2024年5月27日月曜日

真昼の妄想

 





5月はなにかと忙しい月だった。

まず、ゴールデンウィークという
イレギュラーなお休みが入ったので、
7日に通常の生活が戻ってくるまで、
いつもの仕事の他に遊びの予定が入っていた。

連休明けの週末には
お茶のお稽古で、お外の茶室を借りて行う
稽古茶事なる催しがあり、
私はそのお茶事の亭主という
大役を仰せつかっていた。

連休はお茶事のための予習に加え、
「八寸」という「海のもの」「山のもの」の
試作を作り、試食した上に、
当然、微調整して本番のために
もう一度作らなければならなかった。

11日のお茶事当日は
朝5時から立ち働き、
1日中、着物を着た状態で
立ったり座ったり、正座してお点前したり。
スクワットを100回ぐらいした勢いで
腿の筋肉を酷使したせいで、
次の日から筋肉痛が始まった。

本来なら、整体の先生のところに駆け込みたいが
予定がぎっしりで
救急で駆け込む余地がない。

足の痛みを道連れにしながら、14日からは
陶芸展が始まったので、
結局、連日お客様のアテンドをして
山下公園の薔薇園と県立ギャラリーとに
日参した。

陶芸展最終日の19日は本来なら搬出の日だが、
7年ぶりの中高の時の同窓会が重なったので、
搬出は同じ曜日の会員さんにお願いし、
私は朝から着物を着て市ヶ谷まで出かけた。

毎週金曜日はパティシエ学校の非常勤講師として
4時間立ちっぱなしで、
「就職対策講座」の講義があり、
声をからしての授業もさるこながら
足がパンパンだ。

その間の平日は容赦なくカウンセリングが
連日1~2件は入っている。
それは昨日の日曜日もお構いなし。

というわけで、
本日、27日はようやくお休みをもらった。

「もらった」と書いたが、
個人事業主なんだから
勝手に休みを入れればいいようなものだが、
「貧乏暇なし」といおうか、
「暇があると埋めたくなる」といおうか。

貧乏性も困ったものだ。

さすがに今日は12時の整体のみを
予定して、
後は気の向くままに過ごすことにした。

11日に痛めた左足の腿の痛みも
右ひざの内側の痛みも
2週間放置したせいで、
痛みにも呆れられ、だいぶ治まってきた。

整体のY先生は、あまりにひどい足の状態と
いつにも増して凝っている首から背中を
これでもかとほぐしてくれたが、
それは、もはや拷問。

どこを押されても揉まれても
きっと苦悶の表情をしていたに違いない。

整体の後は
整体院の隣の町中華に逃げ込んで
定食を注文し、
帰りの電車に乗ったけど、
何だか凝り返しのせいか
ぼーっとしている。

いつもなら整体の前にカウンセリング、
整体の後にもカウンセリングのことが多いが、
今日は何も入れていない。

時には体を休めてあげないとと
常々、クライエントさんにも言っているのと
同じことを自分に言い聞かせた。

整体に行く電車の中で
友人KさんからLINEがきた。
返信していたら降りるべき駅を飛ばして
2駅もどることになってしまった。

帰りの電車の中でもKさんのLINEの続きがあり、
やり取りしている内に
いつしか完全に休日モード突入。

最寄り駅についてもまだ
おしゃべりが止まないので
遂にコメダ珈琲に入ってコーヒーブレイク。

こんな日も珍しい。

明日からは毎日、カウンセリングも入っているし
金曜の非常勤講師の日もある。

家で読みかけの「利休にたずねよ」を手に取り
夕方まで読み進めた。

利休がなぜ秀吉に命ぜらるがままに
切腹したのか
その謎を解き明かす内容かと思っていたら、
いやいや意外にも女性の匂いが…。

読むうちに、利休も男だったのだという
生々しい話に傾いてきて
後添えの宗恩の「くちおしい」という
言葉が
自刃した利休の血糊のように
べったり、私の体にまとわりついた。

忙しいとそんなこと構っちゃいられないのだが
たまのお休みに自分を解き放ったおかげで
真昼の妄想が暴走し、
「利休にたずねよ」を枕元に伏せて
夕方、しばしまどろんでしまった。

あ~あぁ。
次の「文学と版画展」の装丁の題材は、
「利休にたずねよ」にするか
「板上に咲く」にするか。

結局、どこかでいつも
次なる仕事や制作のことを考えている私だったが、
時間があると
妄想に走るという自分に気が付いた。








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