2015年6月29日月曜日

歓喜の摺り増し

 
 
 
木版画の摺りには3種類ある。
ひとつは「試し摺り」
もうひとつは「本摺り」
そして、「摺り増し」である。
 
「試し摺り」というのは、木版画の版を創る彫りの作業をすべて終え、
次はいよいよ摺る作業に取りかかるという時に、まず迎える作業で、
文字通り試しにこんな色で摺ってみようかと思う色を版にのせ
実際に摺って作品に仕上げることをいう。
 
私の場合は版を彫っているときには色のことは案外考えていないので、
ここへきて初めて具体的な作品のイメージを具体化することになる。
 
試しに摺るといっても1作品何十色も使うので
もっとも神経を使うのが試し摺りといえる。
 
元々色の決まっているモチーフは赤いものは赤くするのだが、
赤といっても無限にあるので、どんな赤にするのか決めなければいけないし、
何色にしてもいいところはどんな色にするか作家のセンスが問われているので、
実は試し摺りが最もナーバスでアーティスティックだ。
 
1度で全体が決まらないことも多く、
部分的に違う色にして摺り直してみたり、
時には大きく出来上がりイメージを最初とガラリと変えたりもする。
 
次に「本摺り」は、
試し摺りの結果、いよいよこれでいけると自分の中で判断できた時、
仕切り直して体力をつけ、ある程度の枚数の和紙を準備して臨む本番の摺りである。
 
この段階はアーティストというより職人的な完璧さを求められていて、
複数枚を同じレベルできれいに摺り上げることが求められる。
 
元の作品の大きさによって1回に摺る枚数も決まってきて、
巨大なものは1日4枚が限界で、
中ぐらいなら6枚、小品なら8~10枚と、
自分の体力と気力と精度が保てる枚数を湿して、本摺りは行われる。
 
作品には
エディションナンバーという数字が分母にきて、分子はその内の何枚目かという
分数の数字が余白の左下にナンバリングされるのだが、
たとえエディションナンバーが30のものでも、最初に30枚全部を摺るわけではない。
 
そんなにタンスの肥やしを作っても保管が大変だし、
売れる当てもないのにむなしいだけだ。
第一、1日10時間が摺りの体力の限界なので、
この時間で摺り上げられる枚数を摺るということになる。
 
しかし、今日は嬉しいことに『華』という作品の「摺り増し」という作業を行った。
 
『華』はこの4月の個展の直前に創って、初めて発表した作品だ。
エディションナンバーは30。
 
『華』という赤い作品と、『凛』という青い作品との対のような作品なのだが、
本人も驚くほどに好評価をいただき、
個展とその後の紫陽花展というグループ展とで、計6組も売れてしまった。
 
この作品はメインの作品のミニ版ともいえる作品で、
還暦に感じたことを作品化したもの。
 
モチーフにグロリオサという百合科の花を使い、
本物と同じ色の赤い花を使った赤い作品と、
想像上の青いグロリオサを用いた青い作品とが対になるように創ったのだが・・・。
 
もちろん1点ずつの価格が表示されているが、
思いの外、組作品として飾りたいというご要望が多く、
あれよあれよと売約の赤丸シールをつけていただき、
今日までに6組が手元から旅立っていった。
 
しかし、この作品を摺っていた2月3月、
私は左腕の神経を痛め、実は相当ひどい神経痛に苦しんでいた。
 
摺りは主には右手にばれんを持って、畳に正座しうつむいた姿勢で
全身の力と体重を手元のばれんに集約して摺っていく。
 
右手にばれんを持っているとはいえ、
その激しい力加減のバランスをとっている左腕も当然使うので、
2月3月のあたりは2時間摺っては
2時間はふとんにつっぷして痛みの引くのを待つというような状態だった。
 
という調子で、『華』と『凛』はそれぞれ7枚の本摺りを仕上げるのが精一杯。
それでもそんなに7枚も簡単に売れるはずもないと余裕をかましていたのだが・・・。
 
それがあに図らんや、6枚ずつ嫁にいってしまったとなると
今手元にあるのは1枚ずつ。
 
もし、これを手放してしまうと、次の第2弾の本摺りの時に参考にする
モデルの摺り上がり作品がなくなるということになる。
 
そんなに世の中うまくいくとは思っていないが、
なくはない話だと思い直し、
今のうちに次の第2弾の本摺りをとっておくことにした。
 
「もしかしたら・・・次も」と期待に胸膨らませ、すでに嫁にいった6組に思いを馳せる。
だから「歓喜の摺り増し」なのだ。
 
今は神経痛もほぼほぼ治まっているので、
8枚ずつ摺ることにした。
(この1枚ずつ増やすのでもちょっと勇気がいる)
 
まず、今日は赤い『華』の方から。
日中、天気がよくなってしまいそうな予報だったから、
真夜中に摺りはじめることにし、
ゆっくり確実に作業を進め、午前中にはすべて摺り終えることが出来た。
 
幸い、心配していた神経痛が悪化することもなく、
パーフェクトな8枚が摺り上がった。
 
整体の先生は2月からずっと二人三脚で
この痛ましくも忌々しい神経痛の治療にあたってくださっている。
一応、黄金の左腕というわけではないが、
大事な左腕の痛みは摺りを終えてもなりを潜めてくれている。
 
あともう8枚、
あさって『凛』の摺りにも耐えてくれれば、
「ほぼ完全寛解」の呼び名を進呈してもいいぐらいだ。
 
もう一踏ん張り、頑張れ自分!
見せろ、横浜のなでしこ根性を!
 


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