2018年4月22日日曜日

トリオ・リベルタ in KAMOME

 
 
 
今日は久しぶりにライブに行った。
 
追っかけているなどとはとても言えないが、好きで時々コンサートを聴きに行く
「トリオ・リベルタ」のカモメライブである。
 
一緒に行ったのは、正真正銘、トリオ・リベルタというか
メンバーの石田泰尚氏の追っかけの友人Sさんだ。
 
「私、生演奏に触れるのは、去年のクリスマスのトリオ・リベルタ以来だわ」と
いったら、呆れられた。
 
なぜなら、 
彼女はたぶん月に数回は石田さまを追っかけてコンサートに行っているからだ。
 
今回のテーマは『愛と官能の音楽』だそうで、
リベルタとしてはいつもピアソラの曲ばかりでは飽きられちゃうと思ったのか、
領域を広げるためにいろいろなジャンルに挑戦しているらしい。
 
「というわけで、今回は『官能 クラシック』という検索ワードで出てきた曲を
リベルタ風にアレンジしてお届けします」と
MCの中岡太志さんがいっているが、
曲目紹介の前に、すでに「愛と官能」のくだりで何回か噛んで、
ちょっと無理がある。
 
KAMOMEのライブ会場は関内にあり、60名も入ればぎゅうぎゅうなのだが、
今日もリベルタファンというか、主には石田泰尚ファンのおば様が押しかけ、
「愛と官能ですって・・・」と、苦笑い。
 
それでも、初めて聴く曲目を、それぞれ妄想をたくましくして、
楽しんでいるようだった。
 
Sさんも小声で「官能ってどうなの?離れすぎていて・・・」と吹き出していたが、
「そこはそれ、妄想よ妄想」と返しておいた。
 
冗談はさておき、久しぶりの生演奏はとても気持ちよく、
大きなコンサートホールとは違って、くだけた様子のメンバーを間近で見ながら、
音楽に身を任せた。
 
確か、マーラーの「アダージェット」というクラシック曲を演奏した時だと思うが、
本来70名ほどで演奏するものを3人編成、
つまり、ピアノとバイオリンとサックスだけで弾くわけで、
多少無理があるのは承知だが、石田さまのバイオリンを堪能したといえば言える。
 
まあ、どうやらリベルタにとって、KAMOMEのライブは
どこかのコンサートでやろうとしている曲のお試しみたいな部分があるらしく、
多分にお客さんもそのあたりを心得て、楽しんでいる。
 
それが距離が近くて、親近感の持てるライブ会場のもつ魅力なんだろう。
 
「なじみのお客の反応をみて、決める」みたいなことになっている。
そして、その選曲がどうなったか、次のコンサートも聴きに行くお客さんが
大勢いるのだから、ファンとはありがたい存在だ。
 
私はそこまで確かめに行きはしないが、
石田さまのファンではいたいので、
これからも時々は彼のバイオリンを聴きに行こうと思っている。
 
クロアチアから帰って、どっと日常が押し寄せ、
疲れたとか、時差ボケだといっている間もなかったが、
やっぱり生演奏は心地よい、
そうスイングしながら感じた初夏のような夜だった。
 
 

2018年4月16日月曜日

クロアチア紀行Ⅵ ~最後の晩餐のサプライズ~

 
 
 
 
 
遂に明日は帰国という4月11日の夜。
クロアチアの首都ザグレブのレストランで、最後の夕食の時間になった。
 
メンバーは食事の度に思い思いの席に着き、
おしゃべりしながら食事を楽しんできた。
 
大体、旅も後半になると、今まで食事時に一緒になった方の中で、
話が合う方同士が、自然と同じテーブルを囲むことが多くなってくる。
 
私達が先に座った4人席には、『アラレちゃん』と『黄色い薔薇』のおふたりと
ご一緒することが多かったが、
この時は『松山のみかん農家』さんが、目の前に座られた。
 
お父さんの方は誰にでも話しかける気さくな方なので、
旅行中にも何度か楽しくおしゃべりしていた。
 
奥さんとはほとんど話す機会がなかったけど、
ずっと私の声質が気になっていた様子で、
先ず、「何か声を使うお仕事をなさっているんですか」と切り出された。
 
実は去年のスペイン旅行の時にも同じことをいわれたことがあり、
「声優さんか何かですか」といわれ、ビックリしたことがある。
 
Kさんにとっては私の声はなじみのものだろうし、
自分の体内に聞こえている声と人に聞こえている声は違うので、
そんなに特徴的な声だとは思っていないのだが、
他にも時々、声についていわれることがある。
 
静かで無口なおばあちゃんだと思っていたのに、
観察していろいろ感じていたんだなと思った。
 
おふたりとは今まで行った沢山の国の中で、一番好きなところはどこかという
質問に始まり、
ロシアやギリシャのお話を聞かせてもらった。
 
そして、デザートのチーズケーキになった時、
少し前に添乗員さんが席を立って、ボーイさんに何か耳打ちしたなと思ったら、
私と『魔女』さんにろうそくの立ったチーズケーキが運ばれてきた。
 
旅行の期間中に誕生日を迎えたふたりに、
お祝いのケーキとプレゼントを用意してくれたのだ。
 
『魔女』さんは4月10日、私は4月12日が本当の誕生日だったのだが、
中をとって、11日、最後の夕食にサプライズでお祝いしてくれた。
12日は帰国の日なので、これがみんなで食べる最後のご飯だからということだろう。
 
しかも、添乗員さんはそれぞれの好みに合いそうな色のガラスの花瓶まで
用意してくれ、プレゼントしてくれた。
 
常に茶系統のスカートとブーツを履いていた『魔女」さんにはオレンジと茶色の花瓶、
旅の最初の頃、
コバルトブルーとローズピンクのニットを着ていた私には青と紫色の花瓶。
 
聞けば、私達の着ているものを観て、
ドブロヴニクの自由時間の時に捜してくれたという。
ドブロヴニクといったら、まだ、旅の5日目の話だ。
 
その花瓶に使われていた色は、
前日、モスタルというオスマントルコの支配下にあった街で求めたスカーフと
ほとんど同じ色の組み合わせだった。
(トルコはスカーフなどの絹製品が多く、独特のセンスで素敵)
 
正に、私好みの配色で、
添乗員さんの心遣いとセンスに感動した。
 
包みを開いて、花瓶の色を見た時、
私はとっさにバッグに持っていたトルコ製スカーフを取り出し、首に巻き、
『アラレちゃん』と『黄色い薔薇』さん、『添乗員さん』、Kさんと記念写真を撮った。
 
昨年のスペイン旅行も4月にKさんと参加し、ちょうど誕生日を途中で迎えたので、
添乗員さんがオリーブオイルとオリーブのハンドクリームをプレゼントしてくれた。
夕食時に皆さんにもそのことを紹介してくださり、嬉しかった。
 
しかし、
今回のように個人的な好みに合わせてプレゼントを捜すのは大変だっただろうし、
ケーキのろうそくまで用意して、
皆さんでバースデーソングも歌ってもらって、本当に幸せだ。
 
写真の笑顔がそれを物語っている。
 
こういうのをプライスレスの価値というのかもしれない。
 
Kさんには2年続けて、誕生日の立会人になってもらった。
幸せな1年のスタートがきれそうだ。
 
4月12日は帰国の日だったので、
クロアチアの出国、オーストリアのグラーツ入国と出国、日本の入国と
たくさんの記念日のハンコをパスポートに集めることも出来た。
 
クロアチアのいい思い出が最後に増え、
楽しい旅行は無事に終了し、
あっという間にわらわらと慌ただしい日常が戻ってきた。
 

2018年4月15日日曜日

クロアチア紀行Ⅴ ~湖と滝の織りなす絶景~

 
 
 
 
 
 
 
クロアチアを代表する世界自然遺産といえば、
『プリトヴィッツェ湖群国立公園』だろう。
 
今までずっと海岸線沿いの街を観てきたが、
初めて内陸部の標高の高いところに位置している。
今回の旅、最後のハイライトだ。
 
前の日の夜、国立公園内のホテルに着き、1泊。
早朝からハイキングにいく装備を整え、出発した。
 
ここは16の大小の湖とその湖と湖との落差にかかる滝が見事な景観をつくる、
世界でも類をみないダイナミックかつ、幻想的な景勝地だ。
 
季節はまだ、春先という感じで、ようやく木が新緑を芽吹きだしたところ。
 
土の上にはふきのとうやクリスマスローズ、名前は知らない山の花が沢山咲き始め、
春の訪れを告げている。
 
今年は3月まで雪が降っていたという影響か、
何度も来ている添乗員さん曰く、例年より水量が多く、
滝はいつもより豪快に流れ落ちているとか。
 
また、山の緑が少ない分、湖がよく見え、
その透明なエメラルドグリーンに吸い込まれそうな感じだ。
 
面積200平方㎞の広大な国立公園の遊歩道を、5時間半もかけて歩く行程で、
下の湖から途中、遊覧船で向こう岸まで渡り、上の湖まで、
たっぷり約8キロは歩いたらしい。
(もっと短い滞在のコースはその半分も歩かないという)
 
上と下の湖の標高差は101メートルあるとかで、
決してハイキング初級のコースとは思えなかったが、
全員、マイナスイオンを存分に浴び、心も体も浄化されつつ、全編、歩き通した。
 
版画家の友人から「天国みたいにきれいなところ」だと聞いていたが、
正に、天国といっても過言ではないほどに美しく、
また、ハイシーズンの一歩手前で観光客も少なく、
プリトヴィッツェ国立公園を訪れるには、今がベストシーズンなのではないかと思う。
 
旅の終盤だということもあり、
リクエストに応えて、ミュージカルスターのようなポーズで写真に収まっているが、
これも、数珠つなぎの観光客がいたのでは到底出来ないだろうし、
旅の恥はかき捨てなどと言っている場合でもない。
 
ドブロヴニクとはまた違う、自然の美しさと豊かさの中で、
身も心も清められたと同時に、
帰国の日が迫っていることにも気づいて、
毎回ながら、寂しさと名残惜しさがこみ上げてきていた。
 
10日間もあるとは言え、
5日目を過ぎたあたりから、転がるように時間が過ぎていくのである。
 

クロアチア紀行Ⅳ ~濃いメンバー~

 
 
 
 
 
今回の旅行は
「VIPバスで巡るクロアチア・スロベニア・ボスニアヘルツェゴビナ10日間」という
タイトルのコースだった。
 
Kさんと私がコースを選ぶにあたって、こだわっているところは何カ所かある。
行き先が同じいくつかのコースの中から、
条件にはまるコースを選ぶことにしている。
 
●10日間の日程であること。
(8日間では実動日は5日だけ、10日なら7日間観光できるから)
 
●VIPバスであること。
(普通のバスだと定員は40~45名だが、VIPバスは最大28名)
(もちろんバスの座席は3列シートで前後もゆとりがある)
 
●2連泊が1~2回はあって、スーペリアクラス以上のホテルであること。
(毎日の移動は、連日、朝のスーツケース出しがあって、忙しい)
(ホテルのクオリティが旅の印象を左右するから)
 
●出来れば成田ではなく、羽田出発であること。
 
そんな諸条件をクリアしたのが、今回のコースだったのだが、
当然、同じような好みや考えの人が集まってくる。
 
更に
今回のクロアチアは、海外旅行1回目の人が選ぶような行き先ではないので、
海外旅行の経験豊富な20名が集合した。
 
つまり、海外旅行にはある程度慣れた、強者ばかり。
それはそれは個性的で濃いメンバーだった。
 
今までのヨーロッパいいとこ取りコースやイタリアなどでは、
10日間ご一緒しても、ご夫婦の組み合わせがごっちゃになるようなことがあったが、
今回はそんなことは全くなかった。
 
自分も決して薄いとは言い難いが、
それにも増して個性豊かな面々だったからだ。
 
こうした旅行は、最初に自己紹介するなんてことは無いので、
Kさんとの会話の中では、それぞれにニックネームをつけることが多い。
 
例えば、
毎日ロングスカートをはいて、鼻が高く、眉が薄く、真っ赤な口紅の『魔女』と、
そのダンナ
 
松山から参加した『アラレちゃん』(アラレちゃん風のだてメガネだったから)と
『黄色い薔薇』(大きな黄色い薔薇柄のロングブラウスを着ていたから)
 
偶然、同じ松山から参加した『松山のみかん農家』とその奥さん
(早い時期にみかん農家をやっていると情報が入ったから)
 
北海道の姉妹の『お姉さん』と『妹の方』
(実は元会社の同僚だというが、数ヶ月若い方が、お姉さんと呼ぶので)
 
『ひとり参加の自由人』
(必ず、誰かまだ一人いないという時、どこかに消えているから)
 
『ひとり参加の自由人じゃない方の男性』
 
『ひとり参加の小柄な女性』
 
『ひとり参加の派手な色の服の人』
 
『クラフト作家』と、そのダンナ
 
『北海道出身の84歳と、年の離れた略奪愛の奥さん』
(どうやって結婚したかの話で、奥さんが元夫と別れて結ばれたと知ったから)
という具合。
 
日を追うごとに名前が分かってくることも多いが、
案外、最後まで私達の会話ではニックネームのまま登場する。
つまり、第一印象や最初に話した時の情報がその人を表しているのだ。
 
私達がそれぞれどんなニックネームになっているかは分からないが、
20名という凝縮したコンパクトなチームでは、
『茨城出身のがさつな添乗員さん』
(とても気の利く、明るくて元気な添乗員さんだけど、ちょっとおっちょこちょい)
(がさつは自称)
も含め、
皆、個性的な旅を楽しみ、日ごとに仲良くなり、濃密な時間を過ごした。
 
そして、最終日には
「何度も海外に行ってるけど、なかなかこんなに濃いメンバーになることはないわ」
「そだね~」といって、
最後の最後まで笑いが絶えることはなかったのである。
 

クロアチア紀行Ⅲ ~橙色に輝く街~

 
 
 
 
 
 
 
クロアチアを一躍有名にしたのは、この橙色に輝く街の写真だろう。
 
「旅行パンフレットに載ったこの美しい町並みを一度は観てみたい」
そう思った人が、ここ数年、クロアチアに押し寄せている。
 
クロアチアは元ユーゴスラビア、
20数年前、内戦があり、その後、国は6つに分かれて独立した。
 
そのひとつがクロアチアで、この街はドブロヴニク。
世界遺産の認定が始まった初期の頃に旧市街が登録されたが、
内戦によって、街は80%壊滅状態になり、
危機に瀕した世界遺産と呼ばれていた。
 
しかし、そこから屋根や外壁を修復し、立派に復活を遂げ、
今では世界中の人が一度は行ってみたいと憧れる街になった。
 
中世にできた街は2重の城壁に囲まれており、
2キロ強の城壁の中を1周しながら、街を見下ろし散策することが出来る。
 
また、スルジ山という近くの山にロープウェイで登り、
山の上から街を一望することも出来る。
 
私達が選んだ旅程には、ドブロヴニク観光が2日にわたって組まれており、
初日は街の中を歩いて主な場所を見聞し、
その後、全員でロープウェイで山に登り、希望者はガイドさんと一緒に歩いて下る。
そんなきついのは嫌という人はロープウェイで下る。
 
2日目は全員、朝イチで街に出て、城壁の中に入るチケットを受け取り、自由行動。
お昼前に希望者は船着場に集合し、船で沖に出て、海から街を観ることが出来た。
 
そして、ランチの後は再び、自由行動になり、
街で買い物をする人と、アグリツーリズム体験にいく人に分かれた。
 
私達は「何でもやってみよう」を合い言葉に、
1日目は歩いて下山、2日目は船とアグリツーリズム体験を選択。
 
平場はもちろん、山の上からも海からも城壁からもドブロヴニクを堪能した。
 
堪能したという意味は単に景色を観たというだけではない。
 
1日目と2日目でテイストの違う服装をして、
とりわけ旧市街の街の色に映えるように色に留意し、
モデルポーズを随所で決め、写真を撮った。
 
買い物に関しては、街で有名な宝飾店で、
クロアチアの「ボタン」と呼ばれるデザインのペンダントトップと、
同じく名産の珊瑚とを組み合わせたネックレスを購入。
 
私は「もしかしたら買うかも」と思い、白いTシャツを中に着ていったので、
その場でしていたネックレスを外し、
珊瑚のネックレスに付け替えた。
 
それを身につけているのが最後の横向きの写真である。
 
すっかりその写真を撮る頃には、
まるで女優がCMのポスター撮りに来ているかのような勘違いぶり。
 
まあ、旅の恥はかき捨てということでお許しいただこう。
 
Kさんのスイッチも徐々に入り、
私達はどれだけドブロヴニクでポージングした写真を撮ったか分からない。
それがふたりの旅行の主たる目的で、
通常はそこまで写真好きじゃないけど、「ふたりで海外に来た時だけは別」
みたいなことになっている。
 
というわけで、城壁巡りも人の1,5倍ぐらいの時間をかけ、
光の具合、構図、表情、ポーズなど、いろいろ注文をつけつつ、
楽しい写真撮影会は延々と続いたのであった。
 
あ~、楽しかった!!
 

2018年4月14日土曜日

クロアチア紀行Ⅱ ~この青い空こそ~

 
 
 
 
 
クロアチア旅行3日目。
 
1日目は長い時間をかけ、ドイツのフランクフルトを経由して、
オーストリアのグラーツの空港へ。
そこから、クロアチアのお隣、元は同じユーゴスラビアだったスロベニアに入国した。
 
スロベニアのブレッドという街のホテルに1泊して、
観光は次の日から始まった。
 
初日は曇り空のもと、ブレッド湖とポイストナ鍾乳洞を見学、
お天気も曇りだし、気温も低め、
ご一行様ももちろん初めて会う人ばかりなので、様子見というか、
みんな静かな感じだった。
 
しかし、明けて3日目。
前日の夜、クロアチアに入国し、オパティアという街のホテルに泊まり、
朝起きてみると、昨日とは打って変わっての上天気。
 
雲ひとつない真っ青な空。
キーンと冷たく爽やかな空気。
 
空を飛ぶ飛行機は必ずといっていいほど、飛行機雲の尾を引いている。
 
この日はクロアチアのイストラ半東の3都市を巡ったのだが、
いずれも500年もの長いヴェネチア支配の影響を受けた旧市街がみどころだ。
 
プーラの円形劇場、ポレッチのエウフラシウス聖堂、
ロヴィニの聖ウエフェミア教会など、
日本人にはなじみのない都市と、世界遺産とはいえ初めて聞く観光名所や遺跡。
 
そのどれもが、澄み切った青い空とのコントラストで
何とも神々しく美しい。
 
その空を見あげ、澄んだ空気を吸いながら、
自分がなぜ、こうも無性に時折ヨーロッパに来たくなるのか、理由がわかった気がした。
 
この空の青、この清らかな空気、
この歴史に裏付けられた遺跡や、建物の壁の石の色とオレンジ色の屋根瓦。
 
これが何より好きなんだということを実感した。
 
4月のヨーロッパの南は、夜8時過ぎにようやく日が沈む。
 
そのすこし前のマジックアワーに海岸を散策すると、
岸に上げられたトレジャーボートの列の向こうに、ランプの灯が灯り、
波のない静かなラピスラズリ色の海がどこまでも広がっている。
 
海岸沿いのレストランに金曜日の夜を楽しむカップルが寄りそいながら
ワイングラスを片手におしゃべりしている。
 
私達はツアーで旅する日本人だけど、
映画の1シーンに溶け込んだような幸せな気分になった。
 
これぞ、非日常。
 
時折、こうした日々の雑事から完全に逃れた異空間に身を置くことが、
私の最大のストレスコーピングだ。
 
命の洗濯という言葉があるが、
正にここぞとばかり、青い空のもと、
胸の奥まで空気を吸い、深い呼吸をした。
 
さあ、クロアチアの旅は、明日こそ本丸・ドブロヴニクだ。
いざ、行かん!
 
天気予報は晴れ!
 
晴れ女の引き寄せパワー全開でまいります!!
 

2018年4月13日金曜日

クロアチア紀行Ⅰ  ~旅の始まり~

 
 
 
 
 
 
2018年4月4日、いよいよクロアチア旅行が始まった。
旅のお供は今回もKさんだ。
 
元はといえば、次女のママ友だったKさんが
10年前から、私の海外旅行の盟友となった。
 
前回のブログにも書いたが、Kさんとはプラハとウィーンを皮切りに、
トルコ、ヨーロッパのいいとこ取りツアー、イタリア、スペインにご一緒している。
 
プラハの時は私の版画のグループ展に参加するという形だったので、
私の友人はKさん含め6名、我が家のダンナも一緒で、
ふたりで旅行にいくという形ではなかった。
 
今回、そのプラハが2008年だったと知り、月日は流れたとつくづく感じた。
 
その間にKさんとは「たび友」として、私達の旅のスタイルを完成させてきた。
そこの価値感が合うからこそ、
ここまで続けて同じ人と、毎回、10日間を喧嘩ひとつなく過ごせるのだ。
 
まず、旅の立ち上がりの1日2日は
徐々にリズムを思い出しながら、旅のテンションを上げていく。
 
それにしても今回のクロアチア旅行は、とにかくたどり着くのに時間がかかる。
まず、羽田発12時5分のルフトハンザでフランクフルトヘ。
そこで、飛行機を乗り換え、オーストリアのグラーツに到着したが23時5分。
(まだ、クロアチアはおろか、最初の観光が始まるスロベニアにも着いていない)
 
そこからまた迎えのバスで210キロも走って、ホテルに着いたのが26時30分。
って、それは現地時間の夜中の2時半だ。
 
ヨーロッパとの時差は夏時間だから7時間なので、
ちなみに夜中の2時半は、日本の朝の9時半。
そこまでが移動に要した1日目だ。
移動だけで早くも日付は変わって4月の5日。
 
遂に、こうして長い長~い1日からクロアチア旅行は始まった。
 
ホテル到着後、スーツケースを受け取り、お風呂のお湯が出るかを確かめ、
いつも初日は私が先にシャワーを使い、次にKさんが使って、そそくさと寝る。
(以後、お風呂とバスの席の窓際か通路側かは順番にが、私達のルール)
 
真夜中の2時半に着こうがお構いなしに、朝8時半にはバスが出発する。
なので、モーニングコールは6時30分。
スーツケースをドアの前に出すのが7時30分。
 
そんなお疲れ感満載の2日目の朝食時から、
ビュッフェスタイルでお皿に取ってきたアイテムを前に、
「まずは笑顔で記念写真を撮る」
それが私達の旅の始まりだ。
 
最初の観光地はスロベニアのブレッド湖とブレッド城。
そして、午後は100キロ移動して、素晴らしい規模と景観のポイストナ鍾乳洞へ。
 
旅の初日は曇り。気温も7~8度と肌寒い。
私は皮のジャケットの中にキルティングのベストを重ね、
鍾乳洞の寒さに耐えられるよう、防寒対策を施した。
 
お天気もいきなり晴天とはいかず、かといって傘をさすことはなく、
つい昨日まではずっと雨だったと聞かされ、
今年は3月になっても雪が多かったと知り、
『やっぱり私達は晴れ女だ』と確かめ合った。
 
徐々にまたふたりで遠くまで来たことの喜びを噛みしめ、
心と体のエンジンをふかして加速する。
 
ややぎこちない朝食の写真から、少しずつ笑顔も増して、
午後には写真用ポーズも大きくなっていく。
 
さあさあ、始まり始まり。
今回のクロアチア旅行は何が起こるのか、どんな景色が待っているのか、
同行の20名のメンバーと添乗員さんはどんな方達なのか、
期待に胸を弾ませ、旅は静かに始まった。