個展を半年後に控え、
最終の作品リストを整える時期になった。
後2~3点新作を創るとしたらという観点で
何をどう創れば全体の統一感が出るか、
考えた結果、
「雨のシリーズ」で言いたかったことを
シンプルに描こうという気持ちになった。
自分の性格的には
せっかちで、ぎゅうぎゅう詰めにして
言いたいことはもれなく言いたいタイプだが、
それだといつも饒舌になってしまう。
数年前に実験的な作品を数点創って
検証した結果、
作品において
使う色数を制限し、形を単純化し、
引き算で構成した方が版画としても
いいのではということに気付いた。
新しいアプローチの作品は
概ね好評だったので、
ここ3年間はそのシリーズで創ってきた。
しかし、ここ最後の数点というところまで来て
もう1段ギアを上げ、
もっとシンプルにしたらどうなるだろうと
絵を構成するモチーフを最小限にしてみた。
つまり、「雨のシリーズ」なんだから
「雨」だけで絵を創れないかということだ。
私は抽象の作風ではないので、
「雨」だけで成り立つ作品は創れそうにない。
しかし、雨ともうひとつの何かだけで
シンプルに「雨」を表現したい。
そうして出来上がったのが
今回の「雨降りの窓辺」の2点だ。
今日、本摺りをしたのは
「雨と窓の向こうの紫陽花」
タイトルは「よひらのは」
「よひら」とは紫陽花の別の名前だ。
この2点はひらがなのタイトルにしようと思う。
日本語でいうなら
「漢字でもカタカナでもなくひらがな」
かな文字の流れるような美しさを目指している。
試し摺りを横に置きながら
今朝も5時に起床し、
本摺りに取りかかった。
絵具は昨日、調合してあるし、
和紙も湿らせてある。
いつもに比べれば色数も少ないので
さほど時間はかからないかもしれないが、
グラデーションの幅や
水のぼかし具合などを微調整し、
紙の白を決して汚さないよう
慎重に摺りを進めた。
実際、6時間ほどで
8枚完成したので、少し短時間で出来あがった。
1版目で提出しなければならなくなったとしても
2版目で提出しなければならなくなったとしても
どこで辞めてもいい感じであるよう、
8枚の湿した和紙をミスなく摺っていく。
この考え方は
浪人時代、油絵を描き進めていく時に、
いつ提出してもいいように描けた作品が
最後まで気持ちよく描けるし、
いい作品になるという講師の教えによる。
それは油絵であっても
版画であっても同じだ。
今回は版数としては10版ぐらいだと思うが、
床の雨のラインの下にもう1版入れて
下半分に陰りが入っている。
こういう作品は
明快かつ単純ではないように
こわざが必要になる。
しかもシンプルかつ短調ではないように
神経を使う。
出来あがった作品は
おしゃべりな私にしてはずいぶん寡黙で
スキっとしている。
「Simple is Best」かもしれない。
出来あがったばかりの作品には
作家の目に客観性がないので
自画自賛に陥る危険性がある。
しかし、今、
長年の懸案である木版画らしさとは何か
いい作品とはどういう作品かについて
ひとつの解答を得た気がしている。
昔、ダンナの転勤で香港に住んでいた頃、
大学院を修了してすぐだったが
誰にも意見を聴くこともなく、
師事することもなく、
ひとりで制作していた。
その頃は「私が苦労する分にはそれでいい。
大変でも自分が頑張れればそれでいい」と
版数や色数のめちゃくちゃ多い作品を
創っていた。
しかし、苦労したり頑張ったからといって
必ずしもいい作品になるわけではない。
今回の作品で
その答えが出たような気がする。
これは紫陽花展や個展で
鑑賞した方の反応を見るのが楽しみだ。
どんな道も奥が深い。
その道の先に
時折、希望が見えたり挫折したりするから
また、立ち上がろうと思えるのだろう。
さあ、この作品は
「希望」なのか「挫折」なのか、
とりあえず、絵筆と絵の具皿を洗おう。
お疲れっした~。

















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