2026年10月18日日曜日

卒業した陶芸工房の展覧会

 









毎日、清々しい秋の晴天が続いている。
1年で一番気持ちのいい季節。

自分はもう辞めてしまった陶芸工房の
会員による定例の陶芸展が開かれていたので
同じく辞めてしまった友人と誘い合わせて
観に行ってきた。
(私もこの展覧会には6回出品したことがある)

今回の会期は水曜日から始まっていたが
今日は私の個展に来てくださった2人が
陶芸展の受付当番だったので、
お当番の後にお茶しようということになり
この日に伺うことにした。

その前に友人とは川崎駅近くでランチをし
お互いの近況報告をすることになり
友人ご推奨のイタリアンで待ち合わせた。

ここのランチがホテル経営にも関わらず
リーズナブルだということで
私は迷わず名物メニューの
「ロテスリーチキン」のランチセットを注文した。

ふっくらしっとりローストされた鶏肉と
鳥だしで炊いたライスが
優しいお味でとても美味だった。

友人とは
対面で会うのは1か月と少しぶりだったけど
9月の個展のキャストで来てもらっていて
あまりプライベートな話をしなかったせいか
なんだか話がたくさん積もっていた。

私自身は個展があって後片付けがあって
10月はいつもの日常が戻ってきたという
感覚だったが、
友人のところはこの間家族や周辺の大事な人に
いろいろあって大変だったようだ。

男の人は
自分の身辺に何かあっても
友だちと会っておしゃべりすることはないが、
女性同志は近況報告しながら
一緒にご飯食べるのが常なので、
この日もレストランは女性客で満席だ。

私たちは1時間半の制限時間いっぱいまで
おしゃべりし、
隣の駅の陶芸展会場に向かった。

陶芸展「卓」は2年に1度の間隔で開催される。
私は去年の「工房30周年記念展」に参加したのを
最後に夏に工房を退会した。
友人はもひとつ前に退会しているので
ふたりとも
この陶芸工房の卒業生ということになる。

会場につくとお当番のふたりが迎えてくれた。
そのふたりは
同じ高校の先輩後輩にあたり
陶芸工房の主宰者Y先生の教え子でもある。

工房に所属している会員はだいぶ入れ替わり
その数も減ってしまったということだけれど
今回は15名の参加者が思い思いの「卓」を
展開していた。

自分がいた時にも会員だった人は
粛々と自分の世界を展開していて
ひと目で誰かが分かる作品を出していて
思わず笑みがこぼれる。

お当番をしていたふたりも
自分の世界観を大切にしながら
新しい釉薬や作陶に挑戦していた。

全く知らない数名も
自分の「卓」自分の「器」を目指し
作陶しているようだ。

趣味で陶芸をしているということは
お店では売っていないものを作ることに
作陶の楽しみがあると思うので
それぞれの目指す「器」に向かって
がんばって欲しいなと思う。

しかし、作りたいものを作るには
それに伴うスキルも必要なので
そのあたりが主宰者から教えを乞えなければ
「ここにいても叶えられない」と
辞めてしまうことになる。

そんなあたりをお当番が終わったふたりと
友人とでひとしきりおしゃべりした。

帰り道、
ふいに自分の人生に
「何か一区切りがあったな」という思いが
湧いてきた。

思えば、10数年続けていた陶芸を辞め
2年立て続けに夏に入院手術を経験した。
そして、
9月に5年ぶりの個展も無事に終わった。

いつもの日常が戻ったと思っていたが
気づけば
手放したもの・卒業したものもあった。

人生はずっと同じに続くわけじゃない。
「無常」
という言葉が私は好きだ。
「常なるものは何も無い」という意味だ。

暑い夏が終わり
延々と降り続いた9月の雨も止み、
10月、秋の高い空が澄み切っている。

季節が変わるように
時間が経てば
人の営みにも変化が訪れる。

ひとひとりが背負える荷物には限りがある。
年相応・環境相応・体力相応
あまり無茶をしないで
手にしているものを慈しんでいこうと思った。















2026年10月16日金曜日

木版画の『見当』とは

 


日本語で「見当をつける」とか
「目見当で適当に合わせる」などという時、
「見当」とは
大体この辺りと予測したり判断したりして
出かけたり行動することを意味している。

そして、それが外れた時は
「見当違いだった」とか
「見当違いな意見を言うな」といった
使い方をすると思うが
その「見当」の語源とはどこからきたものか。

今日はその「見当」についての
お話をしようと思っている。

江戸時代から
木版画の和紙を版に置く時に使う
「カギ見当」と「ひきつけ見当」という
2か所の目印がある。

目印と書いたが、
実際は版を少しだけ削ってくぼみを造る。
右利きの人のために
和紙の右下には「カギ見当」
左下には「ひきつけ見当」が彫られ、
その2か所に和紙の角を当ててから
和紙を版に載せて、
紙の裏側からバレンで摺るのが木版である。
この2か所を1組として1版と呼んでいる。

手漉きの和紙の周囲は真っすぐではないので
この2か所に当たる部分だけは
あらかじめ鋭利に紙を切っておく。
そして、まるでカチッと音がするように
正確に紙のエッジをくぼみに合わせる。

合わせるといっても和紙は載せるだけなので
簡単に動いてしまう可能性があるので
その2か所を両手の指で押さえたまま
版を手前にひいて
和紙全体を版に載せる必要がある。

その2か所を手掛かりに
たとえ何版も複雑に重なった作品でも
ずれないように摺っていく。
それが木版の「見当」だ。

「見当」を彫るには専用の「見当のみ」と
「げんのう」が要る。
「見当ノミ」は片刃なので
刃のない側が垂直にささるように
トレースされたマークの上に構え、
げんのうを叩いて切り込みを入れる。

切り込みの溝にななめになるよう
見当ノミの刃を使って版を削り
深さ3mmくらいの溝を彫る。

その溝がななめの壁になったりすると
和紙を置いた時のずれにつながるので
慎重に垂直に見当ノミを打つことが
重要だ。

江戸時代から
版木の見当が正確に彫られていないことで
摺り師が摺った時に版がズレると
「見当がズレた」=「見当違い」
になったのかもしれない。

木版の専門用語である「見当」は
すでに令和の世の中では
特殊な専門用語にすぎないが、
「見当をつける」とか「見当違い」など
日常の生活の中に
すこし違う意味で生きている。

私は版木を大きく使っていて
1枚の版木(60×45㎝)の中に
見当を4~6組入れている。
ひとつの作品は
つごう8~12版だというと驚かれるが
実際には版木の数は
両面彫りなので1枚とか2枚しか使わない。

その複雑な版木のせいで
時折、試し摺りの時に
「見当違い」を起こして
摺りたい場所に版がこなくて
とんでもない失敗をすることがある。

そんな時はどこにも怒りをぶつける先がなく
大きなため息をついて
摺りの途中の和紙を丸めて捨てるしかない。

実際の生活でも
大体の「見当」で出かけるのは苦手だ。
どちらかというとしっかり調べて
車の場合はどこに駐車すればいいかまで
「見当」=「検討」してからいくタイプだ。

行ってみたら
行きたいお店や駐車場が
「見当たらない」のはドキドキする。

試し摺りの時の失敗は
本摺りで2度とやらかさないように
鉛筆でぐるぐる書いたり矢印をして
絶対失敗しないようにする。

摺りの終盤、「見当違い」すると
それまでの摺りが水の泡に期すのが
本当に怖いからだ。












2026年10月15日木曜日

都美館『百花繚乱展』鑑賞

 






















初めて身障者手帳を使って
展覧会に行ってみることにした。

手帳を交付された時、
いろいろな特典があるという説明を受けた。
その中で1番助かるのは
タクシー券(500円分)を年間84枚もらえるのと、
タクシーが毎回、1割引きになること。

交通機関でいうと
地下鉄が半額、バスも半額になる。
こちらも今までに何回かお試し済み。
いかし、JRと京急は何の特典もない。

美術館関連の特典はものによるので
その展覧会の情報を調べてみると
「身障者割引もしくは無料」とある展覧会がある。

シルバーウィークの時に
所属している団体展「日本版画協会展」の
総会と審査があって
都美術館の地下の審査室に行った時、
同じ都美館で
長蛇の列をなして人が並んでいる
展覧会があった。

それが
「百花繚乱~海を越えた江戸絵画~
大英博物館の日本美術コレクション」
という展覧会だった。

会期が7月25日から10月18日までで
あと数日で会期が終了するのだが、
シルバーウィークの時も
そのずっと前も人気ぶりはすさまじく
夏休みの間中も人であふれていたらしい。

私は夏休みの2か月はそれどころではなく
9月には個展もあったので
9月半ばをすぎて
ようやく世の中のことに目を向けられる
状態になった。

調べてみると「百花繚乱展」は
身障者手帳がある人は「無料」とあるので、
これは試してみる価値ありと踏んで
「版画協会展」の会期とかぶる
10月15日(木)に出かけることにした。

朝早くの方が少しは空いているとのことで
10時前には美術館には着くと
9時半スタートの入場のはずだが
すでに入場40分待ちだった。

その人垣を一気にすっとばし入場口にいくと
他にも身障者手帳を持っている人が
5~6名いて
私が着いたタイミングで
一斉に入場させてくれた。
何だか申し訳ないがラッキー!!

中の混雑もじわじわと増して
目玉の大英博物館にある「秋冬の襖」と
日本の青森県の旧家宮越家にある
「春夏の襖」のコーナーは
そこだけ写真撮影可なこともあって
押すな押すなの大混雑。

とにかく初めてこの2部屋の襖が
同じ空間に並んで展示されているのだ。
イギリスと日本、
生き別れたふたつの作品が…。

これを見ずしてどうするとばかり
人は押しくらまんじゅうだ。
それでも私はしぶとく粘って最前列までいくと
やはりその盛り上がった絵肌や
綿密に描かれた四季の花と鶏の様子は
時を越えて訴えてくるものがあった。

他の出品作は主に版画で
そこは一切、撮影できなかったが、
大英博物館のコレクションがいかに膨大で
いかに英国人の目に
広重や歌麿や写楽・北斎などが
唯一無二の芸術として映っていったかが
よく分かる。

私たちが教科書で学んだ有名どころの版画は
みんな所蔵されているのではと思うほど
今回、里帰りしているラインナップだけでも
なかなか観ることのできない豪華さだった。

とりわけ
大河ドラマで「蔦重」や「江戸の版画」が
身近になったせいもあり、
周囲の人が一緒に来ている人と
にわか知識を披露しながら
木版画を愉しんでいるのが面白かった。

私はひとり、彫り師の技量や
絵師がどの程度指示を出していたのか
摺り師のスキルの高さに舌を巻きながら、
到底、現代木版画というか
私には出来ない技術だなと感心しきり。

押し合いへし合いしながらも
間近で覗き込むと
黒一色に見えた着物にも地紋が彫ってあり、
夏物の着物の透け感など
いかにしてそんな風に表現できるのか
呆れるほど高度なテクニックだと思った。

また、大胆不敵な構図のものにも
驚かされ、
単なる風景画でも人物画でもなく
秀逸なデザインはとても斬新で
何か自分の作品にも盗めないかと思った。

こうして2時間半あまりかけて
「百花繚乱展」を見終えて出口に出てみると
列は「60分待ち」になっていた。

更に当日券を求めて並ぶ列は
只今「15分待ち」だった。
こうして約1時間待って中に入っても
さっきの混雑が待っているのかと思うと
お気の毒としか言えないが、
辛抱強い日本人は
かなりのご高齢にも関わらず耐えていた。

「百花繚乱展」の後は
同じフロアーで開催中の「版画展」に
会員の会員証を見せスルッと入場。

審査の時の「版画協会賞」や
各種「新人賞」「奨励賞」などを獲った
作品を横目で見ながら
展示室10に飾ってある自分の作品を確かめた。

両脇にモノクロームの作品がきているので
カラフルな私の作品はとてもいい感じに見えた。

ついさっきの展示で学んだように、
江戸時代の木版画は黒一色で始まったけど、
やがてとても流行って色鮮やかな時代を迎え
「錦絵」と呼ばれるようになった。

全盛期の木版画はイギリス人にも
素晴らしい芸術として迎い入れられ
大英博物館のコレクションは他に類を見ない。

自分の木版画も
時流がモノクロームであっても
まぎれもなく「錦絵」なんだとの
意を強くした。

2つの展覧会を廻って
歩きすぎで口もきけないほどだったけど
お腹だけは減ったので
駅舎の2階にある台湾発のご飯屋さんで
ランチして
電車が込まないうちに帰宅の途に就いた。

今日は今までで一番
身障者手帳を有効に使えたと思う。
来週は上野の東博で
「大徳寺展」に無料入場してみようかな。


























2026年10月14日水曜日

10月は『彫り』月間

 









木版画は1点仕上げるのに時間がかかる。
とても小さな作品なら
原画作成から彫り・摺りと進めて
1週間で出来なくもないが、
1辺が1m近い作品になると数か月を要する。

私がよく手掛ける大きさは
額縁でいうと「大衣」サイズで
作品の絵のサイズが45×30㎝くらいの作品か、
もうひとつ大きい「大全紙」の額に入れる
イメージサイズ60×45㎝くらいのもの。

今回は
5か月版画を創っていない期間があったので
まずは「大衣」サイズのものから
創り始めることにした。

そのくらいの大きさが
内容的に言いたいことが言えるし
摺りの時に摺りやすい大きさということもある。

版画作品は2点同時に
原画を立ち上げることが多い。
別に「対」の作品ではなくても
共通のコンセプトで2枚創ることで
少し角度を変えた見方で
しっかりイメージを定着させることが出来るから。

今回も「柿」を使った作品を2点同時に
原画作成し、トレぺ原画にした。
そして、2点同時に版木に転写する。

2点同時に版木転写することで
編み物でいうところの「ゲージ」を
整えることが出来る。
日をまたぐことがあったとしても
体の感覚を途切れさせることは禁物だ。

例えば、葉っぱの形や実のデザインに
共通性をもたせたり、
細部の表現を均一化することで
同じモチーフを視点を変えて捉えていることを
表現できる。

「版木転写」が終わると
「彫り」の作業と「摺り」の作業になる。

今回は版木2枚(両面彫り」の1,5枚を使って
2点分の版をトレースし終えた。
面の数でいうと3面だ。
(版木1枚は60×45㎝の大きさ)
(厚さは6ミリ)

つまりひとつの作品につき、
1面半の版木を使ったことになる。

個展でもよく同じ質問を受けた。
「いったい何版くらいあるんですか」と
訊かれたが
「だいたい8~10版、多いと12版くらい」と
答えると版数の多さに驚かれる。

しかし、実際には
「この大きさの作品は1面半に納める」
と決めている。
つまり、2点の作品は3面以内に取り切るので
2点で版木は1枚半しか使わない。
意外と少ないのだ。

浮世絵のように版木を作品の大きさにしてしまうと
8枚の版数には8枚
10枚の版数にには10枚の版木が必要になる。
桜や柘植など硬い版木は
合板と違って元の木の太さや幅があり
制約があるから仕方ないが…。

私が中くらいの作品2点分の彫りを終えるには
約1ヵ月かかる。
他にも仕事や遊びに使う時間があるからだ。

版画制作で画室に籠る日と
外に出る日。
ひとりで作業する日と、人と会う日。
そのバランスが自分にはとても大切だと
思っている。

なので、「作品2点分の彫り」を
今月のミッションと決めると
机に下敷き代わりに置いてある
大きな月替わりのカレンダーの余白に
「作品2点分の彫り」
と書き込む。

月初には何日かかるか分からないし、
長時間、彫り台に座れる日もあるが、
ほんの1~2時間しか彫れない日もある。
全く、版画の仕事をしない日も多い。

それでも、「月間」の予定を書くことで
その月の目標が決まり
月半ばでどのくらいの進捗状況かが見える。

せっかちな自分は
月半ばで予定より進んでいれば
単純に安心するし、
未達になりそうな時は
休みの日でも時間を捻出する。

そして、
日数を余して予定をクリアしても
前倒しに次の「摺り」を突っ込んだりせず
余裕をもって摺りのイメージを膨らませる。

きっと11月のミッションは
「2点分の摺り」になるだろう。

今のところ「彫り」作業は月末を待たずに
2点分出来上がると思うけど、
久しぶりに版画制作に戻ってきた自分に
何かご褒美か癒しを与え、
10月の『彫り師キミノ』の労をねぎらう
つもりだ。

気持ちのままに無茶をすると
腰や首の凝り
目のしょぼつき
腱鞘炎など
こじらせてからでは、かえってメンテナンスに
お金と時間がかかるので
何事もほどほどで切り上げることが肝要だ。

さてさて、本日の彫りのご褒美は
時期の時に買って冷凍しておいた
「あげぼののあんず大福」を
解凍していただくことにする。

ちょうど自然解凍ができるまで
もうひと踏ん張り
彫り師キミノは彫り台に向かいます!!























2026年10月10日土曜日

鎌倉薪能 2026

 









今年も10月9日(金)の夜に
鎌倉の鎌倉宮で開催された
『薪能』に行ってきた。

これでこの薪能は個人的には4回目の鑑賞だ。
しかし、その歴史は長く
第1回は1959年(昭和34年)だというから
今回で『第68回』となる。

薪能の起源は更に遡り
奈良の興福寺や春日大社が発祥の地で
今日のような能を主体とした形式は
室町時代に出来あがったとされている。

鎌倉で始まった当時の位置づけは
「鎌倉らしい芸能を残す」とされているけど
4回鑑賞して思うことは
これは芸能ではなく『神事』であり、
一般市民が観て楽しくて
理解できるようなものではないということだ。
(私の知的レベルが低いのかもしれないが)

時は夕暮れ前の午後4時半、
鎌倉駅にお茶のお社中のメンバーで
集合した時には
まだ爽やかで温かな陽気だった。

袷の着物を帯付きで出歩くのに
ちょうどいい季節、
しかし、鎌倉宮は奥まっているので
寒くなることを見越して
手には毛のショールを持って行った。

例年通り、駅前でタクシーを待っていても
なかなか空車がこないので
今回はバスを利用し
会場に到着した5時半ごろには
刻々と日暮れて
空の青がコバルトブルーに変化した。

会場は砂利を敷き詰めた境内に
座面の硬いパイプ椅子が無造作に並んでいる。
700名ほどの収容人数だそうだが
ほぼ100%の入り具合だ。

着物で来ている方もけっこうな数いて
「薪能」の会場らしい空気を作りだしている。

しかし、今年はとりわけ
年齢層が高く、
私たちの前の列にもその前の列にも
体格のいいおじいさんが何人かいて
舞台があまりよく見えない。

しかも、鎌倉宮は夜になると
冷え込むと分かっているせいか
始まる前から薄手のダウンコートを着たり
厚手のジャケットを着たり
帽子をかぶったりする人が多いので
ますます着ぶくれて
後ろの人は舞台が見えないことになる。

演目の流れは毎年決まっている。

神事開始の太鼓に始まり、
僧兵による法螺貝の音による開始の合図。
火入れ式と続く。

山の奥から現れた僧兵や神職・巫女と
受け継がれた松明が
正副奉行の手で灯されると
いよいよ能舞台の始まりだ。

その頃には夜のとばりが降りて
山は凛とした空気に包まれる。
くべられた灯がたちまち燃え上がり
白い煙が立ち上がり
時折、火の粉がパチパチとはぜて舞う。

能舞台は四隅に細い竹の木が立てられ
細い綱が張ってあるだけの簡素なもの。

「能」は、事前に
金春流のシテ方山井綱雄氏による
能のお約束事や物語のあらすじなどの
説明がなければ
凡人には容易には理解できない
「象徴」の世界だ。

ただその張り詰めた空気
幽玄でおごそかな雰囲気
鼓の音
厳粛で悠長な所作など
全体の『能の世界』を楽しむのが
『薪能』である。

<今回の演目>
金春流 素謡 『翁』
和泉流 狂言 『清水』
金春流 能 『黒塚』

はっきり言って分かったのは
狂言『清水』だけ。

すっかり青年になった
太郎冠者の野村裕基君だけが
「だいぶうまくなったわね」と
おばさま達の理解を得たというところ。

あとは『翁』のシテは
天下泰平と五穀豊穣を祈る謡を
吟じていると分かっていても
その内容は
英語よりフランス語より理解に苦しむ。

能『黒塚』は
山奥に棲む鬼女が
なぜ鬼になってしまったのか
日本人と西洋人では『鬼』に対する考え方が
違うことなど
あらかじめ仕入れた知識を元に
面の違い、所作の意味などを観ていたが、
残念なことに前列のおじいさん達が邪魔で
あまりよく見えなかったというのが
現実だ。

最後、鬼に変貌し荒れ狂う鬼女に対し
阿闍梨祐慶と従者が
ずっと怒りを収めようと数珠を繰り続け
夜の静寂(しじま)に
じょりじょりじょりじょりと
鳴り続けていたのがとても印象的だ。

わけ合って鬼女になってしまった者を
こらしめるのではなく
祈りで諫めるのが日本の考え方だそうな。

「深い」といえば「深い」けど
「よくわからん」というのが本当のところだ。

それにつけても
これに12,000円のチケット代はいかがなものか。
「幽玄の世界」はこれで4回、十分味わった。
いきなり4,000円の値上げには
私も鬼女になりそうな気分だった。

来年もまた来るかどうかは
お財布と相談して
冷静に決めようと思う。