2026年1月12日月曜日

『バラ色の人生』のために

 









私のホリデーは何も予定がなければ
「彫りデー」になることが多い。
この3連休も中日と最終日は「彫りデー」だった。

ひとり静かに彫り台に向かい、
音楽をかけていることもあるし
無音の中で考え事をしながら彫る時もある。

今日は最近、ある人から言われたひと言が
頭に去来し
それをきっかけに思いを巡らせた。

あさイチに彫り台に向かった時は
何気なく脇のテレビをつけたのだが
NHKの番組で、平野レミがLIVEで短時間に
何品もの料理を作るという賑やかな番組を
やっていた。

この番組は10周年らしく、
過去の人気メニューを再現するというのが
今回の内容で、
過去の放送回の分とLIVEで作っている分が
交互に出てきて、終始、平野レミは
うるさいほどにしゃべりながら、
それでも手際よく料理を仕上げていく。

そして、最後に
「レミさんはカラフルな料理を作ってきましたが
レミさんの人生はいったい何色ですか」と
あまりにわざとらしいアナウンサーのフリを受け
「バラ色の人生ですね」と答えた後、
いきなり『バラ色の人生』を歌い出した。

平野レミは元はシャンソン歌手なので
それまでのガチャガチャしたおしゃべりとは
一転して
フランス語で歌う『ラヴィアン・ローズ』は
声も低く
しっとりとして思わず画面を二度見した。

なぜ、『バラ色の人生』に
そんなに引っかかったのかというと、
つい最近、ある男性(35)から
「先生、いい人生ですよね」と言われたからだ。

その人には7~8年前、
HPに貼る動画を撮影してもらったのだが、
コロナ禍を挟んでご縁は途切れていた。

しかし、今回新たなHPを制作するにあたって
見る人の滞留時間を長くするために
以前の動画をまた貼り付けようと思い、
データを貸してもらうため
お願いの電話を久しぶりにしたのだった。

Sさんにとっては、私は昔のお客さんのひとりに
過ぎないがよく覚えていてくれ、
「先生は絵も描かれるし、カウンセリングで
人のためになる仕事もなさって…」の後に
さっきの「いい人生ですよね」が続いた。

『いやいやいや、まだ生きているから
総括しないでくれる』とも思ったけど、
素直に30代の若者にそう見えているとしたら
嬉しいと感じた。
(当時、彼は展覧会も観に来てくれている)

実は昨年のグループ展にいらした
10年ぶりぐらいに会った友人(女性)からも
同じことを言われたことを思い出し、
『いい人生』と思える人生って何?と
彫り台で手を動かしながら考えた。

シャンソンの『バラ色の人生』の歌詞は、
好きな男に抱かれている私はバラ色の人生
あなたのために私がいて
私のためにあなたがいる
というような歌詞なのだが…。

そんなに短絡的に男女が絡まらなくても
『バラ色の人生』と思える人生は
あると思う。

逆に、その人ひとりひとりが
『我が人生に悔いなし』と思って
人生を丁寧に生き切れば
それは『いい人生』であり『バラ色の人生』
なのではないだろうか。

ものは捉え方ひとつで
見え方が違ってくる。

はたから見て、
私の人生が『いい人生』だとしたら
きっと私がやりたいことに正直に
果敢に挑戦することを恐れず、
それをエンジョイしているように見えるから。

12月初めに会った友人が
手土産にマリアージュ・フレールの
紅茶『パルコポーロ』をくれた。

彫りの合間に一息つこうと
その黒いパッケージの封を切り、開けると
金色の箱の中にはコロコロと紅茶の玉が
たくさん詰まっていた。

チューリップの絵が描かれたマグカップに
そのひとつを入れ、お湯を注ぐと
芳しい異国の香りが匂い立った。

そのマグカップは、マルコポーロをくれた友人と
ベルギー・オランダを旅した時、
美術館のミュージアムショップで求めたものだ。

たちまち、その時の旅の思い出がよみがえり、
その旅で観たゴッホの絵画や
満開のチューリップや風車が
脳裏に広がった。

マルコポーロは何を目指して船を出したのか。
私はこれから、どこへ行くのか。
何ができるのか。

1杯の紅茶がさまざまな思いを想起させ、
ひとときの憩いをもたらした。

こんな風にホリデーも
ひとりもの思いにふけりつつ、
静かに彫りを進めていき
やがて『いい人生』につながっていくとしたら
こういう1日も悪くない。

そんな風に思えたホリデーだった。


















2026年1月8日木曜日

今年唯一の新年会










北鎌倉にあるイタリアン“タケル・クインディチ”で
お茶のお社中のメンバーと先生とで
新年会が行われた。

お社中とはいえ、水曜日のメンバーだけだったので
先生と合わせて5人。
ひとテーブルを囲んでお話するにはちょうどいい数。

当初は忘年会をディナーでという案だったが
なかなか日程調整がうまくいかず、
遂には年をまたいで新年ランチになった。

しかし、結果的に言えば、
おせちに飽きた頃合いで
イタリアンのトマト味はとても美味しく、
ランチなのでお値段もお手頃になるので、
結果オーライだと思った。

3種類あるランチセットの内
お正月だからと一番お高いセットを選び、
お正月だからとシャンパンのボトルを注文した。

何かにかこつけなくても
お酒は注文するメンバーではあるが、
お正月だからという名目があるので
大手を振って「まずは泡でしょ」と
同じ泡でもビールではなく
シャンパンを抜いた。

1皿目は「イタリアン前菜盛り合わせ」
2皿目は2種のパスタと3種のピザから
選べたので、
「5人だから全種類1皿ずつでシェアします」と
めんどくさい注文をしたが
気持ちよく受けてくれた。
メインのお皿は「肉」か「魚」か。
本日の「お肉は豚」「魚はスズキ」
私は迷わず「お肉」をチョイス。
デザートは「ブランマンジェ?とフルーツ」
飲み物は「カフェラテ」

1皿目の前菜盛り合わせは
手元のシャンパンを片手に
どれも美味しくいただいた。
2皿目は5種類あるので5人で1皿をシェアする。
最初はパスタを一口ずつ分けている感じだったが
3種のピザも5つにカット目が入っていて
最後の「クワトロ・フロマージュ」を
お腹に収めたあたりで、満腹感が…。

その後にドドーンとメインのお肉がきたので
一瞬たじろいだが、確かに注文した。

お肉は見た目もピンク色にきれいに焼けているし
お野菜もたっぷりのオリーブオイルで
とても美味だった。

会話は途切れることなくはずみ、
昨年のお茶会のことや、お茶事のこと、
初釜のことなどお茶に関することが中心、
世間話の入る余地がないほどに
賑やかに姦しく
それでいてワインも追加したりして
ズンズン箸も口も進んだ。

メインのプレートが終わる頃には
完全に食べ過ぎ状態で
「夜は抜きだわ」「私は納豆ご飯」などと
いう始末。

それでも別腹デザートをぺろりと平らげ
珈琲も美味しくいただいたのは言うまでもない。

ここ数年、どんどん世の中の経済状態が悪くなり
私だけではなく
忘年会や新年会、ママ友ランチなどが減った。

「貧すれば鈍する」という言葉があるが
こうした一見無駄に思えるような交流が
人の活気を生み、
世の中の空気がよどむのを攪拌する。

周囲を見渡せば
ランチタイムに新年会で盛り上がっているのは
女性ばかり。
男性はカウンターにひとりだけ。

ましてシャンパンボトルを抜いて
乾杯のグラスを傾けているのは
私達だけだった。

カラ元気でもなんでもいい。
威勢よくグラスを合わせ、
食べて食べて、おしゃべりする。

そんなエネルギーの放出が
明日へのパワーを生むと信じ
「今年も宜しく~」と再び、挨拶して
それぞれの帰路に就いた。

いやはや女性のパワーは強靭だ。
年女の私も
競馬馬宜しく、ファンファーレと共に
ゲートが開き、2026年がスタートした。















 

2026年1月7日水曜日

版画 仕事始め

 





2026年1月5日(月)
大体の人はここが仕事始めだったと思う。
世の中のすべてがこの日から
お正月ムードから一転、通常運転になる。

私もあさイチからカウンセリングが入っていたので、
10時からのセッションに始まり、
今年初めてのスーパーの買い出しとデリバリー手続き、
12時ごろカーブスの初日のトレーニングという
いつもの日常が戻ってきた。

どこのタイミングで会った方々とも
「明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします」と挨拶し、
こうして大人の世間のおつきあいが始まった。

そして、この日、週1であげているHPブログを
2本分、更新した。
タイトルは
「一年の計は元旦にあり」
アップしたと同時に何件か「いいね!」が
ついた。

1月6日(火)は
大体月曜日と同じパターンだったが
午後には新しいHP作成に当たっての
ZOOMミーティングがあり、
初対面のWebディレクターさんと
同じような新年のやりとりをした。

そして、本日7日(水)
初仕事としてようやく版画の彫り台に向かった。
「そうだ、私は版画家だったわ」
そんな感覚で約1ヵ月ぶりに版画と向き合った。

12月初め、年賀状の制作に数日間費やしたけど
年賀状は版画制作には違いないが、
作品という訳ではない。

12月中に1月になったら彫り始めようと
原画を起こし、トレッシングペーパーの原画にし
版木に転写するというところまでは
やっておいた新作がある。

その版木をおもむろに出してきて
彫り台の上に置いた。

彫りの作業をするにあたって
新年なので、新しい刀を下ろすことにした。
ひさしぶりに彫刻刀を握り、
版木に刀のきっ先を突き立て手前に引く。

ひとり画室に座って
静かにストーブの音を聴きながら
自分の時間に埋没していく。

年末に起きた出来事や
年始に起きた出来事が
次から次へと脳裏に浮かんでは消えていく。

手は自動的に彫刻刀を運び
輪郭線のほんの少し外側を滑っていく。

やがて昨日話したばかりのHP制作会社の
Webデザイナーさんの顔と
一昨日話した昔動画を撮影してくれたNさんとの
会話が頭の中に舞い戻ってきた。

版画の彫りをしている時は
摺りをしている時と違って
手は版画の作業をしていても
頭の中では考え事もできる。

つまり、その時々の懸案事項について
あれこれ考えをめぐらすことができるのだ。

どうやら自分にとっての目下の懸案事項は
新しく作るHPにあるようで
いくつもの出来事の中から
ふるいにかけたようにそのことだけが残り
頭に去来する。

ものごとを整理したり、
新しいアイデアがひらめいたり、
何か結論を出したりと、
版画の彫りの作業は貴重なひとり時間だ。

年末年始は人が行き交い
賑やかに過ぎていったけど、
私にはこうした無音のひとり時間が
とても大切だ。

印刀といってアウトラインを彫る彫刻刀から
でてくる細い削りカス。
浅丸16ミリで荒彫りしてでる幅広の木屑。
浅丸6ミリでアウトラインの縁をきれいにすると
出てくるクルクル丸まる細い木屑。

彫りが進むにつれ、木屑が山盛りになり、
考えも整理されまとまってくる。

版画の仕事始めだった今日、
私の「一年の計」の輪郭が浮かび上がってきた。

9月初めの個展にピークがくるよう
身も心も調整し、
その日を気持ちよく迎えるために
他のすべてのものごとをひとつひとつ
冷静に片づけていく。

そのためにやらなければならないことは
これとこれとあれ。
優先順位を決めて最初のひとつから
丁寧に納めていく。

そんな風にやるべきことが整理されると
心も落ち着く。

それが人に振り回されずに
心穏やかに過ごす方法だ。

そういう意味で、私にとって版画の初仕事は
1円にもならないけど
プライスレスな価値のある初仕事なのだ。





2026年1月3日土曜日

孫は来て良し帰って良し

 

















2026年の年明けは
元旦の朝、次女と夫婦の3人で
おせち料理をいただくところから始まった。

そこまでは大人3人の静かな年明け風景だったが、
12時ごろ、長女ファミリー4人が
我が家にやってきたところから
賑やかというか落ち着かないというか
「子どもがいるってこういうことよね」という
三が日がいよいよ始まった。

孫1号が8歳の2年生、孫2号は5歳の年中さん、
2人とも女の子なので
特別、聞き分けがないとか、
じっとできないというわけではないが
とにかく子どもはエネルギッシュだ。

まずはおせち料理を前に全員で乾杯し、
好きなものをお皿に取り分ける。
昨今の子どもや若者はおせち料理なんてと
いうが
我が家に限っては「おせち大好き」な人ばかり。

黒豆、アーモンド田作り、栗きんとん、
松前漬け、筑前煮、お雑煮、鯛、ぜんざいなど、
用意したもののほとんどを子どもも食べられる。

ダメなのは小肌となますなど
酢が効いている何品だけだ。

他のメンバーもこぞっておせちに手を伸ばす。
おせち以外のものは作っていないのだから
選択の余地はない。

元旦はとにかく食べて食べて食べまくる1日。
というわけで2日目は活動日。

子どもはポケモンセンターに行きたいというし、
若夫婦はランチの予約をしているのでデート
に行くから子ども達を見ていてい欲しいという。
私は今年、年女で昨年の手術のこともあるので
どうしても初詣に行きたいし、
ダンナは人混みは嫌なので動物園はどうかと言う。
次女は決めてくれれば子どもは見るわと
覚悟を決めた様子。

結局、デートのふたりを除いては
まずは野毛山動物園に行くことになった。

野毛山動物園はあと2年もしないうちに
閉園になることが決まっている
古くからある動物園だ。

娘たちが幼稚園ぐらいの時は遠足で
よく行ったものだが、
気づけば30年くらい前の話だ。

ライオンとかトラなど大きな動物は
すでにどこかにお引越ししていたけど
どこか昭和でレトロな雰囲気は
温かみがあって親しみやすい。

人の込み具合もちょうどいいくらいで
人垣ができるほどではなく
まばらというわけでもない。

孫たちも柵から首をにゅっと出す大きなキリン
の顔に大喜びし、
亀やペンギンなどにも好反応だったので
動物園という選択は大正解だった。

そこからは三方に分かれて
初詣組、ポケモン組、一時帰宅組。
そして、夜6時半に地元の行きつけのお店に
再集合。
デート組も途中からポケモンに合流して
レストランにはみんなで集まった。

私はひとり初詣だったので、
野毛山不動尊・横浜成田山というお寺さんと
伊勢山皇大神宮へ。

成田山の方は護摩を焚きながら
ご祈祷の真最中。
太鼓の音が本堂に響き渡り大迫力だ。
私は健康長寿のお守りと
干支の土鈴を買うことにした。

伊勢山皇大神宮の方は参拝までに
長蛇の列。
最後尾に並んで待つこと30分。
なんとか本殿のお賽銭箱の前にたどり着いた。

ここの2か所はほとんど同じ場所にある。
あっちでもこっちでも
手術からの無事帰還のお礼をし、
年女としての意気込みを語り、
個展まで駆け抜けたいので
そこのところひとつお願いしますと
手を合わせてきた。

おみくじも2か所でひいて
最初が「小吉」2度目が「大吉」だったので
「小吉」のことはさらりと忘れ
「大吉」に書いてあったことを信じるという
ご都合主義発動。

夜のレストランでも
孫1号が作ってくれたおみくじを
全員がひいて開けてみたところ
1回目が「大吉」2回目が「小吉」
3回目に至っては「凶」だったので
1回目を信じることにした。

こんな風に台風のようにやってきた
長女ファミリーの世話を焼いている内に
3日間は瞬く間に過ぎていった。

3日目の午前中に
子ども達が公園にいった時だけ
静かなひとときがおとずれたけど
後は孫たちの甲高い声を聴きながら
ずっとキッチンに立って
何か作ったり、おせちを温め直したりした。

三が日がそんな風に過ぎて
午後3時過ぎに長女ファミリーが帰宅。
訪れた静けさに
次女と私から思わず
「静かになったね」という言葉がもれた。

『孫は来て良し帰って良し』

京都から次女が取り寄せてくれた和菓子を
こっそりふたりでいただいた時の
濃いめに煎れた日本茶がことの他美味であった。

そして煌々とした満月が冴えわたる中、
次女も帰宅し、
また、いつもの日常が戻ってきた。
2026年の1月が始まる。


































2026年1月1日木曜日

我が家の手作りおせち

 















明けましておめでとうございます
本年もどうぞ宜しくお願いいたします

2026年元旦の朝
毎年のように私だけ早起きしてキッチンに立った。

ダンナと次女がまだ寝ているうちに
おせち料理の最後の仕上げをしなければ。

夕べはジルベスターコンサートを見て
ちょうど12時きっかりに
「ボレロ」の演奏が終わり、
今年も時間通りに年が明けたことに安堵した。

その後、そのまま番組を見ていると
思いもかけないゲストに亀井聖矢君が登場し
オーケストラをバックにピアノソロを
聴くことが出来たので
とてもハッピーな気分で年が明けた。

そんなことを思い出しながら
年末に作り溜めた数々の料理を
小鉢や菓子器、大皿などに盛り付けていく。

最後は鯛の塩焼きなので
時間を見計らいグリルとオーブンの両方使って
メインにして難題の一品に取りかかった。

自作のなんちゃって魯山人風の
織部と黄瀬戸をかけた大皿に
4枚の笹の葉を敷き
焼きあがった鯛を乗せれば
おせち料理の出来上がり。

そこからはまた例年通り写真撮影。
朝の光が差し込むリビングで
あちらの角度こちらの角度
アップにしたり引きにしたり。

この写真撮影は毎年行われる
自分の作品発表みたいなものだ。
いくつかの自作の陶器と
長年かかって集めた器に
今年はどれに何を盛りつけるかなど
ひとりあれこれする時間が
元旦の何よりの楽しみだ。

10時を目途にダンナと次女が階下に降り
元旦の朝の食事が始まる。
今年は次女が長野出張の折に買ってきた
ワインのような日本酒で乾杯した。

昼頃、到着する長女ファミリーが合流する前に
第一弾のお祝い膳というわけだ。

途中、ポストに届いた年賀状を取りにいき
間を見てどなたから届いているか見てみると
数は少なくなりつつあるけど、
文字を見ただけで誰からかが分かる葉書が
何枚もあった。

その内何枚もに
「萩原さんの版画の年賀状が毎年とても楽しみ」
とあったので、
ずっと溜めていてくださる方が多いことが判り
とても嬉しくなる。

昨年は年賀状じまいのお知らせが多く、
何だか寂しい時代になったなと感じたけど
まだ、出せるうちは出そうと思っている方が
いらっしゃることに力を得た思いだ。

毎年、同じようにおせちを作り、
毎年、元旦の朝に届く年賀状に目を通す。

毎年繰り返されるこうしたことは
いつ何時途切れるかもしれない。
それを昨年は痛感したので
今年はそうした年中行事を
より丁寧に大切に思うことが出来る。

2026年はどんな年になるのか。
年女の今年。
ゆっくり自分のペースを守って
走り抜けたいと思っている。

このブログもマイペースで続けますので
どうぞ今後とも宜しくお願いいたします。

皆様にとって佳い一年でありますように
祈念しております。