2021年11月9日火曜日

老体にムチ打つ予感

 











10月の終わりに
版画作品の試摺りと本摺りを終えたので、
あまり間を置かずに
新作の原画を作成することにした。

だからと言って、この作品は
特に会期が迫っている展覧会があるわけではない。

往々にしてそういう場合は
制作するモチベーションがないので、
ズルズルと取り掛かりを引き延ばしがちなのが
作家の常だ。

しかし、実は次の新作に関しては
ラフな制作プランが出来ていた。

私は4月の個展以後、
新しい版画のシリーズとして
『雨』をテーマに、これまで3点の作品を
創ってきた。

最初の2点はやや小ぶりの作品で、
画面全体に走る雨の細い線(約4mm)を
ずらさずに摺れるか
一種のチャレンジでもあった。

木版画でいうところの、
ズレるというのを少し説明する。

木版は例えば、紺色の空の地に白い雨の線を描く
なんてことはできないので、
白い4mmの雨の線を摺りたければ、
背景の紺の地には4mmの溝を彫って
そこにぴったり雨の4mmの線が
収まるようにする必要がある。

つまり、細い線が長く続くような場合、
和紙の右下と左下の2か所の見当だけで
和紙の位置を決め、
版の上に和紙を載せただけで
その雨の線と溝がピッタリ合うようにする。

それが右手前で紙を置く位置が1mmズレたら
紙の対角線上の左上では
簡単に5~7mmのズレが
生じるという結果になるということである。

そうした心配をよそに
最初の小ぶりの作品2点は、
ズレもなくいい感じに摺りあがったので、
夏中、彫りにいそしんでいた新作は
中型の作品にサイズアップしてみた。

作品サイズとしては
縦64×横47cm。
(紙サイズはもう一回り大きい)

それが少し前にブログにアップした
「古都の雨」である。

縦長のデザインなので、
そちらも雨は上から下まで降っていて、
長いところの雨は1本が70cmを超える。
(雨は斜めに走っているから)

その作品が10月の終わりに摺ったもので、
無事、雨はズレることなく
正確に摺ることが出来、
摺り師としての自信にもなった。

その勢いのままに新作に臨んだのが
今回の作品で、
大きさは和紙と版木の大きさの限界まで
大きくしてみた。

元の版木の大きさは90×61cm。
元の和紙の大きさは92×67cm。

そして、作品のイメージサイズは
81×58cm。

つまり、作品が版木のサイズいっぱいの
大きさがあるので
紙の余白は版木の内側には収まらない。

こういう場合は
紙の余白の2か所をカットして作る
「見当」といって
版画がズレないようにするマークは
版木の外側に
外見当用の板をくっつけて、
そこに和紙の角(見当)を合わせるという
裏技を使って摺ることになる。
(写真の1番目が外見当の板)

和紙の角を合わせるといっても
和紙は手で版木に置くだけで
画鋲やのりで留めるわけではないから
ズレるリスクは大いにある。

むしろ、
「なんでそれだけなのにズレないんですか」
と質問されるぐらい
簡単にズレ放題だ。

今回の作品は縦81cmあるので、
縦に降っている雨の長さは90cmを超える。
そんな長さの雨が画面一面に
ザーザー降っているという図である。

それを紙の端っこを合わせるだけで
1mmもずらさずに摺れるか、
これは相当大いなる挑戦と言える。

よっ、チャレンジャーきみの!

この作品のテーマは街に降る雨。
街の風景が眼下に広がり、
街が雨にけぶっているところを描きたいのだ。

絵の下半分は
前回は蓮の花だったが、
今回は「雨と言えばそりゃ紫陽花でしょう」と
6月あたりにさんざん取材した紫陽花の花。

こちらもチマチマした花がびっしりの
版画家泣かせの美しいが小憎らしい花だ。

画面を大きくしたので、
1輪や2輪では絵がもたない。

したがって作品の下半分には
紫陽花の大輪の花がびっしり、
上半分は街のビルや家々がびっしり、
画面全体には雨がびっしり。
はぁ、ヤレヤレ…。

誰や、こんなん考えたの…。

という、世にも過酷な原画が
出来上がってしまった。

摺りの段階になったら、
具象絵画然とした
スーパーリアリズムにするつもりは全くなく、
あくまでも雨のデザインが浮き立つように
しようと考えている。

しかし、建造物のようなものは
まずは正確に描写してないと
たいへん稚拙なものになってしまうから、
原画は建築学的にきちんとしている必要があるのだ。

結果、原画作成だけで3日間、
トレッシングペーパーに転写するのに2日間、
それを版木に部分部分で転写するのに2日間も
かかってしまった。

これから年内いっぱい、
シコシコと彫りの作業が続くと思うが、
恐ろしいのはその先だ。

いよいよ和紙に試摺りをとるという段階にきて、
この大きさゆえにズレるリスクは増す一方。

あまりにズレて修正しようがないなんてことに
なったら、
そこまでの苦労は水泡に帰すことになる。

チャレンジャーきみの、撃沈!!

2022年初頭、
そんなことにならないことだけを祈っている。

とりあえず、本日、
版木に転写する作業は無事、終了した。

当面、展覧会の出品予定もなく、
誰かお求めいただく確約があるわけでもなく、
ただ、創りたい欲求の赴くままに
この無謀な船出をした。

ピュアな作家魂といえば聞こえはいいが、
単に老体にムチ打つだけの悪い予感に
悪寒がする。

が、しかし、
チャレンジャーきみのは
きっとこの難題をクリアしてみせるだろう。

そう根拠なき自信で自分を鼓舞し、
明日からは彫り師の日々が始まる。
























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