2017年9月30日土曜日

シネマ歌舞伎 四谷怪談

 
 
 
 
今日から始まったシネマ歌舞伎『四谷怪談』を
桜木町のブルグ13に観に行った。
 
久しぶりに入るブルグ13の椅子はふっかふかで傾斜がきつく、
全く前の人が邪魔にならない。
まるでひとりで試写会に来ているような感じで、とてもリラックスできた。
 
肝心の『四谷怪談』は串田和美が監督・脚本・演出を手がける
いわゆる現代版の歌舞伎で、
亡き中村勘三郎とタッグを組んで、何本か創作してきたものと同じテイストのものだ。
 
しかし、そこには勘三郎はおらず、
勘九郎・七之助・獅童・扇雀という中村屋ファミリーが主要な役を引き受け、
歌舞伎界に留まらない笹野高史を初めとする俳優陣が脇を固めている。
 
舞台としては2~3年前にオーチャードホールかどこかで上演されたものだと思うが、
映画になると当然のことながら、役者の顔のアップがスクリーンいっぱいに
観られるし、舞台上ではあり得ない演出で映像加工されたシーンが多用され、
独特の世界観が楽しめる。
 
串田和美演出によく観られる時代劇と現代の融合として、
この四谷怪談にもスーツを着てアタッシュケースを持った大量のビジネスマンが、
実に効果的に舞台を横切るシーンが何度かあって、
(ビジネスマンの映像ではなく、本当に10人ぐらいのスーツ姿の男が舞台に登場する)
とてもシュールで面白かった。
 
勘三郎が出ていた他のシネマ歌舞伎の時は、彼の圧倒的な演技に見惚れたけど、
今は長男の勘九郎が、すっかり勘三郎が乗り移ったかのように、
その演技といい、声質・言い回しなどを踏襲している。
 
『四谷怪談』は鶴屋南北による江戸時代の古典の名作だけれど、
シネマ歌舞伎は歌舞伎座を飛び出して、映像の世界で全く別の魅力を放って、
現代の視聴者を魅了している。
 
会場は60代70代の歌舞伎ファンのおば様とおぼしき人ばっかりで、
しかも、まったく満席とは言えない状況だった。
 
個人的には優雅な試写会みたいな気分に浸れたけど、
20代30代にも面白みは分かるのではと思うので、残念な気持ちだ。
 
古典的な題材、表現に現代的な解釈や手法を融合させて、新しいものを創る。
 
それって、何も歌舞伎だけに留まらない。
 
自分が手がけている木版画も、
現代美術と言われる手法や構成などを採り入れて融合させることで、
今の自分の作品にも、新しい展開が生まれるかも知れない。
(現代に生きているのだから別に古典ではないのだが・・・)
 
そんなことを、ふっかふかの椅子に身を埋め、
画面アップのお岩の髪が、櫛けずるとぞろぞろ抜け落ちるシーンの後ろで、
スーツ姿の男がザクザク横切るのを観ながら考えていた。
 
やっちゃいけないことは何もない!
予定調和でまとまるな!
 
そんな檄が串田和美から飛んできている気がした。
 
ふと版画家萩原季満野がビクッとするようなシネマ歌舞伎『四谷怪談』だった。
うらめしや~。
 
じゃなくて、うらやましや~。

2017年9月26日火曜日

クリエーターズ・ハイ

 
 
 
一昨日の日曜日、心理カウンセリングの予約が急にキャンセルになった。
 
突然ヒマになった日曜日。
本当は所属している版画団体の総会と審査会があったのに、
カウンセリング希望があった時に「上野までは遠いから今年は総会はパス・・・」と、
絵描きであることをちょっと後回しにした。
 
なのに、クライアントにドタキャンされ、空白になってしまった。
絵描きであることをないがしろにした罰が当たったのか・・・。
 
埋め合わせをするかのように、急遽、版画の本摺りの準備をすることにした。
 
本摺り用和紙を裁断し、絵の具の調合をし、
火曜と水曜に行うつもりの本摺りに向け、イメージを高める。
 
そうこうする内に、今、紙を湿せば、湿しが均一になるのを待っても、
夕方には本摺りを始められるのにという気持ちが抑えられなくなってきた。
 
月曜の夕方には展覧会初日を迎える「版17展」のオープニングレセプションがあるが、
それでも、月曜日の午後2時ぐらいまで、制作する時間はある。
 
そう思ったら、いても立っても居られない気分だった。
 
結局、昼前に和紙を湿して、夕方4時から本摺りスタート。
夕ご飯作りと夕食、大河ドラマと3時間ぐらいの休憩を挟んで、
夜11時まで作業。
 
一旦、ベッドに入るも、うまく寝付かれず、夜中の1時半にのこのこ起きだし、
夜中に作業再開。
夜明けの5時、さすがに力尽き、就寝。
朝7時半、起床して、食後に作業再開、午後2時、すべての工程が無事、終了した。
 
こうして書き出してみると、60代の我が身に課した過酷な労働にビックリ。
 
しかし、本摺りをしているさなかは全く疲れも感じずに、集中している。
 
これは世にいう「クライマーズ・ハイ」ならぬ、
「クリエーターズ・ハイ」の状態か。
 
終わるとドッと疲れが押し寄せるが、そこまではのめり込んでいる。
 
グラフィックデザイナーの次女がプレゼンを目前にして、徹夜が続いていると聞けば、
とても心配になって「自分を守れるのは自分だけなんだから、無理はしないで」
などと、苦言を呈するのが常なのだが、
母も同じことをやらかしている気がする。
 
それでも、出来上がった作品を見ると、また新作が摺り上がったと嬉しくなる。
8月下旬に雨が降っている内にと頑張って摺った作品と同系列の作品だ。
 
今回は茶系統の色味をベースに制作し、
何だか和服の晴れ着のような色調になった。
 
グレーベースもいいが、茶系統もなかなかいい。
 
さすがに徹夜明けは眠気との戦いだったが、
まだ、このぐらいは出来るという自信にもなった。
 
版17に出品した作品は、静かにまとまりすぎて、面白くないと思っているので、
間に合えば、この作品を出したかったと思うぐらいだ。
 
すると案の定、信頼する先輩に、版17のレセプションの飲みの席で
「なんであんな作品を創っているんだ」とお叱りを受けた。
 
久しぶりに人から直接、作品批判を浴びて、
そんな平和ボケみたいな作品を出して、平気な顔をしていてはいけないと、
生温い自分のほおを張り飛ばされた気分。
 
お酒の席とはいえ、お酒の席だからこその本音のお叱りだと、
真摯に受け止め、
今一度、絵描きの自分にもっと厳しくしなければと思った。
 
しかし、今の自分に創れる自分らしい作品は何?
 
娘の結婚、孫の誕生など、平和ボケと幸せ太りは免れない今の自分が、
一番自分らしいのは、明るくて未来志向で、人の命って素晴らしいと感じるような、
「幸せでどこが悪い」と開き直るぐらいの作品なのではないか。
 
男性作家が理屈をこね、宇宙だの核兵器廃絶だのと大きいこと言ってる脇で、
手元の小さな出来事を作品に落とし込みたい。
 
そんなわけで、クリエイターズ・ハイの延長で、老画家からアッパーカットをくらい、
一度はリングダウンしたおばさん絵描きだったが、
今はむっくり起き上がり、しぶとく版画は創り続けようと誓い、拳を振り上げた。
 
折しも、2020年4月、銀座養清堂にて、個展決定。
オリンピック・イヤーに向け、女一匹、とにかくやるしかない!

2017年9月18日月曜日

祝 お食い初め

 
 
 
 
 
 
台風の影響で1日順延して、初孫のお食い初めが我が家で行われた。
 
孫には先月下旬に会っているのだが、2週間も離れていると禁断症状が出て、
無性にあのふにゃふにゃすべすべした柔肌に触りたくなる。
 
今日で生まれて100日とちょっと。
首がしっかり座り、足のつっぱりも強くなって、
何か話したり、笑ったり、目つきに意志のようなものも感じる。
 
とはいえ、まだまだ赤ちゃんなので、
あやして笑うほどコミュニケーションがとれるわけでもなく、
お食い初めのお膳を前に、フォトジェニックに微笑むというわけにはいかない。
 
1週間ぐらい前から、何度となくスーパーやデパートに通い、
揃えた食器や食材で、作った料理は写真の通り。
 
ネット検索で、定番のお正月料理のようなものを作ればいいと知り、
作ってみた。
 
メインは祝い鯛の塩焼き。
お膳は紅白包みなます、かまぼこ、筑前煮、黒豆、栗入り赤飯、
蛤と手鞠麩の吸い物。
そして、懐石料理ではないが、鶏もも肉の香味あんかけ。
 
食後にはお抹茶と金沢のお菓子で『友禅ごろも』
(白玉ぜんざいはお腹がいっぱい過ぎてパス)
 
ラストは娘夫婦が買ってきてくれたフルーツ大盛りケーキと紅茶。
 
お昼の12時、ダンナが駅前まで車で迎えにいき、長女夫婦とベイビー、
そして、次女がいっぺんに我が家にやってきた。
 
まず、娘ふたりはお食い初めのお膳を見て、歓声を上げ、拍手。
 
そして、やおら、スマホを取り出し撮影会だ。
 
どうやら完璧主義の名に恥じないようにと頑張った甲斐があったようだ。
 
ザ・日本の料理って感じでまとめてみたけど、
私としては「自分の娘達の時にさえしなかった行事を楽しんでやりました」という感じ。
 
それは祖父母の代だからこその余裕かも。
子育て世代は過中にあってそれどころじゃないものね。
 
みどり児が生まれて100日。
 
早いようで、結構、毎日大変だったろう。
昔はここまで育つとやれやれと思ったからこその100日のお祝いだ。
 
今までとはがらりと変わった生活に若いふたりも少しずつなじんで、
赤ちゃん中心の生活に慣れてきたみたい。
 
時々はこちらにも成長ぶりを見せてもらって、
小さな命の輝きのもたらす歓びと癒しをお裾分けしてもらおう。
 
そのためにばぁばは黒豆も煮るし、お赤飯も炊きますよ~。
 
もうすぐ離乳食が始まるというから、
お食い初めの口につける真似ごとじゃなくて、
本当に食べる日もそう遠くはないだろう。
 
日本の食文化の良さを伝えるのは、私の役目と、
頼まれてもいないのに密かに心に誓う『孫のお食い初め』であった。
 
 

2017年9月13日水曜日

お食い初めの準備

 
 
 
 
 
 
9月17日、初孫の志帆が生後100日を迎えるので、
その日に『お食い初め』のお祝いをすることになった。
 
『お食い初め』のお祝いは、志帆の親である長女達が行うもので、
そのまた親である私は、本来、お呼ばれする側だと思うのだが、
「料理関連はよろしく」ということで、こちらに丸投げされてしまった。
 
実は自分の娘が生まれた時は、二人とも海外転勤の真っ最中だったので、
私自身は『お食い初め』なるお祝いはパスしてしまって、
どんなことをするのか、どんなものを用意するのか、全く知らない。
 
そこで、ネット検索したところ、
いろいろな人が作った『お食い初めの料理写真』というのがぞろぞろ出てきて、
それを見ている内に、参考になっただけではなく、
ムラムラと闘志が湧いてきた。
 
お宮参りの時の記念品として、
伊勢山皇大神宮でいただいた『お食い初めセット』なるものも娘のところにあったが、
娘に写メして送ってもらうと、
漆のものではなく、4点すべてが白い陶器に花車の絵が描かれたもので、
私の思い描く『お食い初めの器』とはちと違った。
 
そこで、家中の漆の器を引っ張り出して、漆の角盆の上にセットし、
陶芸工房で造った陶板の大皿を、鯛の塩焼き用に使用することにした。
 
しかし、お祝い用の『祝い箸』と紅白の敷紙は地元のデパートやスーパーでは
手に入らなかった。
そうしたものは季節商品なので、お正月が近くならないと置かないらしい。
 
そこで、『結納』のアイテムを扱うコーナーがある横浜高島屋ならと思い、
昨日、雨の中出掛けると、
思った通り、両方とも高島屋で手に入れることが出来た。
 
ネットで鯛のしっぽに水引のついた紅白の紙が巻いてある写真を見つけ、
格好良かったので、
それに近しい感じにしようと、100均で買った祝儀袋を解体して、
水引のかかった鯛の胴巻きも自主制作した。
 
そして、何と言っても嬉しかったのは、
今週、最寄り駅のデパートで開催の『金沢名品展』で、
朱塗りの蓋付きの器に出会えたことだ。
 
骨董屋コーナーの一角にあったその器は未使用のもので、4客しかなく、
しかも煮物椀というには直径が12センチぐらいしかない。
 
5客揃ってなんぼの和食器なのに4客しかないせいで、
1客3000円と破格にお安い。
 
朱塗りの蓋には、松と鷹の金蒔絵が施され、
蓋の持ち手の部分が均一ではなく、まるで月のようなデザインでしゃれている。
 
小ぶりなので、お食い初めのお椀として使うのにぴったりだ。
 
初孫のために用意した初めての食器。
 
「一生、食うに困らないように」の願いを込めて行われるお祝いに、
まるで武家のお姫様が使うような朱塗りに金蒔絵のお椀とは・・・。
 
銀のスプーンをくわえさせるのもいいけど、
それは西洋の儀式だから、
日本人の子どもとして、これ以上ふさわしいものはないのではなかろうか。
 
歯が丈夫になるようにと神社の黒石で歯茎をこんこんするとか、
梅干しが何とかというのには興味がないので、パスすることにし、
私の考える『お食い初め』の器が揃った。
 
作るお料理は『鯛の塩焼き』『お赤飯』『はまぐりの潮汁』『紅白なます』・・・とか。
 
まるでお正月のおせち料理とそっくりだ。
 
そういうことならと、近所の魚屋さんに仕入れをお願いしたり、
買い出しをいつして、いつ作るかなど、段取りをするのも楽しい作業だ。
 
ついでに色紙に毛筆で『お品書き』を書き、
赤い扇に鶴がついているお正月のお花用の飾りが家にあったので、
柄の部分を色紙の裏に木工用ボンドで留めてみた。
 
大して上手な文字でもないが、雰囲気だけは出たので、
お食い初めの演出と記念品としてはなかなかいいのではと自己満足。
 
こんな感じで、久々に家の大掃除もしたし、器も揃ったので、
あとはお料理当番をして、
日曜日、孫の生誕100日を心からお祝いしようと思っているばぁばなのであった。



2017年9月10日日曜日

表千家 天然忌と且座と茶通箱

 
 
 
お茶のお稽古のひとつとして、『天然忌』といって、
七代目の家元如心斎の威徳を偲ぶお茶事が行われた。
 
更に、七事式といって普段のお稽古ではまったくやることのない、
茶道のお遊びである『且座』と、
お免状ものの『茶通箱』というお点前も教えていただくという盛りだくさんな内容。
 
いずれも5人は揃わないとできないものなので、
通常のお稽古日ではなく、日曜日に招集をかけ、全員キモノ姿で参集した。
 
気温30℃になろうかというお天気でも、お茶の世界では9月上旬は秋なので、
夏の着物ではなく、単衣の着物を着用。
 
帯は私は夏帯にしてしまったが、
絽つづれなる夏から秋へと移行する今しか使えない帯の人もいて、
お茶の世界は体感気温の通用しない世界と再確認。
 
まずは振りわけられた役の下準備を整え、『天然忌』のお茶を献上する。
 
お茶室のしつらえは、お棚が竹台子だったので、
すべての所作はこのお棚のルールに従って行われる。
 
私の役はこの時は正客だったので、点てられたお茶を床の間にお供えした。
このお点前をを「お茶とう」という。
 
床の間には丸だけが書かれた「円相」のお軸に小さく天然の文字が・・・。
訊けばこのお軸は『天然忌』の時にしか使えないとか。
 
茶花は青磁の花器に活けられた大きくて真っ白な芙蓉の花一輪。
 
今朝、やっと一輪咲いて、今日の日に間に合ったとか。
(天然忌には白の芙蓉の花と、お家元では決まっているとか)
真っ白な芙蓉もこの日のためだけに先生がお庭で育てていると伺って、
またまたビックリ。
 
おなじ芙蓉でも、
底紅のものや、ピンクのものでは駄目だという先生のこだわりはハンパない。
 
茶花は花屋さんで売っているわけではないので、
お茶の先生は自宅の庭に茶花を育て、
うまく四季のお茶事に合わせて自分の庭の花が咲かないときは、
花切りばさみを手に、
近くの野山によじ登ったりするらしい。
 
写真の花は『且座』の時、正客がその場で活けたもので、
中央の大きな葉っぱは玉紫陽花という秋の紫陽花の葉で、
花は真ん中の紫の花である。
 
『且座』というのは、回り番で、
お花・お炭・お香・濃茶・薄茶と五人がそれぞれお点前するもので、
この時の私の役は亭主だったので、濃茶を点てた。
 
ここまでが午前中で、早くもグッタリだったが、
お昼ご飯のお弁当をいただき、午後は『茶通箱』。
 
全員がこのお点前のお免状は持っているので、
有資格者だけで行うお稽古ということになる。
 
『茶通箱』の時の私の役は正客だった。
 
『茶通箱』はお茶席に2種類のお茶を持って出て、続けて2服濃茶を点てるので、
タイミングを計って、拝見を所望したり、お訊ねをしたりして、
お客さん側とはいえ、いろいろ途中でパフォーマンスがあるので、
覚えることとやることがてんこ盛りだ。
 
結局、三種類のお稽古で、午前に午後に計6時間は畳に直の正座だったので、
終盤はやはり修行のような気分。
 
お茶は好きで続けているのだけれど、
こうなるとなかなかに苦しい・・・。
 
今年から始まった新しい先生のところのお稽古は、
先生の熱意がずんずん伝わってくる分、
それに応えられるよう、もっと勉強しなければと思わされた1日だった。
 
しかし、家に戻って、帯をほどけば、大きなため息と共に、
そんな決心はもろくも崩れ、
冷たい麦茶を飲み干し、速攻、Tシャツ短パン姿の私がいる。
 
非日常に身を置く幸せは、
凡人には6時間が限界なのであった。

2017年9月7日木曜日

お茶の世界は秋本番

 

 
8月の下旬から9月の初めにかけ、「文学と版画展」があったため、
1週間に4回も銀座に通ったせいか、
最近、急に心理カウンセリングのご要望を受けるようになって、
9月1日から6日までに5回もカウンセリングのクライアントさんと会ったせいか、
はたまた、
非常勤講師をしている学校のテストの答案用紙が送られて来て、
採点のために3日間、缶詰めになっていたせいか、
とにかく、ここ数日、疲れが溜まっていると感じていた。
 
そんな体にむち打って、
9月最初のお茶のお稽古に北鎌倉まで出掛けた。
 
今月のお点前はどんなお棚かしらと、お茶室に入ると、
床の間には籠の花器に秋のお花が生けられていた。
 
籠の花器はサザエ籠。
お花はすすき、角虎の尾、ほととぎす、金水引、ともうひとつ。
 
先生に教えていただいたが、名前を覚えきることが出来なかった。
 
筆跡が豪快なお軸は「明歴々露堂々」
 
禅語で、すべての存在が明らかに、すべての物事が現れているさまで、
そのままの姿のすべてが真理の表れであるという意味だそうな。
 
分かったような分からないような・・・。
 
しかし、とにかく、毎日、仕事と雑事に追いまくられていた私にとって、
先生が9月に入ったからとしつらえてくださったお茶室の空気が、
「何を毎日、バタバタと過ごしているの。季節は早、秋に移ろっているのよ。
しばし、心を落ち着けて、まあ、一服召し上がれ」といっているようだった。
 
鞄にお茶のお稽古用信玄袋と、カウンセリング用ファイルなどを
ぎゅうぎゅうに埋め込み、
うっかり白いソックス(足袋の代わり)を持ってくるのを忘れた私だというのに、
「たまには後炭をやってみましょう」と、
なじみのないお点前をお稽古させてくださった。
 
日常から離れ、茶室という異空間に身を置いて、
朝から晩まで段取り段取りで動いていた最近の私の胃に、
同胞が点てたお濃茶の甘みと渋みが静かに染み渡る。
 
忙しさを日々の充実と思っていたけど、
「明歴々露堂々」的にはどうよ?
 
しばし疲れた頭を冷やして、じっくり意味を考えたが、
やはり、よく分からない。
 
言えるのは、お抹茶でもいただいて、
心と体を少し休めようと思う今日この頃だということだ。