県立循環器呼吸器病センターの入院患者は
循環器つまり心臓の悪い人か
呼吸器つまり肺の悪い人しか入院していない。
救急車で運ばれてきたような重篤な患者さんは
この界隈の病室にはいないようだ。
4人部屋の入り口のネームカードには
ピンクのカードと白のカードがあり
ピンクのカードは循環器病で入院中、
白のカードは呼吸器病で入院中を表している。
呼吸器病の人は主に肺炎を患い、
10日から2週間くらい入院している。
肺炎といっても人にうつる肺炎、
つまりコロナとかインフルエンザの人は
もちろん他の人と一緒の部屋に
入院することはない。
循環器系の人は
大体、心臓関連の手術や検査のため入院し、
術後の安静と安定のため
そこから数日間から10日ほど入院する。
私の場合は10泊11日の入院だった。
最初の3日間は循環器系のIさんが同室だったので
穏やかな入院生活だった。
しかし、Iさんが退院し、
そのベッドに梅ちゃんが入院してきたあたりで
その様相は一変した。
366号室の入院患者はあれよあれよと
入れ替わり、
いつの間にか4人の内3人が呼吸器系になった。
私一人が左奥の窓際なので
三方を呼吸器人に取り囲まれる形になった。
はっきりいって呼吸器人と循環器人では
人種が違う。
循環器人は手術の後なので
傷の回復を待って静かに過ごしている。
しかし、呼吸器人は肺が悪いので
その菌をやっつけようとして
いろいろなものが体から排出される。
咳が出る・痰が出る・熱が出る
時には苦しいのか奇声も出る。
元の性格はともあれ
循環器人は静かでおとなしいが
呼吸器人はにぎやかでうるさい。
我が4人部屋が満床になってからは
常にカーテンで仕切られているので
どんな呼吸器人が入院しているかは分からない。
私のベッドから
右隣(左廊下側)の間質性肺炎の方は60代、
足元窓際(右奥窓側)の方が梅ちゃんで80代
はす向かい(右廊下側)の肺炎の方は80代。
なぜか
肺炎の方は長逗留な上にリピーターらしく
2年前にも入院したとか
来月も入院する予定だとか話している。
そんな呼吸器人に取り囲まれ、
事件は始まった。
ただでさえ、
すぐ近くにいる人が咳き込み続けるのは
気持ちのいいものではない。
しかし、梅ちゃんのその痰切は尋常ではない。
普通に話している時の梅ちゃんは
お世話好きの人のいいおばあちゃんという感じ。
しかし、痰は夜、横になって体が温まると
余計、せり上がってきて出したくなるようだ。
そうなるとどこからそんな声が出るのかという
野太い声が足元のベッドから聞こえてくる。
ガッ ガッ ガッ ゴエッ。ギッ。
まるでエクソシストが乗り移ったのかと思う
恐ろしい声で何度も何度もえずいている。
恐ろしいとしか言い様のない声に
こちらは寝るどころの話ではない。
ようやくエクソシストが去ったかと思うと
3人が3人とも咳き込みだす。
コンコンコンコン
ゼロゼロゼロゼロ
ゲロゲロゲロゲゲゲ…
私はカエルの沼に落ちてしまったかのように
周囲の咳き込む声に取り囲まれた。
すぐ右手のカーテンの向こうの人が
マスクをしないでこちら向きに横になり
咳き込んでいるのが手に取るように分かる。
まるで電車に乗った隣の人が
こちらを向いて咳を吹きかけているようだ。
看護師さんにそっと頼んで
ベッドを窓に寄せ、引き離してもらったが
たかだか3畳ほどの空間では埒があかない。
次の日の日中、梅ちゃんは
「ごめんなさいね。
うるさくて眠れなかったでしょ」と
みんなに謝ってまわっているが、
他の人は同病相哀れんでいるので
「大丈夫よ、気にしないで」という。
看護師さんも
「ここは病院なんだから、皆おんなじ。
気にしなくて大丈夫ですよ」と慰めている。
決してみんな同じじゃない!
循環器人の私は心の中で叫んだ。
(いい加減にしろ!!)
7月18日の夜
その日は3連休の初日だったのだが、
横浜八景島では花火が打ち上げられた。
我が病室から八景島は真正面に見える。
日中、梅ちゃん情報でそのことを知った
私たちは夜7時前から部屋中のカーテンをあけ、
窓の向こうの八景島のあたりを探した。
きっと7時半からではとの予想は外れ、
8時になっても花火が上がる様子はなく、
結局、8時半になって大きな音と共に
遠くの海辺に花火が上がった。
同室の初顔合わせの4人は
花火の上がる頃にはすっかり顔なじみになり
大興奮で花火の上がった大空を見つめた。
梅ちゃんは思ったとおりの人懐こさで
いろいろみんなの身上調査をし、
ついに話が私に振られたところで、
「仕事はふたつしているの」と明かした。
何しろ呼吸器人は同じ呼吸器人というだけで
連帯感があるので
共通の話題に事欠かない。
しかし、循環器人は別の人種なので
お互い探り探りになる。
それでも個展の案内状を配ると
梅ちゃんは「すぐ帰ったら額にいれるわ」と
気に入ってくれた様子だ。
他のふたりも「行けたら行くわね」と
前向きな反応だった。
八景島の花火は
今回の入院生活で1番のイベントだった。
それを機にどんな方が同室かが分かり、
その夜、
梅ちゃんがエクソシストに襲われている時も
心密かに「ガンバレ!」という気持ちになった。
「くたばれ、痰切ばばぁ」と思っていた時とは
大違いだ。
その後、20日にはFIFAワールドカップの
優勝決定戦があり、
スペインが勝った瞬間をLIVEで観た。
カーテン越しにお隣さんとも
「凄い凄い」と盛り上がった。
画面に映し出された茫然とするメッシの姿が
印象的だった。
どんなに全力を尽くしても
どんなに願っても
夢が叶わないこともある。
それが人生だ。
私もいつ突然死でこの世を去っていたかも
しれないけど
命拾いしてここにいる。
まだ、やるべきことがやれる幸せを
胸に刻んだ。
胸の一文字の傷は誓いの証だ。









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