東銀座の東劇に
月イチシネマ歌舞伎
『ふるあめに袖はぬらさじ』を観に行った。
月イチ歌舞伎は以前歌舞伎座でかかった公演を
映画版に起こしたもので
上演期間が1週間しかない。
東劇はその本拠地なので多少延長されるとあるが
それもたった数日なので
一昨日の夜中にあわててチケットを取った。
『ふるあめに袖はぬらさじ』は
平成19年12月に舞台にかかったものとあるけど
私はその時の舞台は観ていない。
今から20年近く前の歌舞伎界は
本当に豪華な顔ぶれで
なかでも玉三郎と先代の勘三郎は
異彩を放っている。
物語は当初、有吉佐和子の手になる脚本で
昭和47年文学座公演で杉村春子が主役のお園を
演じていた。
杉村春子の当たり役お園を玉三郎が受け継ぎ、
以後、繰り返し上演されてきたらしい。
このシネマ歌舞伎になった舞台は
平成19年(2007年)のもので
歌舞伎として初上演され
玉三郎の渾身の演技が大評判になった。
それは
予告編で観ていた時の予想をはるかに超え、
約3時間の長尺の映画の全編にわたり
玉三郎の熱演が続き、
その軽妙洒脱さに圧倒された。
時は幕末、開港まもない横浜の遊郭で
ひとりの遊女が自らの命を絶った。
折からの尊王攘夷の嵐の中、
その死は脚色され「攘夷女郎」の伝説が
広まっていく。
配役は
芸者お園 玉三郎
通訳藤吉 中村獅童
遊女亀遊 中村七之助
唐人イリウス 坂東彌十郎
岩亀楼主人 中村勘三郎
その他にも
中村芝翫 坂東三津五郎 尾上松也
市川笑也 市川男女蔵 中村勘九郎 市川猿也
など、今を時めく当時の若手と
すでに鬼籍に入られた名優がゾロゾロと
出演している。
舞台は遊郭の部屋ばかりで
病に伏せった亀遊が寝ている部屋と
お客様を迎えるお座敷だけなので
その場に出てくる役者の長い長いセリフが
とにかく延々と続く。
橋田寿賀子の脚本が長いと有名で
『渡る世間は鬼ばかり』の俳優陣が嘆くけど
この舞台の長台詞はその比ではない。
遊女亀遊こと七之助は
か細い色白のはかない女性。
後に自害するぐらいだから
自分の身の上を諦めの境地で捉えている。
通訳藤吉(獅童)は
横浜の女郎屋で外人客の通訳として
お座敷に出ているけど、
志は高く、ここで稼いだお金で
アメリカに渡って医学の勉強をしようとしている。
玉三郎演じる年増の芸者お園は
元吉原にいて流れ流れて今は横浜にいる。
三味線弾きなので客をとることはしない。
粋でいなせな芸者である。
外人イリウス役が彌十郎
宿の主人が亡くなった勘三郎で
その掛け合いの面白いこと。
彌十郎は最近でこそHNKに引っ張りだこだが
歌舞伎役者としてもユーモアのある役から
強面の役までこなす懐の深い役者だ。
ここではその大柄を活かして外人客の役で
「唐人口」と呼ばれた外人相手の女郎に
ろくなのがいないと怒って
ひと目見て気に入った亀遊を大金はたいて
身請けするという話になる。
それを聴いた亀遊が
そんなことになるぐらいならと自害してしまう。
『ふるあめりかに袖はぬらさじ』は
降る雨とアメリカがかかっている。
自害から3年後、5年後と舞台は変わるが
どんどん玉三郎演じるお園は
したたかになっていく。
まるで浪曲師のように弁舌鮮やかに
立て板に水の名調子で
うそと偽りを織り交ぜながらも
悲しい最後を迎えた亀遊の顛末を語るその姿は
本当に観るものをくぎ付けにした。
映画なのに拍手喝采がおき、
3時間の間に何度声をあげて笑ったことか。
豪華俳優陣の顔ぶれも懐かしいし、
いい時代だったなと思うけど、
何と言っても玉三郎の芸達者ぶりに
恐れ入ったのが今日一番の印象である。
あっぱれ 玉三郎!!
よっ 日本一!!
玉三郎と同じ時代を生きて
こんな凄い芸を観られることを
幸せだなと思った。






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