2017年10月17日火曜日

恐るべし運慶

 
 
 
毎日、寒い。
そして、雨。
 
しかし、こんな時だからこそチャンスと思って、
上野の東京国立博物館・平成舘で行われている"運慶展"に行ってきた。
 
入館状況をネットで検索すると、朝イチほどチケット売場も会場も
待ち時間が長いことが分かったので、
先ずは、銀座に出て、友人の個展を2箇所回り、
ランチを済ませて、山手線に乗った。
 
朝からの雨が、あいにく午後2時には止んでしまったので、
ちょっと嫌な予感がしたが、
何とかチケット売場も会場入口も並ぶことはなく、入館することは出来た。
 
イヤホンガイドを借り、
入口から1歩入ると、やっぱりというか、なぜ?というか、
早くも人だかりで、寒いどころか蒸し暑さでスカーフをもぎ取った。
 
音声ガイドがあるので、文字で埋まった看板はスルーし、
いきなり、運慶のデビュー作へ。
奈良の円成寺にある国宝・大日如来座像である。
 
一昨日のテレビ・日曜美術館の運慶展特集でやっていたが、
確かにそれまでの仏像のスタイル=静かで動きがなく、端正な顔や体からすれば、
肉付きもよく、組んだ手の位置が少し高かったり、
姿勢がやや反り気味で堂々としていて、風格がある。
 
このぐらいの大きさの仏像は通常3ヶ月ぐらいで完成させるところを、
運慶は11ヶ月の歳月をかけ、しかも、
台座の裏に湛慶の実弟子運慶とサインまでしているから、自信作に違いない。
 
しかも、それがデビュー作にして、国宝だ。
 
今回、運慶の作品とされる31体の仏像の内、22体が勢揃いしているので、
運慶とは何者かを知るには見逃せない展覧会と言えるだろう。
 
今日も来場者は多かったが、たぶん、会期が後ろになればなるほど、
もっと増えるだろうから、これでもいいときに行ったということになるだろう。
 
混んではいるが、仏像自体が大きいし、立体だから絵画のように壁伝いに見なくても、
点在していて360度ぐるりと見ることが出来るので、その点もだいじょうぶ。
 
会場の背景が黒っぽく、仏像がライトアップされて、浮かび上がる展示は、
お寺の堂内とはまた、違う美しさだ。
 
私が個人的に気にいったのは、
不動明王をお守りする八大童子立像の内の"制多伽童子"
 
赤い顔と体で、実に凛々しく、示唆に富んだ表情をして、かっこいい。
5つの瘤みたいに結んだヘスタイルもいけてるし、衣の動きや装飾も精緻で美しい。
水晶の玉眼がぎらりと光って、きりっと上がった目尻といい、
ピッとしまった口元といい、惚れ惚れする。
こちらも国宝だ。
 
それから、通常、四天王に踏みつけにされているあまのじゃくが立ち上がって、
頭に鐘楼を載せている龍燈鬼立像もいい。
 
相撲取りをモデルにして、創ったといわれる筋肉モリモリの体つきをしていて、
眉毛に銅版、目は玉眼、体に巻き付けた蛇には本物の皮を一部使ったとかで、
実に鎌倉時代1215年の作とは思えない斬新さだ。
これも国宝。
 
そして、最後の部屋にずらり並んだ12体。
「十二神将立像」
 
今はどこかのお寺ではなく、ふたつの美術館に5体と7体に別れて展示され、
今回のように12体が一堂に揃ったのは40数年ぶりとか。
 
運慶の手になるものではないが、
運慶の躍動感ある表現、豊かな表情、ユーモアのセンスなどを、
一派が遺憾なく受け継いでいる。
 
12体は十二支でもあり、それぞれ子神、寅神、辰神、申神・・・だ。
そして、子神は頭に鼠を、寅神は虎を、辰神はイノシシをつけている。
 
特にとぐろを巻いた蛇を巻きぐそのようにちょこんと頭に載せている巳神は
そのヘアスタイルが斬新で、真っ赤に染めた髪をざん切りに切って振り乱し、
大きな口を開け、何か叫んでいる。顔は緑色。
 
未神の頭にはそれと分かるように羊はのっていないが、
一人だけ、ヘアスタイルがもこもこしていて、カールしていて羊みたい。
顔は白塗りで右手で剣を振り上げているが、幾分、他より穏やかな印象だ。
 
自分の干支の神様がどの子か観に行くというのも面白いのではないだろうか。
 
仏像はいろいろな鑑賞の仕方があると思うが、
運慶の作品は想像以上に躍動感があるし、
ミケランジェロにも匹敵するような彫刻家として、
あらためて「凄い!」ということを知るだろう。
 
会期は11月26日までなので、まだまだあるが、
もし、興味があるなら、今のうち、
寒い日や雨の日の午後遅いあたりが狙い目だと思うので、
ぜひ足を運ばれることをオススメする。

2017年10月12日木曜日

"タンゴの魂"なる舞台鑑賞

 
 
 
久しぶりにタンゴの舞台を、みなとみらい大ホールに観に行った。
 
実は出演者に見知った人はいないので、誰のファンだからというわけでもなく、
ただ、ピアソラの曲を弾いてくれそうなことと、
2組のタンゴダンサーも出るので、
本場のタンゴダンスを間近で観たいという理由で行くことにした。
 
"タンゴの魂"
フアン・ホセ・モサリー二楽団
というのがコンサートの正式名称。
 
フアン・ホセ・モサリーニさんというのが、70代のおじいちゃんでバンマス。
ピアソラの曲を演奏させたら当代一。
自分も作曲した曲が何曲もあるらしい・・・
ぐらいの薄い知識しか持ち合わせていなかった。
 
しかし、これが何の何のとても素晴らしい演奏と歌唱、
そして、タンゴダンスだった。
 
とりわけ、ダンスは自分が少しかじったせいで、
以前は表面的にただかっこいいとしか思わなかったダンスが、
男性のリードがどのように行われ、それに反応して女性が動いているのが
手に取るように分かった。
 
自分も踊れそうな気がするというのは言い過ぎだが、
彼のリードで踊る自分が想像できる。
 
もちろん実際に体がついていくかは別にして、
男性のリードはいかになされるかが分かっただけでとても楽しかった。
 
また、日本でアルゼンチンタンゴといったら、
何十年も前の曲を演奏することが常だったが、
そんな演歌のようなてっぱん曲は1曲も無しで、
ピアソラの曲でさえ、初めて聴く曲があって、それもとても新鮮だった。
 
また、優れた歌唱力の女性ボーカリスト、ルモリーノの歌が素晴らしく、
特にアンコールで歌った「オブリビオン(忘却)」は凄かった。
 
ちらしをよくよく見ると、今回で9回目の来日公演とあるので、
もしかしたら日本でも有名な楽団なのかも知れないが、
私にとっては、何気に行ってみたら、掘り出し物だったみたいな感じだ。
 
すっかり気に入ったので、終演後、輸入盤のCDとDVDの2枚組を購入。
列に並んでバンマスのモサリーニ、歌手のルモリーノ、ダンサーのロドリゲスから
サインをもらい、握手してきた。
 
嗚呼、こんな時、スペイン語が話せたら・・・と思いながら、
3人に「グラシアス」とだけ伝え、
ミーハーなおばちゃんは明日からの彫りのお供にこのタンゴCDを加えようと、
いそいそと家路についたのである。

2017年10月8日日曜日

版画協会展はじまる

 
 
 
昨日から、上野の都美術館で、版画協会展が始まった。
 
ここ数年、運営委員としての活動から遠ざかっていて、
ただ単に作品を出品しているだけになっているが、
会期中、1度も観に行かないというわけにもいかず、
今日は娘の中高のママ友ふたりを誘って、観に行ってきた。
 
ふたりは次女がまだ高校生だったときからの友人なので、
早15~16年のおつきあいになり、
その長きにわたって私の作品を、団体展・グループ展・個展と
毎年、丁寧に観に来てくれているありがたい友人である。
 
と同時に、それぞれの娘達も成長を遂げ、今や立派な社会人として、
今、正に、働き盛り。
 
脂がのっているといっていい年頃だ。
 
一方、親達は等しく年を重ね、
今日の3人の中で1番若いひとりも年明けには還暦を迎える。
 
そんなそれぞれの人生や家族のありよう、時の流れを共有してきた友人とは、
会えば懐かしい昔話にもなり、お互いの家族の近況報告を歓びあう事が出来るし、
最後は自分達も頑張ろうと檄を飛ばしあえる仲でもある。
 
ふたりには、私の作品テーマの年ごとの変遷も観てもらっていて、
今年の作品テーマは昨年の長女の結婚で感じたことであることも知っているし、
来年は生まれた小さな命から得た想いになることも予告している。
 
都美術館に陳列された膨大な作品群を観ている間に、
オンタイムで長女から送られて来たLINEに添付されたベイビーの写真を見せびらかし、
素直に「可愛い~」と叫んでくれる友人達は、
私にとってかけがえのない存在だ。
 
同じ時代に似たような結婚・子育てなど、共通の経験をしたもの同士だからこそ
わかり合える、ある種の共有感覚が、
会話を弾ませているのだと思う。
 
年に数回、交流を保ち、
情報交換をしたり、讃えたり、励まし合ったり、檄を飛ばしたり、慰めたり・・・。
 
忌憚なくそんなことが言える人間関係を大切にしながら、
「少なくともあと10年は行きたいところへ行き、やりたいことをし、
食べたいものを食べていたいわね」と笑いながら、
目の前の大きなパフェをペロリと平らげた。
 
こんな風に今の自分のあり方の方向性を確かめることで、
迷いなく舵を切ることが出来る。
 
そういう友人と、そういう時間を持てた幸せを噛みしめ、
私も明日から次の一手を繰り出そうと思う。
 

2017年10月5日木曜日

武士の詫び状と彫刻刀

版17に出品した今年の作品
 
同じく先輩の作品
 
研ぎ上がった彫刻刀
「平常心・道」と書いてある
 
午前中に彫り終えた1面
 
一彫りでかつらむきのように彫れた
 
 
 
2017年も早10月。
気持ちも新たに新作の原画を起こした。
 
1日、鉛筆の原画に続いて、トレッシングペーパーに移した原画を制作し、
2日と3日、それを裏返して、版木に転写した。
 
今回の新作は年に1点創る2枚接ぎの大きな作品(畳3分の2ぐらい)なので、
鉛筆原画は1枚だが、
トレペ原画の段階から真ん中に共通の4㎝幅の部分もトレースして、
上下2点分の原画を創ることになる。
(手漉き和紙の大きさの関係で2枚接ぎになってしまう)
 
それを版木(60×90㎝のシナベニヤの板)に転写すると
色数が多いので、上下それぞれ10版ぐらいになり、
結局、版木に両面転写して、計6枚(12面)の版木が必要となってしまった。
 
通常は1作品、版木2枚半(5面)に収めようとしているので、だいぶ大量だ。
それを今日から延々と、せっせと彫ることになる。
 
話は変わるが、
先週、版17というグループ展のオープニングパーティのお酒の席で、
先輩の作家に今年の作品をかなりきつくけなされたという話を書いた。
 
今年の私の作品は長女の結婚・妊娠・出産で感じたことをテーマに扱っているので、
確かに生温いし、勝負していないと言えば言えなくもない。
 
そう感じた私は、先輩に宛て、
「確かにおっしゃるとおりの生温い作品だと思うので、
きつい批判はありがたかったです。
しかし、土曜日から始まる団体展に出した方の作品は、
同じテーマでも、もっと四つに組んで創ったので、
また、ご批評いただけると幸いです」という内容のはがきを出した。
 
すると昨日、先輩からそのお返事のはがきが来た。
 
「版17オープンの日は、偉そうにいろいろぶちまけてしまい、申し訳なかったです。
しゃべったことは全て自分に跳ね返ってくるのですから、
あれは僕自身へ向けての言葉だったとご了解ください」とあった。
 
そして、「団体展もグループ展も
自分自身の仕事を鍛えるための場と思って、もうしばらくは頑張ります」と
結ばれていた。
 
齢78歳の世にいえば老人の域に達した作家が、
どこまでも自分自身を鍛える仕事として版画制作を捉え、
日々、鍛錬していることを知り、
私の作品の甘さより、作家としての甘さを思い知ることになった。
 
還暦を過ぎて、尚、叱咤され、
作品に向き合う姿勢を正されるとは・・・。
 
折しも、昨日、
手元の彫刻刀の研ぎをお願いしていた研ぎ師さんから小包が届いた。
 
30年来、年に1度、まとめて20数本の研ぎをお願いしている研ぎ師さんが、
まだ50代と思われるのに、昨年、廃業した。
 
その人の紹介で、初めてお願いした研ぎ師さんだったのだが、
今朝、研ぎ上がった彫刻刀を版木に入れて、驚いた。
 
その滑るような切れ味、
まるで豆腐とまでは言わないまでも、チーズを切るぐらいの柔らかさで、
シナ材の合板を切り裂いていく。
 
今までの彫刻刀は何だったのかと思うほどの、素晴らしい切れ味だ。
5種類の彫刻刀を使用したが、いずれも惚れ惚れする研ぎ上がりだ。
 
私に苦言を呈した先輩も、日本を代表する木版画の作家だ。
 
同じく彫刻刀で自分のアイデンティティを刻みつけ、作品を産み出している。
 
まさに木版画家にとって、彫刻刀は武士の刀のようなものだ。
 
いつのまにかなまくらになった彫刻刀を振り回し、
「最近、筋力が衰えたのかしら。彫るのがしんどくなってきたわ」と思っていたのだが、
なんのなんの、この切れ味をもってすれば、
まだまだ彫り続けることが出来そうだ。
 
「武士の詫び状」の一文に刺激を受け、
今日は気持ちも新たに、
テーマは「初孫誕生で得た歓び」でも、決して生温い作品にはしまいと、
丹田に力を入れ直し、版木に向かい合ったのであった。
 
 
 


2017年9月30日土曜日

シネマ歌舞伎 四谷怪談

 
 
 
 
今日から始まったシネマ歌舞伎『四谷怪談』を
桜木町のブルグ13に観に行った。
 
久しぶりに入るブルグ13の椅子はふっかふかで傾斜がきつく、
全く前の人が邪魔にならない。
まるでひとりで試写会に来ているような感じで、とてもリラックスできた。
 
肝心の『四谷怪談』は串田和美が監督・脚本・演出を手がける
いわゆる現代版の歌舞伎で、
亡き中村勘三郎とタッグを組んで、何本か創作してきたものと同じテイストのものだ。
 
しかし、そこには勘三郎はおらず、
勘九郎・七之助・獅童・扇雀という中村屋ファミリーが主要な役を引き受け、
歌舞伎界に留まらない笹野高史を初めとする俳優陣が脇を固めている。
 
舞台としては2~3年前にオーチャードホールかどこかで上演されたものだと思うが、
映画になると当然のことながら、役者の顔のアップがスクリーンいっぱいに
観られるし、舞台上ではあり得ない演出で映像加工されたシーンが多用され、
独特の世界観が楽しめる。
 
串田和美演出によく観られる時代劇と現代の融合として、
この四谷怪談にもスーツを着てアタッシュケースを持った大量のビジネスマンが、
実に効果的に舞台を横切るシーンが何度かあって、
(ビジネスマンの映像ではなく、本当に10人ぐらいのスーツ姿の男が舞台に登場する)
とてもシュールで面白かった。
 
勘三郎が出ていた他のシネマ歌舞伎の時は、彼の圧倒的な演技に見惚れたけど、
今は長男の勘九郎が、すっかり勘三郎が乗り移ったかのように、
その演技といい、声質・言い回しなどを踏襲している。
 
『四谷怪談』は鶴屋南北による江戸時代の古典の名作だけれど、
シネマ歌舞伎は歌舞伎座を飛び出して、映像の世界で全く別の魅力を放って、
現代の視聴者を魅了している。
 
会場は60代70代の歌舞伎ファンのおば様とおぼしき人ばっかりで、
しかも、まったく満席とは言えない状況だった。
 
個人的には優雅な試写会みたいな気分に浸れたけど、
20代30代にも面白みは分かるのではと思うので、残念な気持ちだ。
 
古典的な題材、表現に現代的な解釈や手法を融合させて、新しいものを創る。
 
それって、何も歌舞伎だけに留まらない。
 
自分が手がけている木版画も、
現代美術と言われる手法や構成などを採り入れて融合させることで、
今の自分の作品にも、新しい展開が生まれるかも知れない。
(現代に生きているのだから別に古典ではないのだが・・・)
 
そんなことを、ふっかふかの椅子に身を埋め、
画面アップのお岩の髪が、櫛けずるとぞろぞろ抜け落ちるシーンの後ろで、
スーツ姿の男がザクザク横切るのを観ながら考えていた。
 
やっちゃいけないことは何もない!
予定調和でまとまるな!
 
そんな檄が串田和美から飛んできている気がした。
 
ふと版画家萩原季満野がビクッとするようなシネマ歌舞伎『四谷怪談』だった。
うらめしや~。
 
じゃなくて、うらやましや~。

2017年9月26日火曜日

クリエーターズ・ハイ

 
 
 
一昨日の日曜日、心理カウンセリングの予約が急にキャンセルになった。
 
突然ヒマになった日曜日。
本当は所属している版画団体の総会と審査会があったのに、
カウンセリング希望があった時に「上野までは遠いから今年は総会はパス・・・」と、
絵描きであることをちょっと後回しにした。
 
なのに、クライアントにドタキャンされ、空白になってしまった。
絵描きであることをないがしろにした罰が当たったのか・・・。
 
埋め合わせをするかのように、急遽、版画の本摺りの準備をすることにした。
 
本摺り用和紙を裁断し、絵の具の調合をし、
火曜と水曜に行うつもりの本摺りに向け、イメージを高める。
 
そうこうする内に、今、紙を湿せば、湿しが均一になるのを待っても、
夕方には本摺りを始められるのにという気持ちが抑えられなくなってきた。
 
月曜の夕方には展覧会初日を迎える「版17展」のオープニングレセプションがあるが、
それでも、月曜日の午後2時ぐらいまで、制作する時間はある。
 
そう思ったら、いても立っても居られない気分だった。
 
結局、昼前に和紙を湿して、夕方4時から本摺りスタート。
夕ご飯作りと夕食、大河ドラマと3時間ぐらいの休憩を挟んで、
夜11時まで作業。
 
一旦、ベッドに入るも、うまく寝付かれず、夜中の1時半にのこのこ起きだし、
夜中に作業再開。
夜明けの5時、さすがに力尽き、就寝。
朝7時半、起床して、食後に作業再開、午後2時、すべての工程が無事、終了した。
 
こうして書き出してみると、60代の我が身に課した過酷な労働にビックリ。
 
しかし、本摺りをしているさなかは全く疲れも感じずに、集中している。
 
これは世にいう「クライマーズ・ハイ」ならぬ、
「クリエーターズ・ハイ」の状態か。
 
終わるとドッと疲れが押し寄せるが、そこまではのめり込んでいる。
 
グラフィックデザイナーの次女がプレゼンを目前にして、徹夜が続いていると聞けば、
とても心配になって「自分を守れるのは自分だけなんだから、無理はしないで」
などと、苦言を呈するのが常なのだが、
母も同じことをやらかしている気がする。
 
それでも、出来上がった作品を見ると、また新作が摺り上がったと嬉しくなる。
8月下旬に雨が降っている内にと頑張って摺った作品と同系列の作品だ。
 
今回は茶系統の色味をベースに制作し、
何だか和服の晴れ着のような色調になった。
 
グレーベースもいいが、茶系統もなかなかいい。
 
さすがに徹夜明けは眠気との戦いだったが、
まだ、このぐらいは出来るという自信にもなった。
 
版17に出品した作品は、静かにまとまりすぎて、面白くないと思っているので、
間に合えば、この作品を出したかったと思うぐらいだ。
 
すると案の定、信頼する先輩に、版17のレセプションの飲みの席で
「なんであんな作品を創っているんだ」とお叱りを受けた。
 
久しぶりに人から直接、作品批判を浴びて、
そんな平和ボケみたいな作品を出して、平気な顔をしていてはいけないと、
生温い自分のほおを張り飛ばされた気分。
 
お酒の席とはいえ、お酒の席だからこその本音のお叱りだと、
真摯に受け止め、
今一度、絵描きの自分にもっと厳しくしなければと思った。
 
しかし、今の自分に創れる自分らしい作品は何?
 
娘の結婚、孫の誕生など、平和ボケと幸せ太りは免れない今の自分が、
一番自分らしいのは、明るくて未来志向で、人の命って素晴らしいと感じるような、
「幸せでどこが悪い」と開き直るぐらいの作品なのではないか。
 
男性作家が理屈をこね、宇宙だの核兵器廃絶だのと大きいこと言ってる脇で、
手元の小さな出来事を作品に落とし込みたい。
 
そんなわけで、クリエイターズ・ハイの延長で、老画家からアッパーカットをくらい、
一度はリングダウンしたおばさん絵描きだったが、
今はむっくり起き上がり、しぶとく版画は創り続けようと誓い、拳を振り上げた。
 
折しも、2020年4月、銀座養清堂にて、個展決定。
オリンピック・イヤーに向け、女一匹、とにかくやるしかない!

2017年9月18日月曜日

祝 お食い初め

 
 
 
 
 
 
台風の影響で1日順延して、初孫のお食い初めが我が家で行われた。
 
孫には先月下旬に会っているのだが、2週間も離れていると禁断症状が出て、
無性にあのふにゃふにゃすべすべした柔肌に触りたくなる。
 
今日で生まれて100日とちょっと。
首がしっかり座り、足のつっぱりも強くなって、
何か話したり、笑ったり、目つきに意志のようなものも感じる。
 
とはいえ、まだまだ赤ちゃんなので、
あやして笑うほどコミュニケーションがとれるわけでもなく、
お食い初めのお膳を前に、フォトジェニックに微笑むというわけにはいかない。
 
1週間ぐらい前から、何度となくスーパーやデパートに通い、
揃えた食器や食材で、作った料理は写真の通り。
 
ネット検索で、定番のお正月料理のようなものを作ればいいと知り、
作ってみた。
 
メインは祝い鯛の塩焼き。
お膳は紅白包みなます、かまぼこ、筑前煮、黒豆、栗入り赤飯、
蛤と手鞠麩の吸い物。
そして、懐石料理ではないが、鶏もも肉の香味あんかけ。
 
食後にはお抹茶と金沢のお菓子で『友禅ごろも』
(白玉ぜんざいはお腹がいっぱい過ぎてパス)
 
ラストは娘夫婦が買ってきてくれたフルーツ大盛りケーキと紅茶。
 
お昼の12時、ダンナが駅前まで車で迎えにいき、長女夫婦とベイビー、
そして、次女がいっぺんに我が家にやってきた。
 
まず、娘ふたりはお食い初めのお膳を見て、歓声を上げ、拍手。
 
そして、やおら、スマホを取り出し撮影会だ。
 
どうやら完璧主義の名に恥じないようにと頑張った甲斐があったようだ。
 
ザ・日本の料理って感じでまとめてみたけど、
私としては「自分の娘達の時にさえしなかった行事を楽しんでやりました」という感じ。
 
それは祖父母の代だからこその余裕かも。
子育て世代は過中にあってそれどころじゃないものね。
 
みどり児が生まれて100日。
 
早いようで、結構、毎日大変だったろう。
昔はここまで育つとやれやれと思ったからこその100日のお祝いだ。
 
今までとはがらりと変わった生活に若いふたりも少しずつなじんで、
赤ちゃん中心の生活に慣れてきたみたい。
 
時々はこちらにも成長ぶりを見せてもらって、
小さな命の輝きのもたらす歓びと癒しをお裾分けしてもらおう。
 
そのためにばぁばは黒豆も煮るし、お赤飯も炊きますよ~。
 
もうすぐ離乳食が始まるというから、
お食い初めの口につける真似ごとじゃなくて、
本当に食べる日もそう遠くはないだろう。
 
日本の食文化の良さを伝えるのは、私の役目と、
頼まれてもいないのに密かに心に誓う『孫のお食い初め』であった。
 
 

2017年9月13日水曜日

お食い初めの準備

 
 
 
 
 
 
9月17日、初孫の志帆が生後100日を迎えるので、
その日に『お食い初め』のお祝いをすることになった。
 
『お食い初め』のお祝いは、志帆の親である長女達が行うもので、
そのまた親である私は、本来、お呼ばれする側だと思うのだが、
「料理関連はよろしく」ということで、こちらに丸投げされてしまった。
 
実は自分の娘が生まれた時は、二人とも海外転勤の真っ最中だったので、
私自身は『お食い初め』なるお祝いはパスしてしまって、
どんなことをするのか、どんなものを用意するのか、全く知らない。
 
そこで、ネット検索したところ、
いろいろな人が作った『お食い初めの料理写真』というのがぞろぞろ出てきて、
それを見ている内に、参考になっただけではなく、
ムラムラと闘志が湧いてきた。
 
お宮参りの時の記念品として、
伊勢山皇大神宮でいただいた『お食い初めセット』なるものも娘のところにあったが、
娘に写メして送ってもらうと、
漆のものではなく、4点すべてが白い陶器に花車の絵が描かれたもので、
私の思い描く『お食い初めの器』とはちと違った。
 
そこで、家中の漆の器を引っ張り出して、漆の角盆の上にセットし、
陶芸工房で造った陶板の大皿を、鯛の塩焼き用に使用することにした。
 
しかし、お祝い用の『祝い箸』と紅白の敷紙は地元のデパートやスーパーでは
手に入らなかった。
そうしたものは季節商品なので、お正月が近くならないと置かないらしい。
 
そこで、『結納』のアイテムを扱うコーナーがある横浜高島屋ならと思い、
昨日、雨の中出掛けると、
思った通り、両方とも高島屋で手に入れることが出来た。
 
ネットで鯛のしっぽに水引のついた紅白の紙が巻いてある写真を見つけ、
格好良かったので、
それに近しい感じにしようと、100均で買った祝儀袋を解体して、
水引のかかった鯛の胴巻きも自主制作した。
 
そして、何と言っても嬉しかったのは、
今週、最寄り駅のデパートで開催の『金沢名品展』で、
朱塗りの蓋付きの器に出会えたことだ。
 
骨董屋コーナーの一角にあったその器は未使用のもので、4客しかなく、
しかも煮物椀というには直径が12センチぐらいしかない。
 
5客揃ってなんぼの和食器なのに4客しかないせいで、
1客3000円と破格にお安い。
 
朱塗りの蓋には、松と鷹の金蒔絵が施され、
蓋の持ち手の部分が均一ではなく、まるで月のようなデザインでしゃれている。
 
小ぶりなので、お食い初めのお椀として使うのにぴったりだ。
 
初孫のために用意した初めての食器。
 
「一生、食うに困らないように」の願いを込めて行われるお祝いに、
まるで武家のお姫様が使うような朱塗りに金蒔絵のお椀とは・・・。
 
銀のスプーンをくわえさせるのもいいけど、
それは西洋の儀式だから、
日本人の子どもとして、これ以上ふさわしいものはないのではなかろうか。
 
歯が丈夫になるようにと神社の黒石で歯茎をこんこんするとか、
梅干しが何とかというのには興味がないので、パスすることにし、
私の考える『お食い初め』の器が揃った。
 
作るお料理は『鯛の塩焼き』『お赤飯』『はまぐりの潮汁』『紅白なます』・・・とか。
 
まるでお正月のおせち料理とそっくりだ。
 
そういうことならと、近所の魚屋さんに仕入れをお願いしたり、
買い出しをいつして、いつ作るかなど、段取りをするのも楽しい作業だ。
 
ついでに色紙に毛筆で『お品書き』を書き、
赤い扇に鶴がついているお正月のお花用の飾りが家にあったので、
柄の部分を色紙の裏に木工用ボンドで留めてみた。
 
大して上手な文字でもないが、雰囲気だけは出たので、
お食い初めの演出と記念品としてはなかなかいいのではと自己満足。
 
こんな感じで、久々に家の大掃除もしたし、器も揃ったので、
あとはお料理当番をして、
日曜日、孫の生誕100日を心からお祝いしようと思っているばぁばなのであった。



2017年9月10日日曜日

表千家 天然忌と且座と茶通箱

 
 
 
お茶のお稽古のひとつとして、『天然忌』といって、
七代目の家元如心斎の威徳を偲ぶお茶事が行われた。
 
更に、七事式といって普段のお稽古ではまったくやることのない、
茶道のお遊びである『且座』と、
お免状ものの『茶通箱』というお点前も教えていただくという盛りだくさんな内容。
 
いずれも5人は揃わないとできないものなので、
通常のお稽古日ではなく、日曜日に招集をかけ、全員キモノ姿で参集した。
 
気温30℃になろうかというお天気でも、お茶の世界では9月上旬は秋なので、
夏の着物ではなく、単衣の着物を着用。
 
帯は私は夏帯にしてしまったが、
絽つづれなる夏から秋へと移行する今しか使えない帯の人もいて、
お茶の世界は体感気温の通用しない世界と再確認。
 
まずは振りわけられた役の下準備を整え、『天然忌』のお茶を献上する。
 
お茶室のしつらえは、お棚が竹台子だったので、
すべての所作はこのお棚のルールに従って行われる。
 
私の役はこの時は正客だったので、点てられたお茶を床の間にお供えした。
このお点前をを「お茶とう」という。
 
床の間には丸だけが書かれた「円相」のお軸に小さく天然の文字が・・・。
訊けばこのお軸は『天然忌』の時にしか使えないとか。
 
茶花は青磁の花器に活けられた大きくて真っ白な芙蓉の花一輪。
 
今朝、やっと一輪咲いて、今日の日に間に合ったとか。
(天然忌には白の芙蓉の花と、お家元では決まっているとか)
真っ白な芙蓉もこの日のためだけに先生がお庭で育てていると伺って、
またまたビックリ。
 
おなじ芙蓉でも、
底紅のものや、ピンクのものでは駄目だという先生のこだわりはハンパない。
 
茶花は花屋さんで売っているわけではないので、
お茶の先生は自宅の庭に茶花を育て、
うまく四季のお茶事に合わせて自分の庭の花が咲かないときは、
花切りばさみを手に、
近くの野山によじ登ったりするらしい。
 
写真の花は『且座』の時、正客がその場で活けたもので、
中央の大きな葉っぱは玉紫陽花という秋の紫陽花の葉で、
花は真ん中の紫の花である。
 
『且座』というのは、回り番で、
お花・お炭・お香・濃茶・薄茶と五人がそれぞれお点前するもので、
この時の私の役は亭主だったので、濃茶を点てた。
 
ここまでが午前中で、早くもグッタリだったが、
お昼ご飯のお弁当をいただき、午後は『茶通箱』。
 
全員がこのお点前のお免状は持っているので、
有資格者だけで行うお稽古ということになる。
 
『茶通箱』の時の私の役は正客だった。
 
『茶通箱』はお茶席に2種類のお茶を持って出て、続けて2服濃茶を点てるので、
タイミングを計って、拝見を所望したり、お訊ねをしたりして、
お客さん側とはいえ、いろいろ途中でパフォーマンスがあるので、
覚えることとやることがてんこ盛りだ。
 
結局、三種類のお稽古で、午前に午後に計6時間は畳に直の正座だったので、
終盤はやはり修行のような気分。
 
お茶は好きで続けているのだけれど、
こうなるとなかなかに苦しい・・・。
 
今年から始まった新しい先生のところのお稽古は、
先生の熱意がずんずん伝わってくる分、
それに応えられるよう、もっと勉強しなければと思わされた1日だった。
 
しかし、家に戻って、帯をほどけば、大きなため息と共に、
そんな決心はもろくも崩れ、
冷たい麦茶を飲み干し、速攻、Tシャツ短パン姿の私がいる。
 
非日常に身を置く幸せは、
凡人には6時間が限界なのであった。

2017年9月7日木曜日

お茶の世界は秋本番

 

 
8月の下旬から9月の初めにかけ、「文学と版画展」があったため、
1週間に4回も銀座に通ったせいか、
最近、急に心理カウンセリングのご要望を受けるようになって、
9月1日から6日までに5回もカウンセリングのクライアントさんと会ったせいか、
はたまた、
非常勤講師をしている学校のテストの答案用紙が送られて来て、
採点のために3日間、缶詰めになっていたせいか、
とにかく、ここ数日、疲れが溜まっていると感じていた。
 
そんな体にむち打って、
9月最初のお茶のお稽古に北鎌倉まで出掛けた。
 
今月のお点前はどんなお棚かしらと、お茶室に入ると、
床の間には籠の花器に秋のお花が生けられていた。
 
籠の花器はサザエ籠。
お花はすすき、角虎の尾、ほととぎす、金水引、ともうひとつ。
 
先生に教えていただいたが、名前を覚えきることが出来なかった。
 
筆跡が豪快なお軸は「明歴々露堂々」
 
禅語で、すべての存在が明らかに、すべての物事が現れているさまで、
そのままの姿のすべてが真理の表れであるという意味だそうな。
 
分かったような分からないような・・・。
 
しかし、とにかく、毎日、仕事と雑事に追いまくられていた私にとって、
先生が9月に入ったからとしつらえてくださったお茶室の空気が、
「何を毎日、バタバタと過ごしているの。季節は早、秋に移ろっているのよ。
しばし、心を落ち着けて、まあ、一服召し上がれ」といっているようだった。
 
鞄にお茶のお稽古用信玄袋と、カウンセリング用ファイルなどを
ぎゅうぎゅうに埋め込み、
うっかり白いソックス(足袋の代わり)を持ってくるのを忘れた私だというのに、
「たまには後炭をやってみましょう」と、
なじみのないお点前をお稽古させてくださった。
 
日常から離れ、茶室という異空間に身を置いて、
朝から晩まで段取り段取りで動いていた最近の私の胃に、
同胞が点てたお濃茶の甘みと渋みが静かに染み渡る。
 
忙しさを日々の充実と思っていたけど、
「明歴々露堂々」的にはどうよ?
 
しばし疲れた頭を冷やして、じっくり意味を考えたが、
やはり、よく分からない。
 
言えるのは、お抹茶でもいただいて、
心と体を少し休めようと思う今日この頃だということだ。

2017年8月29日火曜日

第3回 文学と版画展始まる

 
 
 
 
 
銀座6丁目にあるギャルリー志門という画廊で、
第3回 文学と版画展が始まった。
 
昨年から参加メンバーに加えてもらって、自分でも楽しみにしている展覧会だ。
 
この展覧会は、版画家自身がまず、1冊の本を選んで、
自分の作品を本の装丁に使って表紙を作るというもので、
会場には額に入った作品は勿論のこと、
その額の下に白い棚が設けられ、そこに装丁がかかった本も展示されている。
 
版画家は時には依頼を受けて、本の表紙に絵を提供することもあるが、
大抵は出版社が表紙を制作する部門を持っていて、
そこのデザイナーが表紙や帯をデザインする。
 
だから、まず1冊の本を選ぶところから始まって、
表紙にどのように作品を入れるか、文字はどうするかなど、
普段とは違う作業の連続なのが、楽しい。
 
だれがどの本を選ぶのか、興味津々で、
小難しい哲学書を選ぶ人もいれば、童話を選ぶ人もいて、
その人の人となりがよく現れる。
 
私の場合は、「女流作家であること」、「自分が好きな文学であること」を条件に
本の選定をして、
その本の内容を意識した作品を創っている。
 
自分の作品ありきで本を選ぶ人もいるが、私は文学の方に敬意を払っている。
 
去年は瀬戸内寂聴の「爛」を選んだが、
今年は小池真理子の「沈黙のひと」である。
 
内容は小池真理子自身の父親がパーキンソン病を患い、次第に歩けなくなり、
話すことが出来なくなるのを側で介護しながら、
父親は人としてどう生きたのか、男としてどんな人生があったのかなどを
驚愕の内に知るというものだ。
 
それに対して、私の作品は、
人がパーキンソン病をいう抗いがたい病を得ることに思いを寄せて、
いつもより静かな絵柄、しかし、色味は情熱を秘めているものにしようと考え、
創った作品が「ふたり静かに」である。
 
また、本の「沈黙のひと」というタイトルもいいと思った。
 
本の表紙としては、横キャンの絵柄を真ん中で分断し、
表表紙と裏表紙に分けて使っている。
 
背表紙とそれに続く裏表紙の一部をベージュ色にし、
バーコードやメールアドレス、
「文藝春秋」ならぬ「文藝季満野」という文字を配した。
 
本当に文藝春秋から発行されている訳ではないから、
それっぽく見えるためのユーモアである。
何もないと間が抜けるからねぇ・・・。
 
という感じでギャラリーのオーナーと相談しながら、印刷から上がってきた表紙は
とてもいい出来上がりで、
書店にもし並んでいたら目を引くだろうと思える美しい表紙になった。
 
誰か出版社の目に止まって、表紙のデザインの依頼が来ないかな~と思うのは
去年も今年も同じだが、
こういう課題の出される展覧会に参加する楽しさも同様だ。
 
去年はオープニングパーティに出ても知らない作家ばかりだったので、
なじめない空気を強く感じた(意外と人見知り・・・)が、
2回目の今年は徐々に顔見知りも出来、打ち解けてきたので、
この企画展のメンバーとしてしばらくやっていこうかなと思っている。
 
「文学と版画」
 
印刷が発達する前は当たり前に密接な関係だった「文学と版画」を
あらためて自分の作品で結びつける機会を得、
人の文学作品に啓発されて版画作品を創る楽しさを味わっているところだ。
 
展覧会として、とても展示そのものが美しく、面白いと思うので、
銀座にお出かけの際は、ぜひ、お立ち寄りください。
 
ギャルリー志門
中央区銀座6-13-7 新保ビル3F
 
2017年8月28日(月)~9月2日(土)
11:00~19:00(最終日は17:00まで)
 
なにとぞ、宜しく!