2018年10月31日水曜日

最後のお免状

 
 
表千家茶道における最後のお免状『盆点』を、
今年の1月、今のお茶の先生にとっていただいた。
 
3月で表千家ではお家元の代が変わった。
 
先代のお名前でお免状がいただけるのは、
2月中に申請があった人だけというので、
先生のお許しを得て、1月に申請していただいたものだ。
 
お免状自体が届いたのは3月だったと思うが、
それから今日まで、『盆点』に関するお稽古はないままに日が過ぎていった。
 
いつになったら教えていただけるかは、先生のお考えひとつなので、
黙っていたのだが、
内心、もうそろそろ教えていただいても・・・と考えていたところだ。
 
何しろ、こうしたお免状は、そこまでのお免状をとった人でないと、
同じお茶室でお勉強することが出来ない。
人がやっているのを見ることさえ許されないという世界なのだ。
 
しかし、今回、私を含め、3名がこの最後の『盆点』を持っているということで、
別日を設けて、特別にお稽古をつけていただけることになった。
 
先生は初めて『盆点』をとった私のためにお道具組を考えて、
いつもは拝見出来ない箱書き付きのお道具や、
最後のお免状までたどり着いた者に贈るはなむけの言葉をお軸に込めて、
いろいろ用意してくださっていた。
 
お軸の言葉は『萬里一條鐵』
「物事を一筋に突き詰めると、必ず成就する」という意味で、
大徳寺三玄院 大真和尚の筆になる一行もの。
 
気が多くて、あっちに手を出し、こっちをつまんでという私には、耳の痛い話。
 
でも、先生曰く、
「ここまで精進なさったから、最後のお免状までたどりついたじゃない」と
慰めてくださった。
「まだまだこれからも一筋におきばりやす!」という意味だろう。
 
お花は如心斎好みの稲塚という珍しい花入れに、白い秋明菊が清々しい。
 
『盆点』というのは、唐物の大切なお茶入れを大事に扱うために
真塗りの四方盆に載せて、お点前する。
 
お点前の手順は『唐物』というお免状をいただいたときにお稽古したものに、
お盆の扱いを加えたものといっていい。
 
まずはだいぶ前に『盆点』をとられた一番弟子の方がお点前してくださったので、
私は次客を務めながら、食い入るようにそのお点前を見て、
2番目にそれを思い出しながらお点前するという流れだ。
 
年に1回あるかないかのこうした機会に、
お免状をもっている人は、目を皿のようにして、
お点前を見たり、実際にやらせていただいて、
帰ってから、記憶が飛ばないうちにノートする。
 
お茶の世界では、その場でノートを開くとかは禁じられており、
今、やっていないお点前の質問をすることさえ、許されていない。
録画をするとか、写メをとるなど、論外だ。
 
そうやって『相伝』といって、
限られた人にだけ、口頭で伝えて、伝承されてきたものなのだ。
 
お道具は
主茶碗に萩焼、十二代田原陶兵衛作。(ちなみに私は萩原・・・)
替茶碗に膳所焼、銘「秋の夜」尋牛斎箱書き付き。
 
茶器に鱗鶴大棗、尋牛斎箱書き付き。
 
茶杓に利休形真の茶杓と、
大徳寺三玄院、寛州和尚作、銘「和敬」
 
お軸の大徳寺の和尚様と、茶杓の大徳寺の和尚様は親子なので、
お茶の道を何代もに渡って極めているというところで、
ご用意くださったとのこと。
 
お茶は『初昔』 浜田園詰
いつものお抹茶より上等で、甘みを感じる美味しいお茶だった。
 
ピンクの小菊がふたつ重なったような主菓子『菊重ね』は、
京都の家元に入門した人に最初に出されるお菓子が
白い菊をかたどった主菓子なので、
「ここからが、また、入門のように新たな気持ちで」という意味で、
同じ菊形のものにしてくださったそうだ。
 
こんな風にお道具のしつらえには、
亭主の思いや願いなどが込められて、
単に季節らしい道具組にするだけではなく、
目的に合った趣向にすることが大切と、
実際に取り合わせの意味をお話いただきながら、教えてくださっている。
 
今まで、40年間に4人のお茶の先生のところに通わせていただいているが、
こんな風に、そのお免状をいただいた後の初稽古の時に、
お茶事を通してお祝いしていただいたのは初めてなので、
何だかグッとくるものがあった。
 
もちろん急いで帰って、お点前の手順やお道具の扱い方を
ノートに書き止めたのだが、
一番、心に書き止めるべきことは、
茶道とは、亭主がお道具組に込めた想いや意味合いで、
お客様をおもてなしするという雅な世界だということだろう。
 
先生、
お気持ちを心に留めて、これからも精進いたします。
ありがとうございました。
 
 
 
 


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