2021年1月20日水曜日

オーママの味

 















3日間の版画の摺りの後、
次の日の火曜日は「シポリンワーク」の日であった。

カレンダーと相談しながら、
もし、摺りが終わらなかったら、
娘のところに行くのは1日ずらしてもらおうかとも
思っていたが、
何とか、月曜日中に摺り作業は後片付けまでできたので、
予定通り、火曜日に娘宅のご飯作りに向かった。

いつもなら、娘からは日曜日に希望するメニューと
揃えた材料が
長いLINEメールで送られてきて、
私は足りない材料やもう何品か考えたメニューの分を持って、
娘の家に向かう。

しかし、今回は摺りのせいで、体も頭もクタクタで、
新しい1品を考えたりする余裕はなく、
にんじん1本だけ、家の冷蔵庫から持ち出し、
朝イチで美容室に行き、ランチを済ませ、
娘の家へと電車に乗った。

というわけで、なんとか10品作ったのだが、
新味は全くなく、
既視感のある写真ばかりになっているが、
これがどっこい、シポリンにとっては
「おふくろの味」ならぬ「オーママの味」に
なっていたようだ。

今回のメニューは
「とんかつ」
「キャロットラペ」
「レンコンとサツマイモと豚肉の甘辛煮」
「サーモンのバターモンテ」
「ポテトのチーズ焼き」
「きのことピーマン、山芋のガーリック炒め」
「レンコンのきんぴら」
「真鱈の甘みそ焼き」
「ほうれん草とえのきのお浸し」
「ミネストローネ」
以上10品

要は和物と洋物をうまく織り交ぜ、
肉と魚が両方入ること、
野菜の種類も豊富に緑黄色野菜と根菜の両方入ること、
彩がいいこと。

特徴はこんな感じだ。
インスタ映えするとか何とかより、
彩のいい取り合わせは
栄養のバランスもいいはずだからである。

基本的には現在3歳半の志帆が美味しく食べられることが
第一条件なので、
大人しか食べられない味付けにはしないし、
生野菜はほとんどまだ食べさせていないので、
サラダがない。
例外はミニトマトで、
これだけは毎食、かなりの粒数食べているので欠かせない。

夕方、ママがベイビーを置いて
志帆の迎えに行く。
その間は料理の手を止め、ベビーシッターになるわけだが…。

戻ってくると、手洗いと着替えをし、
早々に「ごはん食べたい」と言ってくるので、
それまでにテーブルに10品揃え、
写真撮影も終わらせる。

大人にとっては早い時間だが、6時前から食卓に着き、
昨日も女ばかり4人(ベイビーも含む)で、
夕飯が始まった。

志帆はテーブルをぐるりと見渡してから
食べたいものを指定して、
お皿に取り分けてもらう。

必ず入るのが、
「ポテトのチーズ焼き」
「キャロットラペ」
「とんかつ」
「レンコンとサツマイモと豚肉の甘辛煮」
「レンコンのきんぴら」
あたりか。

かなりの量がすでにプレートに乗っているが、
娘としてはミネストローネも食べさせたいところ。

「それは明日の朝でもいいんじゃない」と私がいうと、
ママの「どうする?ミネストローネもいる?」
と訊く言葉に対し、
「それは明日の朝でいいんじゃない」と志帆は答える。

すぐに大人の言葉をオウム返しに使うので
怖い怖い!

順調にポテトのチーズ焼きととんかつを
上手にお箸で挟んで食べだす。

「お箸、上手になったわね」と褒めると
即座に脇に置いてあった子供用スプーンを私によこし、
「これはもういらないの」という。

そして、キャロットラぺもお箸で器用につかんで
食べだした。

キャロットラペに関しては
事前に娘からおもしろいエピソードを聞いていた。
「志帆ったら、私が作ったキャロットラペを一口食べて
吐き出したのよ。失礼しちゃうわ!」と。

すると、私のキャロットラペを食べながら、
「ママの作ったキャロットラペ、
この前、お口から出しちゃったのよ~」と、
ニコニコして言う。

「え~、そうなの。なんで出しちゃったの?」と訊くと
「お味がないからなのよ。
ママ、ちゃんとお味つけてくださ~い」ときた。

どうやら、最初の下処理の塩が足りず、
人参臭さと硬さが残っていたようで、
私の作ったものとは違うと感じたらしい。

私の作るキャロットラペは
手で切った千切りの人参に塩をして
水気が上がってきたら、水気は捨て、人参を軽く絞る。
オリーブオイルと野菜ジュースとレモン汁を乳化するまで
よく混ぜて、人参と和える。

ドレッシングに塩は入っていない。

干しブドウは水で膨潤させ、人参と混ぜ、
あれば、上にローストしたスライスアーモンドを散らす。

自宅で作るときは
干しブドウはラム酒で膨潤させている。

訊けば、娘はスライサーで人参を千切りにし、
塩はほんのひとつまみ、
干しブドウはそのまま和えたらしい。

きっと、人参の食感、塩味、人参臭さ、
干しブドウと人参とのなじみ具合など、
いくつかの要素が私のものとは違ったのだろう。

それを敏感に舌で察知し、
一口食べて吐き出すとは…。
恐るべし3歳児。

こうして、とんかつも気に入り、
ポテトのチーズ焼きもお替りし、
レンコンもシャリシャリといくつも食べた。

3歳児の知能と味覚が
こんな風に日々、形成されていくんだなと実感し、
笑えるエピソードの中に
大人の責任を感じた。

好きなものなら、
3歳でも「キャロットラペ」と発音し、
数々の料理の名前も覚えていく。

食べたい一心がお箸もあやつり、
取り分けた分をきれいに食べることを覚える。

食育が生活の基本とか言われているが、
オーママの味が数値では表せない大切な何かを
育んでいるんだと思い、
孫を育てる一端を担う面白さと共に
責任を感じた夕ご飯だった。
















2021年1月18日月曜日

有言実行

 









土曜日から月曜日まで、
1歩も家から出ず、アトリエに籠って、
木版の試摺りと本摺りを決行した。

試摺りは1度はとっていて、
大体のイメージは掴めていたのだが、
金曜日に舟越桂の展覧会を観て、
大変刺激を受け、
もう一度、試摺りをとらなければという気持ちになった。

舟越桂の木彫の美しさ、
自分の作品も今回は彫り跡を生かした部分がたくさんある。
そこを大切にして、
画面で生きるように摺りたいのだ。

第3土曜日は陶芸の作陶日だったが、
1週間ずらしてもらい、
丸々3日間の時間を確保した。

買い出しも済ませてあるので、
完全に摺り師・季満野の態勢は整った。

土曜日に朝から今一度、1からの試摺りをして、
微妙に迷っていた部分の修正を加え、
イメージを固めていく。

土曜日の午後3時過ぎ、
本摺り用の和紙を湿し、
本摺り用の絵具を調合した。

本摺りの日は
そこで絵具をチューブから出して、他の色と混ぜたり、
水で溶いたりはしない。

本摺りの日はひたすら摺ることだけに集中する。

日曜日、朝5時半に目が覚めたので、
そのまま起きて、
朝飯前の摺りを始めることにした。

自然に目が覚めることが肝心で、
目覚まし時計は使わない。

普通の日は起きたら、
まず、朝食を作って食べるわけだから、
朝飯前の作業はノーカウントというか、
自分の中では「お得な作業」という位置づけだ。
(よく意味が解らないが、気分的にそんな感じ)

2時間、摺りをしてから
7時半に朝ご飯を作り、食べたので、
2時間で進んだ摺りは、
今日の予定の中で、お得に済ませられたというわけだ。

朝食で気分をリセットし、
午前中の作業開始。
(いよいよここから始まるという気分)

1日目は平摺りといって、1版目のたいらな摺りが
延々と続く。
木版は想像以上に力仕事だ。

作業は畳に置いた版木に向かって、前かがみになり、
ばれんを持つ手に全体重をかけ、
腕全体を使って摺る。

1度ではつぶせないので、
2度ずつ、絵具をのせては摺る、
絵具をのせては摺るを繰り返し、
均一な画面を作り出す。

その作業の果てに
腕は肩甲骨からずり落ち、前にズレるせいで、
手が後ろに回らなくなる。

トイレに行ってもウ〇チはしてはいけない。
なぜなら、手がお尻に届かないので、
拭くことができないからだ。

腰は90度とは言わないが、
75度ぐらいに曲げた状態で力を入れ続けるので、
気が付けば、ギックリ腰かと思うような痛みを伴う。

ダンナが最近、医者でもらってきた
ギックリ腰用のロキソニンテープを分けてもらい、
腰と肘に貼るも、痛みが引くわけではない。

そんな満身創痍はいつものことなので、
半ば、快感と諦観の内に、
作業は粛々と進められる。

なにしろ本摺りは慎重さと集中力が勝負。
時間をかけ、イージーミスだけはしないように
全神経を摺りに捧げる。

日曜日に予定以上のところまで、
本摺りは進んだのだが、
ここで色気を出して、もう少しで終わるとかと考え、
先を急ぐとろくなことはない。

頭と体が限界を超えて、
凡ミスを誘発するからだ。

終盤のデリケートな作業は次の日に見送り、
一度は筆を置くことが
大人のかしこい判断というものだ。

こんな風に1日目の本摺りは
8割がた、摺り終えたところで手を止め、
乾燥を防ぐ作業を施した。

その後、夕飯の準備とお風呂、
そして、始まった「天国と地獄」の初回を観た。

綾瀬はるかも高橋一生も渾身の演技で、
「麒麟が来る」なんかより全然面白かった。
(つまり3時間ぶっ通しでテレビっ子)

月曜日、今日はさすがに朝飯前の作業はなく、
いつものように起きて、朝食作りから始まった。

体はバキバキで、手もしびれているが、
少し、手は後ろに回る。
よく寝たので、頭も回るはず…。

残りの作業は
前回の作品で失敗した細いラインと、
細かい葉っぱ、
背景の大きな2版目の摺りだ。

背景の2版目は
1版目の絵具が十分紙に浸透していないと
艶びけを起こし、思った彩度が得られない。

つまり、黒に近い濃紺をのせたのに、
下の色と混ぜたような鈍い色になってしまう。
そうしたことも防ぐために
1日寝かすということが必要なのだ。

全部、摺り終え、
多少、リタッチを加える。
あまりリタッチを加えるとせっかくの彫り跡の
意味がなくなるので、
隙間ができて紙の白がうるさいところだけ、
ほんの少し、絵具をのせる程度にする。

そして、無事、摺り上がった4枚を
板に水張りし、乾くのを待つ。

和紙は乾くときに縮むので、
テープで止めてあるので引っ張られ、ピンと張り、
摺りの時にできたヨレヨレがシャンとする。

その時、絵具の特性で
乾くと色が明るく白っぽくなるが、
それは想定内の出来事として、
摺る時の色は調合されている。

こうして4枚の本摺りが完成した。
今回はイージーミスをすることもなく、
落ち着いて摺り上げることができた。

コロナ禍に2人目の孫が生まれたことに創意を得て、
創ったばぁば作品。

1人目の時だけ創って、
2人目はパスではかわいそうなので、
こんな風に作品に残せてよかった。

明日は気を取り直して、
ばぁばご飯を作りにいこう。

毎日、何かを作っているような気がするが、
何かを作れることの喜びと
だれかに喜んでもらうことは幸せだと感じる。

この腰の痛みと腕のしびれは
その勲章ということなんだと甘んじて受けようと思う。

「ばぁば頑張ったで賞」進呈!



















2021年1月15日金曜日

胸に迫る「舟越桂展」

 











1月15日、真冬の寒さと曇天と。
こんな日ならと思い定めて、
展覧会巡りをしてきた。

たぶん2万歩近く歩いたのでは…。

横浜在住の私は、朝9時に家を出発。
まずは、渋谷の松濤美術館で開催中の
「舟越桂展」を観た。
次に銀座に移動し、2か所のギャラリーを訪問。

そこで「野見山暁治展」の招待券をいただいたので、
有楽町から東京駅まで移動し、日本橋高島屋まで。
そこでようやくランチ。
いつもは満席で座れない小籠包の美味しいお店は
今日はすきすき。

そこから東海道線で横浜駅まで戻り、下車して
画材屋で絵具を調達。
急ぎ自宅に帰り、
車を出し、スーパーに買い出し。

とまあ、どこが不要不急の外出はNGなのか、
東京じゅうを巡り歩いてしまった。

野見山暁治も御年100歳になる
日本画壇の重鎮なのだが、
それよりなにより
「舟越桂展」がすごかった。

舟越桂は1951年生まれの69歳だから、
まだ現役バリバリの彫刻家だ。

写真にある通りの木彫の作家で、
本の表紙などに使われたりしているので、
なじみのある方が多いかもしれない。

そんなまだ現役の作家が
入場料を500円とって
美術館で個展をするということが
どれほど大変なことか。
(野見山暁治は高島屋で1000円取っていたが…)

それは少し絵画について知っている人なら
想像がつくだろう。

とある人が、FaceBookで
「舟越桂、行ってきたけど凄かった」と書いていて、
これは是非、行かなければと思い立ったわけだが…。

実際に本物を目の前にすると、
その静かなたたずまいから、放たれた魂のようなものが
私を圧倒した。

木彫とはもちろん木が素材で、
舟越桂の場合は楠らしいが、
なぜ木なのかが手に取るようにわかった。

ミケランジェロが大理石を素材に
あのような華麗な彫刻を彫り上げたように、
日本人である舟越桂は木を素材に選び、
人をモチーフに、
深遠で唯一無二のメッセージを
伝えている。

木には木目があるわけだし、
それに彫刻刀を入れれば、木彫の彫跡が残る。
そのぬくもりがあるのにどこか乾いた質感の布のひだや
頭髪、肌の感触が、
日本人のDNAに組み込まれた何かを刺激する。

自分も木版画を制作しているが、
銅板でもリトグラフでも、油絵でもなく、
木を素材にしている木版なんだということが、
共通していると、嬉しくなった。

コロナのせいか、来訪者はほとんどいなかったので、
開館の直後に入場し、
じっくり観ることができた。

「お前もしっかり作品に向かい合えよ」と
作品に背中を押され、
後の展覧会の作品群は、実は上の空だった。

絵具はやっぱり今日中に不足分を買いに行こうと
横浜に立ち寄った次第だ。

スーパーの買い出しもこれからアトリエに籠るための
下準備。

私も木という素材を選び、
その彫り跡に魅せられたひとりなのだから、
それを次の作品で証明しなければ。

そんな思いがこみ上げてきている。

「理論化できないことは、物語らなければならない」
という言葉が
舟越桂の図録の冒頭にあった。

イタリア人の記号論学者・ウンベルト・エーゴの言葉
ということだが、
舟越桂はその言葉に強い光を感じたとある。

舟越桂と同時代を生き、
似たようなことを見聞きしている私も、
何か物語らなければと、
今、自分の作品を前に、そんな気持ちでいる。














2021年1月11日月曜日

新春リベルタ・ライヴ

 









2021年、初のコンサートというかライヴというか、
「トリオ・リベルタ ニューイヤー・サロン・コンサート」
と、銘打たれたミニコンサートに行ってきた。

今年初のコンサート、
しかも目の前で聴ける狭いサロンと聞き、
いそいそと着物で出かけることにした。

もちろんお目当ては
ヴァイオリニスト石田泰尚氏であるが…。

私は石田様とお呼びして、もう何年も追いかけているが、
石田様はヴァイオリニストとして
数々の顔を持っている。

どういうことかといえば、
石田様がどこのだれと演奏するかによって
違う表情を見せるということである。

例えば、
神奈川フィルのコンマスとしての石田様は
クラシックを演奏するオーケストラを音で束ねる長としての顔。

石田組の組長としての石田様は
男ばかりの若手弦楽器奏者を率いる組長としての顔。
(や〇ざではないのだが、その匂いがプンプン)

YAMATOの石田様は
キャラの際立つ弦楽器奏者4名の一人として、
バンマスとしてと、メンバーとして
バランスを取りつつの顔。

三浦一馬率いるキンテートの中の石田様は、
バンドネオンの三浦一馬という若きリーダーを立てつつも
ヴァイオリニストとしての確固たる立ち位置で、
観客を魅了する顔。

そして、本日のトリオ・リベルタでは、
ヴァイオリン・サックス・ピアノの3人編成で
ピアソラを弾きたいという熱い思いを共有しつつ、
圧倒的石田ファンの視線を浴びて、他の2人を振り切る顔。

今回はそのトリオ・リベルタのコンサート。

今年で結成20年になるというから、
まだ、学生上がりの頃から、
近い年齢の3人がバンドを組んで活動してきた。

演奏場所も大きなホールとかではなく、
一昨年、閉店してしまったKAMOMEのような
ライヴハウスや300名規模の小ぶりなホールだったので、
ますます学生臭さが抜けないというか、
ピアソラ同好会の匂いがプンプンの
石田様としては最もフランクな顔を見せるトリオといえる。

そもそもタンゴの演奏をしたくて始めたのに、
バンドネオン奏者がはいっていないし、
サックスの松原さんが入っているあたりからして、
同好会的なのだが、
それがトリオ・リベルタの魅力というか、
この3人の音楽にサックスがいないなんて考えられない。

本日のプログラムも
1部はモーツアルトだのドビュッシーだのだったが、
2部はほとんどピアソラだった。

ピアソラでないものも
アレンジがタンゴになっていて、
当然、熱の入りようも2部の終わりに近づけば
近づくほど熱くなっていき、
最後から2曲目の「バルダリード」(ピアソラ)が
最も石田様の顔が恍惚としていた。

私と友人は
70名しか入れない小さなサロンの3列目に席が取れたので、
至近距離でその表情を拝顔しながら、
2021年最初の石田様のヴァイオリンに聴き入った。

アンコールは4曲。
内、2曲目の最初で
石田様が「あ、間違っちゃった」と言って
演奏を辞め、
3人で最初から弾き直すなんていうハプニングもあった。

初めて見るミスった石田様。

まるで私の芸大時代、
道を隔てた音校の奏楽堂で学生が弾いている演奏みたいだ。

ミスったメンバーを他のメンバーが
ニヤニヤ笑いながら、
「しょうがないなぁ」という感じでやり直す。

そんなことが許されるのが、
トリオ・リベルタの空気といえばいいのか。

今日のリベルタは
サックスの松原さんの出来がとてもよく、
久しぶりに見たら、また、一回り大きくなっていたが、
体重が音にのって、キレもいいし、迫力もあった。

ピアノの中岡さんは
ちょっと雑なピアノで、
繊細なヴァイオリンを時折、ぶち壊していたから、
今頃、石田様が何か文句を言っているかもしれない。

でも、お前だって間違ったじゃないかと
学生時代の内輪もめになっているのか
いないのか。

まあ、そんなことが言い合えるような3人だから、
20年も続けてこられたのかもしれない。

ファンとしては
年の初めに、手を伸ばせば届く位置で
石田様を拝め、
二礼二拍手一礼という感じ。

ピアソラ生誕100年の今年、
コロナ禍をかいくぐって、
何とか石田様の演奏を聴く機会がありますようにと
願っている。














2021年1月7日木曜日

映画鑑賞「えんとつ町のプぺル」

 



午前中に1本カウンセリングがあり、
そのまま丁度いい時間の流れで、
映画が観られそうだったので、
駅前のTOHOシネマで「えんとつ町のプぺル」を
観ることにした。

緊急事態宣言が出されると、
8日0時からの分はネット予約ができなくなるので、
6日の内にネット予約し、
7日の昼過ぎの回を取った。

予約した時も、他に誰一人予約している人がいなくて、
どうしたんだろうと思っていたが、
当日の正に今から映画が始まるという時間になっても、
なんと300席あるスタジオに観客が6名だった。

映画館のチケット売り場もガラガラだったし、
スクリーンのあるスタジオもガラガラで、
びっくりだ。

まるで貸し切り状態で、
私は最後列の真ん中に陣取り、
映画は始まった。

この映画はお笑い芸人だったキングコングのひとり
西野亮廣が監督・脚本を務めているが、
映画の前に絵本が出版されて、大いに話題になっていた。

物語はえんとつの林立する煙に覆われたえんとつ町に
住む少年ルビッチと
ハロウィンの日に出会ったゴミ人間プぺルのお話。

物語の内容も素晴らしいのだが、
その美しい映像、
えんとつ町の描写に驚かされる。

昨今、アニメーションの映画はいろいろあるが、
ディズニーでもないし、鬼滅でもないし、
天気の子でもない、
本当に幻想的で色調豊かな世界が
延々と続いて、楽しかった。

声優はルビッチが芦田愛菜、プぺルが窪田正孝、
他にも鉱山泥棒スコップに藤森慎吾、
ルビッチのお父さんに立川志の輔など、
映像を見ながら、
もしかして…と、誰がやっているか分かったのだが、
いずれもはまり役でとても上手だった。

いずれも声優ではないのに
そのキャラにはまっていて凄いなと思う。

物語自体は
誰も見たことのない世界、
誰も信じていない世界をみんなに見せたいと願う
ルビッチとプぺルが行動を起こすというもので、
このコロナ禍で不自由な世の中にあって、
閉塞感に満ち、鬱屈した心に、
夢を持つことをあきらめないでと誘っている。

えんとつの煙に覆われ、
その上にどんな世界があるのか知らない住民たちという
設定は
2020年からのコロナによって閉じ込められた世界と
共通する部分があって、
観た者にいろいろなことを考えさせてくれる。

えんとつの煙に覆われるような国になってしまった
理由というのも映画の中で分かってくるのだが、
その理由も
現代の世の中を示唆しているようで、
奥深く考えることができるだろう。

不要不急の外出は、明日から制限されるようだが、
まるで貸し切り状態の映画館は決して密ではないし、
誰もいない場所で、
静かに思いを巡らせながら鑑賞するには、
とてもいい映画なのではないかと感じた。





2021年1月6日水曜日

ホームページとGoogle対策

 



心理カウンセラーのカウンセリングルームを運営するにあたって
10年近く前から、ホームページを開設している。

私の場合はどこかにカウンセリングルームを借りて、
看板を掲げているわけではない。
駅前の貸し教室運営会社の討議室を、都度、借りて、
そこにこちらも患者さんも出向いて、
カウンセリングを行っている。

患者さんはカウンセリングをどこかで受けたい時、
検索ワードを何かしら入力して、
出てきた心療内科やカウンセリングルームの中から、
ここがいいかなと思う場所やカウンセラーを選び、
ホームページを介して申し込みをしてくる。

心理カウンセリングを受けたいという人は
何かしら心の悩みを抱えているわけで、
どちらかといえば、人には内緒にしておきたいことなので、
どこの心療内科はいいわよとか、
あのカウンセラーさんはとても親身になってくれたなどと、
口コミで広めてくれる可能性は極めて低い。

そうなると、何を基準にカウンセラーや
カウンセリングルームを選ぶかの視点では、
ホームページの良しあしが重要になってくる。

私が初めてホームページを開設した頃は、
業者に頼んで、ホームページを作ったら、
そこにSEO対策といって検索ワードがひかかりやすい
工夫がなされており、
依頼者である私がホームページに対してできることは
ほとんどなかった。

できることは、ホームページにぶらさげたブログを
なるべく頻繁に更新することぐらい。

検索エンジンのGoogleは
動いているホームページをいいホームページと
判断するからと教えられた。

しかし、ホームページの文言そのものは専門知識がないし、
管理している業者でない限り触れられないようにできていた。

だが、時は流れ、
最近のホームページはホームページの持ち主自身が
記事を書いて、ページをたくさん増やすことを
求められている。

検索にひっかかりやすく、順位が上の方にあり、
検索した時にすぐ見つかるホームページに
するためには、
当事者がホームページ本体を積極的に動かしている、
そんなホームページであることを
求められているのだ。

私が「ランディングページ」というその方式に変更し、
新しいホームページ制作会社と契約してから、
約1年経つ。

この間、短い記事を書いてはアップすること、
35~36本。

これだけでもけっこう頑張ったと思っていたが…。

更に、昨今ではGoogleの評価を得るためには、
集客に絞った記事ではだめだということが
分かってきた。
(と、別の制作会社の人から説明を受けた)

今度はもっと長くてしっかりした
心理カウンセリングや心の悩みそのものに
焦点を当てた記事が必要だといわれてしまったのだ。

GoogleはAIを使って
世の中にあまた溢れているホームページを閲覧し、
評価し、順位を上げ下げしているという。

そこでは、まるで論文のような内容の記事が
そのホームページの価値を決めるとかで、
この1年で何十回も更新してきた記事では、
評価をあげるには、少し弱いということだった。

そこで、3000文字ぐらいの原稿を書き、
それを自分の手で
ホームページに投稿するという作業が必要になった。

まずは3000文字の原稿に何を書けばいいのか、
心理カウンセラーとしての力量が問われている。

次にパソコン作業の知識、
ホームページに関するノウハウなど、
決して得意分野ではないジャンルも
ひとりでこなさなければならない。

一応、ホームページ制作会社のサポートチームに
電話をかければ、
遠隔操作で教えてはくれるのだが…。

それでも、質問そのものを簡潔にまとめ、
どうのように質問すれば、速やかに解決にもっていけるのか、
そこにも力量が問われている。

正月明け、先方の仕事始めの今日、
その質問の電話を2度かけることで、
何とか、その長い論文のような記事を
ホープページにアップすることができた。

私の2021年の仕事始めは
昨日のカウンセリングだったのだが、
今日のホープページへの記事掲載の方が
何倍も達成感がある。

さて、この記事を載せたことの反応はいかに。
1か月か2か月後かわからないが、
この記事を読んだ読者がクライアントさんとして、
我がカウンセリングルームに来訪することを
心から願っている。

日々のストレスから心の悩みを抱えるのが人間だが、
私にとってのストレス、パソコン業務が、
今日はひとつ解決でき、
とても晴れ晴れとした気分である。




2021年1月5日火曜日

3密回避で初詣

 











2021年1月4日月曜日、
仕事始めの人も多いと見込んで、
この日に次女とふたりで初詣に行くことにした。

次女の仕事始めは3連休明けだというので、
長女ファミリーが3日に帰っていった後も、
もう1日、実家に滞在していたからだ。

時間帯はいつぐらいが空いているのか
想像しながら、ちょうど12時ぐらいに着くと、
伊勢山皇大神宮は思いのほか空いていた。

七五三で2か月前に来た時より、
昨年の初詣より、
断然、空いていて、拍子抜けしたほどだ。

私たちは列に並ぶこともなく、
さくさくとお参りし、
おみくじを引き、
あっという間にお神社を後にした。

天気はこれ以上ない上天気で、
冬の青空が突き抜けるように広がり、
日差しが温かかった。

伊勢山皇大神宮は
横浜・桜木町の丘の上にあるのだが、
そこからこれぞ横浜というような景色を見ながら、
みなとみらい地区に入っていった。

更に新しく開発された地区に行こうということになり、
「横浜ハンマーヘッド」という
ショッピングモールというかレストラン街まで
かなりの距離を歩いていった。

そのエリアに着くまでも、人がいないという点では
伊勢山皇大神宮どころではなく、
閑散としているという言葉があてはまるほどだ。

天気がよくて、
建物が美しくて、
海や船などの写真映えするアイテムが揃っている上に
人がいないので、
どこをどうカメラで撮っても、
まるで素材写真のような美しさだ。

私たちは澄んだ空気とポカポカの日差しを浴び、
しばしコロナ禍の真っただ中ということを忘れ、
ひさしぶりに空気を胸いっぱいに
吸い込んだ気がする。

ハンマーヘッド周辺には
外国のビールを数多く扱っているセブンイレブンや、
横浜銘菓クルミっ子やありあけのハーバーを
その場で作っている大きな工房を併設した
おしゃれなカフェがあったりして、
異国情緒が感じられる造りになっていて、
とても面白かった。

パティシエ学校の生徒さんを
2年連続でクルミっ子の会社に
就職先として送り込んでいる私としては、
我が子(?)がいるんじゃないかと、
ガラスの向こうに立ち働く人を眺めてみた。
知り合いらしき人は見つからなかったが…。

横浜に住んでいても、案外、知らないエリアは多く、
トレンディドラマに出てくるような景色も
あらためて見ると本当に美しい。

少し西に日が傾き、
風がやや冷たくなってきた。

にわかにまた、
緊急事態宣言が発令されそうな気配を前に、
2021年の行く末を案じながら、
帰宅の途に就いた。

さあ、自分のこの1年はどうなるのか、
家族それぞれの1年は平穏に過ぎていくのか、
新しい出会いや仕事の転機が訪れるのか。

とにかくコロナにだけはかからないように
注意して、
健康でありたいと願った初詣である。