
せめて摺りモードに入っている私に近づかないよう、
危険オーラを出しつつ、
アトリエに籠ることにした。
そして、22日土曜日に
試し摺り、版調整、絵の具つくり、和紙湿しと、
本摺りに向けたすべての作業を終えた。
通常、試し摺りを終えたら、
日を改めて、版の調整をし、
体調を整えてから、
本摺りの前日に絵の具つくりと和紙湿しをする。
しかし、今回は試し摺りをした日が
そもそも本摺りの前日なので、
その日に本摺り前の作業をすべてやるしかないのだ。
それもこれも
23日の日曜日だけに雨が降る。
しかも、最高気温が29度というやや低めの温度になる。
その天気予報にすべての望みを託し、
無理な日程を自分に強いてきたのだ。
しかし、開けてみれば、
23日の雨なんて、ほんのお湿り程度。
私が期待したざんぶの大雨とは程遠い。
されど、今更、引き返すわけにもいかない。
クーラーを28度に設定して入り切りし、
加湿器をマックスにかけ続け、
気力を振り絞り、
額から首から滴り落ちる汗をぬぐい、奮闘した。
途中、私のイージーミスで、版がずれ、
4枚同時に手掛けていたものの内、1枚を失った。
8割がた摺り進んでいた日曜日の夕方の出来事で、
心がポッキリ折れた。
怒りのもって行き場がなく、
自分を責めた。
もはや、今日はここが体力と気力の限界と知り、
いったん、ここで切り上げることを決断。
残りの数版はミスをしないよう、月曜日に回すことにした。
日曜日、私はその肉体的疲労と
1枚ミスった心労から、
何度か叫び声をあげたかもしれない。
腰や腿の筋肉が長時間の前屈姿勢のせいで
悲鳴をあげている。
右腕の上腕二頭筋が使い過ぎではちきれそうだ。
漫画なら、
さしずめTシャツの袖がブチ切れている図になろうか。
もちろん肩甲骨周りも痛みが差し込むような感じで、
首を回すとギシギシし、ゴリッと音がする。
最近は不整脈が出て、
娘たちにも心配されているというのに、
もしかしてこのまま倒れるのではと思うような違和感が…。
こんな感じで
とても笑えるような状態ではないのだが、
あまりの大変さにもはや笑うしかない。
たぶん自分史上一番しんどい摺りだったのではないだろうか。
これを年をとったというのか。
とにかく、72時間アトリエに籠って、
3枚の本摺り作品を仕上げることができた。
まさに
コロナ自粛で「STAY HOME」
~時を止めて~
仕上げた作品である。
9月16日から、10月4日まで、
岩崎ミュージアム
10時から17時まで
「版17 24年の軌跡」展
ご高覧頂けたら、幸せです。
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