2017年12月9日土曜日

銀杏の会 田園調布のサロンにて

 
 
 
 
 
 
5回目となる銀杏の会が、田園調布にあるみぞえ画廊で始まった。
 
銀杏の会の始まりは銀杏忌の会と言い、
版画界の巨星・駒井哲郎氏が亡くなった約40年前に遡る。
最初は駒井哲郎さんを偲んで始まった会で、集まるメンバーも何らかの形で
生前の駒井哲郎とご縁のあった人ばかり。
 
版画を教えてもらったことがあるとか、芸大の先輩後輩だったとか、
同じ会に所属していて切磋琢磨したとか、
私のように大学の学内でお目にはかかったけど、
結局、教えを請うことはなかったとか・・・。
 
しかし、その会も33回忌を迎え、だんだん、生前の駒井哲郎には会ったことも
見たこともないという人が増え、
偲ぼうにも知らない人ばかりになってしまったのを機に、
名前を銀杏の会とし、今の形に変化した。
 
現在は田園調布にある日本建築の大邸宅の中に画廊機能を持ち込み、
みぞえ画廊と称して、展覧会や絵画の売買が行われている画廊で、
年に1回、この時期に展覧会が催されることになった。
 
作品は邸宅のお部屋のそこここに飾られ、
ギャラリー空間としての部屋はない。
 
時期は銀杏忌の会、つまり、駒井哲郎が亡くなった日にちと重なるので、
田園調布の銀杏並木も黄金色に色づき、散り敷いた銀杏の葉で、
黄色い絨毯になっている。
 
今日はオープニングパーティだったので、
今回のテーマ『贈り物としての作品展』にちなみ、
獨協大学の教授・青山愛香氏による『デューラーのメランコリアを読み解く』という
講演が2時から1時間、行われた。
 
『デュ-ラーのメランコリア』は 
メランコリックな表情やしぐさといえば、ほおづえをついて、1点をみつめるポーズを
思い浮かべる人も多いと思うが、
正にそのポーズをとった女性が描かれ、周囲に大工道具や計量にまつわる道具が
描かれているのにはどんな理由があるのか、
そんな銅版画の名作中の名作について講義があった。
 
デュ-ラーはこの作品を持ち歩き(版画なので複数枚プリントできる)、
宿代や飲食代の代わりにプレゼントした、
そんなエピソードから『贈り物としての作品展』にちなんだ講義として選ばれたらしい。
 
結構、難しい内容だったが、聴いているお客さんは田園調布界隈のマダムか、
おじいさんがほとんど。
 
この展覧会に版画作品を出品している作家は33名だが、
作家でオープニングパーティにきていたのは10名程度。
 
私はこれで3回目だが、今年が1番作家が少なく、何だか見知った顔がわずかで
ちょっとがっかりだ。
 
余興の後半は、ガラリと雰囲気が変わり、
ボサノバトリオによる演奏が1時間。
 
りおさんというボサノバの歌手と、コントラバスとギターの3人によるセッション。
 
「美しき人」「イパネマの娘」「マシュ・ケ・ナダ」「黒いオルフェ」など、
聴きなじみのある曲をしっとりとした声と静かでリズミカルな伴奏で聴かせてくれた。
 
3回目なので、もはやその日本建築の中身には驚かないが、
周囲の雰囲気といい、品のいいおば様達といい、
私など何とも場違いな感じが否めない空間で、心地よくボサノバの曲にスウィングし、
演奏の後、その場を辞してきた。
 
本当はその後、関係者だけが残って、
近隣の奥様方手作りのお料理をいただけることになっていたのだが、
今年は講義とサロンコンサートだけで、丸2時間かかってしまったので、
これ以上、ここでご飯をいただいていると、自宅のご飯当番ができなくなると思い、
やむなく一般の方と一緒に外に出てきてしまった。
 
帰りがけ、画廊の社長に
「お客様、よろしかったらカレンダーを」と言って、
画廊が作った来年のオリジナル・カレンダーを手渡されたから、
風体からして、決して作家だとは思われず、
一般のお客さんだと思われたのだろう。
 
作家としての知名度のなさに打ちのめされ、
逆に田園調布っぽいのかと、内心、ホッとしている自分もいた。
 
実は版画家とか、絵描きにしかみえない、どこか社会人として欠けている感じは
好きになれないので、
その対応には嬉しいような寂しいような複雑な思いがある。
 
しかし、結論から言えば、来年からはこの展覧会に私は参加しないだろう。
 
みぞえ画廊という素人経営の画廊の企画展、
運営サイドの人達の展覧会や作品や作家に対する考え方や取り組み方に
熱意が感じられないからだ。
 
作品と作家の顔を一致させようとか、興味をもって作品を勉強しようとか、
お客さんに売り込もうとかの姿勢が全くない。
 
すでに著名な先生にだけ、ペコペコこしてる様はみっともないの一語に尽きる。
 
ご飯を食べ損なったうらみで言っているのではない。
 
田園調布の大邸宅のサロンにあぐらをかいていては、
画廊としての明るい未来はないと言っているのだ。
 
私にとって、駒井哲郎先生もはるか彼方になってしまったし、
銀杏の会も、銀杏忌の会とはまったく別物になってしまった。
 
帰り道、カサカサと道に散り敷いた銀杏の葉を踏みしめながら、
初冬の風が身に染みた夕暮れであった。
 
 
 

2017年12月5日火曜日

作品収蔵 決定

 
 
今年の2月、
中国の国際版画展に出品するために中国に送ってあった作品2点が、
Chaina Printmaking Museumなる美術館に収蔵されることになった。
 
この展覧会はガンラン国際版画ビエンナーレ展といい、
2年に1度、中国のガンランという都市で開催されている。
 
私が所属している版17という版画家グループのひとりから、
展覧会に出品するためのエントリーフォームが、
メールに添付されて送られて来たので、
英語の長文読解の末、何とか写真の2点の作品を中国に郵送した。
 
それが2月の真ん中辺りで、まだ、その頃は帯状疱疹の傷も癒えておらず、
痛みも残っている時期で、
痛む脇腹を抱えながら、荷造りしたのを覚えている。
 
展覧会は5月半ばから6月半ばに開催されているはずだが、
観に行ったわけでも、賞を取ったと連絡があったわけでもないので、
ただ、作品が返却されてこないので、
入選して展覧会場に飾られているかなとは思っていた。
 
その後、展覧会のことは忘れていたが、
1週間前、私が友人と東北に旅行している最中に、
スマホに長い英文のメールが届いた。
 
最初にガンランの英語表記の文字があった時、
何かな?とは思ったが、スラスラ英文を読む時間も英語力もなかったので、
そのままにしていた。
 
すると、3日後、また同じ内容とおぼしきメールが送られてきた。
 
さすがに何だろうと、一生懸命読んでみると、
「あなたの素晴らしい作品のお陰で、今回の展覧会も無事、成功裡に終わった」と
中国らしい持ちあげようで、その文章は始まっていた。
 
「今回は世界中から4054点の応募があり、354点の作品が選ばれた」
 
「展覧会後は、あなたの作品『RAN』と『EN』を、China Printmaking Museumの
収蔵作品にしたいので、寄付するか、最低価格を提示して欲しい。」
 
「ただし、あなたの提示価格が高すぎた場合は、作品を返送するしかない」
 という内容が、もう少し丁寧な文章で書かれていた。
 
よく読むと脅迫されているような気もしないではないが、
国際的な大きな美術館への収蔵では、寄付してくれと言ってくるのは
よくある話だ。
 
下手な額を提示して、予算に合わないと突き返されては大変なので、
この名誉ある「美術館収蔵」の機会を逃すまいと、
早速、「光栄です。寄付させてください」と返信した。
 
以前、日本を代表する版画家のおじいちゃんから、直接、電話をいただき、
「今回の展覧会で作品を欲しいと思ったのは、あなたの作品だけだよ」と言われ、
コレクションの1枚にしたいんだけど価格はいくらかと訊かれ、
何も知らない私は上代価格は20万円だと答えたところ、
「そりゃ高くて買えない。残念だけど、あきらめるよ」と言われたことがある。
 
それを版画協会の上の人に話したところ、
「それは光栄です。ぜひ、寄付させてください」って言うんだよと、諫められた。
 
その事件以来、誰かから、直接、収蔵したいと申し出られたことはないので、
(版17で出品した台湾やチェコの美術館に、
そのまま展覧会後に収蔵になったことはあるが・・・)
今回のメールを見た時、思わず、「寄付します!」と答えてしまった。
 
というわけで、写真の2作品は、
中国の版画美術館に収蔵されることが決まった。
 
たぶん、一生のうち、その美術館に行くことも、収蔵作品を見ることもないだろう。
 
それでも海を渡ってお嫁入りした作品があることを誇りに思うし、
時折、今頃、どうしているかななんて思いを馳せることだろう。
 
 作品は我が子同然、
娘が国際結婚したような気分なのだ。

2017年12月4日月曜日

シネマ歌舞伎 『め組の喧嘩』

 
桜木町のブルグ13でシネマ歌舞伎『め組の喧嘩』を観てきた。
 
通常、シネマ歌舞伎は東銀座の東劇で観ることが多いのだが、
今日に限って、ブルグ13では歌舞伎の解説者の解説付きの上映だったので、
桜木町で観ることにした。
 
この作品は平成24年の5月に浅草に建てた平成中村座で上演されたもの。
 
しかし、同じく平成24年の12月に勘三郎は亡くなってしまったので、
これが最後の舞台となってしまったという作品だ。
 
当時、私も一度は平成中村座の公演を観に行きたいと思っていたが、
チケットが全く取れず、その内、またトライしようと思っている内に、
勘三郎が亡くなってしまったので、「あの時何が何でも観に行けばよかった」と
悔しい思いをしたことが思い出される。
 
「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉があるが、
この作品は正にその言葉を象徴するような火消しの男達と、
もう一方で江戸のいい男を代表する相撲取りとの喧嘩が題材になっている。
 
粋でいなせで、けんかっ早い男衆は鳶職が本業でいざという時は火消しをする。
そんな集団が江戸には48組もあったという。
その内のひとつ、め組の組頭が勘三郎、
血の気の多い若い衆の頭が当時の勘九郎、
相撲取りに当時の橋之助。
 
酒の席の小競り合いが長じて、男と男の意地がぶつかる大喧嘩になり、
死をも覚悟して、火消し衆と関取衆が取っ組み合う中、
最後は梅玉演じる焚き出しの元締めが仲裁に入り、幕になる。
 
そして、平成中村座の舞台の向こう側が開くと、
そこにはスカイツリーがそびえ立ち、
折しも三社祭の御神輿をかついだ男衆が舞台に入ってくるという演出だ。
 
平成中村座がニューヨークで公演したときは、
おなじく向こうの壁が開くと、ニューヨークのポリスがなだれ込んできて
公演内容の捕り物とクロスオーバーするという演出だった。
 
それが『め組の喧嘩』では、ご当地浅草らしい祭り囃子と御神輿で
江戸時代と現代とがクロスオーバーした。
 
そんな粋でいなせで遊び心あふれる舞台が好きだった勘三郎。
病気を抱えていたせいか、玉の汗を吹き出しながらの熱演で、
観客を楽しませよう、一体となって感じて欲しいという思いが、
ガンガン伝わってきた。
 
やっぱり、生の舞台で観たかったなという思いと、
ようやくあの時観たかった舞台が、こうしてシネマで観られたという思いが、
同時にやってきて、
その舞台のパワーに力を得て、何だか元気をもらった気がした。
 
舞台を観ながら、勘三郎という人そのものが、
粋でいなせでけんかっ早くて、
ついでに、生き急いで逝っちまったんだなぁと思った。
 
 

2017年12月3日日曜日

久々の飾り彫り

 
 
1ヶ月ぶりに彫刻刀を握って、途中だった新作の彫り作業を進めた。
 
夏から秋にかけ、例年より頑張って版画家業にいそしんでいたのに、
なぜか11月に入って、ぱったりそれがお休みモードに入ってしまった。
 
11月始め、娘と孫が3泊4日で泊まりに来たのを機に、
アトリエを掃除し、木くずや絵の具のない状態にしたせいで、
気分的に途切れてしまったものと思われる。
 
今日はさすがに何とか取り戻さねばと、日曜日だというのに彫り台にかじりつき、
作品のメインパート、藁の船の飾り彫りに着手した。
 
この作品は初孫が生まれて、
赤ちゃんがもたらす幸福感や生命の神秘、
次世代に受け継がれていく命のバトン・・・など、
そのすべてが新鮮に感じられた感動を具現化したもの。
 
藁の船はその小さな命を抱きとめるゆりかごであり、
天国からおりてきた船をイメージしているので、
作品のメインモチーフである。
 
一昨日、娘にベビーシッターを頼まれ、生後約6ヶ月になった志帆に会ってきたが、
いつもニコニコ笑顔の安定した情緒、
笑えるほどプリプリもちもちの腿やふくらはぎ、
叫び声とも話し声ともつかない大きな声のおしゃべり、
始めたばかりの離乳食で、酸っぱさに顔をしかめながらもすったリンゴを食べる様子、
どれひとつとっても可愛いし愛しい存在だと再確認した。
 
そんな半年間の成長ぶりと、半年前の初めて会った時の感動をすり合わせながら、
この作品で何を表現するのか、
色彩はどんな感じにするのか、
ひとりアトリエで考え続けた。
 
かたわらでアルゼンチンタンゴのCDをかけながら、
こうした時間こそが本来、自分が大切にしていた時間だったと自省した。
 
季節は12月に入り、あとひと月で2017年も終わるかと思うと、
ただそれだけで気ぜわしい気分になるが、
12月前半でこの作品の彫りをすべて終え、
新しい年を迎えられたらと思う。
 
それにしても、2年前、首筋を痛めた影響で、左腕に再発した神経痛が毎日、痛い。
 
温泉に行っても、美味しいものを食べても、
版画から離れて力仕事をしなくても、痛みはひかない。
 
何か病を得て、それとつきあいながら生きていくのは辛いものだ。
 
多かれ少なかれ、人は肩が凝っただの腰が痛いだの、
もっと重篤な病が身に降りかかったりしながらも、
それでも生きている。
 
自分も病を得ることで、人の痛みがわかる大人にはなれるのかも知れないが、
生きるモチベーションが下がるのは困りものだ。
 
この痛みを何とかやっつけて、
気兼ねなく新作に取り組める日がくることが、今の1番の願いだ。
 
一応、気休めに叫んでみるか。
 
「ちちんぷいぷい」
「痛いの痛いの、飛んでいけ~!」
 

2017年11月29日水曜日

温泉三昧 美味三昧

 
 
 
 
 
命の洗濯と称して、古い友人とふたり、2泊3日で山形と宮城の温泉宿に行ってきた。
 
1泊目が山形県あつみ温泉の萬国屋、
2泊目が宮城県秋保温泉の佐勘。
 
いずれも五つ星の宿というふれこみではあったが、圧倒的に佐勘の方がよかった。
 
旅の目的は観光ではなく、ただひたすらに温泉に浸かって、
美味しいものをいただいて、友人としゃべり倒すこと。
 
観光は中日の致道舘という藩校とニッカウヰスキーの工場見学だけで、
あとは新幹線で東京から郡山まで行き、バスに乗り換え260㎞、
午後3時半とか4時には2日ともお宿に到着し、あとはフリータイム。
 
6時の夕食時に大広間に行くことさえ守れば、
館内にある何カ所かのお風呂に何回入っても、お部屋でくつろいでも自由という
何もしないで食べては温泉に入るのが目的の自堕落な旅だ。
 
いつもは豪華列車に乗るだの、何とか祭りを見るだの、
お宿の他にはっきりした目的があったが、
こんなゆるゆるした旅もいいものだ。
 
しかし、他に目玉がない分、お宿自体のクオリティには厳しくなるわけで、
お料理のお味や素材、器の選び方、食事処の雰囲気など、
全ての点で佐勘は素晴らしかった。
 
秋保温泉の佐勘は、1500年ほど前、皮膚病に悩む時の天皇の病を治したことから
「御湯(みゆ)」の名前をいただき、以来、土地の湯守として佐藤勘三郎が宿を営み、
今日に至るという千年続く温泉宿。
 
現在の佐藤勘三郎さんで34代目というから驚きだ。
 
秋保温泉は日本の三大名湯のひとつだそうで、
割合さらりとした泉質ながら、美肌の湯の名に恥じぬ、
肌にまとわりつく感じで、
体の芯から温まるいいお湯だった。
 
夕食は結婚式場にも、2016年のG7の会場にも使われた立派なお部屋で、
同行のメンバーととはかなり離れてテーブルが配置され、
団体旅行感がなくとてもよかった。
 
これは一体何かしらと仲居さんに質問する食材がいくつか使われていて、
その土地ならではの食材や調理法で楽しませてくれる懐石料理だった。
 
朝食もとても1回では制覇できない種類のバイキング形式で、
私は和朝食になるよう野菜中心のお総菜を何種類もとってきたが、
中でもわたり蟹のお味噌汁は絶品だった。
 
こんな贅沢、たまにはいいか。
 
何か自分にご褒美をあげなきゃならないほど、
苦労したとか忙しかった覚えもない2016年の秋だけど、
ここらで命のストレッチをして、
あと1ヶ月、今年も頑張ろうと思う秋の夕暮れ。。。
 
 

2017年11月21日火曜日

顔見世大歌舞伎 鑑賞

 
 


 
11月に着物を着てお出掛けするのは4回目。
本日は歌舞伎鑑賞。
 
例によって2列目ど真ん中のお席をとってくれる有能な助っ人とともに、
11月の歌舞伎座『吉例 顔見世大歌舞伎』の昼の部を観に行った。
 
幸いお天気もよく、秋の突き抜けるような青い空に映える
乱菊の柄のブルーの着物。
 
個性の強い着物にすべては合わせて、帯も帯揚げも帯締めも色味を抑え、
黒地の道中着を着用。
自分でいうのもはばかられるが、ちょっと普通じゃないよね感ハンパなし。
 
今日はテレビ収録が入っていて、何台もカメラやマイクが置かれている他、
会場のお客さんも評論家っぽい人や声をかける人も多く、
なんとなくいつもとは違う雰囲気だった。
 
着物を着ている人はさほど多くはなく、
そのせいか、ジロジロ見られているという印象だ。
まあ、もちろん私の単なる自意識過剰なんだとは思うが・・・。
 
演目は染五郎の『鯉つかみ』
吉右衛門の『奥州安達原』
菊五郎の『雪暮夜入谷畦道』
 
もちろん主役の役者の他にもたくさんの役者が出てはいるのだが、
この3人の個性にぴったりはまる役どころの演目という意味。
 
『鯉つかみ』は先代の猿之助が得意とした中吊りあり、大立ち回りあり、
早変わりありで、
本物の水が大量に使われる、これぞ正に歌舞伎というような
ケレンみたっぷりのダイナミックで楽しい作品。
 
前列3列目まではビニールシートが配られ、
まるで八景島シーパラダイスのイルカショーだ。
 
しかし、肝心の染五郎は立役者として少し小柄な上に表情が乏しく、
凄みみたいなものが足りないので、ちょっと物足りない。
 
舞台の演出自体は大仕掛けで素晴らしいので、
尚のこと、残念だ。
 
来年早々、幸四郎、染五郎は親子三代の襲名披露公演が予定されているから、
これからの歌舞伎界をしょってたっていく役者なんだけど、
持って生まれたオーラや存在感みたいなものは
出せといって出せるものでもなく、いかんともし難い。
 
2番目の演目『奥州安達原』は吉右衛門の十八番の役どころとかで、
たしかにはまり役とはこういうことかと思わせる安定感だ。
 
出ずっぱりの子役金太郎君(染五郎の子)がいい仕事をしていて、
まるで女の子のような容姿と健気な感じが役にピッタリ。
1月2月の襲名公演も楽しみだ。
 
3番目の演目『雪暮夜入谷畦道』は
菊五郎の片岡直次郎、時蔵の三千歳が
これ以上の配役はないと思わせるはまり役。
 
江戸の粋でいなせなちょい悪オヤジをやらせたら菊五郎に勝る人はいない。
同じく粋で色っぽくて少しはすっぱな芸者や女将をやらせたら時蔵はピカイチだ。
 
先ず、最初の場面が蕎麦屋の店先なのだが、
そこでは客が本物の蕎麦をすすり、キセルでタバコを吸うシーンが出てくる。
 
蕎麦を茹でる湯気や香り、タバコの煙や匂いまでもが会場に漂い、
江戸の入谷の庶民の暮らしを彷彿とさせる。
 
蕎麦と燗酒を注文した直次郎(菊五郎)が、おちょこの中の虫を箸でつまみ出す
そんな小芝居も定型のものらしく、
そのしぐさの直前に大向こうから「待ってました!」の声がかかった。
 
江戸時代からそうやって芝居を受け継ぎ、
型を作り、お家の芸を高めてきたんだということを、ふと感じることが出来た。
 
11月の『顔見世大歌舞伎』というのはそういうこと。
 
歌舞伎界の大御所達がそれぞれのはまり役を演じ、
連綿と続く家の芸を披露する場なのである。
 
 
 
 
 
 

2017年11月15日水曜日

横浜陶芸倶楽部 展示会

 
 
 
 
 
昨日から横浜市民ギャラリーで、
所属している横浜陶芸倶楽部の展示会が行われている。
 
2年に1度開催のビエンナーレ形式で、
会員と先生の計27名が出品している。
 
先生といっても、この会は自由作陶が基本なので、
技術的なことを質問したりはするが、
何を作るか、どうやって作るかなど、制作のほとんどは本人に任されている。
 
ただし、毎回展示会には「課題」が課されていて、
今回は「貯金箱」と「抹茶椀」であった。
 
そのふたつだけは全員必ず作らなければならず、
貯金箱を使っている人は皆無だろうし、
抹茶を飲む習慣のある人も皆無に近いかも知れないが、
それとは別に制作に励んだ。
 
幸い私は抹茶とは縁の深い生活だったので、抹茶椀の制作の延長線で、
自作のテーブルは茶道に関係のあるものばかり、
抹茶椀はもちろん、菓子器、香合、蓋置きといった茶道具のラインナップで揃えた。
 
貯金箱は布の袋みたいな感じで、ヒモ結びで口が締められている白い作品だ。
貯金箱の口は布のとじ目の上部に透き間があり、
そこからコインやお札を入れるデザインにした。
 
貯金箱は本当に様々なデザインのものが出揃い、
普段使わないものを作ることで、それぞれの個性やセンスがもろに現れ、
面白い展示になっていた。
 
また、課題ではなく、それぞれのテーブルをひとりずつ丁寧に見てみると、
ひとつの器では分からないその人らしさがいくつかの器の集合によって感じられ、
人となりやその人の生活の様子などが垣間見える気がした。
 
逆に私の作品群を見て、人はどんな風に感じるのか、
どんな人となりが透けて見えるのか、
明日の展示会のお当番の時や、週末のレセプションの時になどに、
メンバーとおしゃべりするのが今から楽しみだ。
 
作陶時は決まった曜日に決まったメンバーとしか会わないし、
ほとんど寡黙に制作して過ごしてしまうので、
展示会は同好の士と触れ合ういい機会になるだろう。
 
お茶のお稽古で会う人達、陶芸の工房で会う人達、
絵画教室やカウンセリングやビジネスや、整体や美容院など・・・。
 
それぞれのフィールドで出逢うタイプの違う人達と交友することの面白さを思う時、
自分は人そのものが好きなんだろうな、
珍しいタイプの絵描きかも・・・などと考えた。