2017年12月9日土曜日

銀杏の会 田園調布のサロンにて

 
 
 
 
 
 
5回目となる銀杏の会が、田園調布にあるみぞえ画廊で始まった。
 
銀杏の会の始まりは銀杏忌の会と言い、
版画界の巨星・駒井哲郎氏が亡くなった約40年前に遡る。
最初は駒井哲郎さんを偲んで始まった会で、集まるメンバーも何らかの形で
生前の駒井哲郎とご縁のあった人ばかり。
 
版画を教えてもらったことがあるとか、芸大の先輩後輩だったとか、
同じ会に所属していて切磋琢磨したとか、
私のように大学の学内でお目にはかかったけど、
結局、教えを請うことはなかったとか・・・。
 
しかし、その会も33回忌を迎え、だんだん、生前の駒井哲郎には会ったことも
見たこともないという人が増え、
偲ぼうにも知らない人ばかりになってしまったのを機に、
名前を銀杏の会とし、今の形に変化した。
 
現在は田園調布にある日本建築の大邸宅の中に画廊機能を持ち込み、
みぞえ画廊と称して、展覧会や絵画の売買が行われている画廊で、
年に1回、この時期に展覧会が催されることになった。
 
作品は邸宅のお部屋のそこここに飾られ、
ギャラリー空間としての部屋はない。
 
時期は銀杏忌の会、つまり、駒井哲郎が亡くなった日にちと重なるので、
田園調布の銀杏並木も黄金色に色づき、散り敷いた銀杏の葉で、
黄色い絨毯になっている。
 
今日はオープニングパーティだったので、
今回のテーマ『贈り物としての作品展』にちなみ、
獨協大学の教授・青山愛香氏による『デューラーのメランコリアを読み解く』という
講演が2時から1時間、行われた。
 
『デュ-ラーのメランコリア』は 
メランコリックな表情やしぐさといえば、ほおづえをついて、1点をみつめるポーズを
思い浮かべる人も多いと思うが、
正にそのポーズをとった女性が描かれ、周囲に大工道具や計量にまつわる道具が
描かれているのにはどんな理由があるのか、
そんな銅版画の名作中の名作について講義があった。
 
デュ-ラーはこの作品を持ち歩き(版画なので複数枚プリントできる)、
宿代や飲食代の代わりにプレゼントした、
そんなエピソードから『贈り物としての作品展』にちなんだ講義として選ばれたらしい。
 
結構、難しい内容だったが、聴いているお客さんは田園調布界隈のマダムか、
おじいさんがほとんど。
 
この展覧会に版画作品を出品している作家は33名だが、
作家でオープニングパーティにきていたのは10名程度。
 
私はこれで3回目だが、今年が1番作家が少なく、何だか見知った顔がわずかで
ちょっとがっかりだ。
 
余興の後半は、ガラリと雰囲気が変わり、
ボサノバトリオによる演奏が1時間。
 
りおさんというボサノバの歌手と、コントラバスとギターの3人によるセッション。
 
「美しき人」「イパネマの娘」「マシュ・ケ・ナダ」「黒いオルフェ」など、
聴きなじみのある曲をしっとりとした声と静かでリズミカルな伴奏で聴かせてくれた。
 
3回目なので、もはやその日本建築の中身には驚かないが、
周囲の雰囲気といい、品のいいおば様達といい、
私など何とも場違いな感じが否めない空間で、心地よくボサノバの曲にスウィングし、
演奏の後、その場を辞してきた。
 
本当はその後、関係者だけが残って、
近隣の奥様方手作りのお料理をいただけることになっていたのだが、
今年は講義とサロンコンサートだけで、丸2時間かかってしまったので、
これ以上、ここでご飯をいただいていると、自宅のご飯当番ができなくなると思い、
やむなく一般の方と一緒に外に出てきてしまった。
 
帰りがけ、画廊の社長に
「お客様、よろしかったらカレンダーを」と言って、
画廊が作った来年のオリジナル・カレンダーを手渡されたから、
風体からして、決して作家だとは思われず、
一般のお客さんだと思われたのだろう。
 
作家としての知名度のなさに打ちのめされ、
逆に田園調布っぽいのかと、内心、ホッとしている自分もいた。
 
実は版画家とか、絵描きにしかみえない、どこか社会人として欠けている感じは
好きになれないので、
その対応には嬉しいような寂しいような複雑な思いがある。
 
しかし、結論から言えば、来年からはこの展覧会に私は参加しないだろう。
 
みぞえ画廊という素人経営の画廊の企画展、
運営サイドの人達の展覧会や作品や作家に対する考え方や取り組み方に
熱意が感じられないからだ。
 
作品と作家の顔を一致させようとか、興味をもって作品を勉強しようとか、
お客さんに売り込もうとかの姿勢が全くない。
 
すでに著名な先生にだけ、ペコペコこしてる様はみっともないの一語に尽きる。
 
ご飯を食べ損なったうらみで言っているのではない。
 
田園調布の大邸宅のサロンにあぐらをかいていては、
画廊としての明るい未来はないと言っているのだ。
 
私にとって、駒井哲郎先生もはるか彼方になってしまったし、
銀杏の会も、銀杏忌の会とはまったく別物になってしまった。
 
帰り道、カサカサと道に散り敷いた銀杏の葉を踏みしめながら、
初冬の風が身に染みた夕暮れであった。
 
 
 

2017年12月5日火曜日

作品収蔵 決定

 
 
今年の2月、
中国の国際版画展に出品するために中国に送ってあった作品2点が、
Chaina Printmaking Museumなる美術館に収蔵されることになった。
 
この展覧会はガンラン国際版画ビエンナーレ展といい、
2年に1度、中国のガンランという都市で開催されている。
 
私が所属している版17という版画家グループのひとりから、
展覧会に出品するためのエントリーフォームが、
メールに添付されて送られて来たので、
英語の長文読解の末、何とか写真の2点の作品を中国に郵送した。
 
それが2月の真ん中辺りで、まだ、その頃は帯状疱疹の傷も癒えておらず、
痛みも残っている時期で、
痛む脇腹を抱えながら、荷造りしたのを覚えている。
 
展覧会は5月半ばから6月半ばに開催されているはずだが、
観に行ったわけでも、賞を取ったと連絡があったわけでもないので、
ただ、作品が返却されてこないので、
入選して展覧会場に飾られているかなとは思っていた。
 
その後、展覧会のことは忘れていたが、
1週間前、私が友人と東北に旅行している最中に、
スマホに長い英文のメールが届いた。
 
最初にガンランの英語表記の文字があった時、
何かな?とは思ったが、スラスラ英文を読む時間も英語力もなかったので、
そのままにしていた。
 
すると、3日後、また同じ内容とおぼしきメールが送られてきた。
 
さすがに何だろうと、一生懸命読んでみると、
「あなたの素晴らしい作品のお陰で、今回の展覧会も無事、成功裡に終わった」と
中国らしい持ちあげようで、その文章は始まっていた。
 
「今回は世界中から4054点の応募があり、354点の作品が選ばれた」
 
「展覧会後は、あなたの作品『RAN』と『EN』を、China Printmaking Museumの
収蔵作品にしたいので、寄付するか、最低価格を提示して欲しい。」
 
「ただし、あなたの提示価格が高すぎた場合は、作品を返送するしかない」
 という内容が、もう少し丁寧な文章で書かれていた。
 
よく読むと脅迫されているような気もしないではないが、
国際的な大きな美術館への収蔵では、寄付してくれと言ってくるのは
よくある話だ。
 
下手な額を提示して、予算に合わないと突き返されては大変なので、
この名誉ある「美術館収蔵」の機会を逃すまいと、
早速、「光栄です。寄付させてください」と返信した。
 
以前、日本を代表する版画家のおじいちゃんから、直接、電話をいただき、
「今回の展覧会で作品を欲しいと思ったのは、あなたの作品だけだよ」と言われ、
コレクションの1枚にしたいんだけど価格はいくらかと訊かれ、
何も知らない私は上代価格は20万円だと答えたところ、
「そりゃ高くて買えない。残念だけど、あきらめるよ」と言われたことがある。
 
それを版画協会の上の人に話したところ、
「それは光栄です。ぜひ、寄付させてください」って言うんだよと、諫められた。
 
その事件以来、誰かから、直接、収蔵したいと申し出られたことはないので、
(版17で出品した台湾やチェコの美術館に、
そのまま展覧会後に収蔵になったことはあるが・・・)
今回のメールを見た時、思わず、「寄付します!」と答えてしまった。
 
というわけで、写真の2作品は、
中国の版画美術館に収蔵されることが決まった。
 
たぶん、一生のうち、その美術館に行くことも、収蔵作品を見ることもないだろう。
 
それでも海を渡ってお嫁入りした作品があることを誇りに思うし、
時折、今頃、どうしているかななんて思いを馳せることだろう。
 
 作品は我が子同然、
娘が国際結婚したような気分なのだ。

2017年12月4日月曜日

シネマ歌舞伎 『め組の喧嘩』

 
桜木町のブルグ13でシネマ歌舞伎『め組の喧嘩』を観てきた。
 
通常、シネマ歌舞伎は東銀座の東劇で観ることが多いのだが、
今日に限って、ブルグ13では歌舞伎の解説者の解説付きの上映だったので、
桜木町で観ることにした。
 
この作品は平成24年の5月に浅草に建てた平成中村座で上演されたもの。
 
しかし、同じく平成24年の12月に勘三郎は亡くなってしまったので、
これが最後の舞台となってしまったという作品だ。
 
当時、私も一度は平成中村座の公演を観に行きたいと思っていたが、
チケットが全く取れず、その内、またトライしようと思っている内に、
勘三郎が亡くなってしまったので、「あの時何が何でも観に行けばよかった」と
悔しい思いをしたことが思い出される。
 
「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉があるが、
この作品は正にその言葉を象徴するような火消しの男達と、
もう一方で江戸のいい男を代表する相撲取りとの喧嘩が題材になっている。
 
粋でいなせで、けんかっ早い男衆は鳶職が本業でいざという時は火消しをする。
そんな集団が江戸には48組もあったという。
その内のひとつ、め組の組頭が勘三郎、
血の気の多い若い衆の頭が当時の勘九郎、
相撲取りに当時の橋之助。
 
酒の席の小競り合いが長じて、男と男の意地がぶつかる大喧嘩になり、
死をも覚悟して、火消し衆と関取衆が取っ組み合う中、
最後は梅玉演じる焚き出しの元締めが仲裁に入り、幕になる。
 
そして、平成中村座の舞台の向こう側が開くと、
そこにはスカイツリーがそびえ立ち、
折しも三社祭の御神輿をかついだ男衆が舞台に入ってくるという演出だ。
 
平成中村座がニューヨークで公演したときは、
おなじく向こうの壁が開くと、ニューヨークのポリスがなだれ込んできて
公演内容の捕り物とクロスオーバーするという演出だった。
 
それが『め組の喧嘩』では、ご当地浅草らしい祭り囃子と御神輿で
江戸時代と現代とがクロスオーバーした。
 
そんな粋でいなせで遊び心あふれる舞台が好きだった勘三郎。
病気を抱えていたせいか、玉の汗を吹き出しながらの熱演で、
観客を楽しませよう、一体となって感じて欲しいという思いが、
ガンガン伝わってきた。
 
やっぱり、生の舞台で観たかったなという思いと、
ようやくあの時観たかった舞台が、こうしてシネマで観られたという思いが、
同時にやってきて、
その舞台のパワーに力を得て、何だか元気をもらった気がした。
 
舞台を観ながら、勘三郎という人そのものが、
粋でいなせでけんかっ早くて、
ついでに、生き急いで逝っちまったんだなぁと思った。
 
 

2017年12月3日日曜日

久々の飾り彫り

 
 
1ヶ月ぶりに彫刻刀を握って、途中だった新作の彫り作業を進めた。
 
夏から秋にかけ、例年より頑張って版画家業にいそしんでいたのに、
なぜか11月に入って、ぱったりそれがお休みモードに入ってしまった。
 
11月始め、娘と孫が3泊4日で泊まりに来たのを機に、
アトリエを掃除し、木くずや絵の具のない状態にしたせいで、
気分的に途切れてしまったものと思われる。
 
今日はさすがに何とか取り戻さねばと、日曜日だというのに彫り台にかじりつき、
作品のメインパート、藁の船の飾り彫りに着手した。
 
この作品は初孫が生まれて、
赤ちゃんがもたらす幸福感や生命の神秘、
次世代に受け継がれていく命のバトン・・・など、
そのすべてが新鮮に感じられた感動を具現化したもの。
 
藁の船はその小さな命を抱きとめるゆりかごであり、
天国からおりてきた船をイメージしているので、
作品のメインモチーフである。
 
一昨日、娘にベビーシッターを頼まれ、生後約6ヶ月になった志帆に会ってきたが、
いつもニコニコ笑顔の安定した情緒、
笑えるほどプリプリもちもちの腿やふくらはぎ、
叫び声とも話し声ともつかない大きな声のおしゃべり、
始めたばかりの離乳食で、酸っぱさに顔をしかめながらもすったリンゴを食べる様子、
どれひとつとっても可愛いし愛しい存在だと再確認した。
 
そんな半年間の成長ぶりと、半年前の初めて会った時の感動をすり合わせながら、
この作品で何を表現するのか、
色彩はどんな感じにするのか、
ひとりアトリエで考え続けた。
 
かたわらでアルゼンチンタンゴのCDをかけながら、
こうした時間こそが本来、自分が大切にしていた時間だったと自省した。
 
季節は12月に入り、あとひと月で2017年も終わるかと思うと、
ただそれだけで気ぜわしい気分になるが、
12月前半でこの作品の彫りをすべて終え、
新しい年を迎えられたらと思う。
 
それにしても、2年前、首筋を痛めた影響で、左腕に再発した神経痛が毎日、痛い。
 
温泉に行っても、美味しいものを食べても、
版画から離れて力仕事をしなくても、痛みはひかない。
 
何か病を得て、それとつきあいながら生きていくのは辛いものだ。
 
多かれ少なかれ、人は肩が凝っただの腰が痛いだの、
もっと重篤な病が身に降りかかったりしながらも、
それでも生きている。
 
自分も病を得ることで、人の痛みがわかる大人にはなれるのかも知れないが、
生きるモチベーションが下がるのは困りものだ。
 
この痛みを何とかやっつけて、
気兼ねなく新作に取り組める日がくることが、今の1番の願いだ。
 
一応、気休めに叫んでみるか。
 
「ちちんぷいぷい」
「痛いの痛いの、飛んでいけ~!」
 

2017年11月29日水曜日

温泉三昧 美味三昧

 
 
 
 
 
命の洗濯と称して、古い友人とふたり、2泊3日で山形と宮城の温泉宿に行ってきた。
 
1泊目が山形県あつみ温泉の萬国屋、
2泊目が宮城県秋保温泉の佐勘。
 
いずれも五つ星の宿というふれこみではあったが、圧倒的に佐勘の方がよかった。
 
旅の目的は観光ではなく、ただひたすらに温泉に浸かって、
美味しいものをいただいて、友人としゃべり倒すこと。
 
観光は中日の致道舘という藩校とニッカウヰスキーの工場見学だけで、
あとは新幹線で東京から郡山まで行き、バスに乗り換え260㎞、
午後3時半とか4時には2日ともお宿に到着し、あとはフリータイム。
 
6時の夕食時に大広間に行くことさえ守れば、
館内にある何カ所かのお風呂に何回入っても、お部屋でくつろいでも自由という
何もしないで食べては温泉に入るのが目的の自堕落な旅だ。
 
いつもは豪華列車に乗るだの、何とか祭りを見るだの、
お宿の他にはっきりした目的があったが、
こんなゆるゆるした旅もいいものだ。
 
しかし、他に目玉がない分、お宿自体のクオリティには厳しくなるわけで、
お料理のお味や素材、器の選び方、食事処の雰囲気など、
全ての点で佐勘は素晴らしかった。
 
秋保温泉の佐勘は、1500年ほど前、皮膚病に悩む時の天皇の病を治したことから
「御湯(みゆ)」の名前をいただき、以来、土地の湯守として佐藤勘三郎が宿を営み、
今日に至るという千年続く温泉宿。
 
現在の佐藤勘三郎さんで34代目というから驚きだ。
 
秋保温泉は日本の三大名湯のひとつだそうで、
割合さらりとした泉質ながら、美肌の湯の名に恥じぬ、
肌にまとわりつく感じで、
体の芯から温まるいいお湯だった。
 
夕食は結婚式場にも、2016年のG7の会場にも使われた立派なお部屋で、
同行のメンバーととはかなり離れてテーブルが配置され、
団体旅行感がなくとてもよかった。
 
これは一体何かしらと仲居さんに質問する食材がいくつか使われていて、
その土地ならではの食材や調理法で楽しませてくれる懐石料理だった。
 
朝食もとても1回では制覇できない種類のバイキング形式で、
私は和朝食になるよう野菜中心のお総菜を何種類もとってきたが、
中でもわたり蟹のお味噌汁は絶品だった。
 
こんな贅沢、たまにはいいか。
 
何か自分にご褒美をあげなきゃならないほど、
苦労したとか忙しかった覚えもない2016年の秋だけど、
ここらで命のストレッチをして、
あと1ヶ月、今年も頑張ろうと思う秋の夕暮れ。。。
 
 

2017年11月21日火曜日

顔見世大歌舞伎 鑑賞

 
 


 
11月に着物を着てお出掛けするのは4回目。
本日は歌舞伎鑑賞。
 
例によって2列目ど真ん中のお席をとってくれる有能な助っ人とともに、
11月の歌舞伎座『吉例 顔見世大歌舞伎』の昼の部を観に行った。
 
幸いお天気もよく、秋の突き抜けるような青い空に映える
乱菊の柄のブルーの着物。
 
個性の強い着物にすべては合わせて、帯も帯揚げも帯締めも色味を抑え、
黒地の道中着を着用。
自分でいうのもはばかられるが、ちょっと普通じゃないよね感ハンパなし。
 
今日はテレビ収録が入っていて、何台もカメラやマイクが置かれている他、
会場のお客さんも評論家っぽい人や声をかける人も多く、
なんとなくいつもとは違う雰囲気だった。
 
着物を着ている人はさほど多くはなく、
そのせいか、ジロジロ見られているという印象だ。
まあ、もちろん私の単なる自意識過剰なんだとは思うが・・・。
 
演目は染五郎の『鯉つかみ』
吉右衛門の『奥州安達原』
菊五郎の『雪暮夜入谷畦道』
 
もちろん主役の役者の他にもたくさんの役者が出てはいるのだが、
この3人の個性にぴったりはまる役どころの演目という意味。
 
『鯉つかみ』は先代の猿之助が得意とした中吊りあり、大立ち回りあり、
早変わりありで、
本物の水が大量に使われる、これぞ正に歌舞伎というような
ケレンみたっぷりのダイナミックで楽しい作品。
 
前列3列目まではビニールシートが配られ、
まるで八景島シーパラダイスのイルカショーだ。
 
しかし、肝心の染五郎は立役者として少し小柄な上に表情が乏しく、
凄みみたいなものが足りないので、ちょっと物足りない。
 
舞台の演出自体は大仕掛けで素晴らしいので、
尚のこと、残念だ。
 
来年早々、幸四郎、染五郎は親子三代の襲名披露公演が予定されているから、
これからの歌舞伎界をしょってたっていく役者なんだけど、
持って生まれたオーラや存在感みたいなものは
出せといって出せるものでもなく、いかんともし難い。
 
2番目の演目『奥州安達原』は吉右衛門の十八番の役どころとかで、
たしかにはまり役とはこういうことかと思わせる安定感だ。
 
出ずっぱりの子役金太郎君(染五郎の子)がいい仕事をしていて、
まるで女の子のような容姿と健気な感じが役にピッタリ。
1月2月の襲名公演も楽しみだ。
 
3番目の演目『雪暮夜入谷畦道』は
菊五郎の片岡直次郎、時蔵の三千歳が
これ以上の配役はないと思わせるはまり役。
 
江戸の粋でいなせなちょい悪オヤジをやらせたら菊五郎に勝る人はいない。
同じく粋で色っぽくて少しはすっぱな芸者や女将をやらせたら時蔵はピカイチだ。
 
先ず、最初の場面が蕎麦屋の店先なのだが、
そこでは客が本物の蕎麦をすすり、キセルでタバコを吸うシーンが出てくる。
 
蕎麦を茹でる湯気や香り、タバコの煙や匂いまでもが会場に漂い、
江戸の入谷の庶民の暮らしを彷彿とさせる。
 
蕎麦と燗酒を注文した直次郎(菊五郎)が、おちょこの中の虫を箸でつまみ出す
そんな小芝居も定型のものらしく、
そのしぐさの直前に大向こうから「待ってました!」の声がかかった。
 
江戸時代からそうやって芝居を受け継ぎ、
型を作り、お家の芸を高めてきたんだということを、ふと感じることが出来た。
 
11月の『顔見世大歌舞伎』というのはそういうこと。
 
歌舞伎界の大御所達がそれぞれのはまり役を演じ、
連綿と続く家の芸を披露する場なのである。
 
 
 
 
 
 

2017年11月15日水曜日

横浜陶芸倶楽部 展示会

 
 
 
 
 
昨日から横浜市民ギャラリーで、
所属している横浜陶芸倶楽部の展示会が行われている。
 
2年に1度開催のビエンナーレ形式で、
会員と先生の計27名が出品している。
 
先生といっても、この会は自由作陶が基本なので、
技術的なことを質問したりはするが、
何を作るか、どうやって作るかなど、制作のほとんどは本人に任されている。
 
ただし、毎回展示会には「課題」が課されていて、
今回は「貯金箱」と「抹茶椀」であった。
 
そのふたつだけは全員必ず作らなければならず、
貯金箱を使っている人は皆無だろうし、
抹茶を飲む習慣のある人も皆無に近いかも知れないが、
それとは別に制作に励んだ。
 
幸い私は抹茶とは縁の深い生活だったので、抹茶椀の制作の延長線で、
自作のテーブルは茶道に関係のあるものばかり、
抹茶椀はもちろん、菓子器、香合、蓋置きといった茶道具のラインナップで揃えた。
 
貯金箱は布の袋みたいな感じで、ヒモ結びで口が締められている白い作品だ。
貯金箱の口は布のとじ目の上部に透き間があり、
そこからコインやお札を入れるデザインにした。
 
貯金箱は本当に様々なデザインのものが出揃い、
普段使わないものを作ることで、それぞれの個性やセンスがもろに現れ、
面白い展示になっていた。
 
また、課題ではなく、それぞれのテーブルをひとりずつ丁寧に見てみると、
ひとつの器では分からないその人らしさがいくつかの器の集合によって感じられ、
人となりやその人の生活の様子などが垣間見える気がした。
 
逆に私の作品群を見て、人はどんな風に感じるのか、
どんな人となりが透けて見えるのか、
明日の展示会のお当番の時や、週末のレセプションの時になどに、
メンバーとおしゃべりするのが今から楽しみだ。
 
作陶時は決まった曜日に決まったメンバーとしか会わないし、
ほとんど寡黙に制作して過ごしてしまうので、
展示会は同好の士と触れ合ういい機会になるだろう。
 
お茶のお稽古で会う人達、陶芸の工房で会う人達、
絵画教室やカウンセリングやビジネスや、整体や美容院など・・・。
 
それぞれのフィールドで出逢うタイプの違う人達と交友することの面白さを思う時、
自分は人そのものが好きなんだろうな、
珍しいタイプの絵描きかも・・・などと考えた。
 
 

2017年11月14日火曜日

第六十九回 湘南同好会茶会

 
 
 
今にも空から雨粒が落ちてきそうな今朝9時前、
人気のない鎌倉の鶴岡八幡宮の茶室前に到着。
 
今日は表千家千家茶道の神奈川支部、湘南同好会のお茶会である。
 
お社中の中でウィークデイでも動けるということで、先生からお誘いを受け、
ふたりで参加させていただくことになった。
 
他に1番弟子の方のご実家のお母さんが福島から総勢12名で見えるとか。
いずれも着物着用、お客さんの所作は出来て当たり前の特別な空間だ。
 
お茶席4席と点心席があり、
中でも定刻より早めに始められる先生のお席を狙って、集合。
効を奏して、1回目のお席に入ることが出来たので、その後も万事順調に進み、
午後1時半には全てのお席に入ることが出来、
合計4服のお茶と5種類のお菓子をいただくことが出来た。
 
しかし、半生菓子を3つもいただくというのは、実はかなりハードで、
席入りの際はバッグを手放すので、
出されたお菓子はお腹の中に収めることになるのだが、なかなかにしんどい。
 
以前もこのようなお茶会に伺ったことはあるが、そんなにはお茶も飲めないし、
お菓子も食べられないと、2席かせいぜい3席回って、
後は点心を食べておしまいということが多かったが、
今回の先生は非常に熱心な先生なので、全席制覇が当たり前らしい。
 
いずれのお席も現在の家元や先代の家元の箱書き付きの蒼々たるお道具が
きら星のごとくに並び、目もお腹もいっぱいいっぱい。
 
世の中にはこんな凄い世界があるんだなと今更ながらに驚嘆のひと言だ。
 
しかし、どのお席も写真をパチパチ撮ることは暗黙の了解で許されていないらしく、
ブログにアップできないのが残念無念。
 
どのお席も目玉のお道具(おご馳走という)はあるのだが、
印章深かったのは、常陸席という男性の席主、男性ばかりのお点前と半東のお席で、
煤竹の茶筅3千本を燃やして作ったというたばこ盆の灰だった。
(30本でも300本でもなく、3000本の茶筅だ)
 
たばこ盆なんて現代で見るとしたら、時代劇か歌舞伎ぐらいだろうが、
昔は四角い持ち手のついた箱に火入れとタバコ入れとパイプ2本をセットにして、
お正客(1番偉いお客)の脇に置いておく。
 
今は実際にタバコに火を点けて飲むなんてことはないのだが、
それが置かれていないと茶席の恰好が取れない。
 
その直径12センチぐらいの陶器の火入れ、
大ぶりの湯呑みのような形で中に灰を入れ、山型形を整え、
真ん中に小さな炭を置き、火種にする。
 
その灰。
通常、灰は灰色、つまり、ベージュのようなグレーのような・・・。
しかし、煤竹の茶筅を3千本燃やして作ったという灰は青みがかった灰色だった。
 
陶器製の火入れの内側が薄いブルーだったので、
何とも不思議な趣で、亭主のこだわりを感じるひと品だった。
 
他の例えば、桐の白木の楚々としたお茶入れに鳳凰の絵柄が描かれており、
蓋を開けると中はすべて金貼りとか、
絽縁と結界は共に聚光院本堂の古材を使って造られただの、
先代の家元の覚入作の赤楽の茶碗だの、
家元直々に77歳のお祝いの時に書いてもらって『寿』のお軸だの・・・。
 
もはや、覚えきれない。
 
この湘南同好会のお席はいいお道具が出るからと、お誘いいただいたのだが、
猫に小判というか、豚に真珠というか、
何だかいいものをたくさん見すぎたせいと、
正座のし過ぎと、着物で肩が凝ったのとで、帰ったらドッと疲れが出てしまった。
 
深くて遠いはお茶の世界。
 
30数年、お茶のお稽古には通っているはずだが、
まあ、不思議ワンダーランドだと本日も思った次第である。
 
 
 
 
 
 
 

2017年11月10日金曜日

西新宿からビジネスの予感

 
 
 
 
生まれて初めて丸ノ内線の西新宿の駅に降り立った。
地下から外に出ると、正面の高いビルの奥に都庁が見える。
いわゆる高層ビルの建ち並ぶ新宿副都心エリアである。
 
この界隈に来たことがないわけではないが、
西新宿という駅から地上に出たのは初めてだ。
 
駅から右手へ260メートルのところにある地上40階建ての
住友不動産新宿グランドタワーが今日、面談のために訪れた場所だ。
 
1階のエレベーターホールはテレビのトレンディドラマで絶対見たことがあると思える
スケルトンのエレベーターで、
1階から一気に30階まで上がる一基30人ぐらい乗れそうな大型のエレベーターに
若いビジネスマンが当たり前という顔で(当たり前なのだが)乗り込んでいく。
 
おのぼりさんの私も一見当たり前という顔で乗り込み、
30階で別のエレベーターに乗り換え38階まで。
 
新宿副都心を眼下に見下ろすフロアを、実にラフな服装で働く人達が、
いかにもIT企業という空気感をプンプンさせながら行き交っている。
 
その内のひとりのTさんがこれから私の担当さんについてくださるということで、
今日は初めて直接お目にかかり、詳しい話を伺うと共に、
今後の仕事の方向性を決めることになった。
 
今まで電話やメールでしか話したことのない相手が目の前に現れ、
双方、初対面なので、つまり、第一印象を形成すると共に、
仕事の話を前に進めるということは、
お互い、好印象を持ったということに他ならない。
 
1時間と少し、主には私の経験と経歴などについてお話しし、
それを手元のパソコンでまとめながら、
Tさんは私と女性経営者とをつなぐ売り文句を考えたり、
NEEDSとWANTSをどう結びつけるかイメージしたりしたに違いない。
 
エグゼクティブコーチだなんてこっぱずかしい名称だけど、
私がこれまでに培った様々なスキルや経験、カウンセラーとしての知識や力量が、
新たに活かされる場が生まれるかも知れないのだ。
 
横浜で市井の女性達の少しでも力になれればと思ってやってきた
心理カウンセリングが、もう少しフィールドを広げられそうなのだ。
 
40代の頃、出張で広島や博多などに泊まりがけで研修に行ったことや、
当時、横浜から延々電車を乗り継いで、舞浜にある某社まで研修に通ったことが、
昨日のことのように思い出された。
 
これからどこにお仕事で伺うか全く未知数だが、
これまでのように駅前ビルの討議室にクライアントさんに来てもらうという形では
なくなるだろう。
 
今更ながら、自分に与えられたNEEDSを新鮮な気持ちで受け止め、
まだ見ぬどこかの女性経営者の心の支えになれればと思う。
 
世の中、真面目に生きていれば誰かが見ていて認めてくれる
そんなことを感じた今日の面談であった。
 
ばぁば生活はばぁば生活として、
ごめん、私、ちょっくら、エグゼクティブカウンセラーになるわ!
 
 

2017年11月2日木曜日

メロメロばぁば日記

 
 
 
 
生後満5ヶ月ちょっと前。
少し周囲の人が分かってきて、愛想がよくなってきた孫が、
3泊4日で遊びに来た。
 
生後100日のお食い初め以来、我が家にきたのは久しぶり。
 
その間、ほんの少しだけ会ったけど、会う度に出来ることが増えてきて、
今は抱き上げると膝の上で足を突っ張って立とうとしたり、
座らせるとグニャグニャに屈伸しちゃうけど、何とか座れる。
 
バウンサーなる椅子に座らせると、右足をグルグル回しながら空中でキックし、
椅子の揺れを勢いづかせて遊ぶことを覚えた。
 
アーだのウーだの、叫び声を上げながら、おしゃべりをし、
人が顔を覗き込むとニコニコする。
 
こうしたお泊まりは
母親である娘を多少なりとも子育てから解放するのがひとつの目的だけど、
何と言っても、オーママの顔を認知し、慣れさせることの方が重要事項。
 
そして、日に日に成長してしまう前に、この瞬間にしか見せない表情やしぐさを
この目に焼き付け、
この手で抱きとめたいという思いから、
日帰りではなく、お泊まり保育と相成ったわけである。
 
自分が育てたときとはまったく違う感慨がこみ上げ、
実際は通常の時間が止まってしまったかのような拘束感があるのだけれど、
それもまた良しとこの小さな命を秋の日差しの中で眺めていた。
 
子育てネタで作品をいつまでも創るわけにはいかないかも知れないが、
(また、先輩からお叱りをうけるかも・・・)
やっぱり自分の中にある母性というか祖母性?が、
この小さな命を前にきゅんきゅんしてしまうのは素晴らしいことだと思う。
 
命が連綿とつながっていく感じ。
 
娘の小さな時とそっくりな孫、
そんなところまで似なくていいのにというところまで似ているので、
30数年前の記憶がよみがえる。
 
自分が感じたのと同じ歓びと心配と驚きとを毎日、感じながら、
娘も奮闘しているに違いない。
 
現代は少し情報過多かなと思う面もあるけど、
目の前の自分の娘の発するメッセージを読み取って、
上手にコミュニケーションをとりながら過ごして欲しい。
 
まだ、物言わぬ娘と、交信できる母親なり、父親なり、ばーばやじーじなりが
子育てには必要なのではと、そんなことを感じた3泊4日であった。
 
 

2017年10月20日金曜日

初見参 上野・韻松亭

 
 
 
上野公園のど真ん中に位置する料亭"韻松亭"で、友人ふたりと食事をした。
 
30年来の戦友のような古い友人達と、
都美術館で開催中の版画展を観て廻り、午後1時からの少し遅めのランチである。
 
韻松亭は創業明治8年というから、
私が大学・大学院時代にも当然、上野で料亭を営んでいたに違いないのだが、
毎日上野に通っていても、学生の身分で来るようなところでもなく、
その後、毎年、自分が出品している版画展やその他の展覧会を観に来た折に
立ち寄ってもよさそうなものだが、老舗料亭という敷居の高さからか、
なぜかご縁がないままに今日に至ってしまった。
 
初めて敷居をまたいだ韻松亭の印象は、
思った以上に中が広くて、複雑な建物で、
仲居さん達がいずれもきびきびしているということだった。
 
私達が通されたのは一番奥の茶室で、こじんまりした小間席だった。
古材を使って造られているようで、雪見障子を開けた向こうには
これが上野公園の桜の沿道裏とは思えない日本庭園が見える。
 
花籠に入ったお料理は小さなものがぎっしり詰まっており、
生麩や湯葉とこんにゃくの刺身、おからの焚き物、赤こんにゃく等々、
いずれも薄味ながら丁寧に作られていて、お味だけでなく彩りも美しい。
 
籠の外には中にごま豆腐の入った珍しい茶碗蒸しと、
大豆を長時間、煎ったものとお米を一緒に炊いた、香ばしい豆ご飯、
赤だしのお味噌汁がつき、これまた手間暇かけて作られていることが分かる。
 
最後の麩まんじゅうはあんも生麩もすべて手作りとかで、こちらも美味。
お茶さえ、おから茶とかいうおからを煎って作る香ばしいお茶だった。
 
たぶん、調理場では修行のように、延々とごま豆腐のごまをすり鉢ですったり、
おから茶のおからを煎ったり、
豆ご飯の大豆を煎ったりしている若い調理人がいるのだろう。
 
明治8年創業以来の料亭の意地と魂を垣間見た気がした。
 
 
 
そして、すっかり長居をして、ようよう腰を上げ、
最後にお部屋についているトイレに行って、ビックリ。
思わず、「ここのトイレ、たとえ使わなくても見ておいた方がいいわよ」と
部屋の友人達に声をかけてしまった。
 
 
 
ガラガラと引き戸を引くと、どこかの由緒ある古屋にあったものなのか、
見たこともない藍の染め付けの男性用便器と和式の便器がそこにはあった。
 
よく見ると、いわゆる普通の和便器の上に昔の染め付けの便器を乗せ、
二重に板場を作ってその和便器で使えるようにしたという感じだ。
 
写真にはないが、手洗いも陶器の鉢を埋め込んであったから、
凝りに凝って、このお便所というか厠を造ったということだろう。
 
ここは一番奥の茶室に通されたお客だけが使えるとのことで、
偶然ながらお得感満載だ。
 
私にとって、何十年も近くて遠い存在だった韻松亭は、
行ってみれば思いの外、気安く温かに迎えてくれ、
しかも、丁寧な仕事の美味しいお料理のいただける、
明治にトリップしたようなワンダーランドだった。
 
次は桜の頃にでも、着物で来られたらと約束し、
一歩外に出ると、10月下旬とも思えない冷たい雨と風がほおを打った。
 
あ~ぁ、これが現実・・・。
 

2017年10月17日火曜日

恐るべし運慶

 
 
 
毎日、寒い。
そして、雨。
 
しかし、こんな時だからこそチャンスと思って、
上野の東京国立博物館・平成舘で行われている"運慶展"に行ってきた。
 
入館状況をネットで検索すると、朝イチほどチケット売場も会場も
待ち時間が長いことが分かったので、
先ずは、銀座に出て、友人の個展を2箇所回り、
ランチを済ませて、山手線に乗った。
 
朝からの雨が、あいにく午後2時には止んでしまったので、
ちょっと嫌な予感がしたが、
何とかチケット売場も会場入口も並ぶことはなく、入館することは出来た。
 
イヤホンガイドを借り、
入口から1歩入ると、やっぱりというか、なぜ?というか、
早くも人だかりで、寒いどころか蒸し暑さでスカーフをもぎ取った。
 
音声ガイドがあるので、文字で埋まった看板はスルーし、
いきなり、運慶のデビュー作へ。
奈良の円成寺にある国宝・大日如来座像である。
 
一昨日のテレビ・日曜美術館の運慶展特集でやっていたが、
確かにそれまでの仏像のスタイル=静かで動きがなく、端正な顔や体からすれば、
肉付きもよく、組んだ手の位置が少し高かったり、
姿勢がやや反り気味で堂々としていて、風格がある。
 
このぐらいの大きさの仏像は通常3ヶ月ぐらいで完成させるところを、
運慶は11ヶ月の歳月をかけ、しかも、
台座の裏に湛慶の実弟子運慶とサインまでしているから、自信作に違いない。
 
しかも、それがデビュー作にして、国宝だ。
 
今回、運慶の作品とされる31体の仏像の内、22体が勢揃いしているので、
運慶とは何者かを知るには見逃せない展覧会と言えるだろう。
 
今日も来場者は多かったが、たぶん、会期が後ろになればなるほど、
もっと増えるだろうから、これでもいいときに行ったということになるだろう。
 
混んではいるが、仏像自体が大きいし、立体だから絵画のように壁伝いに見なくても、
点在していて360度ぐるりと見ることが出来るので、その点もだいじょうぶ。
 
会場の背景が黒っぽく、仏像がライトアップされて、浮かび上がる展示は、
お寺の堂内とはまた、違う美しさだ。
 
私が個人的に気にいったのは、
不動明王をお守りする八大童子立像の内の"制多伽童子"
 
赤い顔と体で、実に凛々しく、示唆に富んだ表情をして、かっこいい。
5つの瘤みたいに結んだヘスタイルもいけてるし、衣の動きや装飾も精緻で美しい。
水晶の玉眼がぎらりと光って、きりっと上がった目尻といい、
ピッとしまった口元といい、惚れ惚れする。
こちらも国宝だ。
 
それから、通常、四天王に踏みつけにされているあまのじゃくが立ち上がって、
頭に鐘楼を載せている龍燈鬼立像もいい。
 
相撲取りをモデルにして、創ったといわれる筋肉モリモリの体つきをしていて、
眉毛に銅版、目は玉眼、体に巻き付けた蛇には本物の皮を一部使ったとかで、
実に鎌倉時代1215年の作とは思えない斬新さだ。
これも国宝。
 
そして、最後の部屋にずらり並んだ12体。
「十二神将立像」
 
今はどこかのお寺ではなく、ふたつの美術館に5体と7体に別れて展示され、
今回のように12体が一堂に揃ったのは40数年ぶりとか。
 
運慶の手になるものではないが、
運慶の躍動感ある表現、豊かな表情、ユーモアのセンスなどを、
一派が遺憾なく受け継いでいる。
 
12体は十二支でもあり、それぞれ子神、寅神、辰神、申神・・・だ。
そして、子神は頭に鼠を、寅神は虎を、辰神はイノシシをつけている。
 
特にとぐろを巻いた蛇を巻きぐそのようにちょこんと頭に載せている巳神は
そのヘアスタイルが斬新で、真っ赤に染めた髪をざん切りに切って振り乱し、
大きな口を開け、何か叫んでいる。顔は緑色。
 
未神の頭にはそれと分かるように羊はのっていないが、
一人だけ、ヘアスタイルがもこもこしていて、カールしていて羊みたい。
顔は白塗りで右手で剣を振り上げているが、幾分、他より穏やかな印象だ。
 
自分の干支の神様がどの子か観に行くというのも面白いのではないだろうか。
 
仏像はいろいろな鑑賞の仕方があると思うが、
運慶の作品は想像以上に躍動感があるし、
ミケランジェロにも匹敵するような彫刻家として、
あらためて「凄い!」ということを知るだろう。
 
会期は11月26日までなので、まだまだあるが、
もし、興味があるなら、今のうち、
寒い日や雨の日の午後遅いあたりが狙い目だと思うので、
ぜひ足を運ばれることをオススメする。