2020年1月17日金曜日

こだわらないというこだわり










横浜そごうで開催されている
「樹木希林 遊びをせんとや生まれけむ展」に
行ってきた。

亡くなって早1年半近くが経つが、
昨年出版された彼女がものしたエッセイは、
一番売れた本ランキングの上位を占め、
今なお、売れ続けている。

樹木希林語録のようなものや、
生前のインタビュー、
映画や演技に関する考え方は、
その生きざまと重なって、
多くの人を魅了し、
影響を与えている。

それは今日の会場に詰め掛けたおば様たちを見ても
すぐわかる。

皆、1本1本の映画について語った彼女のコメントを
熱心に読み、
彼女が書き送った手紙の文面を
身を乗り出して眺めていた。

とりわけ、見るものを惹きつけていたのは、
きものの部屋で、
CMや映画などに使われた見知った着物から、
初めて見るものまで、
相当数の着物が展示されていて、
私もこのコーナーが一番興味深かった。

樹木希林の着物好きは有名で、
若いころから手掛けてはいるが、
指南役であり、相談役の石田節子さんと出会ってからは、
その凝り方に拍車がかかっていく。

石田節子さんは
有名な着物収集家・池田重子さんのところで働いていた人で、
後に独立してからは、
樹木希林の「どうにかならないかしら」の言葉に
背中を押され、
何点もの着物の制作に携わっている。

制作といっても、
いわゆる作家物の着物を仕立てるというような制作ではない。

今回展示された着物に添えられた説明文を読むと、
昔の絽の振袖に無地の紗の生地を重ねて、
「紗袷」にしたり、
別々の2枚の昔の振袖を片身ごろずつはぎ合わせたりして、
1枚の着物に仕立てている。

夏仕様の着物に別の着物を合わせて、
秋冬に着られるものにするとか、
女物の黒留袖を男物に仕立て直すとか・・・。

とにかく、古い時代の大胆な柄の振袖や黒留袖を見つけては、
自分のひらめきのままに、
つまり、着物のルールにはこだわらず、
自分だけの唯一無二の着物にしてしまうのが、
樹木希林流の着物道楽だったというわけだ。

そこには徹底した「こだわらないことへのこだわり」を感じたし、
樹木希林の着物センス、取り合わせの妙があって、
「女優なんだから普通じゃ面白くないでしょ」という攻めの姿勢と、
誰もがさすがと感心する、
大胆にして品のある取り合わせの着物が並んでいた。

自分でも撮影の合間に
着物をほどいたり、針を持ったりする時間は大切にしていて、
「何も考えずに、手だけ動かしているのは、
頭が落ち着いていいのよ」と言っている。

家を建てる時も、
あらかじめ持っていたレリーフの施された衝立を
建築家に見せて、
「これを生かした家が建てたい」と注文したという。

女優として受賞した際にもらったブロンズ像に
古いランプシェードを組み合わせ、
スタンドにし、部屋の一隅に飾ったり、
孫が小さい頃、てびねりで作ってくれたクジラの箸置きや
ピーマンの形の小物入れなどに塩を入れたりして、
大事に食卓で使い続けている。

「もの」に対する「もったいない」精神と、
審美眼の両方が
あらゆるものに対して貫かれていた。

やはり一番面白かったのは「着物の部屋」だが、
他のすべてにおいて、
自分流を飄々と貫き、
人間関係や仕事の流儀なども、
「一切なりゆき」と言いつつ、
間違いなく自分の価値基準に従って行っていると思えた。

全身に広がった癌でさえ、
「自分」を形作っているものとして受け止め、
死さえ受容してしまう、
その強さに脱帽した。

他人様に迷惑をかけていない上で、
自分の直感と審美眼を信じ、
やりたいようにやる。
生きたいように生きる。

そして、物は使い切る、
人は生ききる。

樹木希林の潔さが身に染み、
寒さが身に染みた2020年の冬の日だった。


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