2021年6月28日月曜日

ワクチン2回目の副反応

 









昨今の話題といえば、
ワクチン一色なので、
どこへ行っても誰と会っても
「ワクチンの予約取れました?」
「全然繋がらないけど、どうしよう」といった具合。

私も何を隠そう
すでにワクチンを優先接種できる年齢に達していることを
カミングアウトしなければならず、
そのワクチン騒ぎの渦中にあった。

ダンナの方が年上なので、
5月の半ばには接種券が到着し、
遅れること1週間で
私の分の接種券も届いた。

その後、予約が取れるまでの顛末も
ブログにアップしようかと思っていたが、
個人情報満載の接種券は載せられないし、
いざ、1回目の接種に向かうと
そこここに写真NGの張り紙がしてあって
結局、ここまでワクチンレポートのブログを
アップすることはできなかった。

1回目の予約は
ネットで数回トライした結果、
毎日更新される接種会場や日時
更新のタイミングにうまく合致し、
6月6日日曜日の10時15分の枠で、
無事に予約することが出来た。

これは周囲の友人知人の中では
かなり早い方である。

1週間前に接種券が届いていたにも関わらず、
なぜかダンナは同じ方法ではうまく取れず、
結局、かかり付けの内科で6月22日に1回目を
接種した。

6月6日、
港南スポーツセンターという港南区の集団接種会場は
老人であふれかえり、
ちょっと場違いな感じを抱きつつも、
スムーズに接種を終了した。

その日は折しも39回目の結婚記念日だったので、
一応、それらしい食事を用意し、
アルコールもいただいてしまったが、
これといった副反応もなく、
患部に重だるさと少し痛みがある程度だった。

その後、いろいろな友人の後日談を聴くに
「2日間は使い物にならなかったわ」という友人が
一番重い症状のようで、
大抵は私と同じ、
患部に筋肉痛のような鈍い痛みがあった人が
ほとんどだった。

そこから3週間後、
6月27日の朝、
2回目の接種の日を迎えた。

前日は朝から出かけ、
1日中、食事や展示やコンサートを楽しみ、
思いがけないハプニングにも見舞われ、
決しておとなしくしてしたわけではない。

しかし、体調はいつも通り、体温も36,3度の平熱、
自分で車を運転し、接種会場へ向かった。

3週間前は老人があふれかえっていた会場だが、
なぜか同じ時間なのに、
人がさほど多くはなく、
まだ受付の時間より10分も前なのに、
すぐに受付カウンターに案内された。

この3週間の間に、
さんざん2回目の方が副反応はひどく出るし、
アセトアミノフェン単体の解熱剤を用意し、
まず、接種したら予防のために
会場からでたらすぐに3錠飲んだ方がいいらしいなどと
聞かされていた。

カロナールという薬は
医者でないと処方されないと聞き、
町中のドラッグストアを巡って
何とか「LUNA」を入手した。

当日、問診の若いDr.に
「この後、すぐに予防のために
LUNAを飲んだ方がいいんですか」と
尋ねると、
「痛くなってからで大丈夫ですよ。
アメリカでもそのように承認されましたので」という
答えが返ってきた。

周りがつきそいの娘や嫁に支えられ、
よたよたブースに入ってくる老人ばかりのせいか、
心なしかテンポよく会話のできる相手で
若いDr.は嬉しいのかなと感じたのは
私の単なる自意識過剰か…。

その後は6つある接種ブースの前の椅子で30秒、
すぐに6番目のブースに呼ばれ、
女性の看護師さんが打ち手だった。

1回目より、
「ちょっとチクッとしますよ」の
チクッが痛く、薬液が体内に注入されている感じが
ありありとわかった。

2回目の方が副反応が強く出るらしいということが
何となく実感できるような気がし、
やっぱり予防のためのLUNAを飲もうかという
考えが一瞬、よぎったが、
そこそこイケメンの若い男性医師の言葉に従って
様子を見ることにした。

注射の後は15分から30分、別室で様子を見て、
なんともなければ帰ってよいということになる。

その待ち時間の差は
たぶんパッと見た感じ年をとっている人は30分、
そうでもなければ15分と決めているようだ。

「看護師」とでかでかと書いたチョッキを着た女性が
何人も椅子に案内していて、
時間を書いたメモを見ながら、
時間になると帰宅を促している。

1回目とそれは同じなので、
椅子に座って待っていると、
ひとりの中年の「看護師」さんが近づいてきて、
「あと2分ぐらいですね」と声をかけてきた。

うなずくと
「お若いですね」と唐突に話しかけてきたので、
「付き添いみたいな顔して座ってます」と答えた。

こんな場所でそういう軽口をたたいたりするんだと
内心、驚き、
悪い気はしなかった。

「看護師」さんは何人もいて
椅子の間を見回っているのだが、
2分経って椅子から立ち上がり、
出口方向に向かうと
件の看護師さんに「おきれいだから大丈夫でしょ」と
声をかけられた。

「そう願っています」とにっこり微笑み、
私は老人ばかりの会場を後にした。

2回目の後の副反応に関しては
私がお茶のお稽古で一緒の薬剤師さんは
医療従事者枠で一歩早く接種し、
2回目の接種の12時間後に予兆があり微熱、
19時間後に38度ちかい発熱だったと
レポートしてくれていたので、
「さあさあくるぞ~」と身構えて待つことにした。

私は朝の10時15分に打っているので、
12時間後は夜遅くだし、
19時間後は真夜中だ。

寝ている間に熱がぐんぐん上がって
もがき苦しむのか?
それとももう少し前、
起きている内に何らかの症状が出るのか?

テレビの情報番組でも
次の日は休みを取るように言っているので、
私も月曜日のカウンセリング予約はいれず、
「いつでも来い!」と態勢を整えた。

日曜日の夕方あたりに発熱したら、
「ご飯作れな~い」といってごねようと思っていたし、
もっと後、寝た後だった場合を想定し、
替えのパジャマを枕元に準備した。

しかし、なぜか、一向に発熱しないばかりか、
腕の患部周辺の痛みも1回目の方が強いぐらい。

結局、日曜日の晩ごはんも
月曜日の朝ごはんも昼ごはんも作る羽目になり、
時間だけが有り余る結果になった。

元々マグロ体質で何か動いていないとダメなので、
遂には見て見ぬふりでジャングルと化していた
庭木の剪定と草むしりをすることにした。

出来高は45ℓのゴミ袋5つ。

当然、痛みがあったり熱があってはできない作業なので、
ご覧のとおり、
私のワクチン2回目の副反応は
ほぼ無しという結果におわったのである。

これは年だから反応が鈍いのか、
健康だからはねのけているのか、
よく分からないが、
見た目だけは若く見えることが証明され、
私のワクチン接種は無事、2回目も終了した。









2021年6月27日日曜日

事件あり感動あり

 















6月26日土曜日、
朝から晩まで盛りだくさんの予定を入れ、
相模原方面に出かけた。

メンバーは私を含め4人、
最寄り駅の駅舎を挟んであっちとこっちに住んでいる
ご近所さんともいえる仲だ。

ご縁があって、
私の作品や器をお求めくださったり、
コンサートやお食事をご一緒したりしている。

今回のメインイベントは
夕方から相模女子大グリーンホールで行われた
「平原綾香コンサート」

しかし、すんなりコンサートにだけ行って
帰ってくるような人たちではないので、
他に予定を詰め込んで、丸1日存分に楽しむことに…。

コンサートが午後17時半スタートという
中途半端な時間だったので、
まずは夜ご飯を食べなくてもいいぐらい
がっつりお昼を食べようということになり、
町田の「梅の花」へ。

豆腐料理のコースなので、
がっつりとはいえお上品なのだが、
まずはノンアルコールのビールやシャンパンで乾杯し、
1日の佳きスタートを祝した。

「梅の花」は何度か行ったことがあるお店だが、
安定感のある美味しさだし、
個室で静かに過ごせるスタイルなので、
まずはマスクを外し、心ゆくまで
食事を楽しんだ。

この1日の工程のセッティングは
唯一の男性メンバーTさんで、
コンサートチケットと店の予約はもちろん、
車も出してくれ、どのように巡るのか下調べして、
カーナビに入力してからの出発なので、
女性陣はドライバーにおんぶに抱っこで
すこぶる楽ちんだ。

お腹が満たされた後は
女性陣の熱いリクエストに応え、
「白州正子と次郎の住んでいた武相荘」へ。

私も一度訪ねてみたいと思ってはいたが、
ちょっと行きにくい場所にあるので果たせずいたが、
今回、お車付で行けるのは本当に嬉しい。

武蔵の国と相模原の境にあるので
「武相荘」と名付けられたその家は
田舎の竹やぶの中にポツンと建つ
茅葺屋根の大きな農家のようだが、
庭にはその風景に似つかわしくないベントレーが
止めてあり、
家の中は白洲夫妻のこだわりの品々が
所狭しと展示してあった。

世の中の人は白洲正子が生き方もたたずまいも
かっこいいとほめそやすが、
何の何の白洲次郎も当時の男性としては
シュッとして甘いマスクで
「かっこいいわ~」と惚れ惚れする。

彼のちょっと浮世離れしたシルクハットや
正子の芭蕉布の着物、魯山人の土瓶など、
ふたりが暮らしに取り入れていた品々のセンスの良さに
感嘆しながら、
最後は武相荘の隣のカフェで
「抹茶アイスとあんこを挟んだどら焼きとコーヒー」
のセットをいただき、
コンサート前の腹ごしらえをした。
(なにしろ終演後は店が閉まっているので、
晩御飯抜きになりそうなのだ)

時すでに16時過ぎ。

さて、
残りのイベントは本日のメインイベント
「平原綾香のコンサート」を残すのみ。

ところがそのタイミングで事件勃発!
武相荘の駐車場から出発しようというタイミングで、
コンサートのチケット4枚を監理していたTさんが、
なんと、チケットを家に置き忘れたという。

焦って車のトランクやリュックなど家探しするも
どこにも見当たらず…。
チケット代金を支払ったコンビニの領収書はあるが、
肝心のチケット、しかも4枚まとめて
リビングのテーブルに置いてきたらしい。

「領収書があるんだし、なんとかなるわよ」と
女性陣は
慰めとも激励ともつかないおざなりな言葉をかけつつ
車を会場に向かわせたが、
今度は予想外の大渋滞。

カーナビの目的地のフラッグは行けども行けども現れず、
入場時間の17時を早くも少し過ぎている。

ただでさえ、これから入場できるかどうかの
交渉事が待っているのに、
会場に到着するのはいったいいつ?!

元々、不案内な土地柄な上に、
会場に併設されている駐車場ではない駐車場の住所を
ナビに入力したとかで、
ナビは相模女子大の看板を通り過ぎるよう指示してくる。

Tさんは
事件と事故が重なったかのようなパニック心理に陥り、
助手席の私もドラマのようなスリリングな展開に
頭をフル回転させどうしたらいいか考えた。

車を一度、端に寄せ、
私がメモ帳に控えていたホールの正式名称を入力し直し、
来た道を引き返し、
運転手Tさんは駐車場に車を止めに、
女性陣は降りてチケットの交渉に向かうことになった。
時すでに開演10分前。

受付で係りの男性にチケットを家に忘れたこと、
領収書はもっていることを話したが、
「新幹線だってチケットそのものがなければ乗れないのと
同じで、チケットがない場合は、
まずは4枚購入して後から払い戻しですね」と
にべもない。

彼から渡された封筒の中に
新聞にメモした4枚の席の番号まで見つけたのに、
「とにかく本人確認が取れないと…」と
その言い方はまるでお役人だ。

私がいくら交渉してもダメなのかと
地団駄を踏んでいたその時、
ようやく車を置いた本人登場。

結局は「これは内密で」と念を押されつつ、
開演1分前に
何とか入場を果たすことができた。

ギリセーフ!
まるでドラマか!

まだ心臓がドキドキする中
幕は上がり、
真っ赤な衣装の平原綾香その人が
舞台の真ん中に現れた。

曲は初めて聴く曲だったが、
テレビで聴いて知っている平原綾香の声より、
より迫力のある豊かな声は
1800席の客席に響きわたり、
観客の心を瞬時にして包み込んでいった。

個人的には前半の「スペイン」という曲の
アレンジがすごくノリがよく、
会場の一体感と興奮とで
一番盛り上がった気がする。

他にも玉置浩二が贈った「マスカット」
風のガーデンの主題歌「ノクターン」
もちろんデビュー曲「ジュピター」も最高だった。

ほんの少し前のチケット事件のドタバタを打ち消すように
豊かな声量の生の声と
バックのギターやピアノの音の束が押し寄せ、
「どんまいどんまい、人生何とかなるさ
今が一番幸せ、それを噛みしめよう」という
彼女のメッセージを丸のまま届けてもらった気がする。

長い一日。
面白くてワクワクして、
結果オーライで
一生語り草になりそうなそんな一日。

お疲れ様、
そして、あ~、楽しかった。







































2021年6月21日月曜日

美味しい会話

 











昨日6月20日で
第21回の紫陽花展が無事に終了した。

コロナ禍の中、
4月下旬に、グループLINEで今年の開催を確認し、
案内状の手配などしたが、
直接、メンバーと会ったのは
6月13日の搬入日だった。

2年ぶりの再会を祝し、
そこから1週間の展覧会の会期中も
それぞれの都合のいい日に当番を買って出て、
会場に詰めていたので、
7名の出品者とは、みなどこかでご一緒した。

しかし、メンバー同士、
会場でおしゃべりしまくるわけではないし、
お客様が見えれば接客業になるので、
今日は「打ち上げ」と称し、
ゆっくりお食事をいただきながら、
反省会というかおしゃべりをしようということになった。

場所はコロナ前まで年に2~3回は個室をとって
ミーティングをしつつランチしていた
横浜ルミネにある和食のレストランだ。

本当なら8名の会員だけど、
年齢の高い順に3名がいろいろ理由があって
欠席だったので、
若いメンバーが5名集まった。

作家としては日本画3名、油絵1名、版画1名。
年齢も50代半ばから70ちょっとまで、
若いチームとはいえ、少し開きがある。

メンバーの取りまとめ役は一応、私。

会の歴史からいうと、古いメンバー2名と
ここ数年でメンバーになった3名なので、
お互い何でも知っているというほどでもなく、
ちょうどよい距離感と新鮮味がある関係といえよう。

とはいえ、コロナのせいで
人とはなかなか会えないし、
めったに出歩かない1年半を過ごしたという点は
皆、同じなので、
12時に集合するやいなや、
堰を切ったようにおしゃべりは開始した。

「初夏御膳」をすでに予約してあったので、
メニュー選びをすることもなく、
テーマは終わったばかりの展覧会の
会期中の出来事に始まり、
ワクチンの話、オリンピックの話と
とどまることを知らない。

そして、デザートを注文し、
それがお腹に納まった頃合いで、
私たちの作品撮影をしてもらっている
フォトグラファーH氏による私のアルバムを
見てもらった。
(つまりH氏のことは全員知っている)

個展の会場で作品より食いつきの良かった例の写真集。
今日のメンバーの中では
個展に来てくださってすでに見ている方と、
初めて見る方に分かれたが、
作家ばかり5名で見る写真集の感想は
作家特有の感性が発揮され、とても面白かった。

ジャンルが違うとはいえ、全員、
ものを創る人たちなので、
「こういう作業工程の記録は撮っておくべきよね」
「この真剣な表情は仕事人の顔よね」
「たしかに玉三郎に似ているわ」
「こういう摺りの途中の段階も抽象画みたいでいいね」
「なるほどこういう風に摺るのね」などなど、
目の付け所がみな、似ている。

個展の時はどちらかというとプロフィール写真を
褒めてくださる方が多かったが、
このメンバーは断然、制作風景の感想の方が多く、
ジャンルの違う人がどんな風に制作しているのか
興味津々という感じだ。

終始、会話は途切れることなく、
帰宅後にLINEで今日の写真を送ると、
あちらからもこちらからも
「楽しかった~!美味しかった~!」と
返信が返ってきた。

その中に
今日の日を表して
「美味しい会話」と書いてくれた人がいたのだが、
正にそれだと膝を叩いた。

気の合う仲間に共通する感性と楽しい会話、
細やかな配慮と季節感を感じる美味なる食事、
それらが一体となって
「美味しい会話」は生まれる。

生で会っているからこそ得られたこの楽しい時間、
来年の紫陽花展の予約も済ませたので、
半年後、1年後もまたこんな時間が持てますように。

すっかりリフレッシュできたので、
しょうがない、
しばし別れて制作に励むとしよう。

To Be Continued !!













2021年6月17日木曜日

離乳食 VS ぶり大根

 







今週の火曜日、
0歳児に味の判別はつくのか問題勃発!

火曜日といえば、
週に1度のばぁばご飯の日。

15日もいつもと同様、
12時過ぎに娘の留守宅に入り、
まず、腹ごしらえをし、調理開始。

長女が仕事復帰してからは
大体夕方5時過ぎに最寄り駅近くの保育園に
ふたりの娘たちをピックアップにいき、
0歳児を抱っこバンドで抱え、
4歳児を電動自転車の後部座席に座らせ、
5時半ごろ帰宅する。

そこに照準を合わせて、
私は調理を済ませ、
写真撮影も済ませて待っている。

ところがこの日は
4歳児がお腹が痛いと泣いているとかで、
帰宅したのは0歳児を抱いたママだけ。
「志帆がお腹痛いっていうから医者に行ってくるわ」と
0歳児を置いて、ママは再び出て行った。

訳の分からない0歳児は
せっかくおうちに帰ってきたのに、
また、ママに見捨てられたのかと
そこから約1時間のワンワン泣き。

泣き疲れて寝たあたりで、
ママと4歳児がようやく帰ってきた。

どうやらママからうつされた細菌性腸炎だったらしく、
さほどひどくはないらしいが、
薬を出してもらってきた。

そんなこんなでいつものルーティーンは崩れ、
時間は早くも6時半、
ばぁばご飯の10品はもちろんすべて冷え切った。

志帆のリクエストだった鶏のから揚げや
きんぴらごぼう、青椒肉絲など、
消化の悪いものは食べられるはずもなく、
急遽、オムライスをおじやのように作り直したが、
食欲はほとんどなし。

けんちん汁のお豆腐とおつゆに
少し口をつけただけだった。

そんな時、
泣き疲れて寝ていた0歳児が目を覚ました。

そうなると、今度は0歳児の食事だ。

ママは慌てて、冷凍庫から
小分けにして製氷皿で冷凍してあった柔らかご飯、
野菜のクタクタ煮をご飯茶碗にいれ、レンチンした。

アツアツの離乳食にしらすと青のりをかけて
スプーンで混ぜても、
簡単には食べごろの熱さにはならない。

待ったなしの0歳児は
ずらりテーブルに並んだ目の前のお皿に手を伸ばし、
「早くしろ~」と言わんばかりに叫んでいる。

由依はまだ下の前歯が2本生えただけ、
ハイハイをほんの少し前にできるようになった
見ての通りの太っちょベィビーだ。

もう少しで満11か月になるが、
母子手帳の体重と身長のグラフの
体重が枠の一番上、身長が枠の一番下付近を走行中。

最近、とみに自己主張と声が大きくなってきた。
言葉は話せはしないが、
叫び声で言わんとするところはだいぶ分かる。
そんな0歳児だ。

それが「早く私にも食わせろ~」と言っているので、
離乳食が冷めるまで、
とにかく目の前の料理のどれかを小さく切るなり
すりつぶすなりしてあげなければと、ばぁばは考えた。

まずはオムライスの卵部分。
ケチャップのかかっていないところを
由依ちゃん用の茶碗にとり、
スプーンで小さくすくって口に持っていく。

由依は条件反射で口を開け、
炒り卵を味わい、気に入った様子で、
けっこうな量を平らげた。

しかし、まだ、ママ特製?のレンチン離乳食は
出来てこないので、
お次は試しに「ぶり大根」に挑戦。

「ぶり大根」とは渋い。
魚の味のしみ込んだ大根、そして、ぶり。
大人でさえ好き嫌いが出るくせの強い大人の味。
居酒屋メニューだが、大丈夫か?

しかし、細かくほぐしたりすり潰せそうなものは
この献立の中ではこれしかない。

まずは大根。
なるべく小さくして、口に運ぶ。
条件反射で口を開ける。

ダメなときはすぐペッと吐き出すのだが、
意外や気に入った様子。

結局、おでんに入っているような
厚さ3cmはある大根の切り身の
4分の1を食べてしまったので、
次は更に難易度の高い、ぶり。
多分、まだ生まれてこのかた食べたことのない味。

ほぐすのは簡単だが、
味は0歳児に受け入れられるのか?

最初は、初めての味に「ん?」という顔をしたが、
クリアしたようで、
すんなり受け入れてもらえた。

そんなタイミングでようやくママの離乳食が
食べごろの温度に冷め、
ママが0歳児を挟んでばぁばの前の席についた。

「はいはい、お待たせ~」とママが
テンション高く、スプーンを口に運ぶ。

0歳児はなぜかママのスプーンを払いのける。
「あら、まだ熱かった?そうでもないでしょ」
フーフー。

フーフーしている間に、
今度は私がぶりを口元に。
可愛いお口を開けて、嬉しそうに食べる。

次はママの離乳食。
またしても、ちぎりパンのような手で払いのける。

「あら?どうした由依ちゃん」
もしかして?

「はい、ぶりよ」
パクリ、もぐもぐいい調子。

「はい、ご飯よ」
ぺしっ。

「これ、ぶりの方が好きって言ってるんじゃない?」
「まさか!」

しかし、残念なことにその次も同じことが繰り返され、
あえなく離乳食、撃沈。
ぶりは半切れ完食。

お腹が空いていれば、
何でも食べるのが0歳児だと思っていたのだが、
どうやら味の好みがあって、
レンチン離乳食より、
味の染みたぶり大根に軍配が上がったようだ。

由依のおふくろの味は
0歳の時に食べた「ばぁばのぶり大根」

これはなかなか大きくなった時の
語り草になるであろう。

「ひが~し~、きみの山~きみの山~」






2021年6月15日火曜日

2年越し紫陽花展Vo.21

 













2020年は個展に始まり、
自分が所属しているグループ展も団体展も
すべてが中止になったり延期になったりした。

この「紫陽花展」もそのうちのひとつで
昨年はメンバーの誰からともなく
「今年は辞めませんか」という声が上がり、
1年休止という形をとった。

本当に去年の今頃は
誰もが心折れ、
制作意欲など湧くはずもなく、
時間だけはたくさんあるはずなのに、
コロナという訳の分からないものに
翻弄されていた。

今年の紫陽花展は
「さすがに今年もやりたくないとは言えない空気」と
みんなに声をかけたところ、
ひとりを除いて7名が参加を表明してくれた。

搬入日に集まってきた作品は
想像以上の数の多さとクオリティで、
全部は並べきれず
間引いて陳列する羽目になるほどだった。

紫陽花展のメンバーは
油絵・日本画・木版画と技法もバラバラ
絵肌もテーマもバラバラ、
共通しているのは元気のいい女性達だということだけ。

今年は
さすがに2年分の作品を放出してくれて
力作ぞろいの会場になったと思う。

私は個展に出した作品群に
新作の1点が初展示、
外のウィンドウに飾った小品2点も加え、
計9点の作品を出品した。

新作の雨の作品は
「走り梅雨」にタイトルをしようかと思っていたが、
額装する段になって
「長い雨」に変更。

コロナでいつまでもいつまでも
心に降っている雨を表すのに
「長い雨」の方が、心理的なものを感じさせ
「走り梅雨」よりいいような気がしたからだ。

日曜日の夕方に5名が久しぶりに顔を合わせ、
初日の月曜日にもう2名が画廊にやってきた。

マスク越しに2年ぶりの再会を喜び、
近況報告をし、
お互いの作品を観た。

コロナのことを作品にとどめたのは私ひとりだったが、
少しテーマが変わってきた人もいるし、
以前と変わらず、今まで通りの人もいる。

それぞれの生活にコロナが影を落とし、
少なからず影響を及ぼし、
止まった時の中でいろいろなことを考え、
再び筆を執ったことだろう。

初日に当番として会場にいた限りでは
お客さんはまばらだった。

個人的には個展でたくさんの方に来ていただいているので、
来られなかった方で
横浜近辺に住んでいる方に限定してしか
今回の案内状をお出ししていない。

だから、どなたもいらっしゃらなくても想定内だが、
やはり、世の中はまだ
絵を観に出歩く空気じゃないのか。

なかなかいい会場になったので
是非、見てもらいたいのだが…。

つくづく個展の時の画廊も驚く人出の多さは
感謝すべき出来事だったと
あらためて思っているところである。

紫陽花展は
20日の日曜日までの会期なので、
明日・明後日・最終日には
画廊に通うつもりでいる。

そこでまた、
個展にいらっしゃれなかった何人かの方と
再会できるのを楽しみにしているところだ。