2026年4月12日日曜日

誕生日は『彫りデー』












4月12日は誕生日。
何歳かはご想像にお任せするが
かなりのお年頃なのは間違いない。

昨日の11日、
商社マンの甥っ子がニューヨーク支店に
転勤になるというので
親族が集まって壮行会が行われた。

その時に
孫1号と孫2号がバースデーカードを
作ってきてくれプレゼントしてもらった。

甥っ子のところにも双子の赤ちゃんがいて
ヴァイオリニストのママとおチビたちは
一緒にニューヨークには行かず
親子バラバラの生活が始まるという。

まだ1歳3か月の双子を
連れて行くのも地獄
日本でママひとりで世話するのも地獄。

目の前でぐずる双子を見ながら
自分がこのぐらいの年齢の娘たちを抱えて
ダンナの転勤に合わせ
香港とシンガポールに行った時のことを
思い出した。

我々の任地はアジアだったので
向こうではアマさんといって
お手伝いさんを雇うことが出来たけど
このご時世のニューヨークでは
それはままならない。

本人もニューヨークはあまりの物価高で
外食は出来ないから
その辺の屋台のバーガーか
デリカテッセンで何か買って済ませるという。

ニューヨークに行く甥っ子も
日本に残るママと双子も
これから
どちらもかわいそうなくらい大変だと思う。

自分たちはしみじみいい時代に
海外転勤を経験したと思う。

そして、その時連れていった娘達も
すっかり大人になって
その子ども達がばぁばに
バースデーカードを書くまでに時は経った。

「オーママの好きな色は何色かな」
「紫がいいんじゃない」などと
孫1号と孫2号が相談しながら
カードにピカピカ光る折り紙や
イマドキの文房具を使って
デコってくれた。

孫1号はリリアンも編んでくれ、
色はもちろん
紫と薄紫と白の3色組。

春から年長組になった孫2号は
ひらがながじょうずに書けるようになって
誇らしげだ。

双子のママも
「5歳ってこんなに大きくなって
ひらがなとかも書けちゃうんですね」と
まだ歩き出してもいない小さな我が子と比べ
とても驚いた様子だ。

親族が集まる機会も少なくなり
そうしている間に
子ども達はぐんぐん成長する。

私たちが海外転勤だなんていってた頃は
もう遥か昔のことになってしまった。

明けて12日。
誕生日当日は何事もなかったように
いつもの日曜日。

私のホリデーは「彫りデー」のことが多いが
まさに新作の彫りも佳境に入り、
版画の出来不出来を左右する
飾り彫りのパートを彫ることにした。

香港には6年近く住んでいたので
途中で幼い娘たちを連れて一時帰国し
絵具や版木の買い出しをしたことを思い出す。

香港では
当時、上の娘はキンダーガーデンに通わせて、
次女はまだ家にいた。

私が版を彫っている時
1歳児をひとりにはしておけないので
側においてひとり遊びさせていると
平気で彫刻刀に興味をもって触ろうとする。

危ないけど、取り上げずにいると
案外、ケガもせず
ママの真似をしようとしていた。

ママから
「話しかけんなよオーラ」が出ているせいか
娘はちゃんと黙って
隣で遊んでいたことを思い出した。

その娘(次女)は版画家にはならなかったが
グラフィックデザイナーになった。

もうひとりの娘(長女)の娘(孫1号)は
目下、工作が一番好きなんだそうな。
リリアンの延長線で
タペストリーでも創るようになるかも。

時は流れて
みんな確実に歳もとるけど、
まだこうして彫刻刀を握り
首やら肩やらパンパンにして
彫っていられるのは幸せなことだと思った。

とりあえず彫刻刀を置き、
今夜はフィレ肉を使ったお料理でも作って
ワインで乾杯しようかな。
























 

2026年4月9日木曜日

彫り師ウィーク








4月に入ってから、

午前中にカウンセリングに行っては

午後は「彫り」

暇を見つけては「彫り」

お稽古に行く前、着物着る前に「彫り」と

とにかく

新作の「彫り」をひたすら続けている。


4月30日にプロの写真家の

作品撮影を予約してしまったので、

そこまでに中型作品を立ち上げ

彫って試摺り本摺りをする。

できればすでに彫ってある小品1点も

摺り終えなければならない。


グループ展は6月8日からだし

個展は8月半ばからだから

何も4月中に撮影しなくてもと思うが

ちょっと諸事情がある。


「摺り」の作業は体力勝負。

しかも和紙を湿した状態をキープするので

クーラーが使えない。

ということは真夏に摺りをするのは非常に困難。

つまり、暑くなる前に摺り終えたい。

それが諸事情のその1。


写真家さんが

「撮影の候補日をいくつか出してほしい」

というので

ゴールデンウィークの後に2か所

直前に1か所出したら、

直前の30日に決まってしまった。

それが諸事情のその2。


プロの写真家さんはとても良心的な方。

「今年は個展イヤーなので少し例年より

撮影する枚数が多い」と告げると

「何枚ですか」と訊かれた。

「たぶん9枚です」とまだ摺っていない2点も

含めてカウントすると、

「10~18点は1点につきいつものお値段より

500円安いお値段になります。

9点でしたら、そちらのお値段で」という

返信がきた。


今、手元には出来ている

未撮影の作品が7枚。

あと2点は希望的観測で間に合わせたいだけ。

それができたとしても9点なのに

10点以上の時の価格にしてくださるという。


埼玉県からはるばる車に機材を積んで

高速をすっ飛ばしてきてくれるのに

やっぱり7点でお願いとか

8点しか間に合いませんでしたとは言えない。


という訳で何が何でも9点にこぎつけたい。

それが諸事情のその3。


ある方には「貴社とは長いおつきあいなので

特別なお値引きを」といってもらったり、

写真家さんには「長いおつきあいの方は

プロフィール写真をただで撮ってあげます」と

いってもらったり。


この世知辛い世の中で

良くしてくださるチームきみののメンバー達。

(勝手にメンバー入りしてもらっている)

そのご厚意に甘える時は

わがままになってはいけないと思っている。

図々しさは呆れられるので

長いおつきあいをするには

節度が必要なのだ。


つまり1枚おまけは許してもらえるとして

2枚3枚のおまけを強要しないように

しなければならない。


てなわけで

とにかく原画を起こし

トレぺ原画に写し、

版木に転写したら、あとは彫るのみ。

4月前半で彫り終えるため

「彫り師きみの」は今、

彫って彫って彫りまくる。


しかし、時は4月新年度。

パティシエ学校の新しいオリジナルテキストも

9日が提出期限で改訂版を作っているし、

17日からは授業そのものが始まる。

AI対策の新授業内容も考案中だ。


出版予定の英語版の本のミーティングも

3月は年度末で社長の都合でお休みだったのに

4月になったら

急に巻きが入って毎週1回に頻度が上がった。

あと5回で本文の完成に持ち込むと

監修役の社長は意気込んでいる。


しかも私は

先月からインナーマッスルを鍛えて

背骨を支えられるようにするとともに

くびれ強化月間と名付けて

美ボディ目指して筋トレ中。

カーブスに通う頻度のギアを上げた。


カウンセリングも安定の回数

ご予約が入っているので

ここはしっかり

ひとりひとりに向き合いたい。


という訳で

あと数日で誕生日なのだが

歳をとっている暇はない。


冷静に考えると愕然とする年齢だけど

愕然とする暇もなくきっと過ぎていくだろう。

木屑にまみれながら迎える誕生日。

そんな年があってもいいと思うことにしよう。


2026年4月3日金曜日

「ハッピーターン」の戦略

 










朝、最寄駅から電車に乗ると、
京急線の電車まるまる12両が
「ハッピーターン」に占拠されていた。

京急線は赤いボディに白いラインが特徴だが
時折、ブルーの車体とイエローの車体のものがある。

どちらの車体も滅多にないので
線路の向こうからブルーやイエローの車体が
入ってくるのが見えると
ちょっとラッキーな気分になる。

「あ、今日はイエローだ」と心の中でつぶやき
目の前まで来て前方車両が通過すると
車体になにやら黄色い色の顔のイラストの
ステッカーが、全車両に貼ってある。

よく見知ったキャラクターではないので
最初は気にも留めずに車内に乗り込むと
よく見ると社内の吊り広告が
すべて「ハッピーターン」だった。

まず、天井の両脇の広告に気づいた。
「えっ?明日、祝日だよ」
「テレパシーとしか思えない
タイミングの「今、暇?」

「ん?どういう意味?」
そう思って中吊り広告を見ると
なんとどの中吊りも
「ハッピーターン」そのものが
ぶら下がっている。

もちろん、本物のおせんべいが
入っているわけじゃないけど、
とてもよく似せてある「ハッピーターン」だ。

俵型をして、バスマットのような
少し起毛のある生地でできている。
更に焦げ目の色まで着色されていて、
本当に本物そっくり。
それをあのセロファンで
キャンディのように包んだものが
全部の中吊りにぶら下がっている。

電車に乗っている乗客は
誰もそんなことは気にも留めていないけど
私はひとり、びっくりして
思わずスマホで写真撮影した。

「ハッピーターン」といえば
亀田製菓が出している
大昔からある定番のおせんべい。
甘辛い味が後を引く、人気商品だ。
今更、こんな大掛かりな宣伝をしなくても
十分、売れている商品のはず。
なぜ???今???

少し調べてみると
亀田製菓から
「ハッピーターン」が売り出されたのは
第一次石油危機の時で、
世の中は不景気で暗かった。
なので、
少しでもハッピーが戻ってきてくれるよう
「ハッピーターン」というネーミングにした
とある。

確かにお菓子の名前は
「えびせん」「アーモンドチョコ」「ごませんべい」
「堅焼きポテト」「竹の子の山」「きのこの森」
など、
使っている材料や形状の名前をつけることが
ほとんどだと思う。

そこに「ハッピーターン」などという
概念みたいなネーミングは確かに珍しい。

時は4月初め、新年度の始まり。
桜は満開。

車窓から大岡川沿いの桜を眺めていると
「ハッピーターン」に込められた意味が
少し理解できたような気がした。

ほんの小さなことにも幸せを感じる感性。
毎年、この時期に桜を観ると
「今年も観られてよかった」と思う。

我が街の標本木の桜も満開を迎え、
そこを通る度に
何人もの人がカメラに収めていた。
そして、花散らしの雨が降れば、
川面に散った桜が花筏になって
それはそれで美しい。

いつもの生活の中に
ちょっと嬉しいことがあれば
気持ちが軽くなる。

「ハッピーターン」の甘じょっぱい味は
そんな「人生いろいろあるさ」的な
味なのかもしれない。

新年度に新生活が始まった人も
いつもの日常が続いている人も
みんな、ささやかな幸せを慈しんで
暮らしていきましょう。

さあ、一息入れて
「ハッピーターン」でお茶しましょ。

それが「ハッピーターン」の戦略だ。














2026年4月2日木曜日

トレぺ原画の版木転写

 












今日は午前中にカウンセリングを1本、
その後、カーブスでひと汗かいてから
午後は先日、作成したトレッシングペーパーの
原画を版木に転写する作業をした。

ブログには鉛筆で描く原画と
それをトレッシングペーパーに写す工程は
上げたことがあるが、
版木に転写するところを掲載したことがない。

今年の1月から
新しい「四季彩工房KIMI」のHPを立ち上げ、
それに必要な画像を探していて
初めて気づいた。

料理に関する画像もたくさん撮っていながら
調理中の写真はほとんど撮っていないのと同じだ。

あまり絵にならないというのと、
手間暇がとてもかかるので
写真を撮りながらするというより
作業に集中していて
そんな余裕がないというのが主な理由だ。

しかし、今日はトレッシングペーパーに描いた
原画を分割しながら版木に転写する様子を
何枚か撮ってみた。

やはり似たような画像なかりで
興味のない人には
なんら魅力のない写真ばかりだろう。

木版画の転写には両面のカーボン紙を使う。
以前は10枚入り両面カーボンを
文房具屋さんで買うことができた。

しかし、今や両面カーボンは事務作業のどこにも
登場しないせいか、
文房具屋さんでは買うことができない。

私も昨年、ヨドバシで100枚入りの箱を
取り寄せてもらって購入した。
カーボン紙が100枚もあっても
一生かかっても使いきれないと思うが、
それ以下の枚数のセットがないから
しかたない。

私の木版画作品は、1版多色ではなく
多版多色なので、
原画を分解してトレースし、
部分部分をパズルのように摺り重ねていく。

木版画の隣合わせの色は
別々の版に起こさないと
色がにじみ出てしまうからだ。

そのせいで色数を多く使うタイプの木版画は
その分、版数も多くなるというわけだ。

浮世絵などは桜の版木を使っていて、
1版には1色しかのせないので
10色使ってあるものは10版あることになる。

しかし、
現代版画は大きさが浮世絵より大きいので、
シナベニヤというシナ材を加工したものを使う。
1版に1色ではなく
離れていれば何色でも使えるので、
私の作品の場合、
都合、10~12版ぐらいで25~30色ぐらいになる。

では、10版だから10枚の版木かというと
版画家用シナベニヤは両面使うことが出来るし、
版木を効率よく使うために
少しずつずらして転写するので、
今回の作品でいうと
両面彫りで2枚の版木、つまり4面使用した。

転写する順番は
なるべく奥のものから始まり
一緒に摺ることができそうな部分を
かためて同じ版になるようにする。

つまり、花びらの1版目なら
花が点在していても同じ版になるように
転写する。
そうすれば、同じ絵の具をおくことが
出来るし、
絵の摺り上がりのリズムが同一になる。

顔のメイクと同じで
まずは顔全体にファンデーションを塗り
そこからアイメイクや眉、口元など
細部に至る。

顔の上半分だけ仕上げてしまうような
メイクはしないのが普通だ。

版画も背景にくる全体的な部分から摺って
徐々に手前のモチーフに移るので
摺る順番を考えて転写し、
あっちこっちに飛び火しないようにする。

また、トレぺ原画の転写の精度が低いと
摺った時に隣同士の色に
隙間ができたり、重なり過ぎたりする。

理想は摺った時に隣同士の色が
ボールペンの幅と同じ0,5mm重なること。

そこを目指しているので
版木転写は同じ日に一気に行い
体内のゲージが同じになるようにする。

2日にまたがって転写したりすると
その微妙な感覚が日々違うので
ズレにつながる時がある。

という訳で、版木転写は
案外、神経を使う繊細な工程だ。

3時間半かけて、全部、転写し終わる頃には
目を酷使しすぎて涙目になったが、
ふと、この何でもAIで出来てしまう時代に
このロウテクな手法はいかがなものか。

近未来、
こんなに時間と労力をかけて制作する木版画は
前世紀の遺物みたいになってしまうのか。

それとも一周回って
やはり本物には価値があるということになるのか
そんなことをつらつら考えた。

今や
「10年後にはなくなる職業ランキング」
なんていう
ランキングが横行しているが、
後継者がいなくて廃業するとかより
AIに任せれば出来ちゃうからなんていう
理由でなくなるのは寂しい限りだ。

木版画人口は減るばかり。
それは木版画に限らず美術界全体にいえる。

アートを創っても
それが売れなければ作家は生きていけない。
先日も画廊のオーナーから、
40~50代ぐらいの作家たちが
生活できないからという理由で辞めていく話
を聞いた。

昔はパトロンがいた時代もあったし、
バブルがはじける前は好景気で絵も売れた。
しかし、ここ数十年そんな話は
ついぞ聞いたことがない。

今もどこぞかのお国のジャイアンが
やり放題で世界を引っ掻き回している。
明日の石油は大丈夫か。
ラップ類でも買いだめしようか。

さてさて、
「版画なんか買っても風呂の焚きつけにも
なりゃしない」(古っ!!!)
と、言われないように
思わず欲しくなる作品目指し
目をしょぼつかせながらも制作しようと思う。

とりあえず、本日のミッションは終了。
明日以降は
セッセと彫りの作業が始まる。

お疲れっした~!!

























2026年3月29日日曜日

白鷺が出てくる新作版画

 







利休忌も終わり、
3月もあと余すところ3日。
外はとても暖かで、正にお花見日和。

しかし、私は明日も明後日も出かけるので、
今日は1日アトリエに籠ることにした。

4月のミッションである新作版画の制作に
前倒しで取りかかろうと思う。

以前にも書いたが、
8月中旬に始まる個展のプレオープンと
同時に開催される「文学と版画展」のことを考え
また、6月初めのグループ展の案内状用の画像を
準備するとなると
4月末にはフォトグラファーの写真撮影が必要だ。

そこでプロに撮ってもらった画像は
個展開催予定の画廊で
8月半ばから販売や宣伝にも使われる。

更に出版社や新聞社への告知には
個展の1か月前にはDMを送るので、
それまでに準備してほしいと
要請があった。

となると7月半ばには
DMの印刷が終わっていて
画廊に届いていなければならない。

画廊の販売といっても、
そのほとんどが相手は海外の人で
お店やギャラリーに並ぶ作品を
直接見たお客さんが購入するわけではない。

SNSに載せたものを見て判断することになる。
となると、
解像度のいいちゃんとした画像データが
必須になる。

私が
個展で並べたりグループ展に出品予定の作品は
すべて4月末の写真撮影に間に合わせるとなると
意外と時間がない。
ワタワタするのは嫌なので
少しでも早く取りかかって
余裕をもって制作したいと思う。

そんなわけで、
「文学と版画展」のために創る新作の原画を
今日、立ち上げることにした。

今回の「文学と版画展」には
「白鷺立つ」という小説を選んだ。
著者は住田祐(すみださち)

全く今まで読んだことのない作家で
名前からでは男性か女性かもわからない。
まだ若手の新人作家のようだ。

内容は比叡山延暦寺の修行僧の物語。
かなり難解でかなり難しい言葉で綴られている。
重たいテーマだけど、
読み応えのあるいい小説だった。

内容をよく吟味もせず、
本屋さんの平積みの台に並べてあった時、
タイトルの格好良さに惹かれて
手に取った。

山道を駆け上る千日修行の際に着る
白い法衣姿をシラサギに例え
その厳しい修行に立ち向かった男たちを
描いている。

実際の本の表紙は
日本画というか南画というか
モノトーンで山水画のような山々の図が
装丁画に使われている。

しかし、それを自分の作品として取り込み、
白鷺をモチーフにして新作にしようと思う。

白鷺を描きながら
そういえば宮崎駿の
「君たちはどう生きるか」にも
白鷺は大切な役どころで出てくることを
思い出した。

姫路城はその白く気高い感じから
白鷺城とも呼ばれている。
(あまりに白いから白過ぎ城とも呼ぶ(笑い))

いずれも孤高の鳥・白鷺の意味するところは
死を思わせ、生きることを問いかけている。
少し、神様に近い鳥かもしれない。

愛らしい鳥ではないことは間違いない。
崇高なイメージだ。

そんなことを考えながら
鉛筆で原画を起こし、
余力があったので、
それをトレッシングペーパーに写し、
トレぺ原画も作成した。

手を動かしている間に作品全体の色味が
見えてきたので、
背景や鳥の立っている足場も
決めることが出来た。

きっと全体には重めの色調で
白い鳥が中央にすっくと立つような
凛とした作品になるだろう。

ここには何色といった花や背景の色味で
見えてきたものに関しては
注意書きをすでに書き込んだ。
原画の段階で全体の色味が見えると
とても作業がスムーズに進む。

これで4月に入ったら
トレぺ原画を版木に転写して
せっせと彫りの作業が始まる。

割合、大きめの作品サイズなので
彫りの作業も何日もかかると思うけど、
まずは絵師としてのパートが終わったので
一安心だ。

明日、出かける時には
今日、見損なった近所の桜を愛でつつ
お花見気分を味わうつもり。

ひとつずつミッションをクリアしつつ
桜を愛でるゆとりも紡ぎ出して
春の訪れを味わいたいと思う。