2022年5月18日水曜日

フジコヘミング 命の限り

 












待ちに待った
「フジコ・ヘミングのコンサート」に
行ってきた。

場所はミューザ川崎シンフォニーホール。
席は最前列1階Ç 1列17番

席についてみれば、
50cmほどしかない低い舞台の
真ん中にグランドピアノがあり、
2,5m先にはフジコさんがいる。

ご一緒したのは先月も三浦一馬君の
コンサートに行ったご近所の友人3人。

その時もミューザ川崎だったが
席は2階の上の方で
舞台ははるか遠くに見えていた。

今回、
ふたりずつ分かれてもいいからといって
希望を出し、割り振られたチケットが
まさかこんなに最前列の凄い席だとは!

チケットが取れた時点で
みんなにはお知らせはしてあったが、
現実に見ると、あまりのピアノの近さに
思わずみんなの歓声が上がる。

こんなに近いことを記念写真にと
開演前の時間に、同行の友人が
何枚も写真を撮ってくれた。

周囲のひとりで来ているおばさま達も
自分の心の声を
私達がキャーキャー言って表してくれているので
一緒にニコニコして見ている。

そして、いよいよ会場が暗くなり…。
楽団員がぞろぞろと入場し、
最後に指揮者のマリオ・コシックの腕に
支えられて、遂にフジコ・ヘミング登場。

そこにはテレビで見ていたフジコさんが確かに
いるのだが、
腰が大きく曲がって杖をつきながら
それでもひとりでは歩けない老婆の姿があった。

黒いスパッツとスカートの上に、
白いレースに銀色の蝶々が刺繍された
ガウンをはおり、
その裾が舞台をすって
よろけながら舞台に向かうその姿に
客席の誰もが息をのんだ。

「あれが本物のフジコ・ヘミング。
あんなによぼよぼで大丈夫?」
そんな心の声が聞こえるようだ。

プログラムの1番は
ショパン ピアノ協奏曲第1番ホ短調Op.11
第2楽章 ロマンスラルゲット

フジコさんがピアノの前に座り、
指揮者がタクトを振り、
演奏が始まった。

ほどなくして
フジコさんが最初の1音の鍵盤を叩いたその時、
「まだ!」と後ろで譜面を見ていた
介添えの女性が小さく叫んだ。

会場がざわつく。
フジコヘミング、出とちったのか?!

そして、何ごともなかったかのように
1小節後に1音目の鍵盤を叩いて、
演奏はつつがなく始まったが、
「え、本当に大丈夫」と
こちらの心臓がドキドキしてきた。

目の前の老婆の手は
私の知っている太くてふっくらした
フジコヘミングの指ではなく、
皺皺になった老婆の手だ。

しかし、最初こそ間違えたかもしれないが、
その後は徐々にフジコヘミングの世界を
紡ぎ出しながら
一切、譜面も見ずに
1時間あまりのピアノを弾ききった。

2曲目は
モーツアルト ピアノ協奏曲第21番ハ長調K467
第1楽章 アレグロ
第2楽章 アンダンテ
第3楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ・アッサイ

ここまでがオーケストラと共に弾く曲で
この後、楽団員と指揮者は退場した。

舞台にひとり残ったフジコさんは
傍らのマイクを手に取り話し出した。
テレビで観たことのあるあのフジコさんだ。

「4~5年前に腰を痛めて、
こんな姿になってしまいました」と挨拶し、
このあと、
『トロイメライ』と
『ラ・カンパネラ』を弾いた。

舞台の照明が落とされ、
スポットに浮かび上がった白い蝶の舞う
ガウンを羽織ったフジコヘミング。

1音1音、まさに魂の音色が
広いホールの隅々にまで届いて、
胸が熱くなる。

私の席からは
フジコさんの斜め後ろ姿が見えているのだが、
グランドピアノの鍵盤の上の黒い部分、
ちょうどStainwayの文字の上あたりに
フジコさんの正面の顔が映っている。

その顔は少し寂し気で憂いを含み、
彼女にとってのピアノとは
彼女にとっての音楽とはということを
感じさせた。

まるでこのひとときのために
このコンサートがあったと思わせる
そんな美しい『ラ・カンパネラ』だった。

そうして1部が終わり、
フジコヘミングは介護用乳母車で退場し、
グランドピアノも袖に消えた。
2部はオーケストラによる交響曲だ。

東京21世紀管弦楽団と
指揮マリオ・コシック

1部とは打って変わって
のびのびと高らかに
モーツアルト 交響曲第41番「ジュピター」が
演奏された。

終演後、会場からはため息のような
ざわめきと共に、
今日のコンサートに立ち会えたことの奇跡が
口々に漏れた。

私達4人も「かに道楽」に場所を変え、
一献傾けながらも、
フジコさんへの賛辞と感動が止まらない。

いつもはひとりで演奏会に行ったり
映画を観ても全く平気な私だが、
今回ばかりはその感想を述べあうことのできる
友人と共にあの場にいられたことが嬉しかった。

きっと一生忘れられない
思い出になるに違いない。

そんなフジコヘミング
「魂のピアノ」だった。























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