2020年4月26日日曜日

無言で作業








先週の土曜日に作陶した20個の器は
作っただけではまだ未完成である。

高台を削り出し、
てびねりとはいえ、形を整える作業が残っている。

削りの作業のタイミングは
作った時の土が少し固まりだし、
削るための道具が扱いやすい状態になった時だ。

作陶した日では柔らかすぎるし、
日にちが経って、土が固くなりすぎてもいけない。

世の中は「ゴールデン・ステイ・ホーム」とかいって、
「ゴールデンウィークにお願いだからウロチョロしないで」と
叫ぶように呼び掛けている。

かなり悩んだが、
出掛けた先の工房には先生しかいないし、
広々空間で黙々と作業するだけなので、
電車の空いている時間を狙って、
出掛けることにした。

12時過ぎの電車は1両に5~6名しか乗っておらず、
完全にsocial」distanceは保たれている。
ちょっと安心した。

ゴールデンウィーク初日は
みんな真面目に家にいるらしい。

後ろめたい気分を引きずりながら、
ガラガラの国道1号沿いを歩き、工房へ。

工房では先生と挨拶もそこそこにマスクをしたまま、
手を洗い、
工房の隅の作業台を確保し、
先週作った20個の器を並べ、作業開始。

先生も自作の器を作業台いっぱいに並べ、
釉薬をかける工程を行う予定だという。

12時45分から4時45分まで、終始沈鬱な空気の中、
一言も発せず、1回も休憩せず、
水さえ採らずに集中して作業した。

先週の午前午後かかって作った器全部の削りを
半日で削り終えるには
そのぐらいの集中力をもってしないと終わらないからだ。

たぶん先生も
私から「話しかけないでオーラ」を感じただろうし、
よもやま話をする雰囲気はまったくなかったので、
お互い、陶芸家として、
自らの作業に徹していた。

いつもの陶芸教室に集まるメンバーは
4月に入ってからは誰一人として来ていないらしく、
「趣味の陶芸教室」や、外部からの「陶芸体験教室」は
目下、完全に止まっている。

私も陶芸教室のメンバーのひとりだし、
「趣味の陶芸」にすぎないのだけれど、
今は受注した器を制作する陶芸作家の体である。

「10個でも20個でも作ってくれたら、
欲しい人は何人でもいるから」という言葉を背に
大量生産中なのだが、
さて、この先どうなりますやら。

私の心配は
「次にこの器に釉薬をかけられる日はいつかなぁ」
「先生はいつ素焼をしてくださるのかなぁ」ということだが、
先生の心配はもっとずっと深刻だ。

工房を維持する家賃が重く先生の肩にのしかかっているらしく、
「ここがもつかな」と沈鬱な表情だったのが気になる。

考えてみれば、工房の家賃が払えず、閉鎖になってしまえば、
素焼きも釉がけも本焼きもない。

工房の経営者として、
かなりの額の家賃を毎月、無収入なのに払い続けるということは
先生自らの老後資金を切り崩しながら払うということだ。

単に使用させてもらっている立場と、
経営者では大きく違うことに気づいて、
私の気持ちも落ち込んだ。

5月6日をもってして緊急事態宣言が解除されることはないと
もう、誰しも思っているだろう。

ではいつまでこれが続くのか。

誰にも分からない出口のないトンネルの暗闇の中、
他人事では済まされないいろいろな事象が
私たちの気持ちを暗くする。

一方、少し嬉しいこともあった。

家に帰ると、電話連絡があり、
年4回予定されていた「YAMATO」のコンサートの内、
4~6月の3回が中止になり、
払い戻しの手続きをしていたのだが、
急遽、延期日程と会場が決まったとのこと。

3回とも通常は夏枯れでコンサートがないはずの8月に
3週続きで行うことになったという。

月に1回のはずが毎週3連続とあっては、
アーティストも大変だと思うが、
急転直下のこのお知らせは嬉しい。

同行予定の友人も大喜びだ。

友人は他にも申し込んでいたいくつかのコンサートが
みんな8月に延期になって、
「8月はとんでもないコンサート月間だわ」と
嬉しい悲鳴。

私は娘の出産予定日と前後するので、
「重ならなければいいけど…」と
こちらも嬉しい悲鳴。

今は、stay homeで息苦しい毎日だけれど、
8月にはきっと…。

医療現場で働く医療従事者の方のご苦労を思えば、
安全な家にいられるなんて幸せなことだ。

この1日をどんな気持ちで過ごすのか、
どこに希望を見出すのか、
大切に時を進めようと思う。


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