2019年5月27日月曜日

ショコラ・オランジェ作り

 
 
 
 
 

 
毎年この時期、といっても2年目だが、
ゴールデンウィークの手前で
松山のみかん農家さんから送られて来た「弓削瓢柑」の
ショコラ・オランジェ作りをすることにした。
 
マーマレードと一部オランジェットは
次女とゴールデンウィークに作り終えたが、
その後もキッチンの隅には段ボール箱の中に
10個の弓削瓢柑があり、
「いつ作ってくれるの?」と言わんばかりに転がっていた。
 
とにかく砂糖をたくさん使う上に
作るのがとてもめんどくさいので、
1日延ばしにしており、
作ったものを消費するタイミングも計っていた。
 
自分だけで消費していたのでは大変な糖分摂取になってしまうので、
一番いいのは6月の「紫陽花展」の時の
お客様のお茶請けやオープニングパーティの持ち寄り料理の一品として
持っていくのが絶好のチャンス。
 
そう考えて、
カレンダーと相談の結果、
昨日・今日で作るのがいいということになった。
 
今回は次女はいないので、
ひとりで競馬を観、大相撲の千秋楽を観、
トランプさん達を観ながらのオランジェ作りとなった。
 
昨日も今日も外は30度越えの暑さなので、
砂糖を大量に作って、大鍋で何時間も煮るという作業は
なかなかに辛いものがあったが、
今年初めてのクーラーをつけての台所仕事になった。
 
最後はチョコレートをからめて仕上げるという行程があるので、
チョコレートが溶けない温度ということになると、
クーラーは必須アイテムである。
 
こちらも安倍首相とトランプ大統領の日米共同会見のニュースを横目に、
湯煎した熱いチョコレートに甘く煮た弓削瓢柑をくぐらせ、
無事、大量のショコラ・オランジェが出来上がった。
 
次女と作った時は煮上がった弓削瓢柑の皮が
いつまでもベタベタ・グニャグニャして
市販のものとは違う出来あがりになって苦労した。
 
しかし、今回は飴の煮詰め方をしっかりして、
ゴールデンウィークに作った時の問題点を解決できたので、
なかなかの及第点が取れたのではと自画自賛している。
 
更に先週の土曜日には
今年の紫陽花展に出品する作品を引っ張り出してきて、
額縁をどうするか検討し、
結果、新しく3本の額を注文することにしたので、
これで作品発表のメドとおもてなしのメドが建った形だ。
 
何しろ10月に消費税が10%に上がってからではまずいので、
結局、作らなければならないなら、今のうちという考えのもと、
額縁屋に行ってきたというわけだ。
 
今は、来年4月の個展に向け、
徐々に煮詰めていく段階なのだが、
そんな折り、
今朝、中高の時の友人が先週末に亡くなったという一斉メールが
学年の幹事さんから届いた。
 
親友というほどではないが、
当時、かなり親しくしていた友人のひとりだったので、
かなりのショックを受けた。
 
5夜連続で観ていた白い巨塔の財前五郎も
夕べ、若くして亡くなってしまったし・・・。
 
一緒にしてははなはだ失礼なのは承知の上だが、
砂糖の甘い香りに包まれて過ごした週末の最後に、
苦い薬を飲んだような気分になった。
 
驚くような大量の砂糖で煮詰めるお菓子、
コーヒーによく合うショコラ・オランジェは、
幸せが凝縮したような味わいだ。
 
本当はこんなに大量に作って、大量に消費するものじゃない。
そっと1枚、もしくは1~2本、
こっそり味わうものだ。
 
人の死は案外、突然に訪れ、
そして周囲のものに予想外の展開をもたらす。
 
なんだかとりとめもないが、
極端に違う味わいの出来事が、
私の心をざわつかせた昨日・今日であった。
  

2019年5月15日水曜日

じぃじは二人とも人間国宝

 
 
 
 
 
 
久しぶりに歌舞伎座へ。
半年ぶりぐらい。
 
今月は「團菊祭 五月大歌舞伎」
 
父方・母方、ふたりのおじいちゃんが、人間国宝という
類い希なる由緒正しきお血筋に生まれた
尾上丑之助丈の歌舞伎座本公演の初舞台。
 
團菊祭といえば、團十郞一座と菊五郎一座という
歌舞伎界の二代名跡のご一行様勢揃いの舞台なのだが、
今年は「丑之助丈、初舞台」とあって、
それはそれは豪華な顔ぶれがお祝いの意味合いで舞台に立っている。
 
いつもの歌舞伎の師匠に
いつもの前から2番目ど真ん中の席を取っていただき、
心躍らせて歌舞伎座ののれんをくぐった。
 
夜の演目は
 
「鶴亀千歳」
時蔵と松緑の踊り。
脇を時蔵さんの長男・梅枝、次男・萬太郎、
松緑さんの長男・左近、そして、歌昇が務め、
歌舞伎界は親子二代研鑽を積んでおりますよのアピール。
 
時蔵さんはいつもどおり艶やかで色っぽく、
松緑さんはいつもどおり、
終始、鳩が豆鉄砲を食ったようなきょろきょろお目々で、
なんだかな?という感じ。
 
「絵本牛若丸」
尾上菊之助を父に持ち、
尾上菊五郎を父方の祖父、中村吉右衛門を母方の祖父にもつという
尾上丑之助丈が、
牛若丸に扮する歌舞伎座の初舞台。
 
弱冠6歳。
丑之助としては七代目。
 
そんな小さな牛若丸が豪華な役者陣を引き連れ、
殺陣に挑戦し、見得を切る。
シュッとした姿で気負うことなく、平常心。
可愛いというより、素直でてらいない様子に
会場からは温かい拍手が贈られた。
 
孫の様子をみる祖父達は役がついているのに、じぃじの顔で微笑ましい。
弁慶役の菊之助さんは、内心はらはらドキドキに違いない。
 
「京鹿の子娘道成寺」
夜の部の目玉はこれ。
何年か前、玉三郞さんと菊之助さんの「二人京鹿の子娘道成寺」を観たが、
今回は独り立ちした菊之助がひとりで踊る。
 
前から2番目ど真ん中の席ゆえ、
本当に息づかいさえ感じられるような至近距離から観ることが出来たが、
立派に独り立ちしたと感じた。
 
玉三郞さんの道成寺は
どこか神々しく、この世のものとも思えない神秘的な感じがしたものだが、
菊之助さんの道成寺はもっと生々しい女の情念のようなものを感じ、
恋い焦がれて叶わぬ恋に、遂には蛇に姿を変えていく様が、
息苦しいまでの切なさで表現されていた。
 
師匠によれば、
まだまだ自分の型を作るような年齢でも段階でもないということだが、
確実に玉三郞さんとは違う娘道成寺に向かって、
歩みを進めているのだと思う。
 
本当に目の前で観られて幸せだった。
 
最後は
「曾我もよう侠御所染」
 
尾上松也扮する御所五郎蔵と、彦三郎扮する星影土右衛門が
傾城皐月を巡って取り合いになり、
訳あって仲裁に入った傾城逢州が誤って殺されてしまうというお話。
 
松也が随分、大きな役がつくようになったということと、
彦三郎さんの声の張りがあって口跡がいいことに感心した。
 
ふたりの傾城の衣装も見物で、
美術館級の打ち掛けを目の前で堪能し、
ため息がでた。
 
ふたりの傾城の皐月役の梅枝さんは、実力をつけてきているけど、
何せ、細長いお顔がちょっと細長すぎて・・・。
もうひとりの逢州役の尾上右近さんの方がちょっとの差なのに
断然、美しい。
 
女役はまず見目麗しいことが先に来てしまうので、
そこに男っぽさとか、貧相さとか感じてしまうと
残念な印象が否めないのは辛いところだ。
 
しかし、全体からいえば、
歌舞伎界の若手は着実に育ってきていて、
欠けた50代60代を補うように
次世代やそのまた下の世代が研鑽を積んでいることがわかって、
ばぁば世代の端っことしては安心した。
 
これからは若い世代にご贔屓を見つけて、
また、歌舞伎座に通う楽しみにしようと思った
「團菊祭」であった。
 
 
 

2019年5月13日月曜日

八幡様 献茶式

 
 
 
 
 
 
今年も5月13日に鎌倉の八幡宮に於いて、
表千家によるお献茶が奉納された。
 
日付は5月13日と曜日に関わらず決まっているので、
今年は月曜日ということもあり、
お社中の内の4名と先生との5名で、
朝8時半、鎌倉駅集合で八幡様に向かった。
 
着物を着て、鎌倉に8時半はなかなか厳しいものがあるのだが、
毎年思うが、お茶をたしなむ大おば様方は、皆、お元気で、
8時の段階で第一弾の人数はあらかた揃っておいでのようで、
私達は1席目の列の2番目のお席に入れるよう、
列の最後尾についた。
 
朝は清々しい空気に包まれ、
袷の着物を着ていても汗もかかずにちょうどいい具合。
薄日が射すぐらいの今日のようなお天気が一番快適な気がする。
 
先日の奈良旅行でピーカンのお天気に恵まれて以来、
お茶のお社中の中では
私が行けば、晴れ間違いなしの晴れ女ということになっており、
今日もその信頼を裏切ることはなかったので、一安心。
 
今年もお席を持たれた席主の方達のお道具は
いったいどうやってそんな立派なお道具を集められたのかというような
由緒のあるもの、家元の箱書き付きのものなどが、
ずらりと並び、
正に眼福とはこういうことという、観るだけでお腹が一杯になるような
立派なお道具組であった。
 
京都から先代のお家元を初めとして、
表千家の中心人物が揃い、
先代のお家元直々にお献茶をご奉仕なさり、
ご一行様がそれぞれのお席にも入られるとあって、
どのお席の席主も一世一代のお道具を揃えて、
お迎えしているということらしい。
 
私はお家元ご一行様と同じお席に入ったことがないから、
その空気はよく分からないが、
まあ、大奥に「殿様のおなり~」という感じだろうか。
 
写真でしか拝見したことのないお家元がすぐ目の前で、
お献茶をお点てになっている姿を拝見し、
「息子に代が変わられて、また、更にお太りになったンじゃない?」などと
噂話をしていられる内は、
そんな高価なお道具組に頭を悩ます必要もない。
 
本日も朝が早かったせいで、
さほど長時間並ぶこともなく、2席のお点前と1席の点てだしのお席で、
3服のお茶とお菓子をいただき、
先代のお家元のお献茶式の様子を遠目で拝見し、
帰路についた。
 
帰りがけ、全員着物なのに、イタリアンのレストランに入り、
数種のピザとパスタを分けながら、
2派に分かれて行った「曜変天目ツアー」について、
細かい報告と分析をしながら、
思い出話に花が咲いた。
 
お茶のお社中とはこうして先生のお宅を離れての活動が増えるに従って
距離が縮まっていくのが、よく分かる。
 
今年に入って、自主茶会やツアーなどで分かった
それぞれのキャラは、
今年後半に予定されている講座の後の暑気払いや、
秋の京都お茶会ツアーで、
更に強固に固まり、
揺るぎないものになっていくだろう。
 
「共通の趣味」
それに勝る絆はなかなかないと感じる今日この頃である。
 
 
 

2019年5月9日木曜日

曜変天目ツアー

 
 
 
 
 
 
 
素晴らしい好天に恵まれた5月8日、
私達、お茶のお社中水曜日組と先生の5名は、
「曜変天目」を観るツアーに出掛けた。
 
「曜変天目」とは中国から伝わった抹茶茶碗のことで、
国宝に指定されているものは世界に3つしかない。
 
そのいずれもが日本にあるのだが、
この春、ほぼ同時開催の3つの展覧会で公開されており、
このツアーは関西地区で公開されているその内の2つを観に行くというもの。
 
曜変天目の茶碗は
写真のように釉薬の加減で黒い地肌に無数の飛沫が飛び散り、
さながら宇宙をイメージするような幻想的な様相を見せている。
 
陶芸の世界からの見方でいえば、
偶然の産物で、中国ではとても貴重と珍重されたという説と、
失敗作だとされたという説があるらしい。
 
いずれにせよ、現在、中国には曜変天目の茶碗は現存せず、
日本にあるこの3つだけが、国宝に指定されている。
 
お茶を長いことやっている身としては、
天目茶碗を用いてのお点前には憧れと敬意をもって接しているので、
その最高峰・曜変天目茶碗をこの目でみていみたいという気持ちは
強くもっていた。
 
ある日、毎月届くJR東海のツアー冊子に
このお茶碗を観に行くための1日ツアーを発見した私は、
お茶のお社中に一緒に申し込みませんかと提案した。
 
関西地区にある展示会場であるMIHO MUSEUMと
奈良国立博物館の内、
とりわけ、MOHO MUSEUMは山の中にあって
個人で行くにはとても不便だと聞き、
それがツアーでしかも1日で回れると知り、
すぐさま話はまとまった。
 
お茶中の土曜日組の3名は4月に、
水曜日組の4名と先生の計5名は5月にいくことになった。
それが昨日だったわけだが、
それはそれは清々しい好天に恵まれ、
気分も上々、朝イチの新幹線で出発したのである。
 
同じ想いのおば様達がバス3台分、集結し、
朝8時過ぎには京都に着き、バスに乗り換え、一路、MIHO MUSEUMに。
 
10時の開場時間直前に着いたお陰で、
なかなかスムーズに一つ目の天目茶碗を間近に観ることが出来た。
 
本物は予想以上に小さく、
両の手のひらで包むとすっぽり入ってしまう大きさだが、
やはりその深遠な光と美しさは、
観るものを魅了した。
 
MIHO MUSEUMの他の展示物もなかなか魅力的で、
短い時間の中で、同好の士と一緒に観て廻る時間は
とても楽しいひとときだった。
 
4月にすでに体験した土曜日組が散々文句を言っていたランチも
そんなに言うほどじゃないわよねと美味しくいただき、
午後はまた、ツアーのバスに乗り、
国立奈良博物館に移動し、もうひとつの曜変天目に会いに行った。
 
MIHOのものに比べ、
こちらの方がより青い光彩が螺鈿のようなきらめきを発して、
より神秘的かつ宇宙的な印象だった。
 
みんなガラスケースに鼻をこすりつけるほどに真剣に覗き込み、
その遙かなる悠久の歴史に思いを馳せた。
 
こうして無事、お目当ての展覧会を2箇所制覇し、
京都駅でメンバーが予約しておいてくれた
美味しい焼き肉弁当をPick upし、ビールを買い込み、
帰りの車中もおしゃべりし、飲んで食べて、楽しく過ごした。
 
お茶のお稽古ももちろん楽しいのだが、
こうしてお社中のメンバーとお茶室を離れて集うことも、
お互いの距離が縮まり、本当に有意義だしいい時間だと思う。
 
そんなお仲間がいることに改めて感謝して、
長い長い1日が無事、終わった。